(2)

 大家さんへの無造作なアプローチで大失敗した僕は、アパートの住人以外から情報を集めるしかなくなった。もっとも、三ツ矢さんはほとんど他の住人と接触しなかったみたいだから、最初に聞いて回った以上の情報はどのみち得られなかっただろう。


 バイトの帰りにネットカフェに寄って、コーヒーを飲みながら検索をかける。


 僕はパソコンは苦手だ。よく、引きこもってる人がネットの世界だけに生き甲斐を感じるみたいな話を聞くけど、元々他人との接触が苦手な僕には、それが現実でも仮想でも同じことだ。ネットの世界に積極的に触れよう、関わろうとは思わなかったし、その道具としてのパソコンにもあまり興味が湧かなかった。

 ただ、夜学に通っている間、パソコンは道具としてどうしても必要だった。いやいやではあるけど操作や利用法を覚えた。それが、今になって僕に手がかりをくれる。分かんないもんだよね。


 検索エンジンを立ち上げて、そこにキーワードを打ち込む。『三ツ矢』。姓しか分からないけどしょうがない。それと『美容室』。


「……っと」


 出て来た検索結果をざざっと眺める。うううっ。頭が痛くなる。たくさんヒットするけど、あまりに雑駁だ。これを一々チェックしてたら日が暮れる。

 それと検索結果を眺めてて、気付いてしまった。『美容室』だけでは不充分。『美容院』も、『ヘアサロン』も、『カットハウス』もあるってことに。僕は、女性の髪を扱う店の呼称がいっぱいあることにうんざりする。


「だめだあ」


 甘かったなあ。それに美容室の経営者の名前で引っかかってきても、従業員の名前を載せてるとは限らない。年齢的には、たぶん三ツ矢さんがオーナーってことはないんだろうと思う。ぼろアパートに住んでたくらいだから。


「はあ……」


 辿るための道具がなくなった。僕はしょんぼりと店を出た。


◇ ◇ ◇


 その後数日間、僕はどっぷり落ち込んでいた。それまでは、自分から外の世界と自分をつなごうなんて思ってなかったくせに、いざそうしようとしたら現実世界から接続を拒絶された……そんな感覚に襲われる。


「もう捨てようかなあ」


 この写真がどこにもつながらないただの写真なら、それは僕には何の意味もない。みんなに言われたみたいに、さっさとゴミ箱に放り込んで忘れた方がいいんだろう。写真を手に取って、ぼーっと見つめる。


「シンクロするな、かあ」


 横手さんにぴしりと言われたこと。それがずっしり堪える。でも……やっぱり引っかかる。


「なんで、写真を残していったんだろう?」


 大事な写真なら持って行くし、要らない写真なら捨てるはずだ。それを、まるでメッセージのように残して行ったわけ。うん。それが気になるのは単なる共感じゃないよね。なぜこの写真が部屋に残されていったのか。その謎をどうしても解きたい。前に住んでた三ツ矢さんがこの写真の持ち主であってもなくても、この写真の扱いを決めたのは三ツ矢さんだ。やっぱり、どうしてそうしたのかを聞き出したい。


 一度止まりかけてたエンジンが、再び回り出す。他に辿れる道筋はないかなあ。僕はお弁当を食べながら、それを考え続けた。


 こんこん! 扉をノックする音が聞こえて、はっと我に返る。


「はあい?」


 鍵を外してドアを開けたら、寒そうに足踏みしてる小野さんがいた。


「おう、弓長さん。一杯やらないかい?」


 おっと。飲みのお誘いだ。写真のことで肯定的なことを言ってくれたのは小野さんだけだ。もしかしたら、何かヒントをくれるかもしれない。僕は藁にもすがる思いで、小野さんの誘いを受けた。


「ありがとうございますー。僕は何も持ってけるものがないですけど」

「ははは、気にすんな。一人飲みが寂しいだけだから気楽に来いや」

「じゃあ、伺いますー」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る