天界司書結城沙織 ワルキューレとしての存在

 目が覚めた。


 宿舎の窓からは朝日が差し込み、さわやかな風が吹きこんでいる。


 ベットの上であたしは大きく伸びをする、今日は平穏だと良いな。

 傍を見ると、フレイアはまだよく眠っている



 昨夜、あたしは例の力を受け継いだ。

 ――でも何も変化を感じない……。


 あたしは枕元にある本に目を落とした――黒い表紙に金押しの文字。

 本には二つの栞が挟まっていた――白銀の栞と、黄金の栞だ。


 傍にある本が教えてくれている。

 ――昨日の出来事は夢じゃない。

 ――本に挟まった栞の意味、一体何なの……。



 いろんな事があたしの頭を巡って行った――でも答えは出ない。



 そう言えば、今日は休館日、図書整理をする日だったな……。

 今日は肉体労働か、仕方ない頑張るか。



 食堂で適当に食べ物をついばむと、足早に図書館に向かって行った。



””


 図書館に着いた。


 あたしは入口に入って図書館を見渡した。

 早朝のこんな時間には、もちろんお客様は誰も居ない。


 書架が延々と並んでいる。

 ひたすら本があった。



 人が居ない時の図書館ってこんなに広かったんだ。

 何時もは大騒ぎして居るから気が付かなかったな……。



 「沙織さん」


 振り返ると、其処には主神オーディンが居た。

 彼の表情は心なしか硬い。

 真面目な人だから、普段から硬いんだけどねぇ――今日は更に固いわね。


 その表情……。


 や やばぁ~ 昨日の件知られてるの? 

 あたしは平静を装いながら返事を返した。



 「オーディン様 何でしょうか?」

 「沙織さん、貴女は何か私に言う事は有りませんか?」



 げぇぇ~~、これは確実にばれてるし。

 ここはどうする?


 こうなれば、あたしがとる手段は3つ。


 1つ目 しらばっくれる。

 2つ目 正直に話す。

 3つ目 泣いて謝る。


 ……どれもヤバいじゃん。

 主神に通用しない事は、火精霊サラマンダーに火炎系魔法を掛ける位明らかよねぇ。



 こーなりゃ取るべき手段はただ一つよ!

 逆切れして攻めるのみ。


 攻撃は最大の防御よ!



 「主神、あたしに隠し事して居ましたよね? あれはどう言うなんですか?」

 「そうですか……。 貴女を護るために隠して居たのですが、こうなっては仕方ないですね」


 オーディンは意外な反応を返した。

 あたしを護るためって何よ……。


 「どう言う事です!?」


 あたしは驚きの表情を隠せなかった。

 ――なにかヤバい勢力に狙われているってことなの?



 オーディンは隠して居た経緯を話し始めた。


 「我々はアガスティアの管理をしています」

 「其処までは知ってるわよ」


「人間が人生と言う本を書き込んで完結させる。 完結後、此処に納められ――次の誕生の時にその本を持って転生して行って居るんです」


 その本≪アガスティア≫――いわゆる一種の魂みたいな物ね……。


 彼は更に続け始めた。


 「たまに未返却になる――未完エタるものも有ります」

 「どう言う経緯で未完になるの?」

 「そうですね……。 殺されたりとか、自殺とかで、本人が納得しない状況でお亡くなりになった場合ですね」


 ――やっぱり、来たよ……。

 お決まりのパターンじゃん、幽霊とかで良く出るバージョンでしょ?

 ――某漫画で有った、裁き〇門に来るタイプの死亡原因って事じゃん……。


 あたしはそう思いつつ、主神の話に耳を傾けた。

 本題を聞いて無いから――あたしに隠しておいた理由を。



 「そんな理由で未完となった本を回収して、輪廻の輪にもどす。 それがあなたの役目です」

 「つまり転生させるって事でしょ?」

 「そうですね、次の人生では完結させるようにね」


 彼は話し続けている。


 でも話の肝心の部分は、彼が、ぼかしてる気がする。

 ……確証はないけど、あたしは違和感を感じてた。



 「しかし その運行を邪魔する勢力も居ます。

 「ええ 黒服の男ね」


 主神オーディンは驚いたような表情を浮かべた。


 「其処まで知って居るなら話は早いですね」

 「あいつらは何者?」


 「黒服の男――ファルと言う者です。 マーラの手の者ですよ」

 「ファル? マーラー?」

 「私たちの商売敵と思って頂ければ結構です」



 な~んか、面倒な事に巻き込まれている気がする――いや確実に巻き込まれてるよ。

 ――天界司書で面白くやって行くつもりだったのになぁ……。

 でも、この際仕方ないよねっ。


 オーディンは更に続けた。


 ジジイなのに、良くもまあ、話し続ける元気があるなぁ…。 

 あたしはそう思いつつ、耳を傾ける。



 「彼らは未完エタる本を転生では無く、ソウルに変えるのです」

 「ソウル?」

 「大自然の『気』とも言いますかな? 未完エタる本を自然に返して消滅させるのです」

 「じゃあ その後は何処にいくの?」


 あたしは主神オーディンに聞いてみた。

 ――あの時に見たイメージ、あれがそうなの?


 「帰った力は地脈レイラインをめぐり、大地を潤すんです。 そうして、自分マーラーたちの力になるのですよ」


 「つまり、うちらとは相容れない存在って事か……」

 「そうですね、シェア争いで過酷な戦闘になる事も多いのです」

 「――そう…」


 あの時に見た映像ビジョンあれは、ファルと先代が戦っていた記憶なんだ。

 主神オーディンの話を聞いてやっと理解できた。



 「その時に戦闘の役割を果たすのがワルキューレ」

 「あたしって事か……」


 「向こうの勢力も、シェアを拡大を目論んでいるのでワルキューレ候補を見つけたら早めに叩け。 此れが向こうの鉄則となって居るんですよ」



 見つけたら叩けって、あたしはゴキブリかっ!?

 一匹いたら何匹も居る……。

 ――否っ! あたししか居ないよ。


 

 「そうですね……、 でもあなたにはまだ早すぎる。 精神的にも肉体的にもまだ未完成ですから」

 「……」


 「その状態で、まだ向こうに見つかる訳はいきません。 ワルキューレも、その力が覚醒するまで、ほかの神々と見分けがつかないんですよ」


 「だから、あたしに教えずに居たのね」


 「ええ、精神的に成長して色々準備が整ってからから、正式な手順でワルキューレにするつもりでしたが……」


 なるほどね 神を隠すのは神の中と言う訳ね。

 で、成長しきった所で、ワルキューレに……――される!?



 えっ?


 まさか、あたしは恐ろし事に気が付いた

 成長しきった所で否応なくワルキューレにさせられるの?


 ――フレイアの涙の理由、アマテラスの事も何となく判った気がした。


 どっちにしても地獄を見る事になるわよ――(ヘル)


 彼女の言葉の意味、何となく判りかかけた気がする。



 そして、先代があたしの本を手渡してくれた理由も理解できた。

 本――それは自分の人質。 


 自分のアガスティアを人質に取られて主神に逆らえなくなるんだ……。



 ……もし逆らったら、恐ろしい事になる――先代の様に。


 …昨日は、冥界と一瞬つながると言う日よね……。

 あの凍りつくような冷たさ……。

 つまり、先代は凍結地獄コキュートスに――


 恐ろしい事に気が付いたあたしは背中に冷たい物が走る。

 悟られないようにあたしは平静を装った


 ――でも、その事に気が付いたのはアドバンテージよ……。

 ――何せ人質になる例の本ブツあたしの手の中な訳だしね。

 あたしの脳内でシナプスが火花を散らす。


 ……どうするかなぁ――……。



 あたしは、ぼーっとしていた……。


 「どうしましたか、沙織さん?」



 オーディンはあたしを覗き込んで居る。

 でも、気が付かれた様子は無い見たい。


 「何でもありません、 ちょっと昨日の疲れが出ちゃったのかも……」

 あたしは顔をかるくぬぐった。


 「そういえば、今日は休館日でしたね」


 彼は図書館を見渡しながら口を開いた。


 「そうですね、今日は本の整理の日でしたよね」

 「夕方から図書の特別整理を始めましょうか」

 「特別整理?」

  「アガスティアの整理の事ですよ。最初というのでサポートつけるから安心して下さい」


 ……やはり来たよね――。


 「はい」

 「夕方図書館に居て下さい ヘルプが来ますから」



 そう言うと オーディンは自室に戻って行った。


 ついに今夜初仕事か……。

 ……その前に、今から通常の業務――図書整理やらなくちゃねっ。




”””


 あたし達は本棚を巡り本を戻す。

 返却された本を決められた書架に戻していた。

 ――地味だけど、ちゃんと戻さないとダメなんだよねぇ…。


 オーディンの言葉――夕方からの特別整理の事が気になって居る。

 自分でも気が付かない内に手が止まって居た。



 「おい、沙織」

 「何よ?」


 あたしはロキに声を掛けられ、我に返った。

 図書館は静まり返って居る。

 ――昨日の一件が嘘のように。


 「手が止まって居るぞ どうしたんだ?」

 「何でもないわよ」

 「そんなペースじゃおわんないぞ、気分が良くないなら休んでおけよ。 オレがやっとくからさ」

 「ありがとう、でも大丈夫よ」


 ロキもあたしの事を気にしているみたい。

 気を使わなくても良いのにね…。


 ――むしろ、その気遣いがあたしの心に突き刺さる。――薔薇の刺の様に。



 「沙織お姉様」

 「フレイア、どうしたの?」


 彼女も心配そうに、あたしを覗き込んで居る。


 「夕方からお仕事よね?」

 「ええ、でも心配しないでサポートが着くって話だから」

 「でも……、無理しないでね。」


 フレイアも心配しているようだ。

 彼女の言葉の端々から判る。


 ――どれだけハードなお仕事なの…。



 そう思いつつ、図書を整理して時間は過ぎて行った。



 図書館の時は、静かに過ぎてゆく。

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