天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事編。 ミッシングリンク 経たれた鎖 中

 ヘルと私は下界に降りてゆく。

 ――その間に今回の本アカシックレコードに目を通しておかないとね。

 あたしは、本をぱらぱらとめくり始めた。


 えーっと、 持ち主は、那須なす茜あかね17歳、女子高生……。

 最後のページは何処かな? 死因は……。 


 あたしが最後のページをめくる前に、ヘルが口を開いた。


 「彼女の死因なら、私が教えてあげるわよ」 


 彼女の表情は自信に満ちていた。

 ――このヘルの表情、何か企んでるなぁ……。


 「彼女の死因は?」

 「彼女は――弓道の猛練習中に体温調節機能の限界を超えて高温環境に晒され、体温が異常に上昇し、高体温による各臓器の障害が生じたの……。 そして、多臓器不全に陥って亡くなられた……。」



 「え~っと、それって……。 どう言う事なの?」


 ――なんの事?

 まるで意味不明の外国語なんですけどぉ。

 あたしは意味が解らず首をひねっている、良く判らない言語を連呼されてもねぇ……。


 ヘルは自慢そうに、さらに付け加えた。


「貴女のレベルに合わせて説明すると、彼女は弓道の練習中に熱中症で倒れて死亡。 これなら貴女でも理解できるでしょ?」


 ――お~い 最初からそう言えよなぁ……

 良く見たらヘルの手にメモが張り付いているし。

 それを付けて最初の説明してたんだ……

 この性悪ガキめw


 「つまり、弓道の練習中に熱中症でお亡くなりになったのね」

 「そう言う事よ、あなたの筋肉しかない悪い脳みそでも理解できたじゃない」


 ひくっ、あたしの眉が上がる。


 こいつめ、この一言を言いたいからメモ持って来たのね。

 ――そこの根性だけは認めるけどさ……。 この性悪ガキめw


 ヘルは嬉しそうに更に続けた。


 「インターハイ前の出場権を巡って、後輩でライバルだった 草薙くさなぎ真央まお(16歳)と熾烈な競争していたようね」

 「なるほど……」


 「しかし、彼女は弓道の練習中に熱中症で倒れて死亡。 那須なす茜あかねの方が出場する予定だったらしいけど、彼女がお亡くなりになってライバルの草薙くさなぎ真央まおが繰り上がりでインターハイに出れるようになったみたいね」


 でもよくしらべてるなぁ……。

 何処から調べて居たんだろ?


 あたしが本アカシックレコードに目を落とすと手垢が多少ついていた。

 ――なるほど、あの部屋から本を持ち出す前にヘルが目を通したんだ。


 こいつめw 

 調べておいてくれたんだね。

 ――最初の嫌味は帳消しにして、多少彼女に感謝。


 「調べておいてくれたのね、ありがとう」

 「べ、別にあんたの為じゃないからねっ……。 今回は緊急事態だから特別よ……」


 ヘルは恥ずかしそうに口を開いた

 ――こんな感じで何時も居たら可愛いのにねぇ


”””



 あたし達は地上に着いた。

 既に日は沈んで暗くなりかけている。

 あたしは周りを見渡した。


 何処かの弓道場だろうか?

 辺りには、巻き藁や弓などの弓具が綺麗に整頓されて置かれて居た。


 「ヘル、ここは何処?」

 「女子高の弓道場よ」

 「持ち主の那須なす茜あかねさんは何処に居るの?」

 「……あそこよ、 黒髪の凛々しい女性が居るでしょ」


 彼女ヘルの視線の先には、袴姿の凛々しい女性が居た。

 ――彼女は正座して、静かに集中して居る。

 あたし達の存在に気が付いて居ないようだ。


 「――この女性?」

 「この女性が那須なす茜あかねさんよ」

 「じゃ 本を返すわね」


 あたしは本アカシックレコードを彼女の手に持たせた。

 彼女は気が付いたそぶりはない……――恐ろしい集中力だ。

 あたしは挟まった古い栞を引き抜いた……――まだ気が付かない……。


 「恐ろしい集中ね」

 「弓の基本は精神集中だから……。 部長の肩書は伊達じゃないわ」


 ヘルはさらりと精神集中、言ったけど困ったわね。

 あたしもこのパターンは計算外。

 ――ダメ元で声でもかけて見るか……。


「集中されるのも宜しいのですが、那須なす茜あかねさん貴方をお迎えにきました」


 あたしは彼女に声を掛けた。

 しかし、深く集中したまま彼女は気が付く様子は無い。



 ――お~い茜あかねさん、いい加減に気が付きなさいよね。

 気が付かないなら、このまま、白銀の栞を挟んで転生させちゃうか……。

 一瞬悪い考えがあたしの脳裏をよぎる――いや、それはさすがに不味いよねぇ。


 どうしよう……。

 こんな時は現場にヒントがある(筈

 あたしは弓道場を見渡した。



 ――きゅん。


 いきなり風斬り音を立てて、あたしの背後を矢が飛んで行く。

 そして矢は的に命中した。


 「ひぇ……」

 あたしは小さな悲鳴を上げた。

 ――あたしを殺す気?


 その姿を見てヘルは呆れている。


 「貴女は既に死んでいるから、当たりはしないわよ……」

 「当たらなくても怖いわよ! でも、撃ったのは誰?」


 あたしがそちらを振り向くと、袴はかま姿の金髪の女性が立って居た。

 ――草薙くさなぎ真央まおと名札に書いてある。

 この女性が噂のライバルか。




 彼女は次々に矢を放った。

 ――次々に的に命中する。


 しかし彼女の表情は虚ろだ、的には全て命中しているが……。


 「空しい……。 この空虚感は何なの? 先輩……」


 真央は呟いた。


 「真央先輩、あたしをここに入門させて下さい」


 声の方を向くと、其処には細身で小柄な女性が居た。

 彼女は心配そうな表情で茜を見つめている。



 「霞かすみもう帰りなさい、何度来ても同じよ。 主将では無い私にその権限は無い」

 

 真央は振り返らずに口を開いた。


 「真央主将が入門させてくれるまで帰りませんから」

 「主将とあたしを呼ぶな! 主将は今でも、茜あかね先輩しか居ない……」


 彼女まおは吐き捨てるように返事をすると、霞は俯きながら、ぽつりとつぶやいた。

 霞の表情は暗く、声のトーンは低い。


「あの人はもう居ないじゃ無いですか……。 最強の弓使いが主将なら、真央先輩が……」

「言うな、あたしは一度も先輩に勝ってない」


 茜は考えていた。 

 一度も負けたことが無かったあたしを初めて負けさせた茜先輩。

 彼女から主将の座を奪う為に頑張って来たのに、もう先輩は居ない……。


 ――永遠に勝てない事になってしまったからね……。


 彼女の視線の先には、真紅のたすきが真央の弓に縛られて居た。


 「そうですか……。 真央先輩がおkと言うまで私は帰りませんからね」

 「勝手にしなさい」

 「勝手にさせて頂きます」


 彼女はそう言うと、床に座り込んだ。

 霞が子供の様に駄々をこねるのを茜はさらりと交わし、また弓の練習をし始めた。

 ――虚ろな表情のままで。


””


 暫くすると 那須なす茜あかねが気が付いたようだ。

 静かに目を開き、あたりを見回している。

 ――自分が死んでいることには、まだ気が付いて居ないようだ。


 「此処はどこ? あたしは、弓の練習をしていた筈だけど……」

 「やっと気が付かれたのね、あなたは……」


 やっとあたしは説明し始めた。

 死んだ経緯と本アカシックレコードが未完の為、転生して貰う事などを。


 「そう……。 あたしは練習中に死んで本アカシックレコードが未完になった。 それで転生するのね」

 「そう言う事になります」


 茜は取り乱すこともなく、自分の今の状況――死を受け入れているようだ。

 彼女は静かに辺りを見渡した。

 ――茜の表情には迷いはないようにみえる。


 「心残りはないんですか?」

 「完全に心残りが無いと言えば嘘になるけど、弓一筋にささげた人生だから。 此処で倒れても、心残りは無いわ」


 ――よかった、今回はあっさり転生してもらえそう。

 早く転生してもらわないと、前みたいに面倒な事になると困るからね。



「じゃ 早速本を……」


 あたしが白銀の栞を取り出そうとすると――その時、ヘルが要らない事をぽつりと呟いた。


 「あそこにある派手なたすきは何なの?」

 「あれは主将の証 代々受け継がれた最強の証よ」

 「ふうん、大切な物なのよねぇ」



 ヘルは微笑みながら、あたしの顔を見ている。

 あたしの脳裏にいやぁ~な予感がした――いや確信かも。

 ――なんか仕事をさせる気満々ぽい……。

 今度は何よ?


 「もちろんよ……。 なぜ大切な物があのままに? 真央が受け継いだ筈じゃ?」


 茜の顔色が変わった。

 あたりを包み込んでいる空気自体も張りつめてきた。

 ――此れが主将の実力……。


「真央さんが受け継がなかったからよ。 後は此処に居る沙織が説明してくれるわ」


 ヘルは私の方を指差している。

 ――おーい。 とんでもない所で人に話を振らないでよ。

 面倒事を引き受けた感じがする。

 ……押し付けられたっ?



 「どう言うことなの? 説明しなさい」


 茜は鋭い視線をあたしに向けてきた。

 まるで研ぎ澄まされた刃を向けられた感じ。

 この人怖い……。


 「説明すると、……」


 ――あたしは説明した。

 茜が受け継いで居たタスキを真央が奪い取る事が出来なくて、主将の座が空席になって居ると。



 その話を聞き黙り込む茜。

 暫く彼女は考え込み、そして口を開いた。


 「あの子ね……。 転生するまで少し待ってもらえない? 」

 「え? 何か心残りでも?」

 「真央と勝負させて!」

 「勝負?」

 「あの子と最後の勝負をしたいの」


 ――あたしは困惑した。

 まったく……どうやるのよ。

 貴方は既に死んでいるのに、どうやって勝負するのよ。

 ……真央さんに、来てもらう訳にも行かないしねぇ。


 茜は更に続けた。


 「真央をあたしの呪縛を解き放って、部長になってもらわないと。 ここで伝統の鎖を絶やす訳にいかないから」

 「……」

 「それに、あたしが一番恐れた娘ともう一度戦ってみたくなったの」



 茜の目は闘志に燃えている。

 戦う気は満々のようだ。

 ――このままでは彼女転生するそぶりは微塵もない。


 ヘルはまったく余計なことを増やして……。

 あたしは思わず頭痛がしてきた。


 あたしがヘルの方振りを向くと――彼女は嬉々とした表情で何かを言いたがっている。

 また何か良い手がこの子にあるんだろうなぁ……。

 仕方が無い、聞いてみるか。


 「ヘル、何か良い手無いの?」

 「出来ない事も無いわ沙織。 あなたのもう一つの力使えば可能……」

 「何か手があるの?」

 「金の栞、あれを使えば魂に直接干渉できるわ」

 「金の栞? ここに有るけど……」


 あたしは金の栞を取り出した。


 あたしが見てきた記憶では、金の栞は武器じゃなかった?

 先代がファルと戦う時に、剣として使って居たような……。

 ――他の使い道もあるの?


 ヘルは金の栞を見ながら口を開いた。


 「その金の栞は魂に直接干渉が可能、武器として使うだけじゃ無い」

 「どう使うの?」 

 「魂の存在となった茜さんを、金の栞で誰かの体にに少しの間お邪魔させるの」

 「そんなことできるの?」

 「出来るわ」


 金の栞にそんな使い道があったなんて知らなかったわ。

 まるで某漫画の鬼の〇みたいな物ね。

 あたしもそれには少しびっくり。

 ――とりあえず、ピンチは去ったかな。


 「茜さん、勝負できるって事みたいね。 じゃあ始めましょうか」

 「お願いします」


 あかねは静かにうなずいた。


 「ヘル、彼女が入り込む体はどうするの?」

「あの子をお借りしましょう」


 ヘルの視線の先――其処には先程の霞かすみが疲れ果てて眠っている。

 ――体操座りで静かな寝息を立てながら。



 「茜さん、霞さんの体に抱きつきなさい」

 「わかったわ」


 ヘルが言うと茜は霞の体を後ろから抱きしめる格好になった。


 「沙織、金の栞で茜の体を霞の方に押さえて」

 「判ったわ。 彼女を押し込めば良いのね?」


 あたしは霞の体に茜の体を押し込んだ。

 ――茜の体が霞の中に吸い込まれ、彼女かすみの体が淡く光る。


 ――そして、霞は目を覚まし呟いた。

 「この体で勝負か……」

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