天界図書館深夜の怪 犯人はお前だ!

 天界は雲の上にある。

 当然の事ながら、日当たりは最高だ。

 言うまでも無く、夏でも最高の日照条件である。


 つまり、天界図書館も最高の日照条件。中は蒸し風呂と言う訳だ。

 図書館の中を吹き抜ける風もまるで熱風の様に吹き抜けている。

 こんな温度だと北国の神々は、ほぼ全滅状態だ。



 あたしは今、図書館のカウンターに有る自分の指定席に座って居る。

 此方は司書と言う立場上、涼しそうなラフな恰好は出来ない。

 (美形のフレイ様がいつ来るかも判らないしねっ)

 クソ暑い中を必死で耐える自分。

 しかし、このあたしもこの暑さは本気マジで堪えるわね……。



 あたしの目前にある床に、ロキが短パンにシャツ一枚の姿で大文字に寝転がり、薄い本を持ち団扇代わりに扇いでいる。

 彼は気怠そうに此方を向いて口を開いた。


 「このクソ暑いのに、沙織そんな恰好していて暑くないのか?」


 「暑いに決まってるでしょ?

  あたしは司書だから、あんたみたいに変な恰好は出来ないのよ……」


 あたしもそんな恰好をできればやっているわよ。

 ついでに、クソ暑いのに『あちぃ~暑い』言わないでよね、聞くだけで暑くなる。

 しかも本はそう言う風に粗末にしないで欲しい……。


 「ロキも沙織お姉様みたいに、ちゃんとした格好をしたらどうなの?

 いくら何でも、その格好はお客様に失礼よ」


 フレイアの声がカウンターの表の辺りから聞こえた。

 其方を見ると、彼女はワンピースの軽装で此方は行儀よくカウンターを背もたれにして床に座って居る。

 でもやはり暑さが堪えるのか、彼女もぐったりしてるようだ。


 「この格好は、ヨモツシコメさん等のお姉さま方へのサービスなんだぜ?

 俺がやるとお姉さま方は俺様にくぎ付けになるからな!」

 「……」


 彼の言葉に呆れたフレイアは、どうやら口を利く元気も無い見たい、可愛そうに……。

 気怠そうにロキを見ている。

 彼は更に続けた。



 「あちぃ~。

 沙織、クソ暑いんだが、なんか涼しくなる話は無いのか?」


 「そんなのは、オーディン様に聞きなさいよ……。

 あの人の話は聞いただけで身の毛もよだつ話多いんだから」



 ここの一番偉い神様のオーディン様は、知恵の泉の水を飲んで知恵を付ける時に代償として片方の目をえぐって差し出したり……。

 ルーン文字の秘密を得るために、ユグドラシルの木で首つりの上グングニルを突き刺さすと言う、自殺未遂をするとか……。

 この時は縄が切れて助かったらしいけど、どの話を聞いても身の毛がよだつ。

 下手な怪談よりよほど怖いわよ……。



 「その真相、俺は知ってるから全然涼しくならねえぜ。

 泉の話は、たとえ話だからな」

 「どう言う事よ?」


 あたしはロキに尋ねると、今回はあっさり教えてくれた。


 「つまりな、知恵を持って居ると純粋に見る事が出来なくなるんだよ。

 知識が有るが故に、先入観で見てしまう。

 それって片目が潰れているのと同じだろう?」


 「なるほどねぇ」


 ロキは自慢げに話すとあたしも思わず納得。

 さすがトリックスターと言われるだけあって、頭良い子なのよねぇ。

 性格は最悪だけど。



 「だからあのジジイは、いつも片目は帽子や髪で隠れて見えないけど、あの下はちゃんと目が有るんだ」

 「じゃあさ、自殺未遂の件はどうなのよ?」


 「あれもな、俺はその現場を見てたぞ」

 「オーディン様は何をやったのよ?」

 「あのジジイが、木に大きな丸太吊るし、それをいきなり奇声を上げながら猛烈に槍で突いて傷をつけ始めたんだ。

 あの時は、ジジイが遂にストレスで発狂したかと思ったぜ」


 ロキは、めんどくさそうにしゃべっている。


 こいつがオーディン様のストレスの現況だろう?

 あたしは一瞬そう思った。

 この性格の悪いガキと、ゼウスと違って真面目なオーディン様が一緒に居たら、ストレスで胃薬が欠かせない事は想像に難くない。

 あたしが此処に来てからは、更に彼が薬を飲む量が増えたような気もするけど、気にしない事にした。


 「あんたのストレスで発狂寸前のオーディン様は、丸太に傷をつけて何をしたのよ?」


 あたしは訝しげに彼に尋ねると、彼は続けた。


 「九日九夜それをやって、出来た傷跡から『ルーン文字』を考えたんだぜ。

  最初にぶっ叩いた傷跡が『<』な傷跡だったから、開始のルーンみたいな感じでさ」


 「なるほどね、だからルーン文字は全部直線で出来てるのね……。

 ありがとうロキ、良く判ったわ」


 あたしは珍しくロキにお礼を言った。

 折角涼しくなる話も真相が判ってしまえば何でもないのよね……。




 オーディンの真相を聞いたあたしは、思い出したように一気に暑さが襲ってきた。

 あたしは暑さに耐えかねて、思わずカウンターにうつ伏せになりそうになっている。


 その様子を満足そうに横目で見るロキ、これ見よがしに、シャツを引っ張りその中を涼しそうに本で扇いでいる。


 あたしは、そんな事出来ないのを判ってやってるな……。

 この野郎…暑さも手伝って脳内のアドレナリンが湧きだすのを感じた。

 更に暑くなるのが判る、悪循環だわ……。


 あっさり真相を教えてくれた此奴の目的は此れが目的だったのか。

 暑いのを更に暑くさせるのがロキの作戦みたい、不覚にも自分はあっさり引っ掛かった。

 このガキめ……。


 あたしは思わずロキを睨み付けた、しかし彼は不敵な笑みを浮かべている。

 こいつ、絶対更に何か企んでるな。


 「沙織、この前、噂に聞いたんだけどな、

 炎天下でアグニとスルトとヒノカツグチの燃える親父三人衆が火の玉サッカーをやってるってさ」


 ロキはさらに、燃える親父の火の玉サッカーの話をしやがった。

 想像するだけで此方の体から汗が噴き出してくる。

 これって、絶対にロキの嫌がらせよね…。

 この前、物差しでロキを叩いたのを復讐してるな……。


 「そんな話、今は聞きたくないわよ……。

 そもそもロキの作り話でしょ?」

 「マジな話だって、俺のつくり話じゃねぇよ。

 もし本当に火の玉サッカーが有ったらどうすんだ?」

 「その時は、あたしが泣いてあんたに謝ってあげるわよ」

 「聞いたぞ、マジで火の玉サッカーが有ったら、泣いて謝って貰うからな」


 ロキは勝ち誇った様に此方を見ている。

 いくら天界でも、そんな変な物有る訳無いんだから……。

 この勝負、あたしの勝ちね(にやっ




 「あの沙織さん……。

 お話中の様ですが、この本を貸し出し処理お願い出来ますか?」

 「は~い、すぐに貸し出し処理しますね」


 声の方を振り向くと、おっとりとした育ちの良いお嬢様のような女神が本の貸し出しを待って居た。

 その女神の名前はアマテラス様。

 きちっとした服装で判るように、クシナダさんとかの組織で言うと女社長くらいの位置に居る、上位の女神様なのよね。

 この方もストレスが絶えない見たい、その手には『ストレスを貯めない極意』と言う本をお持ちになっている。


 あたしは本を貸し出し処理をすると、それを彼女に手渡した。


 「お待たせしました、これで大丈夫です」

 「ありがとう沙織さん、何時も義妹のクシナダがお世話になっています」


 そう言うと、アマテラス様は深々とお辞儀をした。


 「此方こそ、クシナダ様にはお世話になりっぱなしです」


 あたしもすかさず、お辞儀を返した。

 さすがプリンセス。落ち着いた大人の物腰、あたしとは品格が悔しいけど違うのが判る。


 でも、何処も組織のトップと言うのは気苦労が多い物よね。

 特に親族に乱暴者スサノオや根暗ツクヨミ、極めつけは、毎日千人呪い殺す (退職に追い込む)と言う女帝会長イザナミ、こんな人が身内に居たらストレスも溜まるわよ……。

 たまに岩戸しゃちょうしつに引きこもりたくなるのも判る気がする。



 「先程、面白いお話をされて居たようですが、何の話でしたの?」

 

 アマテラスはあたし達の話に興味津々のようだ。


 「そこのおばさん、さっきまで涼しくなる話をしてたんだよ。

 あんたも聞きたいのか?」


 ロキは、アマテラス様を見ながら、無遠慮におばさんと抜かした。

 それを聞いた彼女は表情は変えてないが、目じりが引きつっている。

 よく見ると、其処には小じわが……。

 ロキ、あんたこれ以上言うのはヤバいでしょ、あそことラグナロクでも起こすつもり?


 あたしは、カウンターから立ち上がり、とび蹴りの照準をロキに合せた。

 口は災いの元よ!

 災いの種は消えて貰わないとね……。



 「わ、私も面白い話は大好きなのですよ」


 アマテラス様は声をひく付かせながら喋っている。

 彼女の目は笑って居ない。


 「其処のおばさん、良く聞けよ、おばさんでも判るように、おばさ…」


 ロキが喋るのを遮るように、あたしは彼にニードロップを食らわせた。

 赤い閃光は、彼がかわす間も無く急所を直撃する。

 悶絶するロキ。

 彼は声にならないうめき声をあげている。


 「ぐぉぉぉぉ…」


 仏様でも3回も叩けば、怒り出すのに、この方に4回目を言おうとするからよ!

 仏を叩いたあたしが言うんだから間違いない。


 その姿をみたフレイアは、ロキに冷たい視線を送っていた。

 「頭良いのに、バカなんだから……」



 「本当に、この子は口が悪くて済みません、今度から良く言って置きます」


 あたしは深々と頭を下げた。


 「いえいえ、気にしないでください、子供の言う事なんか気にしてませんから。

 そうだ、涼しくなる話でしたよね?

 そうでしたら、クシナダが面白い事を話していました。

 なんでも図書館の夜に怪奇現象が起きてるとか何とか聞きましたけど」


 アマテラス様は表情を変えずに喋っているが、多少嬉しそうだ。

 この方は、基本的に好奇心が旺盛な方なのよね。

 引きこもった時も、岩戸の前で、裸踊りしたら興味津々で出て来たし。


 「それって、面白そうですね」

 「暑い夏にぴったりの話でしょう? 

 クシナダが 夕方に本を返しに来ると言っていたから、その時に聞いてみたらどうかしら?」



 そう言うと、彼女は嬉々として帰って行った。


 「ロキ、フレイア、司書としてこの怪奇現象を突き止めるわよ!」

 「…ど~せ、下らない事だろう?」

 「は~い、沙織お姉さま」


 図書館の気になる怪奇現象を知ってる、クシナダさんが来るのは夕方。

 それまで気怠い暑さが立ち込める図書館。

 夕方になるのをあたし達は、じっと待った。


 早く来い、夕方。

 図書館を暑い空気が吹き抜けて行く。

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