最終話 カンバセーションピース
(1)
「おう、トシ」
「あ、店長。おはようございますー」
「おとつい急に休んだから心配したけど、大丈夫そうだな」
「すみません……」
「いいって。これまでずっとマジメに来てくれてっからな。でも、病み上がりにしちゃあ浮かれてるじゃないか。なんかいいことでもあったんかい?」
「いえ、一応俺もクリスマスくらいは人並みに楽しくやりたいなーってとこです」
「ほう。今日の夜は、女の子誘ってどっか飲みに行くんか?」
「そんなカネはないっすー」
「ったく、しけてやがる。ケーキ買って、それ食って終わりってとこかよ」
「いや、アパートの人にクリパに誘われたんで、楽しんできますよ」
「おおっ!? 聞き捨てならねえな。誘ったのは若い姉ちゃんか?」
「いえ、おばちゃん」
「ばっかやろう! おばちゃんオトしてどうすんだっ!」
ごっ! 店長にど突かれる。
「わはは」
「わははじゃねえよ。ったく」
ぶつぶつ言う店長。
「それで、職探しの方はどうすんだ?」
いつもの突っ込みが入った。
「はい。年が明けたら本格的に探します」
「んん?」
店長が腰に手を当てて、僕の顔を見上げる。
「やる気になったのか?」
「と言うか。このままじゃまぢ暮らしてけませんから」
「そんなこたあ最初から気付けよ。まったく」
そう言いながらも。店長は嬉しそうだった。
「まあ、トシがその気になってくれりゃあいいさ。何があったんか知らないけど、逃げ回るだけってのはよくない」
「……そうっすね」
「まあ、がんばんな」
「はいっ!」
◇ ◇ ◇
まるっきり手ぶらって言うのも気が引けたので、スーパーでさんきゅっぱのみかんの大袋を買って横手さんの部屋を訪ねた。
「こんばんはー!」
「お、弓長さん、来たか。ちょいと飾り付けを手伝って」
部屋に入るなり、ツリーの飾り付けを手伝わされた。タダ飯食えると喜んで飛んできたらしい小野さんが、ぶつぶつ言いながら手を動かしていた。なんとなく……笑える。
園部さんはキッチンにびっちり張り付いてる。横手さんもスパルタだから、料理はぎっちり仕込んでるんだろう。でも表情はとても明るい。鼻歌混じりで手を動かしてる。これから楽しいことが待ってるって、そういうわくわく感が見て取れる。
「ばんわー」
「お、梅ちゃん。思ったよりも仕事早く上がったじゃん」
「うん。助かったー」
「そこら辺座ってて」
「手伝わなくていいの?」
「狭いからね。もうだいたい準備は済みそうだし」
「楽しみー」
梅田さんはこの前のぷっつん以降、憑き物が落ちたみたいに明るくなった。自分で事務の仕事を探して来て、必死にがんばってる。まず自分の暮らしを安定させないと、次の目標を探せない。そう割り切ったみたいだ。そして、仕事が軌道に乗ったことで気分が楽になったんだろう。
横手さんは他の住人もいれば呼んだんだろうけど、学生コンビは帰省しちゃったし、仲根さんは婚約者と甘い夜を、大森さんは会社のクリパでハッスルってことで不在。その代わりに、たみを呼んだ。
養親とのトラブルが解決してほっと一息付いたら、そのあと寂しさがどっと押し寄せるよ。そんな横手さんの懸念を裏付けるみたいに、たみは僕が返事に困るくらい頻繁にメールを送ってきていた。本当に寂しかったんだと思う。
だいたいセッティングが終わったところで、ドアがノックされた。
「たみですー」
「ああ、開いてるから入ってー」
きっちりドレスアップしたたみが、きょろきょろしながら部屋の中に入って来た。
「うわあ! 豪華ですねー!」
「ははは。パーティーが辛気くさかったら、なんもおもしろくないからね。まあ、てきとーに座って」
たみは、僕の隣にささっと座った。
「さて、だいたい準備が出来たみたいだし、始めようか」
横手さんが、そう言って僕らを見回した。
「その前に記念撮影をしよう。この顔ぶれでパーティーやるのは、最初で最後になるかもしれないしね」
園部さんが三脚を立てた上に、横手さんがカメラをセットする。みんなで好きなパーティーグッズを持ったり、身に付けたりしてツリーの前に並ぶ。
「入り切らないからぴったり寄ってねー」
液晶画面を見ながら横手さんが僕らを詰めさせた。
「じゃあ、撮るよー」
セルフタイマーのカウントを示す赤いちかちかが点滅する中を、横手さんが走って最前列に座った。
ぱっ。フラッシュが光って、シャッターが落ちる音。
「もう一枚」
今度は園部さんと座る位置を交代して、もう一度。
「よーし。みんないい顔で撮れてるよー」
そう言いながらカメラの電源を落とした横手さんが、メディアを抜いてプリンターに差し込む。
「A4でいいかな」
プリンターがじこじこと動く音がして。出て来た写真を、横手さんがじっと見つめた。
「うん。こんなものかな。じゃあ、着席ー」
みんなが座卓の周りに移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます