天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事編。 ミッシングリンク 経たれた鎖 下

 弓道場に夜風が吹き抜ける。

 すこし潮の匂いが混じっていた。

 ――嵐が来る前のように生暖かく気持ちの悪い風だ。



 茜は霞の体を借りて真央との最後の勝負に出ていた。

 あたしとヘルは成り行きを見守って居る。


 「ヘル……。 これで良かったの?」


 あたしは心配そうにヘルの方を見つめた。

 ――彼女ヘルは自信たっぷりそうに見えた。


 「本人が良いと言うのだから、成り行きを見て置いたら?」

 「茜は霞の体に入ってる訳でしょう……。 真央は茜だと気が付け無いんじゃ?」


 ヘルは鼻で笑った。


 「……ふっ、 だからまだ貴方は私のサポートが必要なのよ……。 良く見て置きなさい、絆の強さをね」

 「絆?」

 「そうよ、絆。 あの二人は強敵ともと言う強い絆で結ばれているの、体が違っても直ぐに判るわよ。 それが絆と言う物よ」


 ――ヘルがそう言うと、凄まじく胡散臭いんだけどねぇ。

 あたしも何も出来ないし、成り行きを見守るか……。


””


 霞の体を借りた茜は、無言で自分の弓の元に向かい弦を張り始めた。

 ――真央は彼女に気が付いた。


「ちょ、その弓に触らないで!! 霞あんた何やってるのよ。」

 「弓を張っているのよ」


 霞の体を借りた茜は表情を変える事無く弦を掛けようとしている。

 その姿を見た真央は表情がこわばっていた。


 「それは何か判っているの?」

 「自分の弓をどうしようと勝手でしょ?」

 「その弓は茜先輩のものよ! 面白半分で貴方が触って良い物じゃないわ!!」



 ――霞の体を借りた茜は苦も無く弓に弦をはった

 その事に真央は驚きを隠せない。


 「霞……あんた何者? 茜しか張れない癖のある弓なのに…」


 霞の体を借りた茜は鷹のような視線で真央を見つめた。

 空気が一瞬で変わる。


 「――あたしは茜よ、時間が無いわあたしと近的で最後の勝負しなさい。 勝てたら このタスキをあなたに託すわ」


 怒りを露わにする真央。

 彼女の顔は怒りと悲しみに満ちた表情となっている。


「何が茜よ!? 弓の張り方や口ぶりまで茜先輩の真似をしてあんた何が目的よ! ……茜先輩を冒涜するな!!」



 ――真央の平手が飛ぶ――しかし霞の体を借りた茜が平然と受け止めた。


 「真央、あなたの癖変わらないね。 最初の勝負の時から一緒」 


 唖然とする表情を見せる真央

 彼女の推測が確信に変わる。


 「……まさか、本物の茜先輩?」


 霞の体を借りた茜は静かにうなずいた。


 「この子の体を借りて戻って来たの、真央と決着を付けたくてね。 最初に戦った時と同じ5本勝負で……」


 霞の体を借りた茜は、5本の矢を真央に手渡した。


 「先輩…」

 「最後の勝負になるわ、でも手加減はしない」

 「望むところよ、 勝って先輩に奪われた物を奪い返してやる」


 真央は嬉しそうな表情を浮かべている。


 「できるならね」


 霞の体を借りた茜も不敵な笑みを浮かべた。


””



 弓対決が始まった。

 二人の女性が並んで矢を放ち始めた。


 1本 2本 3本 二人とも全て命中させる。

 両者一歩も引かない……。

 弓道場に張りつめた空気が流れる。



 「腕を上げたわね、真央」

 「茜先輩、お褒めの言葉光栄です……」


 霞の体を借りた茜は、真央をちらりと見て呟いた。


 「あたしが強くなれたのも、この娘が何時も後ろに居たから。

 何時か抜かされる日が来ると恐れていた。

 ――この娘が私の強敵ともだったんだ……」


 真央は霞の方を振り向いて返事を返す。


 「あたしが強敵とも……。 強敵ともだから余計に手加減はしないわ!!」


 真央は体中に闘気をみなぎらせてた。

 そして彼女は、弓を引き絞り的を狙った。


 「流石、あたしが唯一恐れた相手ね……」

 霞の体を借りた茜も弓を冷静に引き絞る。


 四本目も二人とも当てて行く。

 最後の一射となった。


 「これが最後の一射ね」

 「……」


 最後の一射になって真央の手が止まった。

 彼女は何か考えているようだ。

 その眼には涙が浮かんでいた、


 「どうしたの? 真央早く打ちなさい」

 「勝負が終わったら、茜先輩は……」

 「そうね。 ……時間が無いから、直ぐに転生しないと行けないのよ」


 真央の手が震えている。

 顔からは涙が流れだした。


 「――あたしを負かせた日からずっと――ずっと茜先輩にあこがれて居ました」

 「真央、あなたは自分の誇りを取り戻す為に、頑張っていたんじゃ?」


 真央は俯いた……。



 「最初はそうだった、けど途中から変わったんです……」

 「……」

 「茜先輩の背中を追いかけて居たんです。 あなたに勝ったら何時か言おうと思って居たのに……」


 真央の目から涙がとめどなく流れ落ちる。


「私もあなたの事が一目有った時から好きだったの……」

「先輩 卑怯ですよ、……あたしが先に言おうと思っていたのに…」


 ―― 二人とも矢を放った。



 5本目は真央は外して、霞の体を借りた茜は当てていた。

 ――弓勝負が終わり、沈黙が支配した……。



 真央はへたりこんだ。

 しかし、その表情は澄み切って居る。

 彼女の心のわだかまりがとれたようだ。


 「ふふっ、 結局私は先輩に一度も勝てなかったな…… でもすっきりしました」

 「勝ったのは真央よ」

 「なぜですか?」


 真央は事態を飲み込めて無いようだ。

 唖然とした表情をしている。


 「元の体だとあなたには勝てて無いわ、この子の体だから勝てたのよ」

 「そんな……」

 「このタスキはあなたの物よ、受け取りなさい。 そして次の後継者に繋いでいってね」


 霞の体を借りた茜は真央の首に真紅のたすきを掛けた。

 真央は俯きながら涙を流しながら震えている。


 「幽霊でも幻覚でも茜先輩に合えて嬉しかった――この魂を次に受け継いで行きます」

 「お願いね」


 霞の体を借りた茜は真央を抱きしめて背中を軽くたたいた。


 「さようなら、あたしが一番恐れ――そして、愛した娘……」

 「――はい、先輩が一番のライバルでした……」

 「あなたと最後に勝負出来て良かった……、転生した先でまた会いましょう」


 真央も返すように、思いっきり霞の体を借りた茜を抱きしめ返した。


 「私もです、最後に合えて良かった。 また会いましょう……」

 「感覚が鈍ってきたから、そろそろ時間かな? 後は頼んだわよ」



 そう言うと、茜が霞の体から抜け出した。



  霞は意識を取り戻したようだ。

 彼女は真央に抱きしめられて居る今の事態を飲み込めてないようだ。

 唖然とした表情を見せて居た。


 「え? どうして先輩に抱きしめられているの? 嬉しいっ!!」

 「霞…… 明日から此処に来なさい」


 真央は霞の顔を見ながら優しい笑顔を見せて居た。

 彼女は考えていた。

 ――もしかしたら、この娘こが次のタスキの継承者になるのかもね。


 「いいの? 途中入部はダメなんじゃ?」

 「特別にあたしが入部を許可する、先生とかは、あたしが何とかするわ」


 不安そうな表情の霞の頭を撫でながら、真央は口を開いた。


 「先輩ありがとうございます!!」

 「明日からびしばし鍛えるからね! あたしもインターハイで頂点を目指すわよ!」

 「これでずっと一緒に居られますね お姉様♪」

 「え??? お姉さま??」


 真央の顔は多少引きつって居た。

 ――霞は、嬉しそうな表情で真央の顔を覗き込んでる。


 「はい、真央お姉さまです」

 「そういう趣味は考えたことが…」

 「考えた事が無いなら、これから体験してその気があるかどうか考えてくださいね」


 霞は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに真央に抱きついている。




「……あの子そう言う趣味だったんだ。 此処は女子校だから結構あるのよね」


 その様子をほほえましく見つめる茜が居た。



 ――これで転生してもらえるかな?

あたしは彼女に尋ねた。


 「もう大丈夫よね?」


 「――ええ、もう心残りは無いわ。 この本を出すのよね?」

 「お願いします」


 あたしが彼女の本に白銀の栞を挟んだ。

 ――彼女の体は光の粒になって夜風に溶けてだした……。


 「次の転生先でも頑張ってね」

 「ありがとう 戦乙女ワルキューレさん お願いが有るんだ」

 「何かしら?」

 「真央がこっちに来るときは同じ世界にしてね」

 「どうして?」

 「彼女とまた勝負したいからね。 わが生涯に一片の悔いなし!」



 ――彼女の体は 夜の風に溶けて行った。


弓道場には、抱き合ったままの彼女達が居る。




 「一足違いでしたね……。」

 突然、低く落ち着いた声がした。


 あたしが振り返ると其処には男が居た。

 ――年の頃は30代前半――彼は不敵な笑みを浮かべている。

彼は漆黒のスーツを纏い、その手には黒光りする剣があった。

 ――ファル?



「沙織、金の栞に意識を集中! ファルよ!!」


 ヘルが叫ぶ。

 あたしも金の栞に意識を集中しようとした。



 ――しかし、男は戦いを仕掛ける気配はない。

 ぽつりと呟いた。


 「冥界の女王が居るので今日は引かせて頂きますよ、勝てない無用な戦いは避けるのが大人ですから……」


 そう言うと、男はふっと消えていった。

 ――あいつがファル……。

 あたしの背後をいとも簡単に取られた……――あたしの背中に冷たい物が走る。

 ……こいつに勝てるの?


 

 「とりあえず、あいつ等の勝負、今・日・は私達の勝ちよ……」

 「そうね、彼女をちゃんと転生されらたからね。 今日はもう天空に帰りましょうか」

 「前よりは、少しはましになったじゃない」

 「どうもw」


 あたし達は、天空にむかって羽ばたいて行った。


  ――ファル……――その不安はあたしの脳裏から消えない。

 今度有った時は勝てるの?

 そんな一抹の不安を抱きながら、今回のお仕事は完了した。



 ――空には、青い月が静かに浮かんでいる。

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