受け継がれる意思――思いは時を越えて

 夢を見ていた。

 

 暗い夜の路地裏――現代の街並みが見える。

 雰囲気から行くと昭和の香りがする街並みだろうか。

 銀髪の女性と黒髪の男性が対峙している。


 女性の方は年の頃は20代前半だろうか。

 彼女は長いローブを纏い長い銀髪に整った顔をしている――図書館で見た女性とスグに判った。

 その手には何か握られて居た――黄金色の栞。

 栞からは青白い霊気オーラが立ち込めていた。

 ――栞の青白い霊気は剣を形作る。


 男性の方は年の頃は30代前半――不敵な笑みを浮かべている。

 漆黒のスーツを纏い、その手には黒光りする剣があった。

 男が握る剣からは漆黒のガスの様な得体を知れない物を漂わせている。


 二人とも纏っているオーラの雰囲気から人間ではない事が判った。

 ――しかし二人の姿は町の人間には見えないようだ。

 人間がすぐ脇を通っても気が付く気配は微塵も無い。



 男が剣を脇に構え、女性に下段から振り上げる。

 彼女は斬撃を難なく交わすと渾身の斬撃を男に入れた。


 男の体がよろめく――男の体は黒い羽の様な物に変わり、霧散していった。



”””



 場面が変わった。


 人気のない山奥の林道。

 辺りはただのうっそうとした樹海が広がって居た。

 ただ白銀の月だけが輝いている。


 月明かりが照らし出す光に三人の女性が照らし出されている。


 一人は先程の銀髪の女性。


 もう一人は砂利道に横たわる少女だった物体――彼女の服は乱れ、その口からは赤い液体が零れている。


 最後の一人は、横たわって居る自分の亡骸を前に俯き座り込む少女――その手には一冊の本を携えていた。

 その本には古びた栞が挟まっている。

 そして、彼女の脚元には無数の水滴……。


 銀髪の女性は女神の様な表情を浮かべると少女に寄り添った。

 彼女は銀髪の女性の存在に気が付いて居ないようだ。

 ただ俯き、茫然と座り込み続けている。


 銀髪の女性が少女の本にはさまった古びた栞を引き抜く――少女は女性の存在に気が付いたようだ、涙でぐちゃぐちゃになった顔を静かに上げた。

 少女は、きょとんとした表情で銀髪の女性の顔を覗き込んで居る。


 銀髪の女性に縋り付き彼女の胸で号泣する少女。

 胸で泣く少女を慰めるように頭を優しく撫でる女性。


 ……暫く時間が経った。


 少女は泣いてすっきりしたのか穏やかな表情に戻って居た。

 銀髪の女性が少女の持つ本に白銀の栞を挟み込む――少女の体は光の粒になり夜風に溶けていった。



 青白い月明かりの元、銀髪の女性の髪が静かにそよいでいる。


”””


 また場面が変わった。


 今度は何処かの病室の様だ。

 ベット、呼び出しボタン、酸素ボンベなどの道具の雰囲気から判る。



 個室のベット上に顔色の悪そうな少女が横たわっている。

 その上半身は半透明で、半身だけが体から抜け出していた。

 抜け出した彼女の手には本――前半部分に漆黒の栞が挟まれている。


 銀髪の女性は無表情に本を少女の手から抜き去る――横たわる少女の体から、抜け出しかけていた半透明な全身が完全に抜けだした。


 少女は病棟の床に崩れるようにすわりこんだ。

 彼女の顔は絶望に沈んで居る。

 そして、銀髪の女性を睨み付け始めた。


 その様子を無表情に見る銀髪の女性――

 そして銀髪の女性は、彼女の上に金の栞でルーン文字を斬る。

 ――彼女の体は光の粒となり夜の病室に消えて行った。


 残るのはベットに横たわる少女。

 既に息はしていないのが胸の動きで判る。



 病室に駆け込んできた医師達。

 後から続く看護師の女性。

 あわただしく、少女の延命の処置をしようといている。


 銀髪の女性の姿は見えないようだ。

 彼女が見守る傍で、医師たちは一心不乱に彼女の蘇生措置を行っている。


 ”


 暫くして、医師たちが彼女の死亡を確認すると死後の処置を手際よく始めた。



 傍らでは、銀髪の女性は床に座り込み大粒の涙を流している。

 表情は悲しみに沈んで居た。


”””””



 あたしは気が付いた。

 頬を撫でる風が冷たい――まだ夜だった。

 周りの景色から宿舎の自分ベットの上と言うのが判る。


 「お姉様、気が付きました?」


 傍にはクシナダとフレイアが心配そうにあたし覗き込んで居た。


 「フレイア? あたしはどうしちゃったの?」

 「お姉様が銀髪の女性の本を触った瞬間に意識をうしなったの、心配しましたよ」


 彼女はあれからの経緯を話してくれた。


 あたしが本を触った後、意識を失なった事。

 銀髪の女性が倒れ込んだ私の手に本を持たせた事。

 そして、意識を失ったあたしは此処まで運ばれてベットの上に寝かされた事等を。



 「そうだったの、ありがとうみんな。――そうだ本は?」

 「枕元においてありますよ」


 横に目を落とした。

 枕元に真っ黒な表紙に自分の名前が金押しされた本――白銀の栞と金の栞もはさまって居る。

 夢じゃなかったんだ――あの見た光景も……。



 部屋にアマテラスが静かに入ってきた。

 彼女の表情は何時もの彼女とは思えないほど重苦しく見える。

 先程の一件の事なんだろうな……。


 「夢を見たわね?」

 「ええ」

 「あれは夢であって夢は無いわ」



 アマテラスの言葉はあたしには感覚的に理解できた。

 先程あたしが見た映像は先代達の記憶……。


 私が受け継いだ物――それは、死者の魂に干渉する力……。

 北欧神話で語り継がれる女神の力――つまり死神とも呼ばれるワルキューレの能力。


 「…判る、ヘルが言って居た意味もね」


 あたしは俯き加減で力無く返事をした。

 主神の命令が有れば、黒服と戦ったり、先代の様に迷える死者の元にも行かないと行けない。

 ううん、それだけじゃない…。


 ――病室の少女の様に、人間の命も奪う事も……。



 アマテラスは全てを悟った様に静かに続きを話し始めた。


 「この役目は本人に知らせてはいけない掟なのよ。 でも、あなたには自分の意志で選んで欲しかった……。 だから先代に会わせたの」

 「教えてくれてありがとう、アマテラス様……。 あたしは後悔してないわよ」


 あたしはベットの上で深々と頭を下げた。

 彼女アマテラスと先代に何か有ったような気配を感じる。

 私の勘だけどねっ。



 「ジジイ《オーディン》はどう考えているのか知らないけど、気を付けてね」

 「はい」

 「この件は其方の主神オーデンには内緒ね。 クシナダ そろそろ帰りましょう」

 「判りました、義姉様」


 アマテラスはクシナダを連れて部屋から出て行った。



 部屋に残された、あたしとフレイア。


 ――沈黙が続く。



 そして、先に沈黙を破ったのはフレイアだった。

 彼女は申し訳無さそうに、俯きながら言葉を漏らした。


 「ごめんなさい お姉様」

 「フレイアちゃんもう良いわよ。 貴女は全部知ってたのね?」

 「しってるわ、でも教えては行けないの。 これはここの掟だから」


 フレイアは目に涙を浮かべていた。

 彼女の顔から光る筋が下に落ちる。

 涙――あたしが泣く姿を見たことが無い彼女の本心。


 その姿を見ると、あたしはもう何も聞けなくなった。

 先代の女性の事とか、色々考えて居たけどね。


 あたしの口から出た言葉は自分でも意外な言葉だった。



 「今日は色々あったし もう寝ましょ? 明日はキツイ図書整理のお仕事だからね」

 「沙織お姉様、 先代の司書、工藤くどう香澄かすみの事は気に成らないの?」

 「今日は色々あったからまた今度聞くわよ、だから今は寝ましょ。 明日も早いわ」 


 彼女の気持ちを思うと、その話を今聞く気分にならなかった。

 この子も先代と何かある――彼女の言葉の端々から感じる。


 そうしてあたし達は、明かりを落としベットで横になった。

 窓からは月明かりが差し込み、気持ちの良い夜風が部屋に流れ込む。

 傍では、既にフレイアの寝息が聞こえて居る。



 こうして、長~い一日が終わった。

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