第肆話 迷いの道

 旅人がスクーターを走らせ砂漠をぬけると

 小さな森がありました

 茂みの中を ゆっくりと進んでいくと

 道が二手に分かれていました

 旅人は

 しばらく考え事をするために

 その場にこしかけて 一休みすることにしました

 干したイチジクをかじっていると

 一人 別の旅人がやってきました


『こんにちは お若い方』

『こんにちは 旅人のお兄さん』

『君は先へ行かないのかい?』

『そうだね まだ考えていないんだ』

 旅人が言うと

 あとからやってきた旅人はしばらく

 なにかを考えていました

 ややあって 彼はうなずきました

『僕は右の道を行こう

 では お元気で』

『お気をつけて 旅人のお兄さん』


 旅人がイチジクをかじっていると

 また別の旅人がやってきました

『こんにちは 旅人さん』

『こんにちは』

 旅人もにっこり笑って こたえました

『おたくは先へ行かんのかい?』

『そうだね まだ考えていないんだ』

 旅人が言うと

 あとからやってきた旅人は しばらく何かを考えて

 ポケットからコインを一枚取り出し

 指でパチンとはじきました

 手の甲にのせたそれを見て

 彼はにっこりと笑いました

『私は右の道を行こう

 さようなら 旅人さん』

『さようなら お気をつけて』


 旅人がイチジクを食べ終わったころ

 また別の旅人がやってきました

『やあ こんにちは

 あんた 先へ行かないの?』

『こんにちは 旅人さん

 そうだね まだ考えていないんだ』

 そうか と一言言って

 健康そうなその旅人は

 からからと笑いました

『他に誰か ここを通ったかい』

『うん 二人の旅人さんが 通って行ったよ』

『彼らはどちらの道へ?』

 旅人が右の道を指さすと

 あとから来た旅人は

 ポン と手を打って言いました

『よし じゃあ 俺は左の道を行こう

 ありがとう 旅の方』

『どういたしまして お気をつけて』


 旅人が身支度をしていると

 また別の旅人がやってきました

『こんにちは 旅人さん

 あなたはどちらの道へ行くの』

『こんにちは 旅のお嬢さん

 そうだね まだ決めていないんだ』

 少女はいぶかるように 眉根を寄せました

『それならどうして 出発の準備をしているの?』

 旅人はにっこりと笑って

 少女のすみれ色の瞳をのぞきこみました

『どちらの道へ行くかは決めていないけど

 どうするかは決めたんだ』

 少女は 不思議そうに首をかしげました

 旅人はスクーターの向きを変えました

『もしかして』

 少女は 旅人の使い古したスクーターを見つめて言いました

『来た道を戻るの? 旅人さん』

『うん』

 旅人は エンジンをふかしました

『どうして? また同じところを旅するの?

 先を行けば

 新しい町にたどりつけるのに』

『そうかもしれないし

 そうじゃないかもしれないから』

 旅人は、目を閉じて言いました。

『右か左か 決められない

 決まらないということは 僕に迷いがあるんだろう

 僕は今まで訪れた町で

 なにかを落としてきたのかもしれない

 なにかを拾い損ねたのかもしれない

 もしかしたら

 ここは世界の終着点で

 この先また進んでも

 全く同じ町を 同じ順番で

 同じように

 旅をするのかもしれない


 だったら 今まで来た道を

 逆の順番で通ってみても いいかなって思うんだ

 もしかしたら 一度通った知ってる道が

 知らない町へ続いているかもしれないからね』

『ばかなことを言うのね』

 少女がしかめ面をすると

 旅人は楽しそうに笑いました

 あまりに楽しそうに笑うので

 少女はなんだか

 心臓の鼓動がはやくなってしまって

 旅人の顔から 目を逸らすことができませんでした

 それでも しかめ面のまま

 少女は言いました

『普通に考えて 非論理的だわ』

『君は頭がいいんだね』

 旅人は柔らかくほほえみました

『そうだね 僕はばかな旅人さ

 だからこそ

 自分で考えたことに したがうよ』

 少女がしばらくだまっていると

 旅人は帽子を深くかぶりました

 スクーターにまたがった旅人の背中に

 少女は声をかけました

『今までも

 道が分かれていたら

 来た道を戻っていたの?』

 旅人は目をぱちくりさせて

 少女をしばらく見つめました

 やがて あどけない笑顔を浮かべると

 旅人は言いました

『今まで 道が

 二本や三本に見えたことは

 一度もないよ』

『え?』

 旅人は優しく微笑みました

『今まで進んだ道は

 ずっと一本道だったから

 またいつかこの場所に戻ってきた時は

 今度はこの道も 一本になっているかもね』

 すみれ色の目をまんまるにして

 立ち尽くす少女に 軽く手をふり

 旅人は 砂漠の中へ帰っていきました


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