天界司書地獄変 てめぇが一番悪い!

 天界司書のあたしとヘルは、本の配達で地獄入口まで来た。


 目の前には、巨大な川が広がっている。

 俗に言う三途の川?

 三途の川の由来は、渡河方法に三種類あったからそう言うらしい。

 でもよく見たら、中国の川もビックリな位、むちゃくちゃ汚いんだけど……。



 「なんか、汚い川ね、こんな所を渡れと言うの?」

 「……最近は、汚い心の持ち主が多いから川も汚れてるわ……。

 それに少し前、大量に汚い心の人間が通ったから……」

 「なるほど、汚いものが通れば水も汚れる洗濯と同じ原理ねっ」



 ヘルはじっとこっちを見ている。

 あたしの心が汚いとでも言うの?

 失礼なっ!!


 「ヘルちゃん、何か言いたげだけど?」

 「いえ……、沙織さんの心が汚いとは誰も言って居ません。

 一般論として、心の汚い人が多いとだけ言いました」



 このガキは……。

 さすがロキの兄妹で、根性が腐ってるだけあるわ。

 温厚なあたしも切れるわよ。



 「でもさ、ヘルちゃん。この川渡らなきゃ、閻魔の所に行けないでしょう? 何処を渡るの?」

 「沙織さんは、あそこを渡るの……」


 このガキが亡者の川の渡り方を取り仕切っているが、

 ヘルが指差した方向には金銀七宝で作られた橋があった。

 あたしみたいな美人でスタイル抜群で(以下略……)の善人はここを渡れるのねっ?



 「この橋を渡って行けば良いのね?」

 「いいえ、違うわ……。

 あなたが渡ると橋が崩壊する……」

 「どうしてよ?」

 「重量制限が有るから、あなたの罪の重さで橋が……。

 あなたが渡るのは、あそこのあたり」


 ヘルが指差した辺りは、三途の川が浅瀬になって居て、

 その先は、江深淵と呼ばれる三途の川の淵になっている。


 伝承では軽い罪人は山水瀬と呼ばれる浅瀬を渡り、

 重い罪人は江深淵と呼ばれる難所を渡るらしい。



 「あたしにあの浅瀬を渡れというの?

 仕方がないわね、本には水気が大敵なのに」

 「いいえ……、あなたが渡るのは、あそこ……」


 ヘルが指差したのは、江深淵と言う濁流が渦巻く見るからに重罪人の渡る場所だ。

 このガキは、さりげなくあたしに復讐してるな……。

 あたしの顔が引きつり始めるのがわかる。

(その瞬間、シナプスに電撃的なアイデアが浮かんだ)

 ふっふっふっ見てろよ、くそガキが。



 「ヘルちゃん、あなたの本持たせて貰っても良いかな?」

 「……ありがとうございます。

 でも、あなたが渡るのは同じ場所よ」


 ヘルは勝ち誇ったように、小さく微笑んでいる。

 (勝ったと思った瞬間に、手前は負けてるんだよ。

 ニヤリッ)



 「私めは、一向に構いませんわよ、

 あなた様のお荷物を持たせて頂くので、此方に来て下さい」

 「ご苦労様です」


 ヘルから本を受け取った私は、彼女を橋の傍まで呼び寄せた。

 「この橋、罪人の罪の重さで壊れるのよね?」

 「……そうです」

 「あなたが渡ると、どうなるのかなぁ?」

 「そ、それは……」



 思った通りよ。(ニヤッ)

 あたしの口角が上がるのがわかった。

 「私は渡れないけど、あなたが渡るお手本を見せてくれないかなぁ?」


 そう言うと、あたしはヘルを橋に向かって蹴り飛ばした。

 「私が渡って見せれば、良いんでしょう……」

 「そうよ(渡れるものなら渡ってみなさい)」



 ヘルが橋を渡り始めると、

橋は轟音を立てて、テロが有った某ビルのように大崩壊した。


「きゃ~~~~~~」


 彼女の凄い悲鳴が地獄中に響き渡った。


 「やっぱり……。

 (誰が渡っても)崩壊は当然の結果よね、もともと、誰にも渡らせる気が無いんだから」



 罪の重さじゃなくて、単に素材の選択と設計ミスだろ……。

 誰が渡っても、崩壊するものは崩壊するんだよねぇ。

(柔らかくて、しかも重たい金ゴールドに、もろい素材の七宝で、

 構築物を作ると言うアホウなアイデア出した奴がどこにいるか……)

(しかも、姉〇って、設計会社のロゴまで入れてあるしさぁ)



「私に何の罪があるの?」

 ヘルは半泣きで川を流されながら、三途の川の江深淵と言う濁流が渦巻く辺りで喚いている。


 「罪の重さで崩壊するならね、

 あんたの罪は、亡者達に渡らせる気のない橋を見せて希望を持たせた挙句、

 亡者の事情も分からず、江深淵を渡らせて来た事でしょう?」

 「希望のない亡者に希望を持たせて、何が悪いの?」


 あたしはヘルを見据えて言い放つ。


 「それが余計なお世話と言うのよねぇ」

 「希望を見せるのが、余計なお世話と言うの?」

 「あんたが希望を見せなきゃ、

 亡者たちは自分で考えて、船で渡るなり、浅瀬を渡るなりやるのよね」

 「……」

 「あんたが余計な指図したから、見なさい。

 亡者があんなに江深淵で溺れてるじゃない」


 あたしの指差す方向には、

 強深瀬から江深淵で無数の亡者たちが溺れて苦しんでいる。

 ヘルが余計な指図しなければ、大半は別ルートで渡って居たであろう亡者たちだ。



 「私は、救いが無い、あの亡者たちに救いを見せただけ……」

 ヘルは溺れながら喚いている。


 「偉そうに上から目線で、自分は溺れた事無いのに、亡者の行き先を威張って指図して来たんでしょ?

 あんたみたいな極悪人は其処を渡るのは当然の結果よね。

 威張り腐っても所詮、お前も亡者の仲間でしょ?」


 「あなたも、ここで一緒に溺れれば良いのに……」

 ヘルはうらめしそうにこちらを見ている。


 「そう言う訳には行きませんわ、

 司書たる者は本を何より大切にしないと」

 (そんな訳で、本を濡らす訳には行かないのよね)


 あたしは背中に羽をだして(大日如来から授かった(脅迫して頂いた)能力)

 本の包みを片手に、三途の川を大急ぎで羽ばたいて行った。

 (急がないと、閻魔のジジイが切れるな・・・)



 江深淵と言う濁流が渦巻く辺りを流され、

 泣きながら川を渡るヘルが見えたが、気にしないことにした。


 閻魔の裁きの間まであと少し。

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