土用の丑 ウナギなんて食えないわよ!

 今日は図書館のカウンター内であたしとロキとフレイアがぐだっている。

 上司のオーディン様は水汲みとと称して知恵の泉にいってるし、

 こんな時は図書館はいつも以上に無法地帯と化してくる。



 「ロキ、暑いわね……」

 「沙織、暑い暑い言うなよ、ますます暑くなる」

 「仕方がないでしょ暑いんだから」


 ロキは肌着だけで涼しそうな格好をしている。

 その姿を羨ましそうに見るあたしとフレイア。


 「沙織、この格好が羨ましいか?

 お前達も同じ格好をしても良いんだぞ」


 ロキは自慢そうに上着を脱いで下着一枚になった。


 「沙織お姉さま、私もロキみたいな格好して良い?」


 フレイアは服を脱ぎたそうにしている。

 女の子なんだから、さすがに下着一枚は不味いでしょ!?

 あたしは、必死に彼女が服を脱ごうとするのを制止した。


 「フレイアちゃん、女の子がロキみたいな恰好をしたらダメよ!」

 「はい…お姉さま」


 残念な顔をするフレイアを、ロキは勝ち誇ったような顔で此方を見ている。

 あたしも出来るなら下着一枚でロキみたいにしたいわよ! 

 この時だけは男になりたいこの一瞬。

 くそガキに目に物を見せてやらないと……。


 お、 ひらめいた! 

 裸になったロキの弱点発見!!


 「ロキ!

 あんたも、だらしない恰好をするな!!」

 「オレの勝手だろ?」


 あたしは近くにあった物差しで、上半身裸のロキを思いっきり叩いた。

 パチーン!!

 良い音が図書館中に響き渡る。


 「うぉぉぉぉ……。

 何しやがる沙織!?」


 ロキは声にならない悲鳴を上げた。

 彼の背中には見事な赤一文字が描かれている。

 ざまあみろ!!


 「図書館で裸になるからよ、判ったら服を着なさい。

 あんたがそっちの趣味なら、何発でも叩いてあげるわよ!」

 「オレはそんな趣味はない!」


 あたしは冷たい視線でロキを見つめた。

 ロキは不満そうに服を着始めている。

 あんただけ、涼しい思いはさせないからね!

 暑いならみんな諸共よ。




 「沙織お姉さま、あの燃えてる男の人誰なの?」


 フレイアの視線の先には、燃えてる親父たちが居た。

 アグニにヒノカツグチに……奥に居るのはスルトじゃん。

 普段は涼しい図書館も、燃えてる親父のスルト様やヒノカツグチ様やアグニ様が1人でも来ると一気に気温が上昇する。


 今日の図書館の暑い原因はこいつらか!!

 3人纏めて来たらそりゃ暑くなるわ。

 しかし、なぜ今日に限って3人纏めて?


 「あれは燃える親父のアグニに 同じく火の玉親父のヒノカツグチさん。

 さらに奥に居るのが火吹きオヤジのスルトさんよ」


 三人纏めて来た理由は直ぐに判った。


 彼らはアウトドアの本の辺りで、何か読んでいる。

 夏休みの定番は、ダッチオーブンでたき火料理するのが王道よね、

 彼らは、親父の威厳を見せる格好の舞台だから、頑張ってるんだろうな……。


 今回は仕方がない、図書館で本をお読みになる方は神様だから。


 あたりを見渡すと、涼しくもない図書館に遊びに来ている脳筋も居るし。

 筋肉ダルマのトールにアトラスまで来た日にゃ、見た目もむさくてさらに暑くるしい。


 「ロキ、何か涼しくなる事言いなさいよ……」

 「沙織、何ならトールの兄貴を丸め込んで女装させようか?

  一気に気温が下がるぞ」

 「却下……」


 こんな時に筋肉ダルマの女装見た日にゃ、気分が悪くなることは確実よ。


 ネコに関しては、とっくの昔風通しのよい涼しい場所見つけてるらしく、何処にも居ないし。

 こんな日は、涼しい世界樹の木陰で、フレイさんと静かに過ごしたいな……。




 「沙織さ~ん」


 突然クシナダさんの声が聞こえた。

 そちらの方を向くと、クシナダさんが笑顔で手を振っていた。


 「クシナダさん機嫌良いけど、どうしたの?」

 「うちの旦那が良いもの取ってきたから食べませんか?

 近年希に見る大物ですから、みんなでご一緒しましょう」

 「良いね~ご馳走になりますね」

 「私たちの風習では、暑い盛りに暑気払いの物を食べるんです。」


 お……。

 それって土用の丑の風習?

 ウナギが食えるそうな予感♪

 暑い盛りのウナギって美味しいのよね。あたしは思わず涎が垂れそうになった。


 「それって何処でやってるの?」

 「世界樹の木陰にある巨大なたらいに生かして有りますよ」


 へぇ~ 捌くのからやるとは本格的でますます美味しそう。

 これは楽しめそうな予感。


 「この子達も連れていっても大丈夫?」

 「あれだけ大きければ、図書館にいる皆さんで食べても大丈夫な筈です」


 その言葉にあたしはちょっと不安になった。

 この人数で食べれるウナギってどれだけ大きいのやら……。

 ウナギと称して、ヨムツガンドでも食わされるのかな?

 そんな不安が一瞬あたしの脳裏をよぎった。

 まあ、行ってみれば正体が判るか……。


 「ロキ、フレイア、クシナダさんが美味しいもの食べさせてくれるってさ。

 行くわよ」

 「お、いいね~ オレも美味しいもの食べるの大好きだからな」

 「私もご馳走になろうかな?」

 「じゃ クシナダさん、お願いしますね」

 「じゃ、案内しますね」



 図書館の外に出ると、うだるような暑さが広がっている。

 クシナダさんの案内で暫く歩くと私たちは世界樹に着いた。

 其処の木陰にはスサノオとオロチ連合がだべっている。


 「沙織さんこれですよ~」

 クシナダはスサノオが満足げに見ているタライを指差した。


 子供用のプールほどあるタライに居た生物は……。

 真っ黒くて、ヌメヌメした生物。

 そこまでは合格。


 しかし


 ウナギより遙かに大きく、おたまじゃくしを巨大なした形をして、さらに長い髭が二本……。

 これ、ウナギじゃないわよ。

 どう見てもナマズよね。


 「クシナダさんこれは?」

 「これはウナギですよ」

 「う ウナギ?」

 「はい、ウナギです」


 クシナダさんは真顔で答えてきた。

 この人冗談を言うタイプじゃ無いのに。

 まさか本気でこれをウナギと言ってるのかな?


 「おい、沙織、これどう見てもナマズだよな?」

 「私も、これはナマズだと思うわ」

 「あたしも、これは確実にナマズだと思う」


 三人は小声で話し合いながら顔を見合わせた。

 不思議な表情を浮かべる、クシナダとスサノオ。


 「これと似た生物で、クシナダさんみたいにスマートな生き物が居るでしょ?

 あれは何って言うの?」

 「あれは細ウナギと言うんです、こっちのは太ウナギと言います。

 どちらも美味しいんですよ」


 「それって、誰が教えてくれたの?」

 「親から、『どっちもウナギ』と教えてもらって居ます。


 なるほど……。

 クシナダさんの家は家族が多いから、ウナギが足りずにナマズもウナギと称して食べてるのね。

 納得。 



 「でかいだろう? 

 捕るのに苦労したけど、こいつは800年物だぜ」


 スサノオが自慢げにナマズを掴んでタライから持ち上げた。

 巨大ナマズはびちびち暴れまくる。


 そのナマズのサイズは大柄なスサノオと比べても遜色が無い。


 「たしかに大きいわね」


 巨大ナマズと比べると、ふつうのナマズがおたまじゃくしに見える。

 どっから獲ってきたがったんろ……。


 しかし、何処で獲ったかすぐに判明した。

 スサノオが自慢げに武勇伝を語り出したのだ。


 「このウナギ、要石の下に潜んでいたんだが、800年ぶりに出てきて大暴れした奴なんだぜ」

 「あの一件はこいつが犯人って事なんですね」

 「そう言うことだ」


 

 たしかにこのサイズだと、M9クラスの地震は起こせそうだ。

 この世界に数匹しか居ないサイズに間違いない。


 このサイズなら大きさは申し分無い。

 しかし、問題は味よ。


 「どうやって食べるんですか?」

 「そうだな、オーソドックスに開いて蒲焼きにする。

 あつあつご飯に乗せてタレを掛けて食うか?」


 彼の説明を聞いただけでよだれが出そうだ。

 ナマズというのを思い出さなければ。


 しかし、目の前に居るのは紛れもなくナマズ。

 それをスサノオが雨の群雲で捌こうとしている。

 どんな味になるかちょっと不安。


 「じゃ わたしはご飯とかタレ用意するわね」

 

 クシナダがご飯とタレを準備してくれそうだ。

 ――あたしは、何を手伝おうか?


 「あたしも何か手伝う事ある?」

 「オロチ連合も手伝ってくれるから、人手は足りてるんじゃ無いかな?」


 クシナダが言うので周りを見渡せば、オロチ連合が手際よくカマドやら何やらを設置している。

 あたしの出番は無さそうだ。


 「じゃ あたし達は図書館に居る人達を呼んでくるわね」

 「お願いしますね」


 あたし達は手分けして、人を集め始めた。

 図書館の中に居たのはロキ、フレイア担当で、あたしは外の担当。




”””



 あたしは世界樹の所で涼む、有名どころの神を見つけた。

 こいつは血の気が多い印象なんだよね。

 よく見れば服の裾で例のネコが眠っている。

 ここが一番涼しい場所と言うことか……。



「ナマズの蒲焼きが有るんですけど、食べれます?」

「儂も頂くとしようかな?

 しかし、ネコを起こすのが可哀想だからな……」


 そいつはネコを見ながら複雑な表情をしている。


 そう言えば、こいつはネコ好きだったんだよな。

 ネコを起こすのが可哀想で、袖をちぎったという話もあるくらいだし。


 ネコ好きにはアタシの好感度UP。


 「じゃあ、出来たら持ってきますね」

 「すまんな」


 この神は食べ物の禁忌が結構あるんだよねぇ……。

 あたしは好奇心から思わず聞いてみた。


 「食べたら不味いのは、豚がダメでしたっけ?」

 「うむ」

 「何故、豚食べたら不味いのです?

 トンカツとか美味しいのに」


 髭ずらの神は食えない理由を語り出した。


 「それはな、我々は遊牧民故、何時もきちんと調理できる環境にある訳では無いのだよ」

 「でしょうねぇ 砂漠の真ん中で台所なんて在るわけは無いから」

 

 ――むしろ有ったら怖い。


 「生焼けの豚肉には、恐ろしい寄生虫が居てな、それを防ぐために、豚は汚れた動物で食うのは禁止にしているのだ」

「なるほどね」


 話を聞いて思わず納得。

 豚レバー刺しがダメな理由と同じか。


 酒がダメな理由を聞こうとしたが、

 これは聞くまでも無かった。


 世界樹の前でオロチ連合が酒樽もって大騒ぎしている。

 暑い砂漠でこれを始めたら、収集がつかなくなることは必至だ。

 あたしも、これには思わず納得。



 「なんか、族が酒飲んで騒いで居てすいません、スグに静かにして貰うように……」

 「儂は飲めないが、他が飲むのは構わんよ」


 神は穏やかに答えた。


 この神、なんかイメージと違う……。

 血の気の多いイメージなのにねぇ。


 「儂がこの様に言うのが、不思議に思って居るのだろう?」

 「ええ、 まあね、おたくは排他的な感じ強いですからね」


 「儂らの考え方の根源は人間が増えた時、どうやって皆が幸せに生きれるか?

 其処に集約されてるからな、あえて人とトラブルを起こすのは好きじゃ無いのだよ」

 「ですよねぇ……」


 突然声がしたので、其方の方を向くともう一人の有名どころの神が居た。

 こいつは、何時もさっきの神と殴り合いしてるイメージあるんだけど。


 「うちの場合も、考え方の基本は一緒ですからね。

 と言うか、似たような所から発生したから考え方が近くなるんですよ、

 伝来の過程で、そこらの文化に合った形で変化して行きましたがね」


 ローブを来た神は遠くを見ながら口を開く。


 「なるほど、たしかにそうですよね」


 そう言われてみれば、こいつらの出身地は近くだっけ……。

 時代は多少前後するけど。


 「苦しむ民衆を救いたいってとこは、お宅らも一緒ですよね?」


 その神の視線には、仏様と、袖でネコを眠らせているもう一人の神様が居る。


 「ですな。

 人を救えない考え方なんて、役立たず以外の何物でも無いですな」

 「儂が、始めたのも同じ理由だからな」


 仏様も、もう一人の神様もうなずいている。

 確かに人を救わない神仏なんて、害だけよねぇ。


 「ん?」


 あたしは後ろに異様な気配を感じて振り向いた。

 其処には……。


 牛頭天王ゴズテンノウが居た!

 こいつは病気を流行らせる迷惑な奴なんだよね。

 ある意味一番迷惑な奴かもしれないんだけど。

 しかも食事前には一番会いたくない相手……。


 「オレを呼んだ~?

 と言うか、俺の出番で何か、食中毒でも流行らせようか?

 サルモネラでもコレラでも何でもあるぜ」


 牛頭天王ゴステンノウは何かを流行らせる気は満々だ。

 うちらが、かば焼き食べようとしてるのを判って言ってる確信犯だよねぇ。

 淡水魚食べる時に現れたら、確実に大当たりする……。


 食事前になんと言う事を言いやがる!



 「呼んでません!

 どっか行け!!」


 あたしは、牛頭天王を蹴り飛ばした。

 はるか彼方に彼がすっ飛んで行くのが見える。

 これで大丈夫、安心して食べれそうだ。


 「沙織さ~ん、そろそろ出来ましたよ」

 「すぐ行きますね」


 木の下の方から、クシナダさんが呼ぶ声がする。

 どうやら料理が出来たみたい。

 タレが焦げる良い匂いも漂ってくる。


 今年はうな重に有り付けそうな感じだ、ただしナマズのうな重だが……。

 今日の図書館は、良い匂いがただよって居る。


 「早く来ないと無くなりますよ~」

 「すぐに行くわよ!!」


 無法地帯と化した図書館、今日は美味しく営業中。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る