(2)
「ふうん」
何かを確認するような口調で。僕の予想を裏切る返事が来た。
「それ、捨てなかったんだ」
「え?」
ってことは。三ツ矢さんがその写真をコルクボードに貼ったってことだ。
「これは三ツ矢さんの写真なんですか?」
「いや、違うよ。あたしがあそこの部屋に入った時に、押し入れの中に落ちてたの」
今度は、僕がいろんな人にずっと言われていた質問を返す。
「捨てなかったんですか?」
「うん? いや、どうしようかと思ったんだけどさ。こどもの写真だし、そんなに悪くないかなーと思って」
悪く……ない?
「なんで、部屋を出る時に剥がさなかったんです?」
「あたしの写真じゃないからね。あの部屋のもんでしょ。あたしが持って行くのもおかしいし、捨てるのはちょっと」
三ツ矢さんの説明は、どこにもおかしいところはない。逆に言うと、そのことにすっごい違和感がある。なぜ無愛想そのものの三ツ矢さんが、この写真に関してだけ普通にすらすらと受け答えできるのか。それがとても奇妙だ。
「三ツ矢さんの前の方が残されたんでしょうか?」
「知らないよ。さっきも言ったけど、押し入れに残ってたから。いつからそこにあるのかも知らない」
「三ツ矢さんの前にどなたが入られてたか知ってます?」
「知らないね。興味ないしぃ」
ここで、コルクボードのことで着せていた恩の効果が切れた。三ツ矢さんの機嫌が見る見る悪くなる。
「もういいかい? あたしはさっさと昼ご飯食べて、仕事に戻らないとなんないの!」
だめだ。退散するしかないな。
「済みません。お忙しいところをお邪魔しました」
頭を下げた僕の前で、大きな音を立ててドアが閉まった。
◇ ◇ ◇
アパートに戻る道すがら、さっきの会話を思い返してみる。
整理しよう。まず。あの写真をあそこに貼ったのは三ツ矢さん。残していったのも三ツ矢さんだ。だけど、あの写真は三ツ矢さんのものではないし、写っているのは三ツ矢さんではない。三ツ矢さんは前の住人を知らないから、その写真が誰のものか、誰が持っていたかについての情報は得られない。新たに分かったことよりも、そこで途絶えてしまった情報の方がずっと多い。
三ツ矢さんの写真でないことが分かった以上、僕は三ツ矢さんの前の住人をさかのぼって調べなければならない。でも、それは難しいと言うより不可能に近い。いや、誰が住んでいたのかを探ることは簡単だろう。小野さんや横手さんのように、長く一葉館に住んでる人がいるんだから。
問題は、そこから先を辿っていく気力が……僕にないこと。変な話だけど、僕は三ツ矢さんのところで写真の件が片付くような気がしてた。三ツ矢さんから何もいい解答が得られないことを予測していながら、一方でそんな甘い考えを抱えていた。
それは、ただの幻想。写真は。僕の中で置き場所のない荷物になって、ぐるぐるとさまよい始めた。吹き散らかされる落ち葉と一緒に、僕も写真も。
……舞い散る。
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