閑話 手紙の切れ端

 僕が出会った一人の女性の話をしましょう

 彼女は一人きりで生きていました

 不思議なことです

 周りにたくさんの友達が

 彼女を想ってくれる両親が

 ちゃあんといるのに

 彼女は絶対に一人だったのです

 彼女は僕に言いました


『旅人さん 旅人さん

 わたし子供がほしいの

 わたしだけの子供がほしいのよ』


『どうしてだい?』


 僕はそっとたずねました

 変なことを言うなあと思ったからです

 彼女は答えました


『だってわたしにちゃあんと応えてくれるもの』


 驚いたことに

 彼女は子供という存在を

 自分の所有物だと

 思っていたのです

 そしてその所有物とは彼女にとって

 尽くしても尽くしても


 絶対にうらぎらないでくれる

 必ず帰ってきてくれる

 欲しい言葉をくれる

 存在でした

 奇妙なことです

 彼女自身はそんな娘でもなかったのに

 かわいそうな人です


 僕はどうすることもできず

 ただ彼女の頭をなでるしか


 僕は自分の帽子をあげました

 そして僕は

 彼女のいる町を あとにしました



 このお話には 続きがあります


 何年かして

 僕がまたその町を訪れると

 彼女は僕と別れたその場所で

 ずっとずっと僕の帽子を握りしめ

 冷たくなっていました

 ずっとずっと

 僕の帽子を握りしめ

 片時もそこを離れていなかったのです

 僕は後悔しました

 彼女を愛していたわけでは

 いえ そう思っていたのに

 ひどく胸が痛くて

 僕は初めてその時気づいて


 僕はそっと彼女を抱きしめました

 しだいに腕の力が強くなって

 僕は強く強く彼女を抱きしめて


 どれくらいの時間が経ったでしょう

 彼女の閉じられたまぶたの奥から

 幾筋もの涙が頬をつたい

 彼女はたしかに笑ったのです


 その微笑みは

 とてもきれいで

 きれいで

 急に吹いた一筋の風と共に

 彼女の姿は消えていました


 僕は僕の帽子をただただ

 抱きしめていたのです


 ただ一度でいい あの時

 ただしっかりと抱きしめてあげていれば

 よかったのに

 僕は今更気づき ひどく後悔したのです


 彼女は死ぬまで 自分を自分で抱きしめてあげるしか

 なかったのだと


  (旅人から知り合いへの手紙一部引用)


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