第3話 サヨクくんのターン 我が英字新聞

「アイッツっ……絶対に許さん……、あのッ、ネトウヨ女ぁッ!!」


自宅リビングのソファーに身体を深くもたれ掛け、

サヨクくんは呻いていた。


「俺をッ、あろうことかっ、サヨクだとっッ!?」


立ち上がる。


「俺はっ、中道だッ!!」


公平中立不偏不党ッ

それが俺の生きる道っ。


――ッそれを、あのネトウヨが――っ


はアッ、ハアっ、ハあッ、



目の前の食台、その中心に置かれている、レーニンの胸像ミニサイズ――に、手を伸ばすサヨクくん。

胸像の頭、特にスベスベした頭頂部に掌を重ね、撫でる。


――ふう……落ち着く。

昔から、コレを撫でていると心が安らぐ……。


目を閉じると――かつての思い出たちが、サヨクくんの胸を清涼剤のように駆けめぐっていく。



――さて、そろそろ非生産的なことはやめて、生産的に事を運ばねば。


生産五カ年計画――もとい、いまからやれば五時間計画か。

そこらに何か手頃なモノはないか――


――ん、新聞。


食台の端に置いてあった新聞――朝日新聞――に手を伸ばし、パサッと広げる。

紙面に視線を落とし、黙々と読んでいく。


ほう……、政権与党がまたもや失言、アジア各国から厳重な抗議、――か。

――けしからんな。


ひとしきり世情を嘆いてから新聞を置く。




あのネトウヨ。

クラスの中では少しばかりカワイイだとかアタマイイだとか、言われているみたいだが……、

――そんな表層的なもの、俺には通用せん……。


すべきことは、ただひとつ――

憎きネトウヨを――滅するのみ。


深呼吸し、目を閉じる。


ふははっ

見えるっ、見えるぞっ

俺に論破されたネトウヨ女が、目に涙を浮かべながら、許しを請う姿がなっ!!


――立ち上がり、笑い声を上げるッ

「ふわっッはぁっはっはーーー!!」



「――どうかしたの?」


――ッツ!?


固まるサヨクくん。



「……姉さん、頼むから、いきなり部屋に入ってこないでくれ」


「いやここリビングだから」




突然帰宅した姉にそう言われ、サヨクくんはすこし顔を赤らめつつそそくさと自分の部屋に引っ込み、

机に向かうと、ネトウヨちゃんをいかに潰すか――についての第二次五時間計画

に、没頭し始めた。


チラッと横の本棚に目をやる。



『資本論』

『天声人語』

『AERA』

『マンガ偉人伝 チェ・ゲバラ』

『蟹工船』

『民益論』

       ――他多数



ンン――他には何か――

――目が留まる。


常日頃から取り寄せている、英字新聞。

――いいかもしれん。

手に取って広げる。


俺くらいになれば――英語で書かれたニュースペーパーなど読みこなすのは――容易い。

わざわざ足を組んで、英国紳士風を気取りつつ、読み始める。


サヨクくんは心の中でつぶやく。


新聞も、読むのが一紙だけではいけない。意見や情報が偏る可能性がある。

俺のように、国内紙と海外紙を読み比べてこそ、初めて分かることもある。

要はバランス。何事も――な。


記事を目でゆっくりと追っていく。

ふん……ふン……。


やはり、朝日新聞と同じ論調。これが世界のスタンダードなのだなッ。


ちなみにサヨクくんが読んでいる英字新聞の名前は――The Japan Times――である。



分からない英単語はサラリと読み飛ばしつつ、さらに読みこなしていくと

そこには――大きく目立つ挿絵があった。


――コレだっ。


思わず立ち上がるサヨクくん。


そして突然、後ろを振り向き、


「明日が貴様の命日だぜっ、ネトウヨッ!」

――決めゼリフ。


  ビシィッ!


指差しポーズ付き。



――キマった。我ながら、なかなか。


命日という言葉は、センス的にちょっとアレか――?

だが逆に印象に残って悪くないのでは――?



  ――すこしあっちの世界に行っているサヨクくん。



  もうお気付きのこととは思うが――

  サヨクくんは、気分が乗ってくると――すこし厨臭くなる。

  ――この年頃の男子には、ままあることなので、

  見て見ぬフリをして頂ければ、幸いである。



  ――さて、あっちの世界から戻ってきたサヨクくん。



おおっ、

ふたたびっ見えるッ見えるぞっ

論破されたネトウヨ女がッ、目に涙を溜めて、許しを請う姿がっ!!



   ――いやまだ帰ってきてないか。


   ――サヨクくんは帰らぬまま、続ける。



そしてっ、ここはもうリビングではないっ。

我が部屋ッ我が城ッ我が砦ッ!

邪魔立てする者ッ誰も無しっ!

ゆえに何も遠慮は要らぬッ!――ゆくぞッ!



   ――いけよ。



「うわぁっッはぁっハッはァーーー!!」



サヨクくんの勝ち誇った笑い声が

部屋中に響き渡った。




   対決の日は――近いッ!




――その後、こちらの世界に帰還したサヨクくんは

部屋のドアを開け、おずおずと周囲を見回し

家族にさっきの笑い声を聞かれてはいないか

念入りに確認した。


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