エピローグ
海賊船に戻ってジルビが真っ先にしたことは、十九人の名もなき海賊たちから躍起になって名前を聞きだすことである。ハダリーはそんなジルビの様子を呆れた様子で眺めていたが、止めようとはしなかった。なんとなく、それまでのハダリーだったら今の自分の行動を不快に思っただろうな、とジルビは思った。ハダリーはあの沈没船の中での出来事を誰にも語らなかったし、ジルビもきっとこれは一生の秘密なのだと思っていた。
『だってさ、あの日の出来事は、オレらには革命的だったよな。でも、広い目で見てみ? 大海のようなひろーい目で見てみろよ、単純に考えて、あれはオレの考え方を捻じ曲げてしまっただけのお話だろ? お前を巻きこんじまったのは、オレにとっては一生の不覚だけどな』
『巻き込んだのはどちらかというと私だと思う』
『あ、そうだったわ。このやろう、お前が変なことしなきゃなあ』
『私、やろうじゃない』
『言葉の綾!』
ハダリーは、彼らと一緒に海を走ってきっと数年は経っていると言った。でも、彼らも名を語らなかったし自分も毛ほども興味なかったのだと。乾いた笑いを零して俯くその精悍な横顔を見つめながら、ジルビはなんだか嬉しかった。今のハダリーの方が好きだよ、と言ったら、餓鬼に好かれてもな、とハダリーはジルビの頭を撫でた。
『私達、もう親友でしょ? 私ね、実は親友なんていなかったんだ。村には女の子も少なかったし、幼馴染の子はそのまま許嫁みたいなものだったし』
『オレ女じゃねえけどな』
『言葉の綾!』
『オレも、』
ハダリーは口元を手の甲で隠して嬉しそうに笑った。
『多分、ウェンズ以外で初めてできた友達がお前だよ』
『えへへ』
『気持ち悪いからやめろ』
『ひどい』
名前を尋ねてみれば、自分の名前を憶えている海賊も確かにいたのだった。それでも大半が名前も自分が何者だったかも記憶の海に沈ませてしまっていた。だからジルビはうんうんうなって彼らの名前を考えた。自分でつけたくせになかなか覚えこなさなくて、水曜日に鼻で笑われたからむっとなった。途中からはミヒオが傍に来て、一緒に名前を考えてくれた。ジルビはようやく、ミヒオにも懐くことができるようになった。そうなって初めて、自分が少しミヒオに嫉妬していたことにも気づいた。アビルを取られるような心地がして、なんとなく面白くなかったことを。
名前をもらった海賊たちは、あー、とかうー、と音のような声を漏らしながら不思議そうにジルビを見あげていた。ハダリーは意外にジルビよりも先にジルビがつけた彼らの名前を覚えた。ジルビに名前を呼ばれるよりも、ハダリーに呼ばれる方が目に見えて喜ぶ海賊たちにジルビはまたもむすっと膨れた。そんなジルビの頭を海賊の一人がにこにこ笑いながら撫でた。ジルビはしばらく、子供扱いでもいいやと開き直ることにした。
水曜日は、少しだけ様子がおかしいようにジルビには思えた。見張り台でぼんやりと日が沈むのを見つめているのは一緒だけれど、その隣によくミヒオもいるのだった。何を話しているの、と聞いてみたら、ミヒオは何にも、と肩をすくめるのである。
『実を言うとっすね、俺、水曜日さんのことちょっとだけ、ちょっとだけっすよ、でもちょっとだけ怖かったって言うか……だから今までちゃんと話をしようとしたことなかったんすよね。でもアビルさんが船長に土のことを言ってるの見て、俺も逃げちゃだめだなって思って。だけど……話すって言っても俺が一方的に水曜日さんに話を聞かせてるような感じもして、申し訳ないなあとも思うんすよね』
だからなんとなく、最近は黙って二人で日の入りを見つめるのだとミヒオは恥ずかしそうに笑って頬を掻いた。
『夕暮れの海って綺麗っすよね。赤くて、二人の髪みたいで』
『それ、お姉に言った方がいいよ、私じゃなくて』
『うん? 言いましたよ?』
『あ……うん』
水曜日は、船の奥の自室に籠ることが多くなった。その間何をしているのか、ジルビはなんとなく気になってしょうがなかった。水曜日の姿を探すのが日課になっていた。彼が船上で日の光を浴びて――青くキラキラ輝いて見えるのが、好きなのだと気づいていた。その分、話をするのは怖かった。嫌われてはいないような気もして、けれど鬱陶しく思われるのもつらかった。ハダリーは水曜日のことには無頓着の体を装った。本当は何をしてるのか気にしてるくせに、とジルビは膨れ面しかできない。その膨れた頬を手慰みにつつきながら、ハダリーはぽつりと、「日記、書いてくれてんのかなあ……」と呟いた。
だめだこりゃ、と言って、ミヒオが咳込みながら水曜日の部屋から出てきたのは、月が二回満ちて欠けた翌朝のことだった。
『あの人の耳の宝石、そろそろ腐るでしょ。だから代えを持って行ったんすよ。そしたらもう……あの人掃除全然しないんっすね! カビふくんじゃないっすかね!』
ミヒオは珍しく憤慨していた。そう言えばアビルとよく倉庫を掃除しているので、綺麗好きなのかもなあとジルビは肩をすくめた。あれよあれよと言う間に水曜日の部屋の掃除隊に巻き込まれてしまって。
けれどハダリー以外の三人を、水曜日は不機嫌を隠しもしない表情で迎えた。部屋の前で押し問答を繰り返し。結局、体格的に邪魔にならないからと部屋に入っていいことになったのはジルビだけだった。ジルビは薄暗い部屋の中を見渡して途方に暮れた。床に散らばるぐしゃぐしゃの紙くずと埃に、居るだけで咳込みそうだ。そもそもジルビは姉ほど片付けが得意でもなかったので。
ジルビはしょんぼりしながら鼻と口の周りをスカーフで覆って、床に散らばった紙くずをまとめることから始めることにした。拾う度に埃が舞って目がかゆくなった。
それ以上埃が舞わないように、紙に纏わりついた埃を払って床に落とそうと思った。そうしてぐしゃぐしゃに丸まったそれを広げてみて初めて、ジルビはそこに綺麗な字が書いてあることに気づいた。
水曜日の、露わな言葉が書いてあった。
あとは、ジルビはただひたすらそれを集めて広げて、時系列順に並べることに夢中になった。その間、水曜日はジルビには目もくれず机の上で手帳にペンを走らせては時々紙くずを後ろ手に放り捨ててくるのだった。頭にそれがぶつかった時には少しだけジルビはむっと来た。結局その日は、掃除はあまりはかどらなかった。雑巾がけは明日しようと思って、ジルビは「紙、持って行くね」と広い背中に声をかけた。水曜日は振り返りもしなかった。ジルビは少しだけ落ち込んだ。水曜日はあれをジルビに見られてもなんともなかったのかもしれない。ジルビは、それをこっそり読んでしまったことに小さな後ろめたさを感じていたのに。
ジルビは、それをハダリーに見せようか、日が昇るまで散々悩んだ。結局答えは出なくて、日が昇るころ見張り台に上ってみた。水曜日はやっぱりそこに座り込んでいて、ジルビの姿をちらと顧みた後、また水平線に視線を戻した。
「ねえ、これ」
ジルビは、くしゃくしゃの紙の束を水曜日に見せた。水曜日はそれを再び見遣っただけで、またすぐに視線を海に戻した。ジルビは膨れて紙束を水曜日の頬にぐいぐいと押し付けた。水曜日はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ねえ」
無視を決め込まれている、とジルビは思った。かあっと体の芯が熱くなったので、ジルビはすう、と潮風を吸い込んで、彼の名前を呼んでやった。
「ウェンズはさあ、」
水曜日は、肩をびくりと震わせてようやくまともにジルビを見あげた。意外と目が大きいんだな、とジルビの方もびっくりしてしまった。水曜日は、やがて表情に嫌悪感を丸出しにした。
「いやならハダリーに文句言ってね! あなたの名前を教えたのはハダリーだからね! というかね、水曜日さんはハダリーにもっと言いたいこと言うべきだと思う!」
水曜日の眉間に皺が寄る。それを見ていたら、つられてジルビも顔をしかめてしまった。
「そんなに、自分の存在消したいの」
水曜日の表情は変わらない。ぎらぎらとした眼差しでジルビを睨みつけている。まるで毛を逆立てた野良の獣だとジルビは思った。ジルビは肩をわなわなとふるわせて、「アオーン」と鳴いた。水曜日はぽかんとした。ジルビは顔を真っ赤にした。明らかに下手な鳴きまねだということは自分にもわかった。
「鳴きまね、教えて、欲しかった……」
声が震えて、何故か息が詰まって。涙まで出てきた。自分でも訳が分からなかった。水曜日といると、心がかき乱されて針で刺されているみたいに痛いのだった。痛くて痛くて、ジルビは泣いていたのだった。
「ハダリーが、水曜日さんの方が、鳴きまねは上手だったって、言ってた……」
紙束を持ったまま、両手の甲で涙を拭った。束の端の方が涙で濡れて萎びてしまう。
「ハダリー、ハダリー、ハダリーって、ハダリーのことばかり書いてるくせに、なんなの。それなのに何も知らせたくないの。ばかみたい。ハダリーは、あなたさえいれば生きていけるんだよ。うらやましいよ。あなたはどうなの。あなたは一人で生きていけるの」
水曜日は目を見開いて、はくはく、と魚のように口を動かした。ジルビはまた涙があふれてくるのを感じながら首を振った。
「わからない、言葉がわからない。ごめんなさい。ごめんなさい」
ジルビの手から、紙束が落ちた。何枚かが風に飛ばされてしまった。ジルビは両手で顔を覆って、涙を零さないようにするのに必死だった。不意に服の裾を掴まれていた。指の隙間から水曜日を覗き込むと、水曜日は俯いて震えていた。水曜日のフードに、指の隙間から零れた涙の染みがついて、広がった。
水曜日はまるで縋る様にジルビの服を強く掴んだまま、震える手で何かを必死に書きとめていた。文字の上にジルビの涙が一粒落ちて、滲んだ。ジルビは座り込んで、水曜日が言葉を書き終わった、千切られていない手帳の文章を反対側から見つめた。水曜日の顔を上目づかいで覗くと、彼は唇を白くなるほどきつく噛んでいた。
《おれだって、あいつの負担になりたくないんだ。でもおれが何を言っても、何をしても、あいつはただ怯えて馬鹿みたいに髪を染めてるじゃねえかよ。泣きながら宝石を握りつぶして髪染めて、それで食べられやしなくて、馬鹿みてえなんだよ、うっとうしいんだよ。別におれは、誰かの足かせになりたくて生まれてきたんじゃねえや。生きてるのもめんどうくせえよ! あいつがおれに死なれたくないから、おれは生きてやってんだよ。なのにもっと話をしろだの、うるせえんだよ。おまえ、うるせえんだよ!》
「ハダリーは……宝石を食べたよ」
ジルビが静かにそう呟くと、水曜日はゆっくりと顔をあげた。目の周りが紅く染まっていて。泣き腫らしたような顔だとジルビは思って、微かに笑った。
「ハダリーは、ちゃんと砂の海で宝石を食べたよ。食べられたよ」
ジルビは、水曜日が書きなぐった文字を指先で撫でた。ほんのりインクが擦れて、指が汚れた。
「ハダリーは、ちゃんと前に進んだよ。でも、わかってる。ハダリーがそうなるまで、すごく時間がかかったこと。わかってる。私、ごめんなさい、偉そうなこと言ったね。でも、嬉しいよ。うるさいって言ってくれてありがとう。この間は、同じような言葉にすごく傷ついたんだよ、私。でも、なんでだろうね。今はすごく嬉しいなあ」
ジルビはくしゃりと笑った。水曜日は困惑したような表情でジルビを見ていた。やがて水曜日は両手を膨らんだ首の周りに当てて、ひゅう、と細い音を鳴らした。苦しげな音は、まるで泣いているようだった。
それから七日目の朝、アビルがジルビを叩き起こした。アビルはいつになく声を弾ませていた。手を引かれて甲板に足を踏み入れると、アビルが床に並べた鉢の中で、花が咲き誇っていた。ジルビはそのまま床に座り込んだ。アビルは目尻に浮かんだ涙を指で拭って、すぐにミヒオの名前を呼んで駆けて行こうとした。ジルビはすんでのところで姉の服の裾を掴んで引きとめた。二人でハダリーの部屋の扉を何度も叩いた。花が咲いたと言ったら、ハダリーはしばらく立ち尽くしたまま動かなかった。咲いた、綺麗に咲いたんです、と喜ぶアビルにやがて相好を崩して、「綺麗に咲いたのも……なんか複雑だなあ」と頬を掻いた。
三人で咲いた花をもう一度見に行って。土の上で咲き誇り風に揺れる淡い色の花弁を、ハダリーはそっと指で撫でた。やがて、その場に頽れる。ハダリーの涙を、土は飲みこんだ。花びらは雫を弾いて揺れた。
――やっと、やっと。
ハダリーがそう呟いた。吐息のような呟きだった。
――これで、理想郷を探しに行ける。やっと。
ジルビはハダリーの腕に抱きついて、額を押し付けた。アビルは穏やかな顔で、花を撫でた。
ジルビは、花が咲いたことを水曜日に伝えにはいかなかった。きっとミヒオがうまく伝えてくれるのだろうと思った。夕方になって、もうほとんど習慣化した水曜日の部屋の掃除をしようと扉を開けた。その日、床には紙屑は落ちていなかった。部屋の主もいなくて、きっと見張り台で今日もぼんやり海と空の境界を見つめているのだろうとジルビは思った。窓から差し込む翳り日の光が、机の上の何かを白金色に照らしている。覗き込むと、それは開かれたままの手帳だった。
《これは備忘録だ。》
ジルビはそれをそっと手に取った。そこには、水曜日の整った字がつづられている。
《これは備忘録だ。砂の海で生きた海賊ハダリーの、英断の記録である。私はその記録を残し、この砂の海に放つ役目を担っている。私たちが辿り着くユートピアで、私が彼のためにどれだけのことができるのかわからない。このディストピアでの私はここで死に、私たち海賊はユートピアを目指して生まれ変わる。この航海にどれだけの悲しみと幸福が降り積もるのか、私たちには想像もつかない。だが、いつかもしも、私がまた筆をとるその場所は、私たちのユートピアであることを切に願う。
私は記録者である。本来、記録者は世界の目であり、そこに心は必要ない。少なくとも私はそう思っている。だが私は、これを拾う誰かのために、この最後の一頁にのみ、私という個を示そうと思う。記録は全て、海賊ハダリーとその同志たちの物語である。そこに私はいない。きっと未来の誰かも、私という存在は知らぬまま、生まれ落ち、生きて死ぬであろう。それでいい。この一頁を読んだら、すぐに破って砂の海に流してほしい。あなたがその
だからそれまで、さようなら。貴方たちが人間として生きられるどこかを探して、私たちは砂の海に別れを告げよう。いつか追いかけてきてくれたなら――あるいは、私たちを追い越してくれるのなら、これほどに嬉しいことはない。私たちはこのディストピアで海賊であった。貴方たちから大切な宝石を搾取するだけの泥棒であった。けれど私たちは、貴方たちのことをきっと愛していた。人間を愛している。人類を愛している。花に負けないでほしい。蝶に惑わされないでくれ。どうか、いつかこの世界に希望の綿毛が舞い散りますように。
私の名前……それは残らない。私は私の存在を望まない。私はハダリーの記録者である。それだけが私の生きがいであった。私――僕のことを彼は【水曜日】と呼んだ。どの水曜日かは、これを得たあなたが判断すればいい。私の願いは、この手記を後世に残してほしい、それだけだ。
さようなら、世界。さようなら、ディストピア。さようなら、僕と、砂海の海賊たちよ。》
ジルビは、細く息を吐いた。余った余白の頁の隅には、小さな文字で、斜めに釣り上がった文字が書いてあった。
《花が、咲いた》
*
進路を変える。ミヒオが舵を取って。ハダリーは船の縁に背中でもたれて海を眺めていた。アビルは羅針盤を下から眺めている。多分、その使い方は間違っている、とジルビは思ったけれど、ハダリーが何も言わないのでそっとしておいた。
「面舵いっぱーい!」
ミヒオが明るい声で叫ぶ。ハダリーはけらけらと笑った。かつ、かつ、と靴の踵を床に打ち鳴らす音が響いて近づいてくる。自分の顔にかかった影に、ハダリーはにやっとした。しばらくハダリーと水曜日は見つめ合っていた。ジルビは、少しだけ後ろに下がった。
水曜日はしばらくして、僅かに目を伏せた。息を静かにゆっくり吐いて、睫毛を震わせながら、右手でそろそろと喉元に触れた。左手には小さなナイフが握られていて。ジルビは息を殺してそれを見つめていた。ハダリーは首を傾げた。水曜日は、視線をうろうろと泳がせて、ようやくハダリーと目を合わせた。
黒い睫毛が、瞬きの度に揺れる。まるで、蝶の羽根みたいに。
水曜日はナイフで首に傷をつけた。花びらがじわじわと零れてくる。
バカだなあ、だから言ったじゃん。取り辛いよそれって。入れるのやめとけばってあんなに言ったのにさあ。
ハダリーはそう言って、笑った。
水曜日はナイフを床に落として、花弁がぼろぼろと零れだす傷口に指を入れた。そうして、中から花弁まみれの大きい塊を抉り取った。それはごとりと音を立てて床に転がった。花弁が甲板にこびりつく。何度かくるくると回転して、宝石は転がるのをやめた。花弁越しに覗く薄荷色が、日の光に照らされてきらりと輝いた。
ひゅう、ひゅう、と水曜日は喉から音を漏らした。ハダリー、ハダリー、と言いたいのが、離れていても伝わる。まだ声にはならない。吐息のような音が、ハダリー、と何度も何度も繰り返す。花びらが零れ続ける喉を押さえて、水曜日はやっと顔をゆがめて笑った。笑い方が下手だ。ハダリーはふるりと身体を震わせて、顔をくしゃっと歪めた。けれどハダリーは泣かなかった。きっと、そのうち声も戻るよ。でも戻らねえかもしれないな。どうすんの?――なんて言って。
アビルが、いつの間にか姿を消していたと思ったら、救急箱を持って走ってきた。ハダリーはそこから針と糸を取り出した。水曜日は床に座り込んで目を閉じた。長い睫毛が頬に灰色の影を落としていた。ハダリーも座り込んで、糸を通した針を水曜日の傷口にそっと刺した。水曜日の身体も、ふるりと震えた。
ハダリーが一針一針丁寧に傷口を縫いとめていく。針が刺さるたびに水曜日は僅かに震えた。最後の針を通す時、水曜日は左の目からすう、と一筋涙を流した。
ジルビはそっと二人に近づいて、水曜日の零した宝石を拾い上げた。
アビルはもしかしたら、見ていたかもしれない。けれど、少なくとも。
ハダリーと水曜日がこちらを見ていなかったから。
ジルビは薄荷色の宝石に歯を立てた。
かじったそれは、ほんのりと生臭くて、甘いような、しょっぱいような、不思議な味がした。
終
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