天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事 伝えたい思い――伝わない思い 思いは拳とキンモクセイの香りに乗せて。

 あたし達は惨劇の現場に着いた。

 既に日は沈んでいる。


 街を行きかう人々は足早に通りを歩き去ってゆく。

 ――あたし達に気が付く様子も無い。


 あたし達は魂だけで実体が無いんだから、みんなに見える訳無いよね。



 「たしか、情報によるとここよね?」

 「ええ、ここで大丈夫よ」


 都会の目抜き通り、そこに有るドラックストア前――其処が事件現場だ。

 時間が立っているせいか、事件を思い起こさせる物は供えられた枯れた花束しか無い。

 いや――真新しい花束も一つだけ有った。


 しかし、多くの人たちは花束に気にとめる様子もなく、そのまま通り過ぎてゆく。



 あたしたちは花束の側にいる。

 通り過ぎる人々は、あたしたちをすり抜けて行って居る。

 誰も気が付く様子も無く。



 えっ? 


 ――でも……、一瞬誰かが、あたし達の方を振り返った?

 見えない筈よね…。


 「どうしたの?」

 

 ヘルは不審そうに口を開く。


 「誰かあたし達に気が付いたかも」

 「ファルでも居た? ――気のせいよ、今あいつらの気配はしないわよ」

 「気のせい……よね」

 「……目的の彼女は、直ぐ近くに居るけどね」


 彼女は、その件は気にする様子は無いようだ。

 そのまま真っ直ぐ歩き出した。



 其処に彼女は居た。

 そばかすだらけの顔にメガネをかけた高校生と思える女性――彼女は制服のような服を着ている。


 「あたしの直樹は無事? どこにいるの?」


 彼女はそう呟くと、誰かを捜すように彼女はおろおろしている。


 どうやら、あたし達に気が付いていないようだ。

 彼女は自分が死んだのすら気が付いて居ない様に思えた。



「この場合は、まず本を手渡してからだよね?」

「ええ」


 あたしは彼女の手を掴むと強引に本を手渡した。――彼女の動きが止まる。

 そして、本に挟まって居た古い栞を引き抜いた。


 彼女は我を取り戻し、唖然とした表情になっている。

 ナニが起きているか理解できないようだ。 



 「え 貴女は?」

 「私は天界司……」


 彼女は私が言葉を言い出す前に、次の言葉を言い始めた。

 形相は必死――あたしの服の襟をもって詰め寄っている。


 人の話はちゃんと最後まで聞いてよね……。

 あなたには話す事が有るんだからねっ。


 「あたしの直樹は無事なの?」

 「無事よ、 貴女が身代わりになったから」

 「良かった……」


 「良く聞いて、貴方は……」


 あたしは彼女が自分が殺された事、転生できず悲しい記憶に縛られて居た事を伝えた。



 ――俯く彼女、そしてぽつり呟いた。


「あの人は、あたしが居ないと何もできないから大丈夫かな……。 そうだ、あの人今どうしてるの?」



 そう言われても、困るんだよね…。

 あたしもそこまで情報貰ってるわけじゃないしさ。


 困ったあたしは辺りを見渡した。


 ヘルは此方に歩いてくる男子生徒を指差している。

 ――その手には花束が持たれている。


 「――あの子よ」


 いかにもひ弱そうな男がこちらの方に歩いて来ている。

 ――意外と近くに居る物なのね……。

 なんかラッキーって感じ?



「えーっと……。 直樹さんは、この温室育ちの様な男の事?」

 


 あたしが尋ねると、彼女の眉が上がった。

 途端に彼女の表情が険しくなる――。


 やばぁ~、あたしが彼女の地雷でもふんじゃった!?



 「そうよ! あたしの直樹よ!! なよなよして悪い? 優しいのが取り柄なんだから」

 「そうですよね、優しいのは大切よね」


 なよなよしてるのは事実なんだ……。

 ――でも過保護気味とも思うんだけどねぇ。


 「直樹が元気で居て良かった。 今でも……忘れずに来てくれているんだ…」


 彼女は泣き出しそうな顔になって居る。



 「満足したところで、そろそろ転生しませんか?」

 「そうね……。 もう少しだけ彼を見させてくれない?」

 「……良いわよ」


 ――あたし達は静かに彼女を見守った。



 ――彼女が彼を触ろうとしても、彼女の体は彼をすり抜けて行く……。

 届けたい思い……――伝わらない思い。


 その姿を見てあたしは思わず目を伏せる。

 ――あたしの心が痛い。



 直樹は花束を供えると、座り込み静かに目を閉じた。

 ――足元には小さな水たまり……。


 あたしは理解した……、この子は彼女の為に何時も此処に来ているんだ。

 ――彼の心はまゆの事で未だに一杯なんだって。

 そして――彼の心は事件の時で止まっているのね。


 その後ろには彼を心配そうに見守る女性が居る――彼の後輩だろうか?

 ――しかし直樹は、彼女が見ているのに気が付いて居ないようだ。



 そして、暫く時間が経った。



 「辛いよ真由……、このまま自分もそっちに連れて行ってよ」


 彼は俯きながら、ぽつりと漏らした。



 やれやれ、この男も転生希望なの!? 

 仕事がふえそうだな……。


 彼の姿を見ていた真由は静かに考え込み始めた。

 ――その表情は何か決意の様な物を秘めているようだ。



 「直樹に思いを伝える方法は無いの?」


 真由が尋ねるとヘルはきっぱり言い切った。


 「無いわよ」

 「この人を縛って居たのはあたしなの。 だからあたしが解放してあげないとダメなの! そうしないとあたしは心配で転生も出来ないわよ」



 お~い、彼女がとんでもない事をさらりと言いやがった……。

 さっきヘルがつたえる方法は無いといったよね?

 聞いて無かったの?

 ――しかも、思いがつたわないと転生しないってねぇ……。


 ――どうするのよ、コレ……。

 今流行のモンスター客って言うのかな…。


 あたしの脳内でシナプスがブスブス焦げ始めた。



 さらに、ヘルは一言さらりと抜かした。


 「…強制成仏させても良いけど。 最初から其れは不味いんじゃない?」


 ――どうしろというのよ おいw

 あたしの顔が引きつるのが判る。

 こ、これは、大ピンチ状態じゃん…!!!



 あたしの表情を見たヘルは、満足そうにぽつりと呟いた。


 「あなた翼は?」

 「出せるけど……」

 「翼がは有れば、風は起こせるんじゃない?」


 あ、なるほどねぇ。――脳内でLEDが点灯した。

 ――良い事思い付いちゃった、――ヘルのナイスフォローに感謝♪


 あたしは笑顔でまゆに話しかける。


 「まゆ、あなたの思いを伝えれば良いのね?」

 「ええ、あの人を縛っている心の鎖を解いてほしいの」

 「任せておいて、良いアイデアが有るの」


 あたしは真由と話し始めた。

 ――作戦の下準備の為に。


 「――例の話で、一番印象に残ってそうな記憶は?」

 「……そう言えば、あの時の…」


  真由は何かを思い出したようだ。

 あたしの耳元で囁き始めた。


 「そのエピソード良いわね。 それで行きましょう」

 「それで直樹もきっと気が付いてくれるわよ。 ありがとう女神様」

 「どういたしまして」

 「じゃあ 決行は今夜0時ね」

 「お願いしますね」



 あたし達は深夜を待った、ヤシ〇作戦と同じ0時決行予定。

 ――月は静かにあたし達を照らしている。


””



 その深夜。

 直樹の部屋にあたし達は居る。

 窓からは、樹が見えた――樹は、ほのかな香りを漂わせている。



 何をするでもなく、音楽を聞きながらぼんやり天井をみつめている直樹。

 完全に魂が抜けたようになっていた。


 「直樹……」


 彼の姿を見て、真由が泣きそうになりながら、彼を見つめている。


 「じゃあ 始めるわよ」

 「お願いします」  



 あたしは翼を展開すると外に飛び立った。


 庭の上空で大きく羽ばたき風を巻き起こす。

 あたしは祈る様な気持ちで風を起こした。


 ――届いて! 

 彼女の思い!!



 一陣の風は庭の木々を揺らし――彼の部屋に香りを含んだ風が吹き込む。

 ――キンモクセイの香りだ。


 ――香りは彼に昔の記憶をよみがえらせた。



「キンモクセイの香り…か。 『――何時までも、甘ったれてるんじゃない……。』――たしか真由の言葉だったよな。 俺がキンモクセイの樹に上って降りれなくなった時に言われたっけ。 オレも甘えれないんだよな…」



 「そうよ、その調子で頑張ってね」

 彼女は彼の様子を見て自分の役目が終わったのを感じて居るようだ。

 ――寂しそうな、でも安心したような表情を見せた。


 これで一件落着かな?――後は転生してもらうだけ。

 一時はどうなるかと思ったけどねっ。



 「沙織さん、彼女の本に白銀の栞を差し込めばお仕事は完了よ」


 ヘルは彼女の本を見ながら口を開いた。


 「じゃ さっき渡した本を見せて貰えるかな?」

「これで安心して転生できそう、ありがとう女神様」

 「次の転生先でも頑張ってね」



 あたしが白銀の栞を挟もうとした時、直樹がさらに何か言い始めた。


「――そういえば トイレで閉じ込められた時にいつも乱入して助けてくれてたんだよな…。 真由はもう助けてくれない……。 そっちに連れて行って…。 もう、死にたい……」



 お~い、何なのよこの展開。

 あたしも予想外――この男どれだけ女々しいのよ……。

 これは、なんか逆効果なんですけどぉ。



 その瞬間、目の前に鬼が居た。

 いや、阿修羅か。


 恐ろしい形相をした真由が仁王立ちして其処にいた。

 彼女の顔は真っ赤になり 青筋がたっている。


 ――腕だ。

 腕は力瘤が盛り上がり筋が浮き出ている。


 彼女の周りには不動明王も真っ青な背炎のオーラが立ち込めていた。

 ――これは戦神だ。


 其処には怒りのあまり戦神インドラと化した真由が居た。



 「直樹いい加減にしろ!! あたしは女々しい男に育てた覚えはないっ!!!」


 彼女が一喝すると部屋ががたがた揺れ始めた。

 部屋中の物がブレイクダンスを踊っている。


 「な なにだよ?」


 情けない声を上げる直樹。



 ――電気が落ちる

 ――部屋が暗くなる。



 彼の悲鳴が響いた!!


「でたぁ!!!!」


 阿修羅は直樹を睨み付けると怒鳴りつけた。


 「何が出ただと!? あたしの顔を忘れたのか?」


 そうして彼女は彼を吊し上げ、数発殴りつけた。

 怯えた表情の直樹。

 どっちが死人か判らないような表情だ。



 「てめえはいい加減にしろ! 何時までもめそめそしてるから、あたしが心配で転生できないじゃないか!!」


 「真由 ごめんなさい! しっかりする!! だから許して!!!!」


 直樹は土下座をして阿修羅にあやまった。

 彼は頭を地面にこすりつけて涙をながしている。


「いいか!? あたしはお前を死なせるために犠牲になったんじゃない。 生かすために庇ったんだ。『もう、死にたい……』 そんな女々しい事を抜かして見ろ、あたしがぶち殺してTS物の小説の様に女に転生させてやるからな!!」


 彼女は土下座している彼の顎を持ち上げ、睨み付けた。


 「判った。 もう二度と『もう、死にたい……』と言わないから許して……」

 「よし、そこは許す。 お前の後ろに居て、何時も心配そうにお前を見ている後輩の事、気が付いているのか?」


 彼は何の事か全く見当が着かないようだ。

 アホウの様な表情を浮かべた。


 「……」

 「この ダボがぁ! 女には散々気配りしろと言って居たのをわすてたのか!! 何時までも死んだ女にこだわるんじゃねえ!!」



 彼女は阿修羅の手の様な回数で往復ビンタを食らわせている。

 いや、――千手観音と言う方が正しいのかもしれない……。

 物凄い回数で叩かれている。


 「声を掛けます! 掛けます…」

 

 直樹は涙ながらに口を開く。


 「よし! 約束だからな」

 「チャンスが有ったら…」

 「明日、朝一で掛けるんだよ!? 判ったか?」

 「わ 判ったよ、まゆ」



 あたしはヘルに小声で話しかけた。


 「彼女の声が伝わってるじゃん……。 しかも殴れてるし」

 「今回は例外ね…。 騒霊≪ポルターガイスト≫って奴よ」

 「そう言う物なのね……」

 「そろそろ、あたし達の出番よ」


 ヘルはまゆの方を見ていた。

 あたしもそちらに目をやると、既に直樹は気を失っている。


 その横で荒く息をする阿修羅――戦神かもしれない。

 真由がいた。


 「これで、大丈夫ね…。 もう直樹は、あたしが居なくても立派に生きて行けるわね」


  ――彼女の頬には一筋の澪が出来ていた。

  

 「そうね……、いつかは一人立ちする時が来るものよ」

 

 ヘルは真由を見つめながら口を開いて居る。


 「ふふっ こんな日が来るとは思って居なかったけどね」

 

 真由は小さな笑い声をあげる。


 「じゃ そろそろ良いかな?」


 あたしは白銀の栞を取り出した。

 

 「待って」

 「まだ何かあるの?」

 「どうしても最後にやって置きたい事が有るんだ……」


 そう言うと、真由は静かに彼の傍にひざまづく。

 ――彼女は目を閉じると直樹にキスをした。


 「こんな乱暴者のあたしでも今まで一緒に居てくれてありがとう。 ――でも、本当はもっと一緒に居たかったな…。」


 ――あたしの頬にも温かい物が伝わるのが判った。



 「よし、もう思い残すことは無いわ。 転生をお願いね女神様」

 「判りました、本を出して下さいね」


 彼女は本をあたしの前に差し出した。

 ――あたしは彼女の本に白銀の栞を挟み込んだ。


 「今度こそは、本を完結させてみせるからね」

 「頑張ってね」


 彼女は笑顔を見せながら――彼女は光の粒になって、夜の風に溶けていった。


 ――静かな月明かりが、部屋に差し込んでいた。


 「これでお仕事完了ね」

 「ええ、相当手間取ったけどね……」


 あたしはヘルの方を見ると彼女も安堵の表情を見せていた。


 ――とりあえず、ワルキューレとしての初仕事は無事完了♪

 後は帰るだけよっ。


 「遅くなったけど帰りましょう」

 「――最遅記録更新ね……」

 「無事終われば良いのよ♪」


 あたしはヘルの嫌味をさらりと躱すと、純白の翼を展開して大空に飛び立った。

 ――あたしに続く漆黒の翼のヘル。



 静かに月は照らし、夜風にはキンモクセイの香りが流れている。



 こうして、ワルキューレ初仕事は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る