天界司書結城沙織 終章 Indelible sin 前編

 夕暮れせまる天界図書館。

 カウンターを挟んでロキとフレイアが話し合って居た。



 ロキは不審そうにきょろきょろあたりを見渡している。

 彼は彼女が指定席に居ないのが気になって居るようだ。

 沙織の姿見えないので、多少しょんぼり加減で口を開いていた。


 「今日は沙織の姿みねえなぁ」

 「沙織お姉さまは、お昼まで本アカシックレコードのエリアにいたと思ったけど?」



 フレイアは空中に浮かんで居る真っ白い扉をみながら返事を返した。

 本アカシックレコードエリア入口の扉は夕日に照らされて、オレンジに輝いて居る。

 ロキも扉を見つめながら、静かに考えて居た。


 そして彼は口を開いた。


 「やっぱり、アイツに本当の事教えた方が良いんじゃねえか?」

 「ロキ、もし判っても 何も出来ないなら辛さが増すだけじゃないの……」

 「ヘルは、諦めて無いみたいだけどな」

 「そんなの 不可能よ……」


 フレイアは辛そうな表情でぽつりとこぼした。

 彼女はロキの言う意味が判って居るようだ。



 「今日は沙織さんいないのね」


 その時、カウンター越しに声が聞こえた。

 そこにいたのはアマテラス、どうやら本を返しに来たようだ。

 カジュアルな服装で、にこやかな笑顔を挨拶をしている。

 フレイアは彼女に軽く会釈すると、申し訳無さそうに返事を返す。


 「さっきまで本アカシックレコードのエリアにいたんだけど」

 「そう……、もうそんな季節になったのね」


 アマテラスは何か考えるしぐさをした。

 彼女にはなにか心当たりがあるようだ。

 そして夕日に照らされるゲートを見つめながら、静かに口を開いた。



 「そう…、彼女は今日は地上に行ったのね」

 「さぼりか?」



 ロキの問いかけに、アマテラスは目を細めながら口を開いた。


 「いいえ……自分の心に決着をつけるためよ」



 アマテラスの発言にロキとフレイアは驚きを隠せない。

 二人とも彼女アマテラスにすり寄るようにして尋ねはじめた。


 「アマテラス様、沙織の過去のこと知ってるのかよ?」

 「ええ…。小さいときからね」


 アマテラスの発言にフレイアも驚きを隠せないようだ。

 グレーの瞳を見開いて、尋ねている。



 「ここに来る前の事も知ってるの?」

 「もちろんよ、あの子はいつも明るくしているけど、本当はね……。」

 「何が有るんだよ?」

 「何があるんですか?」


 アマテラスから笑顔が消え、真顔になって二人に沙織の事を語りだした。


 「まずは、あなた達と彼女の関係から話した方が良いわね――」


””


 夕やみ迫る雲一つない空の元、あたしは本を片手に一人で地上に舞い降りていた。

 足元には、ぽつぽつ灯り始めた街の明かり、少しずつ近づいてくる懐かしい街並み。

 風が頬を撫でる中であたしは考える。


 自分の答が正しいなら、あの子は其処に居る筈よ。

 幼き日果たせなかった約束。

 ――そして、あたしの過去に決着を付ける時は今……。

 もう逃げない。



 あたしは地上に着いた。

 そこは古い建物が建ち並ぶ、薄暗い旧道筋の空き地。

 夕暮れ間近と言うこともあり、人通りもまばらだ。

 行きかう人は、足早に通り過ぎていた。



 あたしがあたりを見渡す。

 時が止まったようにあの時から変化がない。

 あの時と同じように静かな風が吹き抜け街灯が灯り始めていた。


 「変わらないな…」


 あたしは俯き加減で、ぽつりとつぶやいた。

 ここはあたしがいつも通って居た道。

 そして、あの現場へと繋がるルート。

 あの事を思い出すと、足取りが重くなる……。


 でも、あたしが行くしないの!

 そして、事件現場となった建物の場所まで思い歩を進めた。


 ――しかし、既に建物は壊されて空き地となっている。


 「そ、そんな……」


 そこに彼女は居なかった…。

 あたしの脳裏に嫌な予感がよぎる。

 まさか既にファルに…。


 事件現場が空き地になってるの見たあたしは、事件が有ってから時間が経って居る事を改めて思い知らされた。


 地上はあっという間に変わる物だったよね……。


 冷たい夜風が一気に吹き抜けていく。

 あたしは月を静かに見上げていた……。



 ――いつの間にか、自分の瞳に涙が浮かんで居た。


 でも、ずっと変わらないのはあたしの犯した罪……。




 ファルに消されたなら本も無事で無いはずよ!!


 嫌な予感ばかりが頭をよぎる中、かすかな希望を胸に彼女の遺体遺棄現場の空き地へあたしは向かった。



””


 あたしが現場に着くと、彼女は居た。

 ――居たと言うより有ったという方が正しいのかもしれない。


 薄明かりに照らされた段ボールの箱が小さな空き地に転がっている。

 ――大きさは、リンゴ箱程度だろうか?

 ときたま飛び交う虫が箱をすり抜けるので、箱がこの世のもので無いことが判る。



 「――待たせてごめん、やっと会えたね亜美……」


 あたしは呟くと、歩を進め箱を開けた。


 箱の中には少女、――いや幼女と言う方が正しいようなショートヘアーの女の子が震える体をネコのように丸めて冷たい月光に照らされていた。


 ――彼女は黒のスカートに白いシャツそして、可愛らしい子供用の靴下を身につけている。

 そして、めくれ上がったスカートの下から彼女の下腹部が見えていた。

 ずらした太股の内側には白い筋と赤い筋がべったりと付いていて、この少女に何があったか残酷な事実を示していた。



 思わず、あたしはその光景に目を背けた……。


 「酷い……」


 呟きながら視線を反射的に上に反らせると彼女の細い首には痣がついていた。

 おそらく、これが彼女の死因となったのだろう。


 彼女の哀れな姿を見ると、あたしの胸がキューと締め付けられる感じがして、息が苦しくなる。

 地面には無数の水滴の跡。


 そして、座り込みながら先代の言葉を思い出した。



 ――あたしは地獄を見た…。 



 そう、これが地獄の意味だったんだ……――今その意味がやっとわかった。


 大切な人でも送らないと行けない……。

 ――でも、今はあたしがやるしかないの!

 これは、あたしの役目だから。




 ぞくっ!


 次の瞬間、冷たい気配が背後に走る。

 こんな時に来ないでよ!

 親友の姿を見て、悼む時間も無いの!



 その気配にあたしは金の栞に意識を集中させた。

 栞が青白い光を帯びて剣へと変わる。


 ――静かに立ち上がり、あたしが振り返ると黒服の男――ファルがこちらを生気の無い目でみている。

 まるで死んだ魚のような眼。

 だが、手には黒い剣をだらんと持っている。

 こいつのターゲットはこの娘、邪魔するあたしもやる気にようだ。



 三日月が照らす中、漆黒の剣があたしに突き付けられた。

 あたしも青白い剣を、ファルに突き付ける。


 「またアンタ?」


 ――負けるわけには行かない……。

 何が有っても……、たとえ、あたしが消えてもコイツは倒す!

 もう、親友は殺させない!!


 その決意に、体中の毛が逆立つのが判る、鼓動が速くなる。

 あたしの黒髪が青い闘気に舞い上がっていた。

 ――剣からオーラがほとばしって居る。


 しかし、ファルはあたしの様子には興味は無いようだ。

 光の籠らない眼差しで、ポツリ呟いた。


 「小物ですが、無いよりはマシでしょう」

 「そう? 此方も小物なら見逃してくれると助かるんだけどね」

 「生憎、こちらも仕事なので…」


 あたしが思った通り、ファルは感情が無いように事務的に答えてきた。



 あたしは栞の剣を握り考える。


 こいつとの間合いは五歩、背後にこの娘が居ることを考えると、一撃で切り伏せるのがベスト……。

 ――もし、外した時は……。


 あたしのシナプスが最悪の結果もはじき出していた。


 ――其の時は、ファルの剣で切られてあたしが消滅……。



 ……できるかな? 


 出来る出来ないじゃないの、やるしかない……。



 迷えば死ぬ! 



 「出来るできるデキル……」


 ――呪文のように呟くと、翼を展開しファルに猛然と突進。


 「負けれないのよ!!」


 叫び声をあげながら、正眼の構えで突っ込む!


 ファルは突然の事に動きがとれない。

 あたしはそのままファルの横を抜けて彼の切り払った。


 ――手応えあり。



 刹那、あたしの肩に鋭い痛みが走る。


 「つぅ…」


 ファルが無言で黒い羽になり崩れ落ちる中であたしは肩を見た。

 ――赤い筋が滲んできた。

 かすり傷ていど斬られている。


 ファルもぎりぎりで反撃したようだ。

 刹那遅ければ、相討ちだったのかも……。


 あたしは震えが止まらなくなりながらも、あたしは大きく息を吐き出しながら呟いた。



 「今度は殺させなくて済んだ…」

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