第三話 辿る

(1)

 十二月に入って、コンビニにもクリスマス関連グッズが増えて来た。まだ本番までには少し時間があるから、追いまくられるって感じではないけど、扱う商品の数も増えるしレジでの仕事量も増えて来る。


 ありがたいのは、こういう繁忙期には首になる心配がないってこと。店長には相変わらずきちんと職探しをしろって言われ続けてるけど、今はまだ僕にその余力がない。店長には、年が明けてから本腰を入れて探すって言い訳をしてる。本当に探すかどうかは……正直言って分からない。


 今までの僕なら、コンビニバイトとアパートの往復だけで、あとは何もしなかっただろう。だけど、僕には一つしたいこと、いやしなければならないことができた。それにどういう意味があるのかは、自分でも分からない。分からないけど、それが僕を動かすエンジンになって来た。

 そう。写真の持ち主を辿ること。誰が持っていたのか、写っているのは誰か。僕の知りたいのは、とりあえずその二点だ。


「トシ、なんだ、今日はこの後なんかあるんか?」


 僕のそわそわした様子に勘付いた店長が、突っ込んで来た。


「いいえ、そんな楽しい話じゃないですよ。手続きとかいろいろあるので」


 店長が、なんだあって表情で露骨にがっかりする。


「まあ、年末はいろいろあるからな」

「はい。それじゃ先に上がります」

「おつー」

「お疲れさーん」


 店長とバイト仲間の声を背にそそくさと店を出た。今日は、まず大家さんを当たらないとならない。


 大家さんは、あのアパートには住んでない。近くの小さい一軒家に独りで住んでる。ご主人は十年前に病気で亡くなられてる。お子さんはみんな独立して家を出たらしい。僕がお宅を伺うことは、あらかじめ連絡してある。玄関の呼び鈴を押すと、大家さんがゆっくり出て来た。


「いらっしゃい、弓長さん。ご用件は?」

「ええと……」


 どう言ったものか、ちょっと迷ったけど。ごまかさずにストレートに言うことにした。


「僕の前に住んでいた三ツ矢さんが、今どこに勤めておられるか、分かります?」


 大家さんは、僕の質問に強い警戒感を抱いたらしい。それはそうだよね。独身の男が、自分の前の住人の女性を訪ねる。それは、下心ありと言われても仕方ないことなのだから。


「ええと、なぜ?」

「例の写真です。どうしても確かめたいんです」

「何を?」

「写ってるのが三ツ矢さんご自身なのか、それと、なぜそれを置いていったのか」

「ふうん」


 大家さんは、僕を上から下までじろじろと見回した。それは入居するまで大家さんが僕に示していた姿勢とは、全然違ってた。あからさまな警戒。


「ねえ、弓長さん。あなたが言ってること。それがどんなにおっかないことか、分かるよね?」


 そう言われてしまうと、返す言葉がない。


「そうですね……。僕にはこの写真のことを知りたいという以上のことは何もないんですけど、それを分かってもらえるとも思ってません」

「まあ、いいわ。あなたがわたしに何を言っても、わたしがあなたの本心を確かめることは絶対にできない。できない以上、わたしが教えられることはないわ。個人情報については、わたしは一切口外できない。それは、わたしがあなたの個人的なことを第三者に漏らさないってことと同じよ」

「はい……」


 強張った顔のままで。大家さんが、僕の目の前で戸を閉めた。


 ああ、僕はしくじったかもしれない。どうしても知りたいっていう意欲だけで、自分の行動の影響を何も考えなかった。大家さんを怒らせたって言うより、大家さんの僕への信頼を大幅に減らしてしまったかもしれない。それは、先々僕に辛いことになりそうな気がする。


 ふう……。


◇ ◇ ◇


 いきなり出足でつまずいちゃった。


 アルバイトで対人関係こなせるようになったって言っても、それはバイトでの応対がルーチンだからだ。マニュアルがあって、それに沿ってやればいい。僕がアドリブでやらなきゃならないことなんか、ほとんどない。それ以上フクザツなこと、厄介なことはどのみち僕の手には負えないんだから、店長に任せるしかない。僕は、そういう楽なやり取りに慣れてしまってる。


 オフの時は独りで部屋に閉じこもってるから、他人との面倒なやり取りを考えなくてよかった。実家にいる時も、親とコミュニケーションを取るつもりなんかさらさらなかったから、バイトに没頭してさえいれば僕は気楽に過ごせた。寂しさよりも、煩わしさがないこと。それが僕には一番大事なことだった。


 でも。僕はもう楽園を追放されてる。実家と親という隠れ蓑を剥がされて、僕は裸でこの部屋にいる。僕は何も持ってないんだ。


 他人と関わり合うこと。僕がしたくなかったこと。その橋を渡らないと、この写真の持ち主を辿ることができない。だから、僕は橋を渡らないとならない。今までは生きてく上で最低限の行き来だけにしてた橋を、出来るだけ上手に渡らないとならない。


 僕は写真を座卓に置いて、大きな溜息をついた。


「ふうううっ。どうしようかなー」


 もう大家さんからの情報は期待できない。これ以上大家さんに不信感を持たれる行為をしたら、僕はここを追い出されるだろう。それだけは、絶対に避けないとならない。


 でも、大家さんは最初に僕に貴重な情報をくれてる。僕と同じくらいの年齢の美容師さんだってこと。それと、三ツ矢っていう名前はそんなにある名前じゃない。名前と美容師っていうことをキーワードにして、とりあえずネットでサーチしてみよう。ネットにサイトを持ってる美容室はいっぱいある。運良くそれに引っかかってくれれば……。


「明日、ネットカフェで探してみるか」


 ぴぴっ。ぴぴっ。電子レンジに入れっぱなしだった弁当のことを忘れてた。僕を呼び出すのが電子音だけだっていうのもね。


 ふう……。


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