天界図書館深夜の怪 最後の最後で出る恐怖!

 「沙織、あれを見ろよ!」

 「ロキ、何よ?」


 ロキは窓の方を指差した。

 図書館の窓の外に轟音を立てて火球が飛んでいるのをロキが気が付いたようだ。


 あたしは見ない事にしたかったのに……。

 オカルトの世界の人魂じゃない、アルマゲド〇の隕石の様に存在感は抜群の火球が放物線を描いて右から左に飛んで、地面に着く寸前で直線運動を始めた。



 ん?

 一瞬何か人影が火球の明かりに映し出されなかった?

 しかも方向が変わる寸前に蹴る音が響いて居るし、まさかこれは……。

 あたしの脳裏にいやぁ~な予感が浮かんだ。

 ロキは勝ち誇ったような表情で此方を見ている。


 「沙織~ あそこに居る人影はアグニの親父だぜ!

 オレが言ってた、燃える親父たちの火の玉サッカーは嘘じゃなかっだろ?」

「くぅ、迂闊だったわ……。

 まさか本当にこんな危ないスポーツが有るなんてねぇ」


 図書館の裏手で行われた居たのは、アグニとスルトとヒノカツグチの燃える親父三人衆にエジプトの太陽神ラー、ヴィローシャナの名だたる光明神たちが火の玉を蹴りあって居る。

 何とも凄い光景よね……。

 この光景をみて人間どもがこいつらを光明神と名付けたのは想像に難くない。

 どうみても、これはロキの言う様にサッカーよねぇ。


 「ふはははは!

 おい沙織、昼間の泣いて謝ると言う約束は守ってもらうからな」


 ロキはふんぞり返って笑い声をあげている、どうみても自分の勝利を確信しているようだ。

さすがのあたしもこんな状況は計算外だったから、此処に来て前代未聞空前絶後の大ピンチ!!

ここはにゃあと鳴いて謝る奥の手を使うか……。



 「ごめんにゃん と言って誤魔化すのは無しだからな」

 「う…」


 奥の手もロキに読まれているし!!

この際、仕方が無いから此処は素直に謝ろう……。

 

「わ、悪かったね……」

 あたしはロキに向かって恥ずかしそうに謝った。


 「判れば宜しい!

 お前が謝るのは有ったけど、そう言えば泣いて無かったよなぁ~

それ泣け! やけ泣け!! すぐに泣け!!!」


 ロキは意地悪そうに口を開いた。

 まったくこいつは調子に乗りやがって。

 フレイアもロキの姿を呆れながら見ている。


 「誰が泣くか!

 ありがたく思いなさいよ、ロキ。

 このあたしが今回は特別に謝ってあげたんだからねっ!」

「今度はツンデレ属性に変更かぁ?」


 ロキはニヤニヤしながら口を開く。

 

「う、うるさいわよ。

 謝ったんだから文句言わないの!!」



 不思議な感じがした。

 まさかロキにツンデレ属性で謝るなんてどうしたんだろう……。

 何時ものイケイケドンドンのあたしらしくない。

 そのあたしの様子をクシナダとアマテラスは何かを考える様子で見ている。

 きっと心配してくれて居るんだろうな……。


 「そう言うツンデレ属性の沙織の方がウケが良いと思うんだけどな、素は悪くないんだからな。

 でも、お前がしおらしく謝るって何か悪いものでも食べたか?」

 「何でも無いわよ、次の怪奇現象に行くわよ」


 ロキも何かあたしの変化に気が付いて居るみたい。

 気遣ってくれてるのが判る気がする。



「最後は世界樹のふもとの怪音の件よね?」

「そうだぜ、とっとと行って解明してこようぜ」


 あたし達は世界樹の方に向かって行った。



”””



 世界樹についた。

 目の前には巨大な樹がある。

 ただ、樹だ。

 堂々としたその姿は大地の奥深くまで根を張り、その枝は雲の先まで突き抜けて星空が照らし出す中で威風堂々とした姿を見せている。



 「何度見ても、大きな樹よね」

 「沙織さん、怪奇現象って夜な夜な樹を叩くような音がするのよね?」


 クシナダさんが不安げにあたしの顔を見ている。

  彼女の表情から嫌~な予感がして居るのが判った。

 老木と言えば――丑の刻参り。

 定番よね(笑



 次の瞬間、こ~ん こ~ん と言う音が聞こえ始めた。

 やっぱり来たぁ~~!!


 ん?


 音に混じって何処かで聞いた声も聞こえて居る。


 「しねぇぇ~ しねぇぇ~沙織しねぇぇ~~~。

 三途の川に落としやがって、沙織しねぇぇ~!!!」


 ん?? 

 あたしを呪っているの?

 誰だよ一体?

 呪われるような悪い事はしてない筈なんだけどねぇ(自己評価の大甘で)


 あたしは過去の罪を改めて思い出してみた――無い!

 有る筈も無い(たぶん、きっと……)

 神、仏に殴る蹴るの暴行をしたのも正当な業務の一環だからね。


"


 あたし達が音の発生源に行って見ると、其処には少女が居た。

 少女は藁人形を持って世界樹に五寸釘を力いっぱい打ち付けている。

 ヘルだ……。


 彼女の足元にはまだ沢山の藁人形が転がっていた。

 指の数より遥かに多い――もしかしたら三桁は有るかも。

 どの人形もあたしの似顔絵が不細工に書いてある。



 こいつが此処の怪音源の正体か、しかもあたしを呪うとは良い度胸じゃない?

 彼女は必死で藁人形に五寸釘を怨念を込めて打ち続けている。

 必死過ぎでこっちの存在に気が付いて居ない見たい――所詮はガキよね。



 「良い線で丑の刻参りやってるけど、肝心の所が抜けてるから効果は無いのよね。

 このやり方はツクヨミが教えたのかなぁ……。」


 アマテラスはヘルの様子を見て呆れている。

 この方は丑の刻参りの本場に居る人だから、呪術とかも詳しいのよねぇ。



 「アマテラスさん、何処が足りないの?」

 「あの場合、藁人形に相手の体の一部の髪の毛とか入れないと駄目ね。

 古い樹ほど効果は高いから世界樹を使ったのは正解だけど」

 「へぇ……」


 あたしの頭にLEDが点灯した。

 ふふふふ……。

 人を呪えば穴二つと言う事を思い知りなさい。



 あたしはこっそりヘルの傍に近寄り、彼女の足元に有る藁人形に落ちていた本人の髪の毛を埋め込んだ。

 何も知らぬは彼女ヘルばかりなり……。


 彼女は何も知らずに人形を拾い、世界樹に藁人形を構える。

 そして、渾身の力で五寸釘を打ちこんだ!!


 すこ~~~~~~ん!!!

 ――五寸釘の頭を、槌がどストライクで捉える。



 ――絶叫!!

 「きゃ~~~~痛いぃ~~~!!!

 どうしてあたしが!?」


 ヘルの凄い悲鳴が辺りに響いた。

 大焦熱地獄の責め苦の悲鳴の方がまだマシな凄まじい声量だ。

 その小さなボディーの何処から出るのか確かめたくなる位の絶叫。


   ――そして彼女は気を失った。



 まさに人を呪わば穴二つとは良く言った物ね…。

 まさに自業自得よねっ。



 その様子を呆れた様子で見ていたあたし達。

 ロキもこれには何も言う気に成らないようだ、両手を広げ呆れたポーズをとって居た。


 「さ~て。

 沙織、こいつをどうするんだ?」

 ロキは、気を失ったヘルを覗き込みながら口を開いた。


 暫く考えるあたし。

 このまま放置も良いけど、可哀そうだし連れて帰ってやるか……。

 勿論、藁人形は全部処分して。


 「このまま放置も出来ないでしょ?

 宿舎のソファーでも毛布掛けて寝かすわよ」

 「沙織お姉様優しいのね」

 「フレイア、あたしが優しいのは何時もでしょ?」

 「う うん」


 フレイアもあたしの変化に戸惑っているみたい。

 クシナダさんも気にして居るのが何気ない仕草で判る。


 あたしは気絶したヘルを背中に背負った。

 性格最悪な餓鬼ヘルも寝てしまえば可愛い物よね。

 さ~て後は帰るだけ。


 ――でも……。


 アマテラス様が言った『アカシックレコード』が無意識のうちに、あたしの心に引っ掛かる。

 まるで魚の刺が喉に刺さった様に。


 ――粘着質の不安……。



 その不安を打ち消すようあたしは、空元気をだして声を上げた。


 「みんな、 これで七不思議の解明は済んだし帰るわよ~」

 「沙織、まだ最後の『深夜の図書館に若い女性の幽霊が徘徊して居る』これが終わってないぞ?」

 「いいの あの件は大丈夫だから」

 「お前、何か知ってるのか?」


 ロキは不審そうにあたしの方を見ている。

 こいつは絶対に何か気が付いて居るなぁ、妙に勘が鋭いのよね。



 言えない。

 口が裂けても言えないわよ――女の幽霊の正体が実はあたしなんてね。


 先日の猛烈に暑い夜、寝苦しくて寝巻のまま図書館で涼んで居たのよねぇ。

 それをオロチの兄貴たちに見られるとは、我ながら不覚…。

 それが幽霊騒動の真相よ。


 「じゃあ その幽霊に会いに行きます?

 今なら丁度居そうな時期と時間だわ」


 アマテラスは、あたしとロキを見ながら口を開いた。


 「やっぱり 何か出るんだよな~」


 ロキはわくわくしながらアマテラスを見ている。


 ちょ ちょっとどう言う事なの?

 幽霊騒動の張本人が此処に居るのに……。


 そうなると、残る結果はただ一つ、――本物しか居ないわよ!!!

 幽霊に本物も何もないけどね。

 その結論にあたしの背中に冷たい物が走った。



 アマテラスは何かを知ってるように天空に浮かぶ夜空を見上げていた。

 其処には月が天頂を少し過ぎた辺りに浮かんでいる。

 ――今の時刻は俗に言う丑三つ時か……。


 「じゃあ 行くわよ。

 出る場所は大体判るから」


 アマテラスは颯爽と図書館の中に入って行った。

 表情は何か確信に似た物を感じて居るようだ。

 中に確実に何か居る――何か判らないけど。


 その後に続くあたし達。


 『出る場所が大体判って居る』


 アマテラス様が言うけど、この人は一体何を知って居るの?

 少しだけ、不安がよぎっていた。


”””



 図書館の中を迷いなく歩くアマテラス。

 その後ろをひたすら追いかける私達。


 どの位歩いたのだろう。

 ひたすら長く感じる。

 その距離は24〇間テレビの100㌔マラソンの様にも感じた。

 ――本当なら其処まで遠くない筈なのに。



 図書館の中は何時もとは違う空気が漂って居る。

 冷たい――そして深海の様に重い。

 まるでこの場所が冥府の底に有る凍結地獄コキュートスの様。

 あたしは息をするのさえ辛く感じた。




 アマテラスは図書館の一角で足を止めると、其処に彼女は居た。


 青白い神秘的なオーラを纏った銀髪の女性。

 顔は暗くて良く見えないがその四肢はすらりと伸び、ロングドレスと不思議な調和を見せている。

 片手には何かを持って居るのが判った。

 栞――白銀の拵えに真紅のリボンが付いて居る。 


 一体この人は誰なの?


 「お久しぶりです、アマテラス様」

 

 銀髪の女性は静かに口を開いた。


 「先代司書さん、やっぱり今日は戻って来たのですね」

 「ええ、どうしても現役さおりに渡したいものがあるので」


 彼女は一冊の本をポケットから取りだした。

 単行本くらいの大きさの本――黒い表紙に金で何か文字が書いてある。

 ――彼女のオーラが仄かに文字を照らし出す。


 暗がりの中あたしは目を凝らして、その文字を凝視した。

 ――……結城沙織。


 え?


 私の名前が表紙に書き込まれている。

 どう言う事なの?

 まさかその本は、〇スノート?


 違うか……。

 それなら、中に名前が書きこまれる筈だしね。

 そもそもあたしは手違いで既に死んでる訳だし。



 「受け取りなさい、これがあなたのアガスティアよ」


 銀髪の女性はあたしの前に歩みよると本を差し出した。

 受け取ろうとするが、あたしは何故か体が動かない。


 ――根源的な恐怖。

 生き物なら誰しも持って居る始原の恐怖感情――死。

 その本は見るだけでその感情を心の奥底から湧き立たせてくる――。

 何よ、この本ブツ――……。


「これは一体なの?

 私に名前が書いてあるって何なのよ?」


 あたしは取り乱しながら女性に尋ねた。

 彼女は冷笑を浮かべたまま何も答えない。



 「受け取っても、受け取らなくても貴女は地獄を見るわよ」


 あたしの背中の方で声がした――ヘルだ。

 彼女は何時の間にか目を覚ましていた。


 受け取っても、受け取らなくても地獄を見るどう言う事なの?

 だれか説明してよ……。

 あたしは不安に押しつぶされそうになってくる。

 

 何時もなら多弁なロキも俯いて何も喋らないし、フレイアも沈痛な表情を見せている。

 クシナダもフレイアと同じような表情を見せていた。

 アマテラスも沈黙を保っている。


 どうして、誰も喋らないの……。



 ――沈黙。


 永遠とも思われる時間が流れる。



 そして、ヘルがその沈黙を破るよう静かに口を開いた。

 何時もの少女の口調では無い――声のトーンは低く落ち着いて地獄の支配者である貫録を見せていた。

 図書館の凍りついた空気が一段と冷たくなる。


 「その本は貴女が司書である証、そして……」

 「私は既に天空図書館の司書よ?」

 「いいえ違うわ。

 あなたはまだ半分だけよ……」


 半分だけ?

 ヘルは私の事を半分だけと言いやがった。

 あたしはまがりなりにも司書としてお仕事はしてる筈、半分と言われる筋合いはないけどね。


 「ヘル、その事は司書には伝えないのが絶対の掟の筈、

 其処は貴女も知らない筈は無いわよね?」


 アマテラスはヘルに威厳を満ちた表情で話しかけた。

 何時もの表情とは全く違っていた。

 主神の風格が言葉の隅々からにじみ出る。


 一体何なのよ?

 あたしに知らせてはいけない秘密って……。


 「あなたは管轄が違うから、私は其処には縛られない……。

 …私を三途の川に落とした子にはそれ相応の罰を与えないとね、ふふっ」


 ヘルはあたしの背中で静かに口を開いた。


 落としたと言うか、アレは自業自得でしょ……。

 金銀で出来た橋を自分で渡って、大崩落だからね。


 「沙織さん」

 「何なの?」


 銀髪の女性は静かに話しかけて来た。

 目が慣れてきたのか今度は彼女の表情一つまで伺える。

 整った顔立ちの表情は深い憂いに沈んでいた。


 「私はそろそろ行かなきゃ……

 この図書館の裏の顔を知って、本当の司書になりないならこの本を受け取りなさい。

 選択の時は今。

 このまま何も知らずに、続けるのも選択の一つよ」



 たかが本でしょ?

 たとえ何が書いてあっても、あたしが何故本ごときにビビらないといけないのよ?

 発禁本でも何でもかも~ん。

 司書が本を恐れて仕事が務まりませんからねっ!!


 「よこしなさいよ、本が怖くて司書が務まりますか」


 「良い覚悟ね、

 これで晴れて本当の意味で司書の始まりよ」


 ……地獄を見る事になるのかもね、私の時はそうだった。

 銀髪の女性は声にならない小声で呟いた。



 あたしは彼女の持つ本に手を伸ばした。

 彼女の持つ本に触れた瞬間――本から記憶が頭に流れ込んでくる。

 ――ナイルの大河の様に。


 無限とも思われる記憶。

 先代、先先代……歴代の司書たちの思いがあたしの中に受け継がれ行く。



 そしてあたしの意識は途切れた……――

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