天界司書結城沙織 ワルキューレとしてのお仕事――地上への道。

 夕方になった。


 ロキとフレイアが頑張ってくれたから、夕方までに殆どの本の整理は終わった。

 残るは――例の仕事のみ。


 あたしは図書館のカウンターでヘルプが来るのをボンヤリ待っている。

 ロキとフレイアも近くで心配そうにして居た。



 「沙織お姉様」

 「どうしたのフレイア?」

 「ワルキューレとしてのお仕事に心配は無いの?」

 「大丈夫よ、その為にヘルプが付くのだからねっ」



 あたしはフレイアの方を向いて微笑んだ。


 最初のお仕事だから心配は無いと言えば嘘になるけど、あたしが自分の意志で選択した道。 

 やるっきゃ無いでしょ?


 フレイアが心配してくれている。

 ロキも口には出さないけど、態度で判った。


 ――二人の気持ちが、ただ嬉しい。



””


暫くすると、ヘルプが来てくれた。

二人も。


 一人はアマテラス様。



 もう一人は、黒髪の少女……――へ、ヘルぅ?


 一番意外なのが来たよ……。

 どうしてこの子が来てるのよ!?

 ――いや、有名どころの3主神が来ても困るんだけど……。


 彼女が来た理由は直ぐに判った。


 「お待たせしました、ヘルプが来ましたよ~」

 「主神オーディンの要請だから……仕方なく来てあげたわよ。 感謝しなさい」



 アマテラスが明るく話しかける傍らで、ヘルは嫌そうに口を開いた。

 ――主神オーディンの要請でヘルは来てたんだ。



 「貴女は飛行能力は有るわよね?」

 「仏を脅迫して貰っているから飛べますけど?」


 アマテラスは、いきなり飛べるかと聞いてきた。

 飛べない事は無いけど、一体何処に連れて行かれるのよ?

 ――少し不安に。


 「十分よ、私に付いて来て。 主神クラスじゃ無いと入る事が許されないエリアに案内するわよ」



 アマテラスは羽衣マントを輝かせてふわりと舞い上がる。

 ヘルも漆黒の翼を展開して飛び立った。

 ――彼女は、あたしの方をちらりと振り返って一言。


「あなたに三途の川に落とされたから…… 身に着けておいたの。 もう落とされないわよ…」


 ヘルは余程、あの時の事が堪えているのねぇ……。


 あたしは翼を展開すると、二人の後を追って行った。



 「お姉様頑張って~」

 「がんばれよ~」


 フレイアとロキがあたしに向かって手を振ってくれていた。

 ――頑張らないとねっ。



”””


 「着いたわよ、この場所よ」

 「ここが目的の場所……」


 アマテラスの案内した先は図書館の2Fにある空間だった。

 空中には扉が浮かんでいる。

 ――真っ白い作りの扉。


 昨日までは見る事が出来なかったのに……――今は完全に見えている。

 ――これもワルキューレの力って事ね。



 「もう貴方にも見えてるわよね?」

 「はい、見えてます」

 「入るわよ」


あたし達が近寄ると、扉は音も無く開き――そして、中に進んで行った。


 彼女は主神クラスじゃないと入れないって言うけどさ……、あたしでもこんなにすんなり入れるってセキュリティーに問題ありありでしょ?

 ――あたしは一瞬そう思った。




 あたしは部屋の中の光景に息を飲んだ。

 ――ただ一言、凄い!


 部屋の中は、古めかしい本棚が無数に並んで居り――書架の中には無数の本が収められて居た。

 本棚には所々櫛の歯が欠けたように本が入らず抜け落ちている。


 この規模――もしかしたら、表の図書館より広いかも……。



 「ここがアカシックレコードのエリアよ」


 アマテラスは辺りを見渡しながら口を開いた。

 ――唐突に言われても、これだけ本が有ったらドレか判らないわよ……。



 「アカシック何たらってどこに有るの?」

 「ここの本が全てアカシックレコードよ」

 「すべてが?」

 「ええ……」


 あたしは理解した――此処に有るのが全てアカシックレコードなんだって。

 ――それにしても凄い量よね……。


 アマテラスは机に有る本アカシックレコードに目を落としながら、あたしに話しかけて来た。

 ――彼女の表情から笑みが消えている。


 「そして机の上にあるのが、色んな事情で未完になった本アカシックレコード――その本を持ち主に返して、今度こそ完結させるようにするのが特別整理よ」


 あたしは机の上に視線を落とした。

 ――其処には本が有る――黒い表紙に金押しの文字……――アカシックレコードだ。

 ――本の金押しの文字は小梨こなし真由まゆと書き込まれていた。

 

 今回の仕事をあたしは理解した。

 先代の記憶にあったように悲しい記憶に縛られた魂を解き放って次に進める……。

 ――つまり、転生させるって事ね。


 それが今回のあたしのおしごとか。

 やれるかな…――否っ! やるしか無いよねっ!!



 「ぼ~っと、してないで早く行くわよ」


 ヘルはあたしの服を引っ張っている。

 考えたら、この子もあたしのお仕事が終わらないと帰れないのよね……。



 「アマテラス様は?」

 「ごめんさい、私は今回手伝えないの。 だからヘルと二人でお願いね」


 アマテラスは気の毒そうにあたしを見ている。

 ――そう言う事となると、一緒に行くのは……――ヘルか。


 大丈夫なの? 

 一瞬あたしの脳裏に不安がよぎる。


 「……安心しなさい、何回も同行してるから」


 ヘルはあたしの考えを読んだように口を開いた。


 「じゃ 大丈夫ね」


本当に大丈夫かな……、そう思いつつ あたしは本を掴むと下界に降りて行った

 ――ヘル付きで。



””



 下界までは意外と遠い。

 ――着くまでに時間がたっぷり有る。


 あたしは地上に着くまで本に目を通した。


 ――今回の持ち主は、小梨真由 16歳 女子高生。

 死亡原因は……っと。


 あたしはぺらぺら彼女の本をめくり始めた。

 最後のページをめくると彼女の死因が書いてあるのだ。

 ――調べておかないと、仕事にならないよね。



 「…腹上死……よ。 調べるまでも無いわ」


 ヘルが真顔でさらりとスゴいことを抜かした。

 この子は……。

 腹上死の意味を知ってるの!?


 ――驚きの表情を隠せないまま、あたしはヘルの方を振り向いた。



 「ふ、 腹上死?」

 「…そうよ、腹上死。 通り魔に襲われた時、彼の腹上で死んだから」


 あたしは思わず思った。

 ――事件による刺殺と言うんじゃない?



 ヘルは彼女が死んだ経緯を話し始めた。


 「DQ5の○アンカみたいな子で、幼なじみのドジな彼氏を何時も引っ張って育ってきたのよ。 姉さん女房みたいな彼女だったようね。 そして先日、彼女達のデート中に無差別殺傷事件が起こったのよ。 その時に転んで逃げ遅れた彼氏を彼女が殺人鬼からかばって刺されたの」


 ヘルは淡々と続けた。


 「――そうして彼女は、彼氏を覆いかぶさるようにして亡くなられた」



 あたしは思わず感心した。

 この娘の情報網スゴい――一瞬だけ。


 彼女が事件に詳しい理由はすぐに分かった。


 あたしが目を落として居る彼女の荷物――彼女が持って居るリュックにその秘密はあった。


 袋の口から雑誌が見える。 

 ――女性向け週刊誌――秘密は此れか……。


 この子はどっからか現世の雑誌仕入れて読んでたのね。

 だから此処まで詳しかったんだ、納得。


 ――確かに、彼氏を体を張って護った悲劇のヒロイン。

 こんなドラマチックな話なら週刊誌の格好のネタだからね。

 この子も食いつく訳よね。



 とりあえず、情報収集は完了。

 ――後は行く場所だけよね。 


 「行く場所は 事件のあった現場でよいのね?」

 「ええ そこに彼女は今でも居るわ」



 あたしたちは、惨劇の現場となった都会の目抜き通りへ降りて行った。

 ――地上まであと少し。

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