天界司書地獄変  勝者は誰も居ないわよ!

 あたしは三途の川を渡り、やっと閻魔の裁きの間入口へやってきた。


 どこぞの寺院のような巨大な建物があり、

 其処には、『地獄門』と書かれた、見上げるような巨大な門がある。

 だが門は固く閉ざされている。


 「天界司書 結城沙織、資料の本をお持ちいたしました」

 

あたしは静かにお辞儀をして、門を開けると其処は既に地獄の様相をしていた。


 巨大なデスクに座って居る閻魔大王は、体中に包帯を巻き、

 月光亭店主、お冬とお冬の取り巻き達を睨み付けている。

 また司録と司命という地獄の書記官が左右に控えていた。



 閻魔の前では、今回の事件の張本人たちがこの期に及んで罵り合っていた。


 「お前も闇米食ったんだろうが?」


 漆黒庵店主、忠兵衛はお冬の取り巻きに怒鳴りつけて居る。


 「島抜けした、お前が一番怪しんだろ?」


 お冬の取り巻きは忠兵衛を不審そうにみた。


 「小僧、前科者を疑うのは一番避けるべき事であろうが?」

 「そもそも、島抜けの罪人がこの勝負出る事が許されてるの?」


 月光亭店主、お冬は忠兵衛をにらみつけた。

 「そもそも、毒使ったのはお前だろ?」


 まさにカオスの坩堝と化している。

 あさましい……。


 ただ一人、日暮れ庵店主、千衛門はじっと成り行きを見守っている。



 ん?


 よく見れば、このイベントを主催した奴も居る。

 こいつは、ある意味被害者だ。

 ここの閻魔アホウが肉料理コンテストをやれとヘルに指示し、

 ヘルはこいつに指図したら逆らう訳には行くまい。


 誰だって、地獄の亡者にはなりたくない。




 どいつもこいつもこの期に及んで……。



 来るまでに亡者たちの資料にあたしが目を通した、

 事件の詳細と言うのはこうだ。



 事件は半年ほど前に遡る。



"""" 



肉食屋、旧漆黒庵は経営不振に陥っていた。

忠兵衛の料理の腕の問題では無い、

むしろ料理人の中では上部に位置する存在であった。

仏教色の強いこの時代、肉食はメジャーでは無かったから、仕方が無い問題ではあるが。


しかし店主忠兵衛は無能な男では無かった。

分析眼に優れ、市民が何を求めているか察知し、

取り入れるのは得意であった。


其処で、不本意では有るが糊口をしのぐ為、

当時市民の間に流行し始めていた、うどん屋台に手を出した。

本業の牛肉を入れたうどん屋は大繁盛と言うまではないが、そこそこに繁盛していた。


だが、ここで忠兵衛に大誤算が起きた。



うどんには七味が欠かせない、その中には麻の実も入って居る。

忠兵衛はお客が、麻の実を多く欲しがっていることを察し、

大量に麻の実を使用した七味を使用した。


麻と言うのはご存じのとおり大麻、大量に取れば中毒を犯しかねない。


再三のお上の使用禁止命令も、お客様第一とした忠兵衛は無視し続けた。

そこで業をにやしたお上に目を付けられ、遠島となった。



しかし、この忠兵衛はしたたかで賢い男であった。

島抜けをした彼は名を変え、

密かに江戸に舞い戻ると、新たに店を再開していた。




””””



そんな折、ここの閻魔アホウが肉食文化発展のためと抜かして、

将軍御用達の書付と10両の賞金をエサに出し、コンテストを開かせた事から悲劇は始まる。


うどん、寿司、テンプラのような江戸庶民にメジャーな料理ならいざ知らず、

肉食はゲスの極みと言われていた時代である。

店同士が争って潰しあっては、肉食文化その物が衰退しかねない諸刃の刃なのに。



””””



 まず、分析眼の優れた忠兵衛は、コンテストのお客の層に注目していた。

 行われる場所が、女性客やアホウな男共の多い吉原近辺であり、通常の営業とは違うことに。

 そこで、得意の肉料理である焼き肉を本格派も満足のいく部分は残し、

 女性客やアホウな男共でも食べやすいように萵苣ちしゃで巻いて出すことにした。

 名付けて、萵苣ちしゃクレープ♪ 

 名前も客層を見込んだ名前を付けて。




””””



 牛鍋屋、日暮れ庵店主、千衛門は若いが実直な男である。

 彼が作る料理は飾り一つもなく派手さは微塵も無いが、何処も手を抜かず、

 その腕から作り出される料理は一度食べれば嵌る絶品であった。

 しかし、その料理の性格ゆえ、味の解る人間には理解され熱狂的なファーンが付くが、

 吉原の女性客や其処に通うアホウな男には、見た目で敬遠されやすい料理となっていた。


 コンテストには、店の看板メニュー、厚切り肉の牛鍋を出す事とした。



””””



 月光亭店主、お冬は、料理の腕は料理の腕は素人の域を出ずさっぱりであるが、

 人当たりの良さと腹黒さで、なんとか潰れそうな店を切り盛りしていた。

 店の起死回生のため、コンテストに出る事を決意し、

 月光亭は、牛の串焼きをかわいらしくデコってコンテストに出店した。


 コントストに参加したものの、味で勝つ見込みは全く無かった。



 しかし、お冬には秘策があった。

 色香を使い、大量のサクラを用意すると言う如何様である。



””””



 肉料理コンテスト初日。


 漆黒庵店主、忠兵衛は当初の通り、萵苣ちしゃクレープ♪ を出店した。


 お店は、人が人を呼ぶものである。

 そこで忠兵衛は数人のサクラを準備し店に並ばせると、

 予想通り幅位広い層から受けたちまち大繁盛となった。

 そうして、またたく間にそのエリア一位の座を奪い取った。


 これは、当然の結果である、

 本職の料理人が市場をリサーチしてそれに合った料理を作ったのだから。


 これには、嬉しい誤算も有った。

 美味しそうな匂いにつられたネコが、忠兵衛の屋台の前で鳴きまくっていた。

 ネコが鳴くほど美味しい店と評判が立ち、お客集めに貢献したのだから。


 しかし、このネコはただのネコでは無かった。


 

””””



 しかし、その様子を苦々しく見る人々が居た。

 この界隈で長らく肉料理の商売をしていた月光亭の店主お冬である。


 お冬は忠兵衛の所でネコが鳴きお客が来ないため、

 自分の店が一番になれないと思い忠兵衛の所に居たネコを叩きのめした。(ネコには良い迷惑である)

 しかし、効果は無かった。

(そりゃそうだ、ネコが居ようが居まいと、美味しいものは美味しいから)


 ネコ苛めにも飽き足らず、色香を使い大量のサクラを雇い票集めをしようとしたが、

 所詮は素人の料理である。

 味を覚えられば、サクラ以外の人間には、見向きもされる筈も無かった。


 このままじゃ勝てない、こうなったらアレをやるしか……。

 毒でも使って、No1の店と、No2の店が潰れれば……。


 お冬は追い詰められていた。



””””



 これらのトラブルを不安交じりに見守っている男が居た。

 日暮れ庵店主、千衛門である。

 この男は、店の看板メニュー、厚切り肉の牛鍋を出していたが、

 牛鍋の売れ行きが、二店舗に比べて劣ると言う件と、

 何より、このトラブルで肉食の風習自体が大衆から離れると言う危惧である。

 しかし、

 この男は実直に、牛鍋を作り続けていた。




 かくしてXデイは起きた。

 お互いの店の料理に毒を盛りあい、こうして閻魔の前に集合している訳である。




 どいつもこいつも……。

 くたばるのは勝手だけど、人様を巻き込むなって言うの。

 司書の仕事が増えるんだから。



 気が付けば、司録しろくという地獄の書記官がじっとこちらを見ている。

 あたしの本を渡さないと、裁判が始まらないらしい。


 「司録様お待たせ致しました、本をお渡し致しますね」

 「ご苦労様でした、沙織さん」

 「いいえ、遅くなってすいません」


 あたしはそう言うと、小さくお辞儀をした。

 このまま帰っても良いのだけど、

 このアホウ共の裁判の行方が気になったので見て帰ることにした。


 「ここで裁判の傍聴しても構いませんか?」

 「静かにしているなら、構いませんよ」

 「ありがとうございます、司録しろく様」




””””



 かくして閻魔の裁判が開廷した。


 閻魔王の法廷には浄玻璃鏡という鏡が設置されていて、

 死者の生前の善悪の行為をのこらず映し出している。

 (こんな便利なものが有るなら、本を持って来させるなよ)



 まずは、お冬と取り巻き共の裁判が始まった。


 「月光亭店主お冬、その方色香を使い、男をたぶらかした事に間違いはあるか?」

 怒りを隠せない閻魔はお冬に尋ねた。


 「いいえ、あたしはその様な事を行った事はありません。

 男共が勝手にやった事です」

 お冬は首を振っている。

 取り巻き共からは、どよめきが上がった。


 「では、忠兵衛の店の前で鳴いていた、罪なきネコを苛めた事は?」

 「あの猫は、忠兵衛の店の回し者で、

 あたしの商売の邪魔をした罪で追い払いました、しかもあたしはやって居ません」

 「取り巻き共が手を下したと言うのだな?」

 閻魔の顔から殺気がにじみ出ている。


 「そうです」

 「たわけがぁぁ!!!

 お前がネコを苛めた事は、ワシが知っておるわ!」

 「証拠はどこに有るんですか?」


 「あのネコがワシじゃぁぁ!!!!」

 「げぇぇ!」


 閻魔は遂に切れた。

 冠を投げ出し、笏をお冬に投げつけた!

 「いい匂いがするから、近寄って鳴いたら、

 いきなりお前たちが、ネコのワシを殴りおって!

 これ以上の証拠はないだろう」


 お冬と取り巻き達は震え上がっている。

 「さらに、調味料に毒を盛り多くの人間を殺した事、浄玻璃鏡という鏡にしっかり映って居るわ!」


「判決を言い渡す。

 お冬、大勢の人を殺した罪は、真にもって許しがたい、

 よって無間地獄の閻婆度処送りとする。

 また、お冬の取り巻き共は、衆合地獄の忍苦処送りとする」


 閻魔大王がそう言うと、

 お冬の辺りの地面が粉々に砕け、お冬たちは地獄の底に真っ逆さまに落ちて行った。



 「何故あたしが!、実際にやったのはお前たちなのに!」

 「あんたのせいで、地獄に堕ちることに、どう責任取るんだ」

 地獄に堕ちながら、お冬たちは責任を擦り付け合っている。




 まあ、自業自得だよね……。

 落ちて行きながら小さくなって行くお冬達を見ながら呟いた。


 地獄の底でもずっと責任擦り付けあうんだろうなぁ。

 でも、毒を盛ったのは月光亭店主お冬なら、

 なぜお冬達まで死んでるの?



 その理由は、すぐに判った。

 知恵者の忠兵衛が調味料の味噌の仕入れ問屋の時に細工したのだ。


 細工は簡単である。

 自分の所の味噌樽に月光亭の札を軽く張り、

 逆に月光亭の樽に漆黒庵の札を張って置いたのだ。


 お冬達が漆黒庵の樽に毒を仕込んだと思っていたが、

 実は漆黒庵の札が張ってある自分の樽に毒を入れてしまって居たのだ。


 そうして、札が外れた毒入り味噌が自分の店に運び込まれた訳ね。

 自業自得のアホウとか言いようが無い。


 しかし、忠兵衛も醤油までは気が回らなくて毒死した訳だが。




 次に、日暮れ庵店主、千衛門の裁きが始まった。


 「千衛門、此度は災難であったな」

 「いえ……」

 「不満そうだな、この勝負について納得が行って居ないのであろう?」

 「……」千衛門は不満そうな顔を浮かべている。


 そりゃそうだ、長年肉鍋屋をやってきて、

 パッと出た新参者の店にNo1の店を奪われたら誰だって面白くない。


 「お客の数が全てを物語っているわ、

 お前の料理は素晴らしかった、食べた儂が言うのだから間違いない。

 しかし、お前はマダマダ若いのぅ」

 「若い?」


 「そうだ、客の好みを読みぬき、

 したたかに客の好みに自分の料理を合わせると言う、術をもっておらぬ」

 「術ですか……どうしろと」


 「今回は、女性やアホウな男共の多い所の勝負だった、しかも短期の勝負。

 普段は肉を口にしない人間たちまで投票に参加すると言う変則勝負。

 それに合わせて自分の料理を変える術だ」


 「自分を押し殺し、それで手に入れた、書付に何の意味が有ると言うんですか?

 これからもずっとその料理で生きていく訳でしょ?」

 千衛門は息をあらげている。


 「そうだ、ずっと貫く事になる」

 「なら、私は書付なんて要らない、今の料理を貫いて行きます。

 そして何時か自力で、将軍に食べて貰える料理にしてみせる」


 「そうか……」

 閻魔は微笑んだように見えた。 (こいつなら、何時かはやるのだろうな)



 「もし、この勝負一年と言う長い期間だと結果は違っていたのだろうな」

 「……」

 「千衛門の行き先を申し付ける。

 六道の一つ、人間道で再修業。

 鍋振り100万振りを申し付ける、とっと戻れぃ」


 千衛門は風の中に溶けて行った、

 下界では棺桶から死体が生き返り大騒ぎになって居ることは間違い無い。




 最後に漆黒庵店主、忠兵衛の裁きが始まった。


 「あたしゃ 何も悪いことをして居ませんよ」

 「そうだな」

 「お前の裁きは、既に自分で付けているのだろう?」

 「どう言う事ですか?」


 「書付は、お前の物になった、

 だが、頭の良いお前は、その先は見えておるのであろう?」


 いつもは表情を露わにしない忠兵衛が震えている。

 そして、地面に崩れ落ちた忠兵衛は地面をかきむしった。

 「くっそぉ……」



 あたしは判って居る。

 この男は戦術では勝ったが、客の好みを読むことに神経を使いすぎ、

 戦略、大戦略の長期の視点で店を出す事は出来ないのだ。


 そして、永遠に安住の店を出す事が出来ないと言う事に。


 「儂が裁きを与えるまでも無い、何処へでも行け」

 忠兵衛は風の中に溶けて行った。



 「天界司書 結城沙織、お役目ご苦労であった」

 「いえ、まだ裁判は終わって居ませんよ?」

 「どう言う事だ?」


 そう言うとあたしは、閻魔大王と主催者を指差した。


 今回の騒動の一番の原因は、

 てめぇが思いつきで肉料理コンテストをやれとヘルに指示したのが発端で、

 主催者がもっとコンテストをしっかり管理してたら悲劇は起きなかった筈だから。

 しかも、その張本人がネコになって、そのコンテストを引っ掻き回したんだろ?

 そんなアホウが何処に……、此処にいるか。



 「裁かれる者が残って居る って事ですよぉ」

 「ぎくっ!」


 閻魔の赤い顔が青ざめている。

 しかし、あたしは情け容赦なく首根っこを押さえつけた。

 逃がすか!


 「今回の騒乱の発端は手前だろうが!

 お前が思いつきでやらなきゃ、隙間産業の肉食業界は平和だったんだよ!!

 今回の毒殺事件で、肉を食べる食文化事態が怪しい目で見られてるだろう?!」


 そう言うと閻魔を先程の割れ目に蹴り落とした。

 何やら閻魔が喚いているが聞こえない振りをした。


 「ついでに てめぇも同罪だ」

 そう言うと、コンテスト主催者も叩き落とした。




 「これで、今回の裁判は全部終わりですよね、司録しろく様?」

 「ええ、これで全部終わりですが……。

 閻魔を地獄に落としたのは貴女が初めてですよ」

 「そう?

 たまには自分の罪を考えるのも良いんじゃないの?

 あの性格だと誤審とか山ほどありそうだしねぇ」



 そう言うと、あたしは羽を出して天界図書館まで羽ばたいて行った。


 久々の天界図書館は何時ものように良い風が吹き抜けている。

 

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