(3)

 灯りの消えた僕の部屋。布団の中で。隣で背を向けて横になってるたみが、もそっと動いた。


「ふう……」


 小さな溜息が聞こえる。


「ごめんね。なんかすごいことになっちゃって」


 たみは、こんなはずじゃなかったって思ってるのかもしれない。これなら、自分が直接あの夫婦と対決した方がよかったかもって。


「ううん」


 横から両手が伸びて来て、僕の首に回された。僕の唇が、たみの唇で塞がれる。


「ん……」


 伝わってくる温もり。


「ねえ、トシ」

「ん?」

「トシはさ。こうやって、誰かと一緒に寝たことあるの?」

「そんな甲斐性があったらニートになんかなんないよ」

「ふふふ。そっかあ。でも、親とは一緒に寝てたことあるんでしょ?」


 うーん……。思い返してみたけど、記憶にない。


「うんと小さい頃はあったのかなあ。でも、記憶にない。僕はいつも自分の部屋で一人で寝てた」

「一緒……かあ」


 しばらく沈黙が続いて。僕の首に回されていた腕が解けた。


 一緒じゃないね。自分では、一人の寂しさを苦にしたことはないと思ってた。でも親の存在を無意識に享受してたから、僕は本当の寂しさは知らなかったんだ。

 たみは違う。たみにとっては、自分しかいないベッドが寂しさの象徴だったのかもしれない。誰からも愛してもらえず、ぽつんと取り残されている。そんな自分だけを抱きしめて眠る。


 それで、ふと思い出したことがある。聞いてみよう。


「あのさ。僕が最初にたみに会いに行った次の日の夜中に。ここに来なかった?」


 しばらくして。小さな返事が聞こえた。


「うん」


 やっぱり……か。


「あたしはさ。トシはもう来てくれないのかなあって。あの写真があたしのじゃなかったら、来てくれないのかなあって。寂しかったの。あれっきりはヤだなあって。だからこっそり見に行った。でも。あたしからトシに声を掛ける勇気が出なかった。見てるだけしか」

「うん。そうか」

「だからね。二回目の電話が来た時、ものっすごくうれしかったの」


 ん……。僕の唇が、また塞がる。


「ねえ」

「なに?」

「なんで、トシは横手さんの作戦に乗ってくれたの?」

「さあ。僕にもよく分かんない。でも」

「うん」

「あのファミレスのスパゲティとハンバーグが。おいしかったからかな」


 こつん。頭を叩かれる。


「もうっ!」

「ははは。でも、同じことをたみに聞きたいよ。この作戦はたみの方がずっと負担が大きい。どうしてそれを受け入れたの?」


 たみは、しばらく黙っていた。


「うん。それは……あたしとトシで半分こだったからかな」

「半分?」

「うん。あたしは、鳥羽さんにもママにも、お世話になるだけで何も返せてない。よくしてくれてあたしはすっごい嬉しいけど、その気遣いが負担なんだ」

「そ……か」

「押し付けるだけで他に何もしなかった養親とは違うけど、あたしはどうしても遠慮しちゃう。自分を全部出せないの。でも、今度のは違う。あたしとトシ、どっちがへましてもうまく行かない。自分の人生賭けるってとこは、あたしもトシも同じなんだ」

「うん」

「それがね。ほっとしたの。あたしが引け目感じなくて済むから」


 ふうっ。吐息が漏れた。


「ねえ」

「うん?」

「明日。ちゃんとケリがついたらさ」

「うん」

「あたしと……付き合ってもらえる?」

「どして? 僕は、なんも持ってないよ?」

「でも、あったかいもん」


 そう言って。また、僕の首の周りに腕を回してきた。


「そうだなあ。ちょっと待ってくれると嬉しいかな」

「どしてー?」


 不服そうな声。


「たみはかわいいし、しっかりしてるし。僕にはもったいないかなって」

「そんなことないよー」

「それよりも」

「うん」

「たみはさ。さっき、もらうばっかだと心苦しいって話をしてたじゃない」

「……うん」

「今たみと付き合うと、僕がそれを感じちゃう。僕があげられるものが何もないから。だから、ちょっと待って。ちゃんと自分に始末付けてからじゃないと。僕は前に進めない。何も考えられない」


 僕は布団を出て部屋の灯りを点けた。それからあの写真を手に取って、もう一度じっくり見る。


「僕も、そろそろこの写真から卒業しないとならないからね」

「どして?」


 たみも、むっくり起き上がる。


「だって、たみは……今僕の目の前にいるんだから」


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