第五話 確認

(1)

 結局。女の子は、横手さんに付いて行くしかなかったようだ。夏ならともかく、真冬に汚らしい夏制服でうろつく一文無しの怪しい女子高生を引っ張り込む物好きな男はいないだろう。

 うちの店長だけでなく、あの子がうろつくあたりではどの店もあの子をマークしてると見た。無銭飲食や万引きは、ほとんど成功しないと思う。冬を乗り切る知恵のない痩せた野良猫は、どんなにいやでも横手さんに頼るしかなかった。


 僕の隣の部屋にあったレンタルベッドは片付けられて、元の空き部屋に戻った。横手さんに引っ張られていったあの子は、もうその部屋には戻れないんだ。そのあとどうするのか。


 ……僕は考えたくない。


◇ ◇ ◇


 猫騒動でとことん振り回されて、写真を辿ることがすっかり後回しになってしまった。もっとも、女の子に浴びせられた言葉の数々が、自分で言ったことも含めて全部自分に跳ね返って来たっていうダメージはものすごく大きくて。そのあと写真のことを考える余裕がなかったって言った方が正確かもしれない。

 でも、それはそれ。これはこれ、だ。捨てられない写真なら、ちゃんと自分の中でオチは付けたい。余計な幻想を抱いちゃいけないってのを、自分に繰り返し言い聞かせる。


 三ツ矢さんへのアプローチ。大家さんとこでヘマやったみたいに、本人にいきなり写真の話を出したら、知らないって言い張られて終わりだろう。もうそれ以上何も出来なくなる。ずるいかもしれないけど、無断で貼られたコルクボードのことから攻めていった方がいいんだろう。僕はそう考えた。

 下見しようかとも思ったけど、もし万が一僕が事前にうろうろしたことを覚られたら、警戒されてしまうだろう。大家さんの時とは逆で、今度はいきなり行った方が説明をしやすい。


 問題は……なぜ僕が三ツ矢さんの働く美容室に辿り着けたかを、説明できるかどうか。大家さんの名前は絶対に出せない。どの道、大家さんは三ツ矢さんのことは本当に何も言わなかったんだ。美容室のチラシを見て、小野さんが三ツ矢さんに気付いた。近くだから寄ってみた。取り繕わずにそのままそう言うしかない。


 さすがにバイト帰りに夜行くのは気が引ける。バイトのシフトの谷間のオフ日に、美容室のお客さんが少なそうな昼間を狙って行ってみることにした。


◇ ◇ ◇


 チラシを手に、住宅街の中をうろうろする。その住宅街は造成宅地だけどかなり古いようで、住人がいなくなった空き家が取り壊され、その跡地に後からパン屋さんや喫茶店、美容室なんかがはまり込む感じの街並みになっていた。


「ここか……」


 チラシで見た時の雰囲気もそうだったけど、その美容室は決しておしゃれな感じではなかった。住宅兼店舗の二階建ての一階。くすんだ色の看板と、店先に置き並べられた手入れの悪い植木鉢。雨水の跡が残ってるガラス窓。灯りが暗い店内。この住宅街の一部として一緒に年を取ってきたっていう年寄り臭さが、すんと臭ってくる。


 店の中には馴染み客らしいおばちゃんが一人。もうパーマはあたったんだろう。席を立ってレジで支払いをしているところだった。店の中にいるのは、二人だけ。店長らしい年輩の人はいなくて、三ツ矢さんともう一人の若い女性だけだ。レジで受け答えしているのはその若い人で、三ツ矢さんはむっつりした顔で床を掃いている。

 チラシの写真を見た時の印象は、ここでかっちりと裏付けられた。並んでいる三人の中で、三ツ矢さんだけは笑っていなかった。笑っているような顔をしていただけだ。小野さんが心配していたように、無愛想の塊が服を来て歩いている、そういう印象を与える表情と振る舞い。


 細身だけど、とても整った顔をしている。でも美容室で働いている割に、化粧はとても薄い。身なりや見てくれを気にしないと言うよりも、そういうのを考えるのがかったるい。そんな印象を受ける。

 ふと、脳裏にあの野良猫の子が思い浮かんだ。三ツ矢さんのまとっている雰囲気は、あいつとそんなに違わない。いや、猫娘のような媚びがない分、もっと空気がざらついているように見えた。


「ありがとうございましたー。またお越し下さい」

「まりちゃんによろしく言っといてね」

「はあい」


 にこやかにお客さんを送り出した美容師さんが、僕に気付く。


「あの、なにかご用ですか?」


 こちらから出向く前に声が掛かってしまったので、どぎまぎする。でも、行くしかない。


「ええと。僕は弓長といいます。三ツ矢さんにお会いしたくて伺ったんですが……」

「は?」


 若い人が僕の顔を凝視する。


「たみちゃんに?」

「ええとですね。以前、三ツ矢さんが住まれてた部屋に入居したものなんですけど……」


 それで、その人にはなんとなくこちらの意図が分かったらしい。何度か僕の方を振り返りながら、三ツ矢さんを呼びに行った。入れ替わって店から出て来た三ツ矢さんは、見るからに不機嫌だった。


「なんですか?」


 突っ込もう。


「壁のコルクボードのことなんですが……」


 三ツ矢さんの顔が、しまったという表情に変わる。最初の露骨な敵意と警戒感は、少し引っ込められた。引け目があるんだろう。


「あれー、大家さんに言ってあったと思うんだけどー」

「元に戻せって言われてたんですよね」


 僕がそれを責めに来たのかと思ったんだろう。完全にしゅんとしてしまった。


「ごめん。あれどかすと、後ろにでっかい染みがあって……」


 たぶんそんなことだろうと思った。どう見ても不自然な場所にあったから。まあ、それはどうでもいい。これで話を切り出しやすくなった。


「あの、僕はそれは気にしてないんです。それより」


 カバンから、あの写真を出す。


「これ、三ツ矢さんが置いていかれました?」


 三ツ矢さんは、無表情に写真を見つめた。僕は三ツ矢さんが、そんな写真知らないって言うと予測していた。彼女の持ってる投げやりな雰囲気が、そう思わせたんだろう。でも……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る