(2)
横手さんは、もう料理に手を伸ばそうとしていた小野さんをどやす。
「ったくオヤジは空気読めないんだから。乾杯まで待たんかい!」
「おっとっとっと。こわこわ」
肩をすくめる小野さん。横手さんが僕らを見回しながらよっこらしょと立ち上がった。
「今日はクリスマスイブだ。楽しくやろう。その前に……」
さっきプリンターで打ち出した写真をじっと見つめる。
「なあ、みんな。この写真だけ見りゃあ、これはどこにでもある家族団らんの絵さ。あたしが母。小野ちゃんが父。梅ちゃんが姉。弓長さんが兄。ぷぅは末っ子だ。そして、たみちゃんは兄んところへ嫁に来た。家族が増えた」
写真から目を離した横手さんが、僕ら一人一人に目を落とした。
「誰も。そう、誰もここにいるのが家族から見放された連中の吹き溜まりだってことは分かんない。誰もね」
その後、ちぎり取るようにして塩辛い事実が並べられて行った。
「あたしは今年、最後の身内の姉を亡くした。小野ちゃんは離婚を決めた。梅ちゃんは家族から見放されてる。弓長さんは両親が行方不明だ。ぷぅは親から捨てられた。そして……たみちゃんは一人になった」
事実は事実でしかないっていう突き放した口調で、僕らの現在地が示される。
「この写真の中の誰一人として、まともに家族を持てたやつがいない。でもね」
横手さんが、写真をくるっと引っくり返して僕らに見せる。
「今この写真に写ってるみんなには、それに負けてほしくない。この写真の笑顔は、作り笑いだって言ってほしくない」
きつい表情で、横手さんが僕らを見回した。
「あたしは、みんなが寂しい連中だからパーティーに呼んだわけじゃないんだ。今、心の底から笑えないなら、笑えるように。家族がいなくて寂しいなら、素敵な家庭を作れるように。誰のせいにもしないで、ちゃんと自分で行動して、欲しいものを取りに行ってほしい」
そうだね。僕も……だらしない自分には負けたくないと思う。
「この写真の時も良かったけど、今はもっといいんだよって。あたしに言えるようになってほしい。みんなにそう覚悟してほしいから呼んだんだ」
写真をぱんと叩いた横手さんが、僕を睨んだ。
「なあ、弓長さん。あたしはカメラマンだ。そこにあるものを切り取るのが仕事さ。あんたに最初にあの写真を見せられた時。あたしは、そこに切り取られてるものの無惨さに吐き気がした。あんたにどんな事情があったにせよ、あんな写真に心を吸い取られてるようじゃって、おっかなくてしょうがなかった」
うん。その通りだ。
「でも、あんたはその写真をこなしてちゃんと成長した。写真に負けなかった。それでたみちゃんまで辿り着いた。それだけじゃない。体ぁ張って、たみちゃんを助けたんだ。もう……いいだろう?」
「そうですね」
僕は頷く。たみを見る。たみは僕の顔を見返して、同じように頷いた。
園部さんが持って来てくれた皿の上に、ビニールケースから出した写真を置く。横手さんから差し出されたライターを受け取ったたみが、それに火を点けた。
めらめらっ。小さな炎と煙を上げて、すぐに燃え尽きる写真。僕らは……それを静かに見守った。
薄い煙がまだ漂っている中、横手さんから僕とたみに一枚ずつ写真が手渡された。
「プレゼント渡す順番が逆かもしれないね。でも、酔っぱらう前に渡しておこう」
それは、昨日いつの間にか撮られていた、僕とたみが並んで写ってる写真。僕とたみは顔を寄せてそれを見つめる。
「それはね。たぶん誰が見ても幸せそうなカップルの会話風景に見えるだろう。でも、その二人が本当に幸せなのかどうかは、誰にも分からないんだ。だから実際にあんた方を見た誰もが、ああやっぱり写真の印象通りだってほっとできるように。がんばって生きて欲しい。それが、あんたらの新しい
そう言って。ふわっと笑った。
◇ ◇ ◇
盛り上がる宴席の横。ツリーのすぐ脇。さっき横手さんが印刷した集合写真が、イーゼルの上に飾られている。僕は。無意識にそれに何度も目をやる。
「ねえ、トシ。何見てんの?」
お酒でほんのり頬を染めたたみが、僕の腕を引っ張った。
「うん? あの写真さ」
「ふうん」
「ほんのちょっと前まで、僕はずーっと自分の部屋に一人きりで居たのに。ここにいるのが不思議だなーと思ってさ」
「うん……」
それは、一見どこにでもあるクリスマスパーティーの集合写真だ。でも、僕はその中に生まれて初めて家族として納まっている。僕と一緒に写っているのは、僕の本当の家族ではないのに。それは僕の中で、家族以上の輝きを放っている。きらきら、と。
僕はツリーのイルミネーションに目を移す。それは次々に丸く膨らんで、滲んで。僕の目から……零れ落ちた。
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