Log16 "GO with"
本来なら柔らかいはずのスカーフが
それほどまでに
「ちょ、ちょっとメイさん!?」
「ん? どーしたダーシュン。きみは、コイツの味方かな?」
そういう問題じゃない。この小悪魔がどういう血の色をしているのかは知らないが、顔が緑色の風船みたいになってきている。
「殺されかけたんだぜ? わかってる? 理解してる?」
「それは……」
メイの言葉通り、たしかに殺されかけたが、だから即座に殺し返すなんていう物騒な論法を今まで味わったことがない。
簡単に首を縦に振ることがためらわれる。頭のどっかでは、相応のことをされたんだ、そりゃそうなるよと思ってしまう自分も確かにいる。その一方で、そんな因果応報を簡単に肯定していいのかと疑問符を浮かべる自分もいる。どっちも瞬であり、どっちも浮かぶのが人間というものであり、
ああもう、
「――やめてください、メイさん」
少なくとも、小悪魔の味方をするわけじゃない。そんな情がすぐに湧いてくるぐらい甘いつもりは瞬にもない。ただ、夢見が悪くなる。そう、それが嫌だから、一回だけ、一回だけは頼んでやる。
「その、僕がメイさんの
あくまで仲間として、の頼みだと強調する。それでもあえなく断られたら、どうしようか。次なる手はない。その時は諦めて、
「……そーか」
メイはあっけなく手をゆるめると、
「仲間に頼まれたら断れんね」
いきなりこっちに向けてそれを放り投げてくる。
「じゃ、まっ、どうするかはシュンに、お任せしますよ」
ゲホゲホと咳き込む小悪魔に大丈夫かと、
「うぅ……川の向こう側におじいさまが見えた……っす。あと、何かに目覚めそうだったっす……」
「全然、大丈夫じゃん」
受け取って損したと瞬は抱えていたサロモンを落とす。
尻もちをつき、ひどい扱いだと再度メソメソしだしたので放っておき、瞬は気を取り直して、
「だいぶこらしめたんで、僕はもう大丈夫です。それでこれからどうします?」
メイに向き直る。
「ふーむ、休憩はいいの?」
「あ……」
忘れていた。だが、これで座って落ち着いてしまったら、もう立ち上がれなくなる気がしてならない。
泣く泣くせっかくの申し出を断ると、
「とりあえず進もう。さっきのでだいぶ時間を取られた」
「ま、待つっす!!」
奥へと向かってこうとする一行を呼び止める声に、しかし誰も振り返らず、
「ま、待ってくれっす!! お願いっす!!」
「わっ!? な、なんだよ、ちょっ、は、な、れ、ろ——っ!」
足にまとわりついてきたサロモンを、瞬は振り払おうとするも、びくともしない。おもちゃを買ってもらえないことを悟った子供のごとく、テコでも我が要求をのむまで動かぬという断固たるしがみつき方である。
「なんなんだよ。お前はもう!!」
泣いているのか、すねの辺りに生暖かさを感じて、それがまた気持ち悪かった。すでにメイは素知らぬ顔をしており、手を貸す気はないらしい。どうしたもんかと思案していると、
「なんで、なんで助けてくれたっす!」
今までとは違う必死さがにじんでいて、耳が傾いてしまう。
「ニンゲンはすぐ嘘をつくっす。……だから、嫌いっす。アイツも……戻ってくるっていったのに戻ってこなかったっす」
その口ぶりは、まるで瞬とここにはいない誰かを重ねているようで、
「
言葉は止まらない。
「ずっと待ったっす……こんな何もない場所で。たった一人で」
唇をわななかせ、
「結局、吾輩は騙されてたっす」
とっくに赤くなっている目に涙をためて、
「あんな奴に会わなきゃよかったっす。突然現れて、暇だから友達になりましょうなんて言ってきて、無知だった吾輩に言葉を教えてくれて……あんな、あんな、あったかさなんて知りたくなかったっす!!」
すがるように、
「なんで、ぇ、ニンゲンは……優しくするっす。吾輩はキサマを力ずくでどうにかしようとしてたのに……」
どんなに辛い仕打ちを受けても、ニンゲンはなぜ優しくできるのか。わからないわからないと、足下の小悪魔はまくしたてる。自分はここで生まれて、ここで育った。そして、侵入者は排除しなければならない。誰に教わるでもなく、そういう認識を持っていた。だから襲った。なのに何故、どうして、そんなに優しくできるのだ。
――これだから、ニンゲンはきらいっす。
「でも、」
一度、その暖かさを知ってしまったのなら。
「やっぱりまた一人になるのはイヤっす……」
最後は震えていた。
ため息が一つこぼれる。
またか、と思う。これはもういわば一種の生理反応のような共感なのだ。たとえ命を奪ってこようとした奴だったとしても、その言葉を吐いたときの気持ちだけはわかってしまうのだ。
だから、やれやれだ。
「……メイさん、僕が決めていいんですよね?」
「好きにするよろしい。使える使えないはきみに
全権は任せられた。ならば、後は好きにさせてもらおう。
片足にしがみついた あま、うつむくサロモンをもう片方の足のつま先で小突く。
「なんで助けたかって? 勘違いしないでよ。お前の命は僕が預かったんだ」
なんていうのかな、最後までペットは自分で責任を持って飼いましょうとか、そんなのだ、きっと。
「行こうよ、サロモン。こんな
言葉が小悪魔に
――差し伸べられた手を取るのは、そう難しいことじゃない
そんなことを言った人間がいたよね、と。
× × × × × × × ×
「ぶぇーっくしょいっ!!」
口元を手で覆わないというマナー違反を犯しながら、無遠慮に吾朗はくしゃみをぶっ放す。
「あー、くそっ誰か、俺のこと
悪口だったらとっちめる。と首を鳴らしながら、ぼやく。
「つか、誰もいねーし」
辺りは息を呑むほど、幻想的な光景が広がっていた。
洞窟の天井には祭りのカタヌキのようにぽっかりとくり抜かれた丸い穴があり、そこから外光と生ぬるい風が降り注いでくる。足下に
だからだろうか、洞窟内とは思えないほどの明るさに満たされた空間だった。
普通なら感嘆の声を上げてもいいのに。
吾朗は無造作に
「なっつかしいもん残ってんな」
所々、ふちが欠けて、足元には
『勇気ある者よ。栄光へ続く道はいま広がる。
目線を落とせば、その文章の下には数え切れないほどの名が刻まれている。ここから始まる自分の冒険譚を
そう、この場所こそ、試練を乗り越え、冒険者となる認定ダンジョンの最奥部だった。
本来ならば、これで
瞬が罠にはまった後、他の冒険者志望の若者たちも見かけたがそれには目もくれず、用意された罠やモンスターの
「……ミスったな」
ぼりぼりとケツを掻きながら吾朗は、来た道を振り返る。
「えーもう、マジで? また、あそこまで戻んのかよ」
合流する気が、無駄骨に終わったことに白目をむきつつ、誰もいないのをいい事に何の気なしに、
「だーれか、助けてくださーい。もう足が棒でーす」
背後に、音。
× × × × × × × ×
「ご主人……~っ」
反応したら、負けだ。
「ねーってば、ご主人~っ、無視しないでほしいっす」
なんか慣れ慣れしくなったサロモンをうっとうしく思って、瞬は手を払う。そして,その払った手の軌道上できらりと光る何かがある。さきほどまでは存在しなかった、それは瞬の指で輝いていた。
では、それとは一体、何か。
寄ってみればすぐにわかる。
それとは
時計の針を戻す。
あれから結局、小悪魔サロモンは頭を地面にこすりつける謝罪を披露し、瞬たちに同行することになった。
ここいらの道案内は吾輩にお任せっすと最初こそ鼻息荒くしていたサロモンも、一行の目的がこのダンジョンの攻略、すなわち最奥部を目指すということを知ると、
「お、奥を目指すっすか……?」
明らかに目が泳いでいた。
「何か問題でも?」
片目をこすりながら問うメイに、サロモンは背筋を正し、
「奥には、その……ヤバいのがいるっす」
「詳細」
「は、はいっす!!」
恐怖政治の現場にしか見えないやりとりの中で、次なる言葉がサロモンの口から飛び出し、
「ドラゴン、っす」
時が止まった。
——ドラゴン。
つまりは
もう冗談はきつい、と思う。
ふつふつと思い当たるイメージをまとめてみると、鋼鉄の鎧でさえも容易に溶かしてしまうような灼熱のブレス、武器を大地に突き立てねば吹き飛ばされる凶悪な羽ばたき、そしてリーチのあるしっぽを振り回せば全身複雑骨折では済まなく、噛みつかれたら一巻の終わり。
ボスキャラとして定着しているだけの圧倒的な力を持つモンスターである。
うん、無理。
「メイさん、帰りましょう! まことに残念ですが、僕らの冒険はここまでです!!」
「推定
最悪だ。
ご
「ま、それぐらいこなさなければ、Sクラスなんて夢のまた夢なもんてわけで」
帽子を押さえながら一人頷くメイに、つい気になっていたことを尋ねる。
「あの、メイさん。教えてください。なんで、その、また、まるで生き急いでるみたいに危険に突っ込もうとするんですか」
もう少し、自重というものを覚えてくれとやんわり伝えようとして、
ジロ、と。
横目が瞬をとらえる。澄んでいるような、いや濁っているのか判然としない瞳が揺れて、唇が上下する。
――殺したいほど憎いヤツがいる。
「……え?」
何かの聞き間違えかと、
「――なんてね。女の子は色々と入り用なんだぜ。力とかお金とか、ね」
にはは、と、まとった空気が
「と、とにかく、あれはマジヤバいっす。ご主人たちがどうこう出来るものじゃ、」
「それでもだ」
メイはサロモンを手でさえぎり、
「いざとなったら、壁役、頼むよ」
にっこり微笑む。意訳すると、いざとなったらわたしのために死ねと宣告され、かちこちに固まったサロモンは
「そ、それって、わ、吾輩に言ってるっすか?」
返事はなく、笑みを深めるばかりのメイに、この女、割とマジっすと悟ったのか。露骨に話題を変えるように、
「あ、あ――っ!! ご主人、そうっす。そうだったっす!!」
「何さ……うるさいなぁもう」
「さっきから気になってたっすけど、ご主人、お渡ししたい物があるっす」
ちょっとお待ちを。
そうしてどこからかサロモンが持ってきたのは、革張りの小箱だったのだが、その色合いが有り体にいってまずかった。
全体的に赤黒く、なぜだか質感も獣っぽくない。これは
「な、なに……これ」
「開けてみて欲しいっす!」
直視するのすらためらわれるというのに触れというのか。いや、キツい。絶対開けてはいけないにおいがプンプンする。遠慮しよう。
が、横から手を出してきたメイによって、あっけなく開けられた。中には、
「これって……」
「見てわからないっすか?
言われるまでもなく、整然とくぼみにはめ込まれた指環が並んでいる。
「いや、それはわかるよ。でもさ、なんでこんなに?」
ひーふーみーと数えてみると、全部で10個もある。恐ろしいまでに
瞬は頭を振るって、いやいや大丈夫だ、別に取り込まれそうになんかなってない、ないぞと、
「シュン、はめてみたら?」
慈悲なきメイより勧められる。ギギギと首だけ動かし、アナタ正気ですかと目で問いかける。
コクリと
「無理です。さっきから肩の上でガンモがめちゃくちゃフシュー、ってうなってるんですけど。絶対、ヤバい代物ですってこれ」
必死の訴えも、
「だからそれを確かめないといけないのだよ、ダーシュン。結構イケてるデザインだし、つけたらきっとモテモテだぜ?」
「おい、シルバーアクセでモテるとか中学生にありがちな発想やめろ」
本気でイヤなあまり、余裕がなくなった瞬からは心のツッコミまでもが漏れ始める。
「いやいや、そ、そうだ、サロモン、お前がつけてよ⁉︎」
「いやー、それがサイズが合わなかったっす」
この野郎と掴みかかりそうになるのを辛うじてこらえる。まずい、まずいぞ、この流れはまずい。実にまずい。まずすぎる。
「いやーシュンのカッコいいとこ見たいなー!!」
「そうっす。ご主人のカッコいいとこ見たいっすー!!」
もうみんな死ねばいいのにとダークサイドな思考を養いつつ、恐る恐る手前の指環を一つ手に取る。人の手で作ったのか疑いたくなるような細かさだ。昔、社会科見学で見たコンピュータのチップに近しいものを感じる。
「じゃ、い、行きますよ」
震える左手の中指をゆっくり通してみると。思わず、驚くくらいぴったりとはまった。ジャストフィットなんていう表現では足りないくらい。吸い付くような装着感だった。
「どう?」
待ちきれない様子で、さっそく感想を聞いてくるメイ。
「どうって、」
まじまじと自分の指先を見つめながら、
「いや、何もない……っぽいですけど」
「うん? ほう」
わかる、それでも何かあるんだろとメイが言いたいのが。だが、とりあえずつけた感じでは影響を感じないのだ。あーよかったと
「はぁ……ていうか、この指環ってなに?」
「昔、吾輩がここの奥で手に入れたものっす」
サロモンは褒めて褒めてと言わんばかりにぴょんぴょん飛び跳ねながら、入手したいきさつを語り出す。
「もう結構前の話っす、ある時、あまりの寂しさに耐えかねた吾輩はここから奥に向かったっす。そこで……さっき言った」
「ドラゴン?」
合いの手を入れたメイにこくこくと
「そっす。そいつがいたから。あえなく引き返したっす。でも、その時にそいつからもらったっす」
——ほう、ヒトの言語を解すか。よくできた。貴様にこれをやろう。って。
「いやいやいや、待って、え、なに、ドラゴンしゃべれるの!? 人語を話すの!? 違うよね。モンスター言語的なアレだよね。ねっねっ!?」
「ドラゴンといえば、上級種にいくにつれて人を越える知能を有する。その話を聞くと、奥にいるのは言語を操るなんてお茶の子さいさいか。やったね、シュン、これは期待してもいいかもわからんね」
なにに期待しろと。異種間コミュニケーション!? あなたの感性に僕はついていけませんと頭をかきむしりたいのを我慢しながら瞬は、
「じゃあ、なに、この指環って、元はドラゴンが持ってたの?」
「たぶん、そうっす」
なにゆえ、そんな曰く付きを全力でこっちによこすのだ。本気で出るとこ出てもいいんだぞという気になってくる。すると、
「ご主人、身を守るものも戦うものも何も持ってないっす。さすがに吾輩も心配するレベルっす。どれだけ命知らずっすか。だから、差し上げるっす。なんてったってあのドラゴンが持ってたくらいっす。きっと頼りになる物のはずっす」
常識的というか、こちらの身を案じたためという、この世界に来て忘れかけていた思いやりあふるる返答に、胸が熱くなる。サロモン、こいつウザいけど、もしかしてウザいけど凄くイイやつなんじゃないかと認識を改めざるを得なかった。
なんか悔しいが、
「……ありがとう」
「いえいえっすー!」
だが、装用したはいいが、あまり頼りにはなりそうもない。つけてれば、すばやさが二倍になるとか効果がすぐに実感できる腕輪とかじゃないと、意味がない。
腕を組んで、瞬の指先を見つめるメイに、
「ふーむ」
「あの、メイさん。もういいですよね。いったん外しても?」
「ん? ああ、いいよ」
おかしいな、というメイのつぶやきと共に指環を抜こうとし――
違和感。
「ん、あれ?」
もう一度さっきより力を入れて引っ張る。段々とその力の量が増えるたびに、腕が震え、歯を食いしばる。
一度、脱力し、額に浮いた汗をぬぐって、
抜けない。
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