第六話 嘘

(1)

 三ツ矢さんのところを訪ねた翌日。僕は完全に脱力状態で、ぐだぐだバイトをして店長にどやされた。僕のエンジンがかかってやっと動き出した途端に、最初のコーナーでエンストしちゃった感じだ。これでまた目標を見失って、ただ生きてるってだけの毎日を繰り返さないといけないのか。そんなのはいやだと思う自分と、そんなもんだっていう自虐的な自分が折り重なって、僕はぐちゃぐちゃになっていた。ああ、しんどい……。


 よれよれになってアパートに戻る。今日は、いつも以上に寝るまでの時間をしのぐのが辛そうだ。暖房を入れて弁当を温めていたら、ノックの音が聞こえた。


「はい?」

「横手です」


 お? なんだろう? ドアを開けると、横手さんが手になんかぶら下げていた。


「あんたも食生活が相当悲惨そうだからね。差し入れだよ」


 そう言って、缶詰やレトルト食品の入ったビニール袋が差し出された。


「これは今回の出張の残り飯だから、遠慮しないで食っていいよ」


 恥も外聞もない。食生活が悲惨なのは事実だ。この間の小野さんといい横手さんといい、食料の差し入れはものすごく助かる。


「いやあ、本当に嬉しいですっ!」


 僕の表情を見て、横手さんが照れ笑いをした。


「いいトシの男が、ビニ弁ばっか食べてんじゃないよ。まったく」


 ううう、耳が痛い。


「そういや、あの子はどうしたんですか?」

「ああ、ぷぅかい?」


 ぷぅ、か。風香からってよりは、ぷーたろーから取ったんだろなあ……。


「はん。口ほどもにない。毎日悪路を十キロ以上歩かせたからね。今はあたしん部屋で潰れてるよ」


 十キロ! そんなの、僕には耐えられそうにない。横手さんも容赦ないなあ。


「すっごいハードな撮影なんですね」

「ああ。山ン中に大雨被災地の画を撮りに行ったからね。車がまだ入れない。徒歩でしか行けないんだ」


 うわ……。


「みんなが行けるところの画はもう撮られてるよ。あたしがゼニ取れる画を狙うなら、他の連中に出来ないことをするしかないからね」

「危なくないんですか?」

「そりゃあ危ないさ。でも、それぇ覚悟しないと報道カメラマンなんかできないよ」


 あの見るからにぐだぐだな猫が、本当についていけたんだろうか?


「あのしょうもない子が、よくそれに耐えられましたね」

「はん?」


 横手さんが、上目遣いで僕を見る。


「あいつぁ必死になったことがないんだよ。もう乞食と同じ生活してるのに、そういう覚悟もバイタリティもない。あんたが拾わなきゃ凍死してたっていう怖さも知らないんだ。だったら、その恐怖を体に叩き込むしかないだろ? 生きてメシ食うのがどれくらい大変なのか。それぇ言って分かんなきゃ体に刻むしかないのさ。あたしみたいにね」


 僕は、前に横手さんが見せた無数の傷を思い出した。横手さんが呟くように話し続ける。


「あいつぁ親に甘やかされてる。親は自分が甘やかしたことを棚に上げてあいつを責めてる。そんなんフィフティ・フィフティさ。親が教え込んでないことを、あいつが分かるわきゃないわな。あいつだけを責められない」


 その後、僕をぎっと睨んだ。


「あんただってそうだろ? 今出来てないってことは、あんたが肝心なことを親から教わってないってことさ」


 僕は、そうじゃないって反論したかった。でも、出来なかった。


 親の不干渉。それは、僕の不登校や態度が引き金になってることは間違いない。でも、親が僕に関わることを拒否した時点で、僕は自分にはもう親がいないんだということを、もっと真剣に覚悟しないとならなかったんだ。親がくれなかったものは、自力で取りにいかないとならなかったんだ。おまえはそれをサボってる。横手さんの指摘は、親を通り越して僕に突き刺さる。


「まあ、いいさ。あんたの人生だ。ぷぅはまだ未成年だからなんだかんだ言っても介助が要る。でも、あんたは自力で出来るだろ?」

「そうしないと……いけないですよね」

「分かってんならがんばんな。ドブネズミの真似しないでさ」


 ドブネズミ、か。


「差し入れありがとうございます」

「ああ、またね」


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