第1章

CAPA.1 疾走する影と


 日も暮れかける細い路地裏の、うす暗い明かりだけを頼りに走る音が加速する。息づかいだけが妙にハッキリ聞こえていた。

 どうしてこうなったのか。今までうまく逃げ切っていたのに、たまたま出会ったガキに気づかれるなんて、ヤキが回ったとしか思えない。


「クソっ!!!」


 舌打ちしながら、男が何度目かになる曲がり角を曲がった時だった。


―――キュインッ


 金属のような高い音がした瞬間、目の前に火花が散り、衝撃が一瞬のうちに体を駆けていく。景色が、スローモーションのように傾いた。

 そして若い女の声によってようやく、自分は追手に卒倒させられたことが分かった。


「ほぉ~ら・・・。無闇に逃げるから、イタイ思いするんだよぉ?」


 だんだんと薄れていく意識のなか、可愛らしさの端々に、どことなく冷たさが残る声が、足音とともに近づいてくる。

 途切れる意識の最後。網膜に映ったのは、ふりふりとした白いレースの端っこと、少女の薄く笑う唇だった。


 星が落ちてきてからもう50年ほど経つ。人間のいろんな環境は、昔とはかなり変わったらしい。

 人類が誕生して歴史的な多さの隕石群が、この地球に降り注いだ『星変革せいへんかく』。

 50年ほど前のそれから、隕石の影響で特殊能力を開花させた人間が、各国で急速に増えていた。

 そんな『能力開花のうりょくかいか』した、特殊な能力者による犯罪を取り締まるために、特別組織が設けられた。

 その名は―――カーラム。国をまたがり存在する、民間の組織である。

 その組織には、能力開花の可能性のある隊員とよばれる青少年たちが日夜、能力による犯罪者たちを取り締まっていた。

 繁華街からすこし離れたここにも、入り組んだ路地裏をひとりの若者が走っていた。


「あいつ、どこを追ってんだよ・・・っ!!」


 ときどき立ち止まっては、左の腕時計型の端末を操作する。


―――ピピッ 現在地カラ アト600メートルデス


 無機質な音声に、自然と舌打ちが出る。体力には自信があるけれど、カクレンボの鬼役は昔から苦手だ。

 なんでこんな事になっているのか、つい先ほどのことを思い出す。

 巡回からそろそろ帰ろうとした矢先、たまたま路地裏から出てきた男と軽くぶつかったのが、事の始まりだった。



「あ、すんませ・・・」

「どこ見て歩いてんだこのクソガキっ!」


 謝りきらないうちに、舌打ちとともに汚い言葉を投げつけられる。

 昔なら即座にケンカを買っただろう。けれど、いまは勤務中。なにより面倒ごとはカーラムの規定上、避けなきゃならなかった。


「・・・スミマセーン」


 イラッとした感情を押し込めて、かなめは謝りながらも相手をチラリと見やった。

 いかにもなチンピラ風の、ガタイのいい20代くらいの男。着てるものは安物のようなヨレヨレのジャケットとジーンズで、ざっと見る限り、ナイフや拳銃などの凶器は隠してなさそうだ。

 そんなふうに、つい冷静に男の風体ふうていを観察していると、その態度が鼻についたのか男は突っかかってくる。


「なんだお前、ジロジロ見やがって・・・。ハッ、本気で謝ってんならカネでも置いてけよ」


 こちらを『』と思っているのか、男はなめきった顔つきで胸ぐらを掴もうとしてくる。が、逆にその手を掴んでひねり上げてやると、あっという間に男は痛みで地面に膝をついた。


「いっ、ででででっっ!!な、なにすんだ、この・・・・・・っ!!!」

「あー・・・わりぃ。でも、おっさんが胸ぐらつかもうとするからだろ」


 服装のせいなのか、と間違われることは多々あるのであまり気にしない。けれど、ケンカを吹っかけられるのは困る。ヒジョーに、困る。

 ため息をつきながら、どうしようかと思案している、と。


「あぁーっ!!カーラム隊員がケンカなんて、いっけないんだ~ぁ♪」


 突然の可愛らしいとがめる声に、ビクッとしてひねり上げていた男の腕を反射的に離す。

 声のする方を振り返れば、よく見知った顔が近くの店の前で、なにかを頬張っている。クレープ?だろうか。小柄な可愛らしい出で立ちとは対称に、彼女はよく食べる。


「お前・・・、巡回中になに買い食いしてんだよ」


 バディを組んでいる彼女に、ホッとしつつも呆れながら声をかける。と、彼女―――ササギリは、そのまま食べながら小さく口を開いた。


「わたしのことより・・・・・・いいのぉ~?逃げちゃうけど」

「はぁ?ただのチンピラだろ。余計なメンドー事になるより、逃げてくれた方が助かるって」


 さっきまでの場所にちらりと視線を向ければ、男はもうこちらに背を向けて、ちょうど走り去るところだった。

 軽くあしらうようにササギリに手を振りながら、自分もなにか食べようかと店に近づく。


「だってぇ・・・さっきのヤツ、能力の指名手配犯だよぉ。ショボイけど一応ね♪」

「・・・・・・は?」


 さらりと、満面の笑顔でとんでもないことを言い出した。


「さっき、わたしが話しかけた瞬間、要ちゃんのソレ、見てビビってたし~」


 食べ終わった紙くずを丸めながら、要の手首のカーラム隊員の証である、灰色と藍色の細いリストバンドを指し示した。


「「・・・・・・・・・・」」


 一瞬のお互いの間。


「はやく言えよっっ!!!」


 グッと足を軸に体を翻し、さきほど逃げて行った男の方へと駆け出す。焦りからか、ヘンな汗が吹き出していた。


「いってらっしゃあ~い♪」

「バカっ!お前もカーラム隊員だろ、追いかけろよっ」


 さも他人事のように、ひらひらと手を振って見送るササギリに、振り返りながら怒声を飛ばす。うしろでえぇ~っという声が聞こえたけれど、要は無視を決め込んで走った。



*****



 そして。今さきほどササギリから捕まえたと連絡が来たものの、入り組んだ路地裏に、要はすこし道に迷っていた。腕の端末の操作も、最近やっと使いこなせるようになったばかりだ。

 もう少しすれば夕闇もさらに深くなる。さすがに夜までには、引き渡しまで終わらせておきたい。


「なんか、ササギリ怒ってたからなぁ。余計なことしてなきゃいいけど・・・・・」


 不安から、つぶやきがため息とともに零れる。

 お互いにバディを組んで2年ほどになるけれど、時々、ササギリの行動が読めないことがあった。まあ前任者とはうまくいってたみたいだし、相性もあるんだろうけど・・・・・。

 そんなことを考えていると、端末から探索完了の通知音が鳴る。


「あー・・・・・この辺か?」


 思考をいったん止めて、端末が映し出す立体地図を見る。その地図が指し示す、1本奥の細い路地裏をのぞき込んだ。

 夕方とはいえ路地裏に1歩踏み入れば、そこは薄暗く湿っぽく、どこか埃とかび臭い空気に満ちていた。


(このあたりはあまり来ることないけど、外灯がほとんど差し込まないな)


 音が狭い空間に反響する。足の砂利を踏む音が、虚空に吸い込まれていった。


「・・・・・ササギリー?」


 妙なその静けさに押されて、警戒しながら奥へと進んでいく。と、イヤな空気の流れに乗ってササギリの声が・・・・・・・・・・。


「―――――ほんっと失礼しちゃうっ!!こぉんなかわいい子つかまえて、だれがバケモノよーぉ!!!」


 奥へと進んでいった要がそこで見たのは、捕縛用の特殊テープでぐるぐる巻きにされているさっきの男と、そこそこヒールのある靴でその男をゲシゲシと踏みつけているササギリの姿だった。

 体格のいい男を踏みつける華奢なササギリ。というその構図に、ちょっと・・・・・いや、かなりこの能力犯罪者の男に同情してしまいそうだ。


「・・・・・ササギリ。まさかとは思うけど、最大出力でスタンガン使ったんじゃ、ないよな?」


 こいつには、以前にもキレたときのがある。さっきの連絡のときの怒り方を思い出して、おそるおそる聞いてみた。


「もちろんっ♪」


 いまだに踏みつけながらもにっこり微笑み返し、ササギリは言葉を続ける。


「最大出力にしたに決まってるじゃな~い・・・・・ふふふふふ・・・♪」


 要は、背中にじわりとした冷や汗を感じつつ、男の方に目を向けた。


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Battle Capacity 神崎 陽千 @hinase

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