第4話 戦いの序曲


決戦の日――


空は高く澄み渡り、流れる雲は白くたなびいていた。



――教室。




サヨクくんは余念無く、主張すべき論点をまとめて、確認していた。

ぶつぶつ……と小さくつぶやきながら、要点を暗記していく。


ヤツがこう来たら――こう返す。


頭の中でも、余念無く論戦のシミュレーションを繰り返す。



昨日の討論で――

ヤツ――ネトウヨの実力は知れた。


――確かに、手強い。

それは、悔しいが……認めざるを得ない。


俺と張り合うヤツなど……これまでいなかった。

しかしあのネトウヨは、俺の会心の指摘を――ヤツを窮地に追い詰めるはずの指摘を……

――易々と撥ね除けた。




本気にならねばならない。本気と書いてマジと読む。

学校の勉強よりも――テストよりも――真剣に取り組まねば。


勝負はおそらく――今日の最後の授業――総合学習の時間。




教室の入り口に気配がした。


――あのネトウヨめ、来たなッ。



ポニーテールの髪をなびかせて歩きつつ、

ヤツはこちらを一瞥した。

視線が合う。


――冷えた目。

そう見えた。


……養豚場のブタでも見るかのような冷たい目だ。

かわいそうだけれど明日の朝にはお肉になって食肉売り場に並ぶのね――、

そんな、どこかの漫画の波紋使いのような目――。


そして昨日のあの言葉……


『サヨク』と呼ばれた屈辱が再びよみがえる。



ギリッ


歯を食いしばる。


一瞬、ヤツを睨み返して――

目を閉じ呼吸を整える。


――勝つのは俺だッ

心の中で叫ぶ。


  ビシィッ


例のポーズもキメる。

ここは教室なので頭の中で。



屈せぬ……、屈せぬぞォッ!


サヨクくんは再び決意する。



勝つのは――俺だッ。







一方――



ネトウヨちゃんも準備に余念が無かった。


クマ助にめり込んだ拳のカタキを討つため

昨夜は一睡もせずに論戦の資料を用意した。



ふぅーー。


深呼吸をして――

教室に入る。


サッとアイツの席に視線を走らせる。



――目が合った。



――サヨクのやろー、なんか暗記してやがる。


怒りを表面に出さずに、冷めた視線を投げつけてやる。


あたしに勝とうだなんて、無駄な努力。……諦めな。

そんな感じの視線。たぶん上手くいった。


――その視線の意味を向こうも感じ取ったのだろう


一瞬、激しい目つきでこちらを威嚇してきた。

まるで――高級生ハムのカタマリを前にして、主人に待てと言われて――

目を血走らせる飼い犬のような……

――そんな目つき。


その視線を軽く受け流し

自分の席に着く。


――あのサヨク、何も分かってないが、とにかくしつこいからな……

腹が立つが、あのしつこさだけは認めざるを得ない。



『ネトウヨ』と呼ばれた怒りがぶり返す。



ドすッ!

頭の中で、アイツのどてっ腹に正拳をめり込ませる。



クマ助のカタキ……



そして用意した秘策を思い返す。



覚悟しとけよ……

サヨクなんざぁ……

みっくみっくにしてやんよぉ……







それから――

お互いに近寄らず、一定の距離を空け、無言の牽制をしつつ――


普通にいくつかの授業が始まり――終わって、


普通に――昨日と同じく――総合学習の時間が来た。





おい……いよいよだぞ……

ふたりの雰囲気を察したクラスメイトたちから、ボソリボソリと声があがり始める。

どっちが勝つかな……

わかんねぇよ……


どんな戦いになるの……?

血で血を洗うとか……

いや教室でそれはないでしょ……

外ならあるのかよ……

あのふたりならありそう……

いったいなにが始まるんです……?


――クラスのみんなも興味津々だ。





そして――

教室がある種の興奮に包まれる中――


ついに、決戦の刻が、訪れた。


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