天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事編   Best Friend 前編

 昼下がりの天界図書館。

 今日の図書館は平穏が保たれている。

 あたしは、司書の制服のジャンバースカートを着てカウンターの指定席に居た。


 日は多少傾きかけて、はるか頭上にあるスリガラスの天窓から柔らかい日差しを室内に落として居る。

 あたしの居るカウンター、広大な書架スペース、そして書架の上空に浮かんでいるあの扉にも。

 今日は何時もの有名どころの神は居ないので、図書館に平和が保たれていみたい。



 この時間になると、お客様もまばらになっていた。

 図書館に居るのは司書のあたしとフレイア、お客さまはフレイ様だけ。

 ロキは今日は何処かに行ってるらしく姿は見当たらない。



 そんな中、あたしは一冊の本と格闘していた。


 朝からの格闘で顔は引きつり寸前。

 般若のような面構えになっている。



 事の始まりは、朝来たらカウンターの上に置かれていた真っ黒な表紙の本だった。


 単行本サイズの本は猫の足跡が金押しで表紙に押してあり、中も猫の足跡がきれいに並んでいる。

 ――ひたすらネコの足跡だらけの書物。

 そもそも書籍かどうかも怪しい物よ。


 あたしは今まで本の内容を読もうと四苦八苦。

 オーク材で出来たカウンターの裏にある椅子に座りながら、うなり声を上げていた。


 「う~~ん!! う~~~~ん!」


 本を逆さまにしたり、目を細めたりしても読める気配は無い。

 隣に視線を落とすとフレイアが、カウンターに伏してすやすやと眠って居る。



 そして、朝から今まで本との格闘の結果……――ついにその時がやってきた。


 辛抱強いあたしも、流石に限界っ!!


 ――ドン!


 机を叩きながら、あたしは声をあげた。


 「こんなもの読める訳無いでしょ?」



 あたしの声を聞いたフレイアは目を覚まし、眠そうな目をこすりながら心配そうに口を開いた。



 「沙織お姉さまどうしたの?」

 「ごめん。 起しちゃったね」


 あたしは彼女に唸って居た理由を本を見せながら説明した。


 「この本が読めないのよ、フレイアちゃんは読める?」

 「どんな本なの?」

 「ひたすらネコの足跡だらけの本なんだけど……」

 「なるほどね」


 彼女は心当たりがあるらしく、軽くうなずいた。



 「お姉様、本を貸して頂けませんか」

 「はい、この本よ」


 あたしは本をフレイアに手渡すと、彼女は本を開き苦も無くページを読み進め始めた。

 そして彼女は、たまに『にゃ にゃにゃん にゃ~にゃ~』と呟いている。


 この子はこの文字が読めるようね、ネコとつながりの深い子だからかな?




 読み終わったフレイアは本を丁寧に説明を始めた。

 彼女はネコの本を何回か見た事が有るのか、驚く様子も無い。


 「お姉様、これはネコ文字で書かれたネコの 本アカシックレコードね」

 「ねこ?」


 フレイアの説明を聞いて思わず半信半疑の声を上げた。


 ネコに本アカシックレコードが有ること自体怪しいものよ。

 第一此処に本が有ると言う事は人生・・が未完になって次の転生が滞っている訳だしね。


 そもそも――ネコの時点で人生じゃないし、ネコが人間に転生でもすると言うの?

 それにあたしが動物の本アカシックレコードを扱うのは、人間の医者が動物を診るような物だから、どう考えてもあたしの管轄外でしょ……。 


 そう考えた、あたしの脳裏に嫌なイメージが浮かんだ。


 ……ま、まさか……――別の意味のネコ!?


 そう考えると、あたしの顔が赤くなるのが判った。

 フレイアは赤くなった、あたしの顔を覗き込んで居る。


 「お姉様どうしたんですか?」

 「ううん、何でも無いわ」


 そして、おそるおそる彼女にネコの意味を聞いてみた。



 「フレイアちゃん、ネコってまさか……」

 「沙織お姉様、ネコを見た事無いの? にゃ~にゃ~鳴く生き物よ?」


 フレイアはネコの別の意味が何か判らずにきょとんとしている。

 あたしが何度も見た事有るネコを見た事無いように思われているようだ。


 「普通のにゃ~にゃ~鳴くネコの事よね?」

 「そのネコの本よ」

 「ネコにもアカシックレコードがあるのね」



 あたしはフレイアの説明に安心しながら納得した。

 別の意味のネコじゃ無くて一安心よ。


 でも、なんか嫌な気配がする……。



 カウンターに これみよがしにおかれていた本。

 ――しかも、あたしが読めないのを知って居て、嫌がらせの様に置く奴は一人しかいない!!



 さっ!


 あたしは上を見た。

 ――何もいない。


 「お姉さま、何かいた?」


 フレイアは何があったのかと心配そうに尋ねて来た。


 「何も居ないわよ、気のせいかもね?」



 すこし、考えすぎたかな?

 この所、戦乙女ワルキューレの仕事が立て込んで居たからな。

 あたしの心が疲れていたのかもね……。


 居なくて一安心♪



 ――其の時、あたしの足下より声がした。


 「……残念。 あなたの読みは、はずれで当たりよ」


 ……何処かで聞いたようなトーン。


 「お姉様、足元に誰かいるわ!!」



 フレイアが恐れる中、あたしが恐る恐る声が聞こえる足元に視線を落とすと……。

 やっぱり居た~~!


 カウンターの下に有るスペースにヘルは居た。

 漆黒のワンピースを着た彼女は腹ばいになり、肘を立てて楽しそうに此方を見上げている。

 傍には例のネコ付きで……――しかも何か袋を持っている。


 「沙織のはレースの白ね……。 性格に似あわず大人しい色なのね……」

 「なっ!」


 ヘルがニヤニヤしながら話しかけた。

 白……――はっ!!

 あたしは大急ぎでスカートの裾を押さえた。

 ――見られた……。



 「押さえても、見ちゃったからもう手遅れよ……、それに下着位……」

 「一体何時から居たのよ?!」


 あたしは顔を赤くした。

 こいつに見られるなんて不覚……。


 ヘルはニヤニヤしながら話しかけて来た。


 「私が夜のうちからカウンターの下で寝て居たら、貴方たちが恥ずかしげもなく見せつけるんだから……」

 「あんたが居るなんて知らなかったわよ!!」


 あたしは顔が引きつるのがわかる。


 「油断大敵よ。 でも、これで前の件はお相子ね」



 ヘルは嬉しそうにして居た。

 ――まるで鬼の首をとったように。

 某ネコも嬉しそうな表情を浮かべている。


 そう言えば、この前ヘルが頭上に現れて、彼女の黒い下着見たくないのに見たんだったよねぇ。

 なるほど、その報復かっ! 


 ――そういえば、このネコも一度地獄に落としたんだっけ……。



 そう考えるとあたしの顔が引きつった。

 ――この性悪ガキめっ……。



 「フレイアの方はまだ子供なのね、色んな意味で……」


 そしてヘルがぽつりと呟くと、フレイアの表情が変わった。

 ――顔が引きつり、カーリーのような顔になっている。


 「きゃ~~~ 痴漢!! いえ痴女よ!!!――見ないで視ないで診ないで!!~変態変態変態!!」


 フレイアは椅子に座ったまま、スカートを押さえて叫びだした。

 ――マンドレイクも真っ青な声量で、まるで痴漢にでもあったように。

 図書館に彼女の声が響きわたる。



 「見られて減る物じゃないでしょ?」

 「そう言う問題じゃないわよ!」


 フレイアの猛烈な抗議もなんのそので、ヘルはすまし顔でカウンターの下から出て来た。

 そして、服をはたきながら口を開いた。


 「その位で大騒ぎするんだから、あなた達はまだまだ子供よねぇ。 まずは内側から変えなさい」



 ヘルはすまし顔で此方を見ている。

 ネコもうなづいて居た。


 偉そうするヘルとネコを横目に考えた。


 夜の内から、カウンターの下に潜んであたし達の下着を覗くなんてねぇ。

 どう考えても、どこかの悪戯小僧か変態親父と同類じゃん……。

 ――まったく一緒だよねぇ……。


 しかも、あんた達が内側から変えろと言うな! 

 ――性根が曲がって根性が腐ったあんたに言われたくないわよ。


 そう考えると、シナプスに火花が飛び交う。

 ――このくそガキと閻魔ネコめ……。

 どうするかなぁ……。



 あたしが渋い顔をして考え込んでいると、ヘルが嬉々とした表情で話しかけて来た。


 「例の本読めた?」

 「本アカシックレコードと言うのは判ったけど、まだ読んでないわよ」


 あんな本読める訳無いでしょ……。



 ヘルは勝ち誇ったようにやりとした。


 「あなたの足りない頭じゃ理解できなかったようね、読めたら素晴らしいプレゼントが有ったんだけどお預けね」


 あたしの頭の思考回路が焦げるにおいがした。

 ――フレイ様が居なきゃ蹴りあげてやりたい所なんだけどねぇ。



 その時、フレイアが助け船を出してきた。


 「お姉さま あたしが翻訳できますけど、読みましょうか?」

 「願いね」


 そう言うと、彼女は本アカシックレコードを読みだした。



 「根戸川 マイケル  下町に生れ6匹兄弟の2番目として生まれる。――子離れまでは野良猫として暮らす。 その後、根戸川家に住み着き飼い猫に出世――」


 彼女はすらすら本アカシックレコードを読んでいる。

 読みなれているのか滞りなく読み進めて行った。

 その様子をヘルは悔しそうな顔で見ている。


 ――どうだ! これがあたしの仁徳よっ 思い知ったかヘル!



 「――そして、享年23歳で大往生。 以上よ、沙織お姉様」

 「ありがとうフレイア」


 あたしが聞く限りでは、このネコは飼い猫に出世し まあまあのネコ生を過ごしたようだ。

 でも、このネコが転生する理由も何か心残りの理由もないでしょうに……。




 「お兄様どうされたのですか?」


 フレイアが突然声をあげた。


 其処に居たのはフレイ様。

 整った顔で静かにカウンターの前に立って居る。


 この方はフレイアの兄にあたる美男子、どうやら妹の悲鳴を聞いて様子を見に来たらしい。


 「フレイア、女の子が大声を出したらはしたないぞ。 司書さんの邪魔をしないようにな」

 「お兄さま、カウンターの下に痴漢がいたの…」


 フレイアはヘルの方をじっと見ながら口を開いた。


 「痴漢にあうのはそれだけ魅力があると言うことだから自信を持ちなさい」

 「でも…」


 フレイアが恥ずかしそうにしていると、フレイは大笑いしながら口を開いた。


 「ははは! 俺も若い頃はよく…」


 フレイがしゃべるのは突然中断した。

 フレイアが冷たい視線によって声がだせないみたいだ。


 「お兄さま…その先は何ですか?」

 「何でもないです……」


 妹の言葉に、いきなり元気をなくすフレイ。

 そういえば、この姉弟エロの方面の神様でもあったのよねぇ。



 彼は笑いをながら話題を変えるようにあたしに話しかけてきた。



 「沙織さん、妹をよろしくお願いします」

 「逆なんです、フレイアちゃんには何時もお世話に成りっぱなしで今日も本アカシックレコードを読んでもらったんですよ」


 あたしはふかぶかと彼にお辞儀をした。

 ――彼もお辞儀を返した。


 「良い子だから、フレイアたんを可愛がってください」


 フレイは妹の頭を優しく撫でながら話しかけた。

 あたしも思わずトーンもあがる。


 「はい」


 その時、ヘルは呟いた。


 「この沙織って子ならきっと可愛がってくれるわね。 だってユリだもの……。」

 「な……。」


 あたしは開いた口がふさがらなかった。

 フレイ様の前で、何という爆弾発言を言うのよ……。

 ――確実に誤解されるわよ!


 そして、ヘルはあたしの耳元で更に絶望的な事を抜かした。

 ――絶望的な真理を。


 「――沙織、みんな仲良くしましょ……独り者どうしで。 死なば諸共よ」


 このくそガキは何と言う事を……。

 ――終わった、フレイ様に確実にその趣味と思われて嫌われた……。

 がっくり……。



 あたしがフレイ様を恐る恐る見て居ると、顔色一つ変えて居ない。

 良かった♪


 そして彼は口を開いた。


 「俺の教え子にも結構居ますからからね。 誰を好きになろうがそんな物、個人の自由でしょう?」

 「お兄様、そうですよね♪」


 「あたしは違います!」

 「沙織さん、照れなくても良いですから妹を可愛がってやって下さいね」


 あたしが否定しても、フレイはにやにやしながら口を開いて居る。

 フレイアは照れながら顔を押さえていた。

 ――なんかすごい方面に誤解された気がした……――確実に。



「お兄様は本体が女子高の生物の先生だから、色々な生徒見て居るのよね」


 フレイアの言葉にあたしは、一瞬はっとした。


 え……? この人にも本体が!? 

 もしかして、此処にいる神々は本体があるの?!



 フレイは妹の本を見つめながら口を開いた。


 「動物の本アカシックレコードですか 余程大切に思われたんですね」

 「どういうことなの?」

 「特例で人間に転生できるんですよ、俺が説明しましょう」


 彼は本を見つめながら話し始めた。


 フレイの話では長く大切に思われた動物は人間に転生らしい。

 ――どうやら最近はクラスごととか、異界転生がやたらと多いので、魂不足でネコの手も借りたいほどの状態みたいね。

 だから、動物が転生すると言う事みたい。



 「とりあえず、今回はネコを転生させるのが仕事と言う感じなのね」

 「うんうん。そんな感じになりますね、頑張ってください」


 あたしが尋ねると、フレイはうなずいた。

 ネコの転生ねぇ……。

 どうもピンと来ないんだけど……。


 あたしがボーっとしていると、ヘルが話しかけて来た。

 ――何やら嬉しそうに紙袋を持って居る。


 「あたしが、今回必要な色々なブツを持って来たから さっさと行くわよ」

 「一体なにを持って居るの?」

 「着いたら必要になる物よ」


 ヘルはニヤリと微笑んだ。

 一体何が入って居るのか気になる……。


 「お姉様頑張ってくださいね~」



 フレイア達に見送られながら、あたしたちは下界に降りてゆく。

 ――袋の中身が気になりながら。

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