Log15 "どうしようもない僕に悪魔が降ってきた"




 考えろ考えろ。どうする。どうしよ。何か出来ること。出来ること。


 ――巨大な影が近づいて来る。


 ダメだ。何も。何も思い浮かばない。


 もしも死んだら絶対化けて出てやる。ああもう、はかなく短い人生だったと涙が出てくる。ってか、嫌だ。こんな所で死にたくない。


 ――正面に、岩の巨人が立つ。


 周囲はゴーレムによって破壊された柱が折り重なって転がっている。こんな広い空間を支えているのだ。とてもじゃないがその太さたるや、横にした所で飛び越せる訳がない。


 もう進めるのは前しかない。どうする。自分も股抜けをしてみるか。どのみち、もうそれしか、


 ――ゴーレムが、立膝たてひざをつく。


 ドチクショー。


 ――指を開き切った手が迫って来る。


「くっそ「モンキチくん!! 出番だぜ!」


 決死行けっしこうを選択しようとした瞬の頭上で声がした。とっさに視線を上にやると、


 メイのくブーツの底が見えた。


「でぇえええええええええええええっ!?」


 瞬が叫ぶのと同時に、大ジャンプ中のメイは空中だというのも関わらず、実に見事なフォームで片手に引っ掴んでいたそれを振りかぶって、投げる。


「キッ、キャッキャー!!」


 サルだった。


 2、3回転しながら、ガンモは投じられた勢いのままゴーレムの二の腕の辺りに張り付き、野生の力を発揮はっきする。肩、頭頂部へと軽い身のこなしで駆け上がっていき、そして、



 その姿を消した。



「ぃえ?」


 唇を突き出して、間抜けな声が出た。同時に、メイがゴーレムと瞬の間に着地する。衝撃を流すように、転がり、転がり、また転がり、やがて静止。


 よっととと……とおっさんくさい言い回しで立ち上がると、自分の頭髪を撫でて、「あれま……?」などと周囲を確認しながらとぼけている。


 瞬は、ガンモを投擲とうてきした拍子にメイが落とした帽子を拾い上げ、ついた汚れを払いつつ持って行く。


 もちろん、

「メイさんっ、何やってるんですか!? どうなってるんですか。っていうか何をやってたんですかっ!?」

 ツッコミ三重にして添えるのを忘れない。


 驚いたことにゴーレムは電池が切れたように、その動きをピタと止めていた。


 あれほどまでに自由闊達じゆうかったつに歩き回っていたというのに、どうしたというのか。


「あっはは、助かったよダーシュン」

 礼を述べ、再びメイは受け取った帽子をかぶり直すと、


「うまーい具合にシュンがやっこさんを引きつけてくれてたからね。機会をうかがってたのだよ」

「機会、って……」


 てっきり見捨てられた可能性もなきにしもあらずだと考えていたので、瞬は言いよどみ、背後を振り返る。


 おそらく今まで身を隠しながら、どうにかして折り重なった柱の上に昇ったメイは、そこから、ゴーレム目がけて助走をつけて跳躍ちょうやくしたのだ。


「狙いは頭の上までモンキチくんを届けるつもりだったが、そう上手くいかないもんだね」

「いやいや十分飛んでたでしょ。どんな肩してるんですか」


 と、二人に影が落ちた。


 ――なに?


 なんで暗くなったと、もう一度仰ぎ見れば、


「ちょっとメイさん」

「うん」

「ゴーレム、こっちに傾いてきてませんか」

「確かに。なんか暗くなったね」


 片膝をつき、身を乗り出してこちらに手を伸ばすという言ってみればバランスの悪い体勢を取っていたゴーレムは無表情のまま、ゆっくりと瞬たちへと倒れこもうとしていた。


「どどどどうすんですか、これ」

「んー?」

「メイ、さん?」


 名案を頼むと目で訴える瞬に、


「運試しだ」

 片眉を上げてメイは答える。


 それはないと首を振った瞬は、倒れた柱のそばなら隙間すきまが出来そうだから、そこで身をかがめることを思いつき、メイの腕を掴んで実行に移そうとするが、


「どうする?」


 微動だにしなかった。


 さすがにそこまで自分と筋力差があるわけではないだろうとあなどっていた瞬も、その固い腕に驚き、


「――わたしを信じるか。それとも自分を信じるか」


 その問いかけを迷う時間はあいにくと与えられなかった。

 石柱の方を見やり、瞬は掴んだ手を離し――










    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×





 唖然としていた。


 生きている。見るも無残な圧死体にはならなかった。



「言った通りでしょ」

 帽子のつばを握ったまま、メイがへたり込む瞬を見下ろす。


 ただ、ゆっくりとうなずく。


 瞬が、メイのもとに留まることを選択した後でそれは起こった。


 もう終わりだと観念した矢先、ゴーレムはまるで息を吹き返したかのように、自分が倒れかけていることに気付いたかのように、


 手をついた。


 丁度瞬が逃げ込もうとした柱の辺りに、である。


 つまり、


 もしもあの時、メイではなく自分に従っていたら。今頃は腐ったトマトもびっくりなことになっていたに違いない。紙一重で命がつながっているという現実がにわかに信じられない。


 生唾を飲み込んだその時に、


「うぎゃ————————っす!!」


 甲高い叫び声が降ってきた。


 どさっと砂袋を落としたような音と共にそれは地面に激突する。次いで、

「キーッ」とうつむいたゴーレムの頭部にぶら下がったガンモがこちらに手を振っていた。


 まるで、今から落ちっから受け止めてね。とでも言わんばかりに。


「え、ちょっ——」

 瞬が腰を上げかけた段階で、あの霊長類れいちょうるい?は空中へとダイブを決め込んでおり、


「わわわわわわわわ——っ!!」


 二遊間にゆうかんを抜けた打球を捕りに向かう外野のごとく、瞬もまた必死の形相でダイビングキャッチを敢行かんこうする。


 奇跡的にどうにかガンモを受けることに成功して、

「お前、僕がエラーしたらどうする気だよ!」


 叱り飛ばすも、キャッキャとわかってなさそうな返事でガンモは瞬の腕から離れる。こっちは衝撃で腕がじんじんしているというのに。

 さっきゴーレムの気を引いてくれてなかったら、どつき回してたと思う。


 はぁと、ため息をつく瞬を置いてガンモは急に走り出す。さっき悲鳴を上げながら落ちてきたものへと向かっていく。


 追いかけようとする前に、瞬は天を仰ぐ。うなだれたまま固まっているゴーレムの頭頂部は今なら丸見えで、そこはどういう訳か、もちつきのうすのように真ん中がえぐれていた。


「どういう、こと……?」


 疑問の声を発しながら、遅れて瞬も落下物の正体を確かめに向かう。そして、はたしてそこには、








「ひーん、痛いっすー」


 めそめそしている何かがいた。


 真顔になって、瞬は足を止める。


 何かは、まず少なくとも小学校低学年ぐらいの大きさの人型をしていた。しかし、皮膚全体が黒く、また頭巾をかぶったかのような頭の形をしており、とがった耳が側頭部の斜め上に向かって伸びていた。


 何かは,お前それじゃ絶対飛べないだろというミニマムサイズの羽根が背中から生えている。何かは、微妙にまがまがしい形のしっぽが腰のあたりからぶら下がっている。ツノまである。


 何かは、どこのオシャレ気取りか、赤いストールのような布きれを首に巻いていた。


 そして、何かは近づいてきたこっちに気づくと、


「ひ、ひいっ、この悪魔っ、消えるっすー!!」

「いや、それはどう見てもお前の方だろ」


 ぴしゃりと冷徹れいてつに、瞬はその発言をはねのけた。


 なんと言うべきか、いわゆる悪魔っぽい特徴が印象的すぎる生命体がそこにいた。


 なんだこいつ。これもあの蛇のバケモノとかゴーレムのようなモンスターってやつなのか。


 その割には普通に、


「な、なにーっ!? なんでそんなひどいことを簡単に言えるっすか!? ニンゲンのくせに人でなしっす!!」


 会話が成立してしまっている。というかその語尾、


「お前だろ。さっき話しかけてきたのは」

「な、なんのことっすか」

「いや、バレバレにも程があるでしょ。その、っすって必ずつける口癖、さっきも言ってたでしょ」


 ゴーレムに襲われる前に、聞こえてきた謎の声の主。あの声のトーンと口調という共通点を持ちながら、別の存在ですと否定できる方がおかしい。


「ぐぬぬぬ、気にしていることをずけずけと……やっぱりこのニンゲン、気に入らないっす!! かくなるうえは、もう一度ゴーくんに」


 言いかけた途中で、ガンモが飛びかかり、しっぽにかじり付いていた。


「ぎゃーっ、は、離すっすー!」


 だんだんと頭が痛くなってきた。


 眉間みけんをもみつつ、状況を整理する。


 最初に罠にかかって、このエリアに落ちてきた。それから謎の声が響いてきて、次にゴーレムなんていう本物の岩の巨人に襲われて、何度も死にそうになりながら逃げ回って、ついに追い詰められて万事休すかと思ったら、メイがガンモをゴーレムの頭めがけてぶん投げて、悪魔が降ってきた。


「……うん、訳わかんない」


 そもそも、あんなにドシドシ動き回っていたゴーレムが何故、停止したのか。どうにも、


「ひーん。絶対、あそこなら安全だと思ってたのに、こんなのあんまりっす!!」


 こいつが関係しているとしか考えられない。

 

 物言わぬゴーレムとわめく悪魔とを瞬の視線が行き来し、

 ――もしや、ゴーレムって、


「ガンモ、いったん離してやって」

「キー?」


 不服そうなガンモをなだめ、くっきり歯形はがたの残ったしっぽを抱きしめながら、ぐしゅぐしゅ鼻を鳴らしている小悪魔に対し、


「ねぇ。もしかして……、あのゴーレムって、お前が動かしてたのか」

 思い当たる可能性を尋ねる。


「ふん、答える義理はないっす」

「ガンモ、やれ」


 新たに歯形が一個追加することが確定した。


「あーん、やめるっす。痛いの嫌いっすー!!」

「ちゃんと答える?」

「こ、答えるっす。だから、こいつをなんとかしてくれっす!!」


 もう顔が涙と鼻水で凄いことになっている悪魔から若干目をそらしつつ、瞬はガンモにステイを指示する。


「操ってたなんて言い方が悪いっす。あれはゴーくんの"意思"っす」

「その話、詳しく」


 割って入ったのは今まで静観していたメイだった。悪魔まで歩み寄ると、躊躇ちゅうちょなく顔を近づけ、


「早く」


 その迫力に気圧けおされたのか。泡を食ったように、

「わ、吾輩わがはいは、触れたものに"意思"を与えることが出来るっす」


 ——"意思"を与える、だって?


 なんだそれとぽかんとしていると、メイは足下に転がっていた石ころを無言で悪魔に差し出す。首をひねる悪魔に、


「あーえと、実演してみてよ」

 意図を察して、瞬はうながす。


「ふっふーん、いいすか、悪魔的に刮目かつもくするっす!!」


 手の平の上に乗せた石ころに意識を集中させる顔つきに変わると、始めは見間違いかと思ったが、徐々に石ころが震え始め、


「わ、ちょ、ホントだ!?」

「まだまだぁーっす!!」


 最後のダメ押しとばかりに悪魔が目を見開くと同時に、


 ぴょ——————ん、と石ころはまさに自分の意思を持ったかのように高く飛び跳ねた。


「はっは、見たっすか!! これぞ、我が奥義、"魔掌の鼓動デヴィコード"のチカラっす!!」


 そして、ポトッと数歩先の場所へと石ころは落ち、


「おおっ、——って?」


 そのまま動かなくなっていた。どうしたのか、もう元気がなくなったのか。てっきりそのまま子ウサギのようにぴょんぴょん跳ね回る様を期待したのだが。


 しばし、続く石ころの動きを見守っているが、やはり微動だにしない。


 気まずい沈黙がただよいはじめ、


 全員の視線が悪魔へと集まると、


「……ちなみに意思を保てるのは、吾輩が直接触れている時だけっす」


 この残念さをかもし出した原因を付け足した。つまり、悪魔の手から離れた結果、震える石ころはただの石ころへと戻ったらしい。


 とはいえ、欠点があるにせよ冷静に考えれば凄い。まったく仕組みは不明だが、これであんなにデカいゴーレムも動いていたのか。


「……そうか。だからだ、ゴーレムの頭がへこんでたのって、お前がそこにいたからか」


 さながらくろがねの城なスーパーロボットのように頭部が操縦席コックピットと化していたに違いない。


 しかも死角になっていて、安全だ。ゴーレムの全長からすれば、こちらは頭のてっぺんなどまず確かめることなど出来ないのだから。対して、悪魔は触れてさえいればいいのだ。


 だが、そうなってくると疑問がわく。


「なんで音に反応していたんだろ?」

「馬鹿なニンゲンっすね。目がないんだから、他の手段で認識するしかないっす。ゴーくんはたぶん肌が敏感びんかんなタイプだったっす」

「な、なにそれ……」


 意味わかんないたとえするなよな、と眉根を寄せる瞬にメイは、


「わたしたちの声や動きによる空気の震えや振動を感じ取って、追いかけてきた。まぁ、あり得ない話じゃない」


 理屈はそれでいいかもしれないが、敏感肌びんかんはだとか言っちゃうとぞくっぽくなるからやめてほしかった。


 とにかく、ガンモが悪魔のもとまでたどり着いた後は、すったもんだがあったのだろう。その影響で、ゴーレムが停止したり、一瞬だけ再起動したりしたのだ。


「ふん、ついでに言うと、吾輩は意思を持たせることは出来ても、その後どう動くかはそいつ次第っす。ゴーくんは優しいから、吾輩を怒らせたニンゲンをこらしめようとしてくれたみたいっす」


 心なき物に対して、意思を植え付けることができても、その意思を操ることまではできないということか。

 ところどころが、この悪魔と同じく残念仕様だなと瞬が思っていると、


 ビシッと悪魔に指を突きつけられ、


「というかお前、お前ってさっきから失礼な。吾輩にはれっきとした名前があるっす!!」


 そんなことをほざき始めた。


 こいついちいち面倒くさいなという顔のまま、瞬は、


「は? じゃ、言ってみなよ」


 えへんと胸を張って、

「聞いて驚くっす。この界隈かいわいでは、泣く子も黙るサロモン様とは、吾輩のことっす! ひれ伏すがいいっす!!」


 自慢げに名乗る小悪魔――サロモンは絶妙なまでに、うざかった。


 小生意気なクソガキが虚勢を張っているのに近く、生暖かい気持ちになってくる。はぁ、どうしたもんかな……と、ぽりぽり頬をかいていると、


「じゃ、もういいね」


 ――へ、と思うより早かった。


「ぐへっ」



 そんな、喉奥から無理やり絞り出すような声があって、





 メイの手がサロモンの首へと伸びていた。

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