天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事編 HERO 下
あたし達は少女の自宅までついた。
彼女は部屋でPCに向かいながら小説を書いて居る。
――後ろから見ていると、いかにも文章力も乏しく底辺確実の様な小説だが。
そして、たまにお気に入りの更新が無いか確かめていた。
「更新が無いな……やっぱりあの人だったのかな? あの人に救われたから、あたしは今でも書いて居られるんだ……」
少女はぽつり呟いた。
その姿を見ている、あたしとヘルと七瀬。
少女のハンドルネームをみて七瀬の表情が変わった。
彼には何か心当たりが有るようだ。
「――こいつだったのか……」
「何か心当たりでもあるの?」
あたしが七瀬に尋ねると七瀬は照れ臭さそうに口を開いた。
「今思い出した。 こいつが某サイトで書き込みして大炎上した奴だ、それをオレが援護の書き込みしてやったんだ」
「大炎上?」
「変な書き込みして、アンチが山ほど書き込む事を炎上と言うのだ」
七瀬はその時の件を説明し始めた。
少女が変なサイトに書き込みして大炎上し、コテンパンにされた時に彼が助けてやった事。
そして、その後も陰ながら応援してやって居た事も。
――相当頭が良いらしく、彼は無駄な事は一切言わずに要点だけを抜き出して説明した。
「なるほど」
「でもさ、なぜ助けてやったの?」
「タダの気まぐれであります!」
七瀬は笑いながら答えた。
あたしは違和感を表情から感じた……。
……彼の信念に基づいてやった――そんな気がした。
それを確かめるために本アカシックレコードを深く読み込まないと。
彼の本音……――ヘルが言って居た意味が隠されている気がした。
「さっきの本少し貸して貰えないかな?」
「良いであります!」
あたしは彼の本を受け取ると丹念に読み込んでみた。
彼の子供の頃から……。
――あたしは深く本に意識を集中させていく。
そして理解した。
――この男の本音は、正義感の強い英雄とも言えるものだった。
彼が小学生の時にクラスの給食費が無くなった。
その時貧乏な子供が当然疑われた。
彼は声を上げて抗議をしている――自分がクラスから浮くのを覚悟で。
『証拠も無しに疑うのは、一番避けるべき事であろうが!』と言って。
そして超一流大学に居た時も、周りのクラスメイトは当たり障りの無い内容をゼミの研究とした。
しかし、彼だけは真に研究者としてやるべき事をテーマとして取り上げようとしていた。
その為に彼はゼミからも追われ、研究者としての道を閉ざされていた。
――有り余る才能が有りながら。
そして、社会人の時も会社の不正に声を上げ、約束された昇進の道をふいにして退社している。
……心の正義を貫いた男に社会が付きつけたのは、無慈悲な評価であった。
そして、彼は変態エロ小説を書きながら糊口を凌いでいた。
其の中でも、魂の輝きは失われず作品の中に自分の意見を散りばめていた。
――執筆をすると言う事は、誰かの心を動かすと言う信念に基づいて。
そして、彼が命を失う事となった事件。
――全裸で少女のパンツを頭に被り、尻には点火した蝋燭を差してコンビニに乱入した事件も……――コンビニに強盗が居るのが判り、人質を逃がす隙を作るために変態的行動を取って居た。
――そうして、最小の犠牲者……――七瀬の死亡のみで片が付いて居る。
少女を助けたのも、少女が彼女なりの正義を貫いて書き込んだのを匿名で炎上させると言う卑怯な行為に対して我慢できなかったからだろう。
……もしかしたら、彼女に昔の自分を投影したのかもしれない。
あたしはヘルが言う意味がやっと理解できた。
この男は紛れもない英雄。
――そして、どん底に居ても魂の輝きを失わない人間を助けるのがあたし達の役目。
七瀬の方を見ると、彼は少女の方をじっと覗き込んで居た。
ヘルはその様子を静かに観察している。
「ヘル」
「どうしたの?」
「あんたの言って居た意味が分かったわ」
ヘルは髪をいじりながら微笑みを浮かべて返事を返していた。
「あなたの足りない頭でもやっと理解できた?」
しかし、はっきりそう言われるとあたしもなんか悔しい……。
PCに向かい小説を書いてる少女は伸びをした。
さすがに少々疲れたらしい。
気分転換だろうか、スマホを手に持つとツイッターに目を落とした。
何か新着メッセージが来てるようだ。
ツイッターの文章は担任の先生からで内容は、
『今回の事件、何か知って居る事が有ったらメール下さい』と書いて有った。
少女が呟く。
「水泳が終わって、みゆちゃんのパンツが盗まれて犯人捜ししたけど。 犯人と目を付けられたアイツは犯人じゃないのはあたしは知ってるんだよね」
少女はツイッターを見ながら考え込んだ。
そしてまた呟いた。
「――其の時間、あいつにアリバイがあるのをしってるんだけど……。 どうしようかな? 言えばあたしにも火の粉が降りかかるのも嫌だしね――」
彼女は先生に知って居る事を言おうか迷っているようだ。
髪を触りながらスマホの画面を覗き込んで居る。
その娘の様子を見た七瀬はぽつりと呟いた。
「彼女は疑われた人間が真犯人でないのを知っていて沈黙しているのか?」
「そうみたいね」
「あいつがこんな卑怯者だとは思っても居なかったぞ」
七瀬は真相を知って居ても担任に明かそうとしない彼女にいらだちを見せて居る。
「あの子は貴方みたいに勇気が無いだけかもしれないわよ」
「勇気が出ないだけか」
「一欠けらでも勇気が有れば口に出せるようになるかもね」
「勇気か……」
あたしの話を聞いた七瀬は考え込んでいる。
どうやら正義の心が動いたようだ、彼の表情は真剣そのものだ。
――そして彼は口を開いた。
「こいつに、何か伝える方法は無いのか?」
「あなたは物書きでしょ?」
「オレが執筆したものを見せろと言うのか……、このアホウが、既に死んで何も書けないであろうが!」
「あなたの生き様自体が一つの物語でしょう」
「その物語をどう彼女に伝えるのだ? 出来ないから苦労しているのであろうが、このたわけ!」
彼は訝しげにあたしに尋ねて来た。
――『アホウ』だの『たわけ』だの言いまくって……。
あたしは一応 戦乙女ワルキューレよ、つまり神なのに!
――神だから、一応彼女に見せる手段は有る筈……勘だけどw
「あたしが持って居る本アカシックレコードには、あなたの生き様が書き込まれて居るわ」
「其れなら彼女に見せれるのか?」
「ええ」
「……変態的な小説と、エロ小説しか書いて無いオレの生き様を見せても良いのか?」
「彼女にとっては、貴方は紛れもない英雄よ」
「英雄……――か……」
七瀬は暫く足元を見つめると、ぽつりと呟いた。
「……その本を貸せ、オレの話は此処で終わったが残りの話を書き込んでやる。 一世一代の名作にしてやる」
「お願いしますね」
あたしが本を返すと、七瀬は本を開き、猛烈な勢いで書きなぐり始めた。
ペンは無いが本アカシックレコードに文字が刻まれて行く。
「うぉぉぉ……! 魂を込めて執筆するとはこう言う事を言うのだ!! 見て置け若造がっ!!!」
その様子を唖然と見ているあたしとヘル。
あたしは気になった事をヘルに尋ねてみた。
「ヘル」
「何?」
「本アカシックレコードに勝手に書き込んでも良いの?」
「……差し支えない筈よ」
「そう言う物なんだ……」
七瀬は書き終えたらしい、あたしに本を手渡してきた。
「こいつを読ませろ」
「彼女が寝るのを待って」
あたしの推測が正しいなら、彼女が寝ている間なら本アカシックレコードを見せる事が出来る筈。
――まだ試した事は無いけどね。
そして少女が眠りにつくのを待った。
””
そして深夜。
少女は自分のベットで、すやすや眠りについて居た。
「この子は寝ているが どうやって読ませのだ?」
「見て居なさい」
七瀬が不審がって居るのを横目に、あたしは少女の胸元に本アカシックレコードを乗せると、金の栞を握りしめ少女を軽くたたいた。
「起きなさい、黒沢あいりさん」
「ん? だれか居るの?」
少女はきょとんとした表情で体から魂だけが抜け出している。
私達にも気が付いたようだ。
「貴女は?」
「あたしは天界司書、横に居るのが変態物書きと地獄の支配者」
少女はきょとんとした表情のままで私たちを見回した。
そして、七瀬の方に視線を向けた時に凄まじい悲鳴を上げ始めた。
「きぃやぁあぁぁ!!! 変態がいるぅ!!!! 」
あたしが七瀬の方を見ると……――彼は凄い恰好をしていた。
――彼は裸で、顔には少女用パンツ、そして尻の穴には火のついた蝋燭を差している。
その姿にヘルも声を失っている。
何時の間に、そんな恰好をしやがった!?
それ以前に何処からそんな物を持って来たの……。
あたしがそう思う間もなく、彼は力強く語りだした。
堂々と何も隠さずに。
――もちろん、尻の穴に火のついた蝋燭を差したままで……。
ろうそくの明かりがゆらゆらと変態の体を照らし出している。
怪しくも変態的なオーラが部屋を包み込んでいた。
その気配にあたし達は飲み込まれている。
「とにかく、胸元に有る本を読め! まずはそれからだ」
変態があまりに堂々としてるので彼女も毒気を抜かれたようだ、平静を取り戻している。
そして、彼女は胸元に置かれている本に気が付いた。
首を傾げながら本を手にとった。
「これは一体?」
「まずは読んで見ろ話は其れからだ」
「読めば良いのね?」
彼女はその本を読み始めた。
その本には、正義を貫いた男の壮絶なる人生が書かれていた。
――少女はその本を食い入るように読み始めた。
その男が辿った終わりなき悲しみに涙を流し、そして世の矛盾に天をつく怒りに体を震わせていた。
――そして、あいりはその男の大いなる遺志を感じ取った。
「これが、物を書くと言う事なの……」
「そうだ」
あいりは涙を流しながら呆然としている。
その様子を見た七瀬は力強く頷くと静かに語りだした。
「物を書くと言う事がどのような事か解ったであろう」
「私の覚悟が足りなかった……勇気を出してみるね」
彼女は力強くうなずくと本を七瀬に返した。
彼も笑顔を見せ始めた。
「――真相を知って居ても、口を紡ぐのは卑怯者のやる事だぞ」
「判って居るよ、今からメールを送るつもりだから……」
「頑張れよ」
七瀬はあいりを優しく見つめている。
――蝋燭は刺したままで。
その後、ヘルがとどめの一言を追加した。
「このままだと、あなたは焦熱地獄に堕ちるわよ」
まるで霊感商法のようなフレーズだけど彼女が言うと真実味があるわよね。
「地獄はいやぁ!!! 」
あいりは叫び声を上げている。
””
暗い部屋の中、少女は目を覚ました。
「夢?」
あいりはきょとんとした表情を浮かべていた。
彼女は辺りを見渡した。
しかし、其処には変態も戦乙女ワルキューレもヘルも居ない。
「――夢でも何でも良かったよ、勇気が湧いて来た」
彼女はそう呟くとスマホに向かいメールを打ち出した。
あて先は担任らしい、どうやら疑われた子のアリバイをメールするようだ。
その様子を見ているあたし達。
どうやら、これで疑われた子の容疑は晴れそうだ。
――でも、パンツが無くなった真相は?
「ぎゃぁ 熱っちぃぃ!!」
突然七瀬の悲鳴が聞こえた。
あたしがそちらの方を振り向くと彼がお尻を擦って居た。
ヘルは呆れたような表情で呟いた。
「だから言ったでしょう、焦熱地獄に落ちるって」
「オレの事だったのか!?」
「ええ」
なるほど……。
お尻に火をつけた蝋燭を刺したまま居たら、蝋燭が燃え尽きて最後は尻が焼けるわよね……。
――この男は頭が良いのやら悪いのやら……。
「おい、結局パンツ盗難事件の真相はどうなんだ?」
「もしかして、それまで調べるつもりなの?」
「勿論であろうが」
七瀬は尻の火傷も気にする事無く盗難の真相を知ろうとしている。
はぁ……。
こうなったら徹底的に付き合うしかなさそう。
じゃあ 無くなった現場に行くしかないのかな?
「じゃ この子の教室まで行って真相を確かめましょうか」
「わたしは本体に入って行くから、沙織たちだけで先に行っておいて」
――本体?
初めて聞くんだけど、ヘルの本体ってどういう意味なの?
とりあえず、あたし達は少女の教室に向かった。
””
あたし達は少女の教室に着いた。
そこは深夜だけあって誰も居ない。
ただ机と椅子だけが並んで居る。
「この教室で、みゆちゃんのパンツが紛失したんだよね?」
「だろうな、まずは物証を探すのが一番手っ取り早いだろう」
「どうやって?」
「犬に探させるのが一番早いだろうな」
あたしが尋ねると七瀬は的確な答えを返してきた。
――そして、犬に探させるとあっさりと解決した。
「わんわん♪ この机の中にパンツらしい物が入って居るわん」
「ありがとう」
「でも、何故自分の机の中に入って居るのだ?」
「じゃあ 取り出してみれば判るでしょう」
声の方を向くと、ヘルみたいな少女が偉そうに立って居た。
――しかも影がある。
「あなたは?」
「私はヘル、これなら実態があるから色んな物に触れるわ」
彼女はそう言うと、机の中にあるパンツを取り出した。
――そのパンツは『みゆ』と名前が書かれており、粘液でじっとりしていた。
そのブツを見た後、七瀬は呟いた。
「なるほどな、これは持ち主の自作自演だ」
「どう言う事?」
「持ち主がパンツをジットリ濡らす事をして、その下着を穿けなくなったんだ。 そして、パンツを机に丸め込んだ。 水泳の授業の後、周りが彼女の下着が無いのに気が付いて大騒ぎになった訳だ」
「自分で隠したとは言えないから、盗まれた事にしたと?」
「そう言う事だ」
――名探偵の様な七瀬の推理であっさり真相解明。
後はどうするかな?
「ヘル この後どうするの?」
「パンツを机の上に置いておきましょう。 真実が次の日の朝になれば知れ渡るわ」
さすが地獄の支配者、悪人には情け容赦ないわねぇ。
――明日になれば、パンツの持ち主は情け容赦なく糾弾受ける事は確実。
そして、淫乱の称号を貰う事になるだろう。
自業自得とは言え多少気の毒の気もした。
「これで全てすっきりした、転生するんだよな?」
「ええ、本を出してもらえますか」
あたしは七瀬がだした本に白銀の栞を差し込んだ。
――彼の体は光の粒になって風に溶けだす。
「さ~て 次の転生先でも書きまくるぞ!!」
「頑張ってくださいね!」
「おれも変態小説とエロ小説をもりもり書くでござる! 頑張れよ後継者!」
そう言うと、七瀬は風に消えていった。
後に残された、あたしとヘル。
「沙織あんたは先に帰って置いて、あたしは本体を戻すから時間かかるの」
彼女はそう言うと教室から出て行った。
とりあえず、今回の仕事はおわった。
あたしも翼を広げて、空に羽ばたいていった。
――本体?
何か引っかかる……。
その不安を胸にしまい大空へ羽ばたいてゆく
”””
担任にメールを送り終えた、あいりはふとあたりを見渡した。
「気のせい? でも何か何か聞こえたよね……」
そして、彼女は呟いた。
「あたしもなれるかな? 英雄に……。 Hもeroもそれぞれならいやらしい意味だけど、
2つ合わせればHERO ひーろ(英雄)になるからねっ!」
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