(4)

 どんどんどん! どんどんどんどん!

 乱暴にドアがノックされる音で目が覚めた。うるっせえなあ! 僕の中で、ぱちんとスイッチが切り替わった。


「誰だよっ! 朝っぱらからうるっせえなあ!」

「トシー、だれー?」

「知らねえよっ!」


 大声で怒鳴る。


 ばりばりと髪をかき回しながら、パンツ一丁でドアを開けた。きちんとしたスーツを来たおっさんと、着飾ったおばはんが、呆然と僕らを見てる。


「誰だよ、あんたら。寒いからそこ閉めてくんねえかなー」

「トシー、どしたのー? 早くヤろうよー」

「待ってれって! 変なおっさんとおばはんが来てんだよ。誰だよこいつら?」

「んんー?」


 素っ裸のたみが後ろから飛びついて、僕の首に手を回す。


「ああ。あたしのパパとママー」

「へえー? こいつら金持ちなんだろ?」

「うん。そうだよー」


 僕はたみをひっぱがして、布団に突き飛ばした。どん。布団に倒れ込むたみ。


「あんたらさー。ちょっとカネ恵んでくんねーかなー」


 僕はおっさんの方のネクタイを持って、ぎっちり締め上げた。


「あんたの娘ぇ、文無しでよー。シたがるくせに、何もくんねえんだよ。働きゃしねえし、メシだきゃいっちょまえに食いやがってよ。なあ。あんたら、金持ちなんだろ? 俺にちょっと恵んでくれや。あんたの娘ぇ、今までさんざタダ飯食らってんだ。そいつにちょいと色付けて、払ってくれや」


 青ざめて何も返事しないおっさんを突き放して、今度はおばはんのネックレスを引きちぎる。


「いいもんしてんじゃん。そのぶらぶらぶら下げてんの、全部置いてきな。こいつの生活費にすっからよ」


 ちぎれたネックレスからこぼれた玉が、床で弾けて甲高い音を立てた。


「わ、わたしは知らない。あんな女知りません。間違い。間違いました。す、すみません。ごめんなさい」


 わたわたと言い残したおばはんが、ばたばた走り去った。


「じゃあ、あんたでいいや」


 腰を抜かしていたおっさんが、僕の睨み付ける顔を見て。


「ひいっ」


 短い悲鳴を残して走り去った。寒い。全身に鳥肌が立つ。


「ぶふう」


 ばたん! 乱暴に扉を閉めて。僕は布団に飛び込んだ。


「さ、さみぃーっ!」


 僕に覆いかぶさるようにして、たみが抱きついた。


「ご、ごめんね。ごめんね」

「いや、さっき突き飛ばしちゃったけど、大丈夫だった?」

「うん」


 そう言うのが精一杯で。そのあと。たみは声を上げて泣いた。


 わああああああっ!

 わああああああっ!

 わああああああっ!


 こんな形で養親と訣別しなきゃならなかったこと。そのやるせなさに、我慢できなかったんだろう。僕は黙って……たみの髪をなで続けた。


◇ ◇ ◇


 早くに決着が付いたので、タトゥーを洗い落として着替えてバイトに出た。たみのことは気になったけど、昨日休んでしまった分は取り戻さないとならない。たみも、店に迷惑をかけられないからって早々に帰ったらしい。でも僕もたみも、これで本当に決着がついたかどうか心配で、それを早く横手さんに確認したかった。で、夜に横手さんの部屋で反省会をしようってことになった。


 手伝ってくれた小野さんと梅田さんも来てくれた。みんなでたみが買って来た洋菓子を食べながら、横手さんの発表を待つ。


「そりゃあ、大成功さ」


 おおおっ! 盛り上がる一同。


「あたしがカメラ持ち出すまでもなかったね。あのチキン野郎どもが。はははははっ」


 横手さんが嘲笑した。


「弓長さんの演技が完璧だったね。ありゃあ、どっから見てもたちの悪いちんぴらだ。あの夫婦がタッグ組んでりゃ、それもんが出て来ちゃう危険があるけど、割れてがちんこしてんならもう手ぇ出してこないでしょ。たみちゃん、安心していいよ」


 たみが、ほっとした顔でうっすら笑顔を見せた。昨日ほとんど丸一日裸を見続けたのに、服着てる今の方がなぜか色っぽく見える。変なの。


「横手さん、僕らの演技は見破られなかったですかね?」

「大丈夫だと思うよ。一応父親の方はぷぅが、母親の方はあたしが、ここを離れるまで見張ったからね。弓長さんにたかられる危険を冒してまで、娘にちょっかい出そうとは思わないだろ」


 そう言った横手さんが、たみの背中をぽんと叩いた。


「なあ、たみちゃん。こんなのはほんの始まりさ。養親との縁が切れたってことは、あんたにはこれから頼るものがなくなったってことだ」


 俯いていたたみが小さく頷いた。


「だから、一人で強がるんじゃなくて、今度こそちゃんと切れない縁を探してかなきゃなんない。それは弓長さんもぷぅも同じことさ。そして、あたしや梅ちゃんもね。なあ、小野ちゃん」

「……そうだな」


 ふうっ。一つ大きく息を吐いた小野さんが、すっと顔を上げた。


「俺もな。この度ケリをつけることにしたんだよ」


 え?


「形だけの夫婦。形だけの親子。それはお互いに不幸だろう。俺がいない方が幸せなら、無理に家庭の形にこだわらねえ方がいいんだろう。もう息子どもも成人してる。かみさんが息子らと暮らしてくなら、俺が余計なちょっかい出す必要はねえだろ。そう思ってな。正式に協議離婚の手続きをすることにした」


そう言った小野さんは、ジャンパーのポケットからあの写真を出した。


「俺は、弓長さんのことなんかなんも言えねえよ。手に入るはずのない幻の幸せにすがって……大事な人を逝かせちまった」


 写真を見ていた小野さんは、一瞬辛そうな顔をした後で。それをまっ二つに裂いた。


 びっ。


「ああ、写真てなあ、ほんとに残酷だな」

「そうでもないさ」


 そう言った横手さんが、小野さんのちぎられた写真の上に、僕とたみが並んで話している写真をぽんと載せた。

 い、いつの間に……。それは昨日、裸で絡んでいる時のじゃなくて。さっき横手さんの部屋に来てからのもの。全く撮られてることが分かんなかった。


「なあ、小野ちゃん。これが赤の他人同士に見えるかい?」


 黙っていた小野さんが、にこっと笑った。


「いや、見えねえわ」

「だろ? 写真てのはそういうもんなんだよ」


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