Log14 “Battle”
常識とは何だったのかと思う。
……ズン、ズンと腹に来る音を立てながら一歩一歩確実に、こちらに接近してくる――クレイゴーレムというらしいモンスター。
本来、形の良い岩を人型に組み上げたところでそれはただのオブジェやモニュメントのはず、
なのだが、
「動いちゃダメでしょ……」
美術館の像は真夜中になると勝手に動き出すなんていう冗談とは訳が違う。今、目の前でこうも見せつけられると、
それは、ゴーレムの衝撃もさることながら、逃げる事を選択しなかった、
「これは、どうしたもんですかな〜」
メイという存在もある。
この状況下で落ち着いているのだ。何かしらの――
「え、ちょあの、お任せさってさっき言いましたよね」
てっきりその言いぐさでともう対処法はありまぁす!! としか受け取れなかったんですけど、
「ないんだなーこれが」
「おい、お前は栃木のヤンキーか!?」
キレそうだった。いやもう瞬はキレていた。しかもこの地域限定ツッコミは勿論メイには伝わらなかった。
おそらくゴーレムの頭部と思われる部位には、表情なんてものはなく、無機質な岩の表面があるだけだ。ただ確実に進行方向はこっちであり、そこに目玉がついていたら、おもんないやりとりしてんじゃねーと
「打つ手なしなら逃げましょう!! それしかないです」
こんなことをしている暇すら惜しいと口角から泡を飛ばす瞬に、
「慌てない」
メイは帽子を直しつつ、
「それにこの程度の試練をくぐり抜けられないようなら、——死んだ方がマシだね」
吐き捨てるような言い方の理由を聞き返す間もなく、メイは瞬の腕を離すと自分から前進を始める。
「なっ、メイさん!?」
無謀だと叫ぶ瞬にメイは振り返ることなく、
「でっかいねー、こりゃ近づいてみないとわからないか」
間合いに入ったのだろう。大振りな動作でゴーレムはメイを掴もうとする。
あわやと思った、その瞬間。
メイは駆け出し、ゴーレムの手と地面の間をすり抜ける。
緩急をつける形で、見事にゴーレムの手は空振りに終わった。
思わず、
「あっ、ぶなっ!?」
同時にコワッ!? とも瞬は思う。何だあの迫力。距離こそ離れているものの、コンクリの壁が飛んでくるような感覚だった。
直接体験したメイはどれほどヒヤッとしたことだろうか。
最初の動作をしのいだメイは、そのままゴーレムの股をも抜けると、こちらを振り返り足を止めており、ゴーレムは腰を落とした姿勢のまま、今度はどういう訳か顔を瞬の方へ向けていた。
……あれ? と思うと同時に、再びゴーレムは立ち上がるなり、こちらに向かって進み出す。
「ちょあっ!? 何でこっち!? 狙いはあっちだったんじゃないの!!」
恐慌状態におちいる瞬も、すぐさま反転しゴーレムから距離を取るべく走り出す。その間も背後から迫ってくる振動は止まらない。
かつてないサイズ感のある恐怖に瞬は吐きそうになりながらも、近場の柱の陰に身を隠し、ゴーレムの出方を窺う。
心臓が跳ね回り、今にも胸を突き破りそうだ。
だが、そーっと顏を出して覗いた結果、不思議なことにゴーレムは歩みを止めて、何かを探すように首を巡らせていた。
……た、助かったの? 目をかっ開いたまま、瞬は生唾を飲み込む。
どうやら、ひとまずはしのげたらしいが予断は許さない。
位置的にゴーレムを挟んでメイは反対側におり、合流するには大回りをしていくしかな
肩を叩かれた。
悲鳴を上げそうになり、間一髪、謎の手が瞬の口をふさぐ。
メイだった。
もう片方の手で口の前に人差し指を立てている。
静かに、と半ば無理やり理解させられ、いつの間にと思いつつ瞬は頷きを繰り返す。
先ほどまでの、のらりくらりとした表情とは打って変わり、メイは真剣というよりも無表情と言った方が近い顔で、自分の耳をとんとんと指で叩いてみせる。
――耳?
耳。
あ、もしかして。
メイの言いたいことがわかったかもしれないと瞬が顔に出し、メイは少しだけ口の端を上げると、肩からさげていた皮袋からこぶし大の石ころを取り出した。
それを柱の陰から出るなり、思い切り振りかぶって投げる。
意外な強肩を発揮し、山なりの軌道を描いたのち、2回バウンドしつつも石はゴーレムの近くに立つ石柱に当たり、鈍い音。
次の瞬間、ゴーレムの裏拳が炸裂した。
ダイナマイトで吹き飛ばしたように、柱は中程で折れて、破片を辺りに散らす。
破壊の余波で発生した砂煙で巨体が包まれる様に、瞬はひたすら口をパクパクさせている。その横でメイはようやく口を開き、
「やっぱり音か……?」
音。心の内で瞬は復唱する。
つまり、その発言から推察するに、ゴーレムは自分たちの会話から響く音を頼りにやってきた。それなら、接近する時のメイの声や足音から狙いを定めたのもわかる。
そして、最初の攻撃を避けた後、メイの存在を知覚できなくなり、うっかり声を出してしまった瞬の存在にターゲットを切り替えてきた。
現在、瞬すらも姿と声を
確かにこれなら、説明がつく。
だがゴーレムの反応のからくりに見当がついたとはいえ、問題は次をどうするかである。
どれほどの音量で感知されるかわからないが音で居所がバレるというのなら、
どうする。
ずっと身を縮こまらせて隠れていれば、ゴーレムが諦めてくれるとも思えず、瞬は途方に暮れる。
と、
肘で小突かれて、瞬が我に返った時、メイはすでにその場を離れ始めていた。
「は、えと?」
肌を撫でた空気の流れ。
反射的に身を伏せた瞬間、背を預けていた石柱が爆発する。
――あ、死んだ。
と思って、目をつぶった。
黒。
目を開けた。
まだ死んでいなかった。
奇跡的に破片は周囲に飛散していたものの、瞬には当たらなかったようだった。だが、自分の頭から数十センチしか離れていない場所に頭と同じ大きさの破片が転がっていて、ゾッとする。
うつぶせになったまま、後ろがどうしても振り返れない。確実にこの惨状を起こしたヤツがそこにいる。ほんの微量の呼気ですら気づかれそうで、息を止める。フルスピードで脈打つ心臓の音が聞こえないように神に祈る。
背後から一向に巨体が動く気配がない。
微動だにしない。
まだ、動かない。
いつまでこうしていればいいのか、いい加減、呼吸をしない、と、ちっそ、くで、しぬ――
「キッキ――ッ!!」
どこかで、鳴き声が聞こえた。
その方向へと視線を動かせば、ガンモが飛び跳ねながら手を叩いていた。
――何をして。
ようやく後方から揺れが伝わってくる。恐る恐る振り返れば、ゴーレムはガンモの方へと一歩を踏み出していた。
そこで、遅ればせながら瞬はガンモがゴーレムの気を引きつけたのだと気づく。
自分を助けるために。
ゴーレムがガンモを追って離れたのを確認し、瞬は細心の注意を払いつつ、
――助けないと。
ターゲットが瞬からガンモに代わったに過ぎない。ゴーレムに襲われている状況は何一つとして変わっていないのだ。腹をくくる。まだ膝が笑っているが、殴って言うことを聞かせる。
「おい、デクのぼう!! そっちじゃなくて、こっちだろ!!」
おそらくもう頭の中はアドレナリンドバドバなのだろう。瞬は我ながらトチ狂っていると思いながら、声を張る。
すると、また瞬とガンモから距離を取った場所からメイも、
「はいはい、こっちも忘れずに――っ!!」
と叫んでいる。
これでゴーレムは3つの存在を知覚したはず、そして3つの存在はそれぞれ別の位置にいる。一体、食いつくのはどれだ。
立ち往生していたゴーレムはその場で方向転換すると、瞬の方へと再び戻り始める。
――僕、狙いか。でも、なんで。
全力で駆け出しながら、瞬は思考を止めない。
音だけが頼りなら、一番近くにいたガンモをそのまま追えばよかったはず。だが、そうはせずにこっちに向かってきた。
ということは、ということは、ゴーレムの中で優先順位がある。
ひょっとして、判断をしている、のか。
「シュン、距離は一定。まわった方がいい!!」
自身は狙いから
いちいち物陰に隠れてビクビクするより、相手を確認しながら逃げた方がたしかに得策だと思い、瞬もそれに従う。
ゴーレムを中心におき、周回するように一定の距離を保ちながら駆けていると、徐々にゴーレムの行動パターンがわかってくる。
どうやら直進は想像以上の速さで進めるが、先ほどもそうだったように方向転換をする際、その場で身体の向きをいちいち変える必要があるらしい。
最初に向かってきた時は頭が真っ白の状態で近くの柱に逃げ込んでしまったからこそ、ああも
このまま距離を保ち続ければ、ひとまずはペシャンコを避けられそうだが、ずっと走り続けるわけにもいかない。
事実、そろそろ瞬の息も切れ始めていた。
「まっ、たく、なん、で、僕ばっか、こんな、目にぃっ!!」
やけくそ気味に悪態をついて、酸素を余計に消費したことを後悔する。したたる汗を乱暴に腕でぬぐって、メイはどうしているのかと探す。
――いない。
冗談でしょと思わず灰になりかけたが、瞬がそちらに意識を取られた隙に、
今度はなんだと意識を戻せば、ゴーレムは己の近くにあった石柱をへし折っており、それを肩にかつぐと、上体を後ろに曲げ、カタパルトよろしくブン投げてきた。
とっさに身構えるも、石柱は瞬の頭上を越えていく。
――外れた!?
喜びが伝達するより先に、その意図に気づいてしまう。狙いは自分じゃなくて、自分の、
瞬の進行方向先で、投じられた石柱が同じ石柱へと激突する。どこの爆破解体現場だと思うぐらいに、煙と振動にまみれた。
肺に砂が入り、むせ返る。
「や、やばっ」
口をふさいでも遅かった。
音を発してしまった。奴がこっちに来る。早くここから離れないと。口を服の
横倒しになった石柱が目の前に立ちはだかった。
――そう、狙いは、進路をふさぐことだ。
瞬の後方から、重い、重い足音が聞こえる。
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