(3)
部屋に戻って、コンビニの売れ残り弁当を温める。コンビニのバイトの何がありがたいって、食いっぱぐれがないってこと。他のバイトで一々外メシしてたら、あっという間に干上がってしまうだろう。温めが済んだ弁当を座卓の上に乗せて、そのビニール包装を破る前に、さっきの写真をビニールケースの中に納める。汚さないようにしないと。
捨てるにしても、持ち主に返すにしても。この写真がなぜ撮られて、今まで貼り残されてきたのか。それが納得できないと、僕は身動きできない。変な話だけど、僕はその写真に執着し始めていた。理由は……分からない。分からないけど、僕にはその子が迷子のように思えたのかもしれない。
写真は今のものじゃないから、もう写真の子は大きくなっているだろう。中学生? 高校生? それとももう成人してる? まあ、それはどうでもいい。写真から流れ出して来るどうしようもない寂寞感。それが今はもう解消してるって、そういう希望みたいなものがなんとなく欲しかったのかもしれない。全部なくしてしまった僕の代わりに……。
カップスープにお湯を注いで、ぼんやりと待つ。
テレビは暇つぶしにはなるんだけど、そのためだけに部屋に置くのはばかばかしい。かと言って、他に暇を潰す手段もない。実家に居た時から今までの間に、僕はどれだけ時間を無駄にしてきたことだろう。したいことも、しなければならないことも。そうして、実際になし得たことも。ほとんどなかったし、今もない。何が楽しくて生きてるのか。そう聞かれたら、はっきり言わざるをえない。
「楽しいことなんか何もないよ。でも、僕は生きてる」
◇ ◇ ◇
味気ない夕食が終わって、僕には試練の時間が来る。これから眠るまでの間、僕には何もすることがない。いや、しようと思えば何でもできるんだろう。でもしたいと思うことがない。
バイトは僕にとって楽しいことではないけど、少なくとも体を動かしている間は余計なことを考えてる暇がない。仕事から解放されてゆったりとリラックスできるはずのこの時間が、僕にとっての一番の苦痛だ。ずっしりと重たい夜。僕は耐え切れなくて、カードラジオの電源を入れる。室内だと電波の入りが悪いのか、ダイヤルを合わせてもノイズが取れない。
ざ……ざざ……ざー……
ノイズの海に浮き沈みするようにして、音楽とナレーションがこぼれてくる。僕はそれを聞き流す。眠れない子守唄のように。
いつの間にか。僕はその音に絡めとられるようにして、うとうとしてたんだろう。部屋の扉をノックする音で、ふっと目が覚めた。慌てて、部屋の灯りを点ける。大家さんかな?
「はあい!」
「あの……」
あれ? 違うな。もっと若い人の声だ。僕がそっと戸を開けると、かなりくたびれた感じの女の人が、僕がドアノブにかけておいたお菓子のショッパーを持って立っていた。
年は三十は越していそうな感じだ。ちょっとレトロな眼鏡をかけてて、それがお世辞にも似合ってるとは言えない。化粧はほとんどしてない。髪も長めなのに手を付けてなくってぼさぼさだ。服装も室内着そのままって感じで、あちこちにだらしなさがにじみ出てる。
「ええと。なんでしょうか?」
俯いたまま無言で立っていた女の人は、顔を上げずにショッパーを僕に差し出した。
「あの、207号の
なんて言うか……。
「あ、お嫌いだったら、お友達か職場の方にでも渡してください」
「あ、あの……それも」
どうも、態度の煮え切らない人だ。いらいらしてくる。そのクウキを感じ取ったのか、言いたくないけど言わないとしょうがないっていう諦めの溜息と一緒に、梅田さんが事情を説明した。
「わたしね、漫画家のアシスタントをしてます。先生がすっごいやり手で、なんでもネタにしちゃうんです。これを持っていったら、すぐに……」
あ、なるほど。了解。
「突っ込まれちゃうんですね」
「はい……」
「ご実家や、ご兄弟には?」
これまた、言いたくないオーラ全開にしながら、それでも絞り出すように梅田さんが答えた。
「わたしは身内からは持て余されてるので……」
オーライ。僕がこれ以上突っ込む義理はどこにもない。梅田さんを困らせてもしょうがないので、素直に引き取る。あ。ここの女性住人とは初めて顔を合わせた。聞くだけ聞いてみよう。
「あ、梅田さん、済みません。つかぬことをお聞きしますけど」
余計な詮索をしないでくれっていう嫌そうな口調で、なんとか梅田さんが返事する。
「なんですか?」
「この写真、ご存じありませんか?」
僕は、ビニールケースに入った写真を梅田さんに見せる。ちらっと見た梅田さんが、興味なさそうに答える。
「いえ、知りません」
「この部屋に前にいた三ツ矢さんでしたっけ、その方が置いてったみたいなんですけど」
「へえー」
この感じだと、梅田さんと三ツ矢さんの間には、何も接点はなかったのかもしれない。
「済みません、変なこと聞いて。これからよろしくお願いします」
それには何も返事せずに、頭だけぴょこっと下げて、梅田さんが階段を上がっていった。
ふう……。やりにくそうな人だ。
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