閑話 トロイメライ

 旅人はまた

 その小屋に帰ってきました


『大きくなったな』

 小屋のすみで小さな椅子にこしかけて

 一人の老人が言いました

 旅人は帽子をとって

 照れたように 笑いました


 一晩ゆっくりと

 だんろの火にあたたまって

 たくさんたくさん

 おじいさんとお話しをしました


『そういえば

 飼っていた猫たちは どうしたんです』

 旅人がたずねると

『自分で出ていったよ』

 と おじいさんは言いました

『さみしいですか』

 旅人はたずねました

 おじいさんは何かを見透かしたように

 旅人のハシバミ色の瞳をじっと見つめて

 まるでいたずらっ子のように

 ちょっぴり意地悪く微笑みました

 おじいさんは優しいまなざしで

 旅人の頭を

 いつまでもいつまでもなでていました


 旅人がその小屋を発つ日の朝

 小屋のすみで小さな椅子にこしかけて

 扉のむこうから射す光の中へ

 帰っていく旅人の背中を

 その老人は目を細めながら

 見つめていました

『あの子とは 話していかないのかい』

 遠ざかる背中を 老人の声が追いかけます

 旅人はふと足を止めて

 深く帽子をかぶり直しました

『いいえ

 いいえ あなたの――を見つけるまでは』

 旅人はふり返りました

 新しい花束がふたつ

 置かれている小さな お墓


 旅人は

 唇を僅かにかみしめ

 スクーターへと駆けよりました


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