天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事編   Best Friend 中編

 私達は地上に向かって居る。

 ネコのマイケルさんを転生させる為に。


 あたしは純白の翼を広げ、ヘルは漆黒の翼を展開してお互い静かに下界を目指していた。

 ――ヘルは大事そうに紙袋を抱えている。

 袋の中身が、彼女にとって余程大事な物らしい。

 ヘルはうきうきしながら中身をちらちら見ていた。


 こんな時はヘルに話しかけないのに限る。

 ――どうせロクな物じゃ無い予感がプンプンするからね……。



 あたしの頬を風が撫でる。

 その中で本アカシックレコードをじっと見ながら考えていた。


 今回、自分達は本アカシックレコードの持ち主であるネコのマイケルさんを転生させるために向かって居るのよね……。

 フレイアが読んでくれた内容なら、彼は大切に育てられて恵まれた猫生をまっとうした筈。

 彼の転生しない理由がいくら考えても判らない。


 ヘルに聞いてみるかな……。


 「ヘル」

 「どうしたの沙織?」

 「このネコが転生しない理由がわからないんだけど、何かあるの?」

 「行けばわかるわ」



 あたしが尋ねると、ヘルはすまし顔で答えた。

 『行けば判る』って答えになっていないじゃない!

 判らないから聞いてる訳で……。


 「大切に思われた事が逆に鎖になる事もあるのよ、足りない頭で良く考えなさい」

 「鎖?」


 ますます解らなくなって来たわよ。

 ヘルが、鎖だの何だの言っても一向に話が見えないんだけどね。

 まあ、着いて見れば判るか……。



 ヘルは嬉しそうに、またも紙袋の中身をちらちら見て、此方を見ながら笑みを浮かべた。

 ――彼女は余程うれしいのか、顔がほころんでいる。


 そういえば、今回ヘルは妙に上機嫌だ。

 しかも、あたしの方をちらりと見ながら邪悪な微笑みを浮かべてるんだけど……。

 ――これは、流石に聞いとかないと怖いなぁ。


 「ヘル」

 「なに?」

 「妙にあんた楽しそうじゃない?」

 「私はいつも通りよ。 あんたの気のせいでしょ?」



 ヘルは上機嫌で答えている。

 ――嫌なオーラがプンプンしてるよ、邪悪な企みが見え見えなんだけど。

 ……そうなると袋の中身は何?



 「さっきは必要な物が入って居ると言ったけど、袋には何が入って居るの?」

 「だからこの中身は、今回の仕事で必要な物が入って居るのよ……」

 「答えになっていないでしょ? あたしは中身は何かと聞いて居るだけど」


 「私が苦労して入手した代物よ、感謝しなさい」


 ヘルはニヤニヤしながら答えた。


 彼女の表情から、なんか嫌な予感がプンプンするのねぇ……。

 今回、彼女は何か隠して居る予感がする、聞いても肝心の所は答えないし。

 一体ヘルは何を隠して居るんだろ……。



 あたし達は不安交じりで地上に向かってゆく。


””



 あたし達は地上に着いた。

 辺りを見渡すと綺麗な道路の両脇には街路樹が植えられ、街路樹は色づき始めている。

 そして整然と新しい家が建ち並んでいる。

 ――時折、住人らしい人々が歩道を通り過ぎてゆく。


 ここは郊外のは新興住宅地だろうか。

 なんか見た事が有る様な風景よね……。


 ――あたしはあたりを良く見渡した……。

 ここはあたしが住んでいた町じゃん。



 道路には子供たちの声が響き、時折母親の怒号がきこえている。

 そして、依然と変わらない心地よい風が吹き抜けていた。



 「――懐かしいな……生きていた、あの頃と何も変わってない……」


 あたしはふと呟いた。

 風が抜けて見晴らしが素晴らしいから、この辺りまで散歩したっけ。


 懐かしい景色を見たあたしは思わず涙が零れそうになった。

 自分だけ居ない懐かしい風景……。



 ――今は、あたしは死んでいるんだ。

 そして、実体は今は無いんだよね……。


 この事実をこの風景は冷酷に突き付けて来た。

 何を言っても避けれない真理を……。



 ……もう、戻れないんだ…………。




 「沙織、何ぼーっとしているの? 行くわよ」


 ヘルの声であたしは我に返った。


 ――ヘルが指差す先には、一件の家があった。

 数棟が続いて居るタイプの家の様だ。

 そこの玄関を指差していた。


 「あそこが利根川家ね、この中にマイケルさんがいるのね」

 「そうよ」



 あたし達が玄関に着くと先客が居た。

 小学生位と思われる切れ長の目をした少女が利根川家の呼び鈴を押している。

 彼女の黒髪のロングヘアーがさらさら風にそよいでいた。


 暫くするとドアが、がちゃりと開き中から30代と思われる女性が出て来た。

 多分彼の母親だろう。

 彼女は、少女を見るなり笑顔を見せてお辞儀をした。



 「いらっしゃい、しずくちゃん」

 「かいと君に、お届けものです」


 少女は愛想良く微笑むと、母親にプリントを手渡した。

 お辞儀をして受け取る母親。

 何時もの事らしく、なれた様子である。


 「しずくちゃん いつもありがとうね」

 「いえ、近所なので気にしないで下さい」


 そして、母親は申し訳なさそうに口を開いた。


 「うちのかいと、まだ部屋から出て来ないの」

 「無理かもしれないけど、元気を出す様に伝えて下さいね」

、「幼なじみのしずくちゃんが来てくれているのに、ごめんなさい…」


 母親は深々と頭をさげた。

 少女も会釈を返し、口を開いた。


 「元気に成ったら出てくるように伝えて下さいね」



 少女は心配そうに口を開くと、母親も彼女を心配そうに見ていた。

 まるで重病人でもみるような視線で。


 「あなたも無理しないでね…だって…」

 「私はもう元気になりましたから大丈夫です」

 「そうなら良いけど、しずくちゃんも無理しちゃダメよ」

 「はい、わたしはこれで失礼しますね」


 少女はお辞儀をすると悲しそうな表情でかえっていった。



 一部始終を見ていたあたしは、ぽつりと呟いた。


 「さっきの少女、見た目性格最悪そうだけど人は見た目によらないものよねぇ」

 「あたしには、心も清らかな清純可憐な美少女にみえたけど」

 「そう?」

 「あなたの心が歪んでいるからそうみえるんじゃないの?」


 あたしがそう言うと、ヘルは必死で彼女の弁解をしている。

 彼女が妙にあの子の肩を持つけど、何かあるのかな?


 ――このしずくって娘どこかで見たような気がするんだよねぇ――……どこだっけ?

 ――考えたけど、思い出せない。



 「とりあえず、マイケルさんは家の中よね?」

 「ええ少年の部屋に居るわ」

 「早く転生させて帰りましょう」




 あたしたちは少年の部屋に入った。

 部屋の中は薄暗く空気は淀んでいた。

 まるで洞窟の中のように思える。


 散らかり放題の部屋にはベットと机が置かれていて、部屋の隅には空になったネコの巣箱と餌箱。

 使い込まれたらしく、いずれも古ぼけていた。

 そして、ベットの上で体育座りをして布団にくるまり、巣箱をじっと見つめる少年がいる。



 「この少年が かいと君かな?」

 「そうよ」


 あたしが訪ねると、ヘルは即断で返事を返した。

 まるで旧知のように。



 ――あやしい……。

 彼女はこの子を知ってるんじゃないのかな……?


 こいつには、あたしたちの姿は見えないんだっけ。

 見えないならこのガキはおいておいて、まずはネコよ猫……。

 本題のマイケルさんを転生させないと。

 ――ネコは何処かな?



 あたしが良く見ると、少年の隣に黒い毛玉がうごめいて居た。

 ――毛玉ではない……ネコがいる、種類はバーマンとかいう種類だろうか。

 保護色で見えなかったようだ。


 彼は必死で少年を慰めるように鳴いている。


 ――ただ、ひたすら鳴いていた。



 このネコに、本を渡せば今回の仕事は終わりかな?

 今回は、ファルも出そうにないし楽に終わりそうな予感♪


 ――これで終わりと思うと、思わずあたしの声のトーンも上がる。


 「この猫に本を渡して、転生させれば終わりよね」

 「渡せて、ネコが満足できればね」


 ヘルは不敵にほほえんだ。

 嫌な予感……。

 また今回もトラブルが来るのかなぁ……。



 その時ドアの向こうで声がした。

 母親の声だろうか。

 かいとを呼ぶ声がしている。


 「かいと~」

 「なんだよ……今は出たくないんだ」


 少年は、母親の呼びかけに不機嫌な顔で答えた。

 そんな少年の声に母親のトーンが下がる。


 「しずくちゃんが着てたわよ」

 「ほっとけ あんなブス」


 「……昔はずっと、2人と1匹で一緒にいたのにね」


 母親のため息交じりの声がきこえた。

 少年は布団に丸まり、俯きながら呟いた。

 ――泣きそうな顔で。


 「ほっとけ…、マイケルはもう居ないんだ」

 「プリントとか、しずくちゃんがもってきたのを部屋の前においておくわよ」

 「……」


 そういうと、母親の足音は部屋の前から去っていった。



 「あのブス、今日も来たのかよ。 良く飽きないよな……」


 かいとは布団にくるまったまま呟いた。



 あたしは少年を横目に見ながらヘルに話しかけた。


 「この子にとって、マイケルの存在が余程大きかったのね」

 「あいつが生まれる前から、マイケルはこの家に居たのよ」

 「そうなの?」

 「友達が少ないこの子にとっては、数少ない親友だったのよ」


 ヘルは静かに かいとを見つめていた。



 「しずくって娘は違うの?」

 「悲しみに打ちひしがれて、彼女の事が見えなくなってるのよ」



 ヘルは悲しそうな表情を浮かべていた。

 今まで見せた事の無い顔つきで。

 ――こいつが悲しむ表情見せるってどうしたんだろう?

 鬼の目にも涙?――いや、地獄の支配者にも涙?



 「しずくって子供、意外と可愛いのに勿体ないよね……」


 あたしがぽつりと呟くと、ヘルは顔を赤らめながら自慢そうに返事を返した。


 「そうよ、大きくなったら美人になるわよ。 あなた以上にね」



 彼女の一言に思わず、あたしは一言付け加えた。


 「でも、あの切れ長の目は性格はキツそうよねぇ」

 「な……」


 ヘルは目を丸くしていた。

 そして、次の言葉が口から出て来ないようだ。

 そんな彼女に更に一言、あたしは追撃を加えた。



 「もし、あんな子が彼女になったら一生地獄確定よねぇ……南無阿弥陀仏」


 あたしが哀れみの表情を浮かべ、かいとを見ながら手を合わせた。

 その様子を見たヘルは猛然と否定した。


 「あの子はドMかもしれないでしょ? そもそも、あんたには関係のない話でしょ!? 」



 ヘルには関係ない話なんだけど何故に?


 まあ、そこは置いておいて…。

 とりあえず、ネコに転生してもらわないとね。


 あたしが本アカシックレコードを差し出すとネコはかぷりと咥えた。

そして彼はさらに猛烈に鳴き始めた。


 にゃにゃ鳴いて居る。

 まるで何かを訴えるように。


 「後は、銀の栞を差し込めば転生は終りね♪」


 あたしが本に栞を差そうとすると、ネコはひらりと身をかわした。

 ――お~い…。

 こいつもあっさりと転生しないの?



 「まいけるさんはまだ転生したくないようね」


 マイケルを見たヘルは呟いた。

 ネコのなのに…。


 ――この際、金の栞で強制成仏でもさせちゃうか…。


 あたしが金の栞を取り出そうとするとヘルがぽつりと呟いた。



 「このネコさん、心残りがあるのに……。冷酷非情にも沙織は強制成仏させるつもりね……」

 「何が言いたいのよ?」


 「いえ、このネコさん可哀そうだなと思ってね……」


 ヘルはあたしをじっと見ている。



 こいつは痛い所を……。

 ――ネコ好きにはたまらない一言よねぇ。

 仕方ない、ネコの頼み聞いてやるか……。


 「このマイケルさん何が心残りなの?」



 あたしが尋ねると、ネコはあたしに何かを訴えるように鳴きだした。


 にゃ にゃにゃうにゃにゃ…。


 ………………。

 ――ネコの言葉は判りません……。



 「何を言ってるの?」


 ヘルはネコの言葉が判るらしく翻訳し始めた。


 「『生まれてからずっと見てきた かいとが、自分が死んだショックから立ち直れずにいるのが見ていられないのじゃ! この老いぼれの頼み聞いてくれんか?』 と言ってるようね」



 「ネコの気持ちを この子に伝えれば良い訳ね」

 「そう言う事になるわね」


 ヘルはニヤニヤしながら返事を返した。

 マイケルは言葉が判るのか、頷いて居る。



 ……どうするかなぁ…。

 ネコをそのまま見せても かいとにはネコの言葉は伝わらないだろうし…。

 ――困ったわねぇ……。


 「ヘル、何か良い方法ない?」

 「あんたの足りない頭じゃ伝える方法は浮かばないようね。 この際一芝居やる?」



 あたしが尋ねるとヘルが待って居たように返事を返した。


 何やら彼女の口角が邪悪に歪んでいる。

 ――こいつ、何企んでいるんだろ……。

 嫌な予感はするけど、仕方ない……。


 あたしはしぶしぶ返事を返した。



 「ネコが転生しないなら、仕方ないわね……」

 「あたしのやり方には文句を言わないようにね」



 彼女は嬉々とした表情で、袋をから何かを取り出した。


 「買って置いて良かったわ。 やっとこの服が役に立つわね」



 あたしはヘルが取り出した袋の中身を見て唖然とした。

 ゴスロリ服にネコ耳ヘッドドレス……以下もろもろ。

 ――こんなものどうするの?


 あたしは恐る恐るヘルに聞いてみた。

 ――嫌な予感が脳裏をよぎる。


 「この服どうするの?」

 「服は着る物でしょ?」

 「こんなもの……誰が着るの?」

 「これを着るのは決まって居るでしょう?」



 さらりと言い切るヘルに、あたしの嫌な予感は確信に変わって行った……。

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