第19話

 断真先輩の元へとたどり着いたとき、すでにリュートの姿はなかった。

「遅かったか……」

「リュートなら、今しがた私が倒してしまったよ。残念だったね」

 向こうには京介とリズが檻に入れられている。二人は隔離され、タイマンでリュートを潰したのか。

「なぜこんなことを? リュートと京介を逆にすれば勝てたんじゃないのか?」

「それじゃあ面白くないだろう? 私はね、全力で楽しみたいんだよ。強さを誇示したいんだよ」

「悪趣味なこった」

「悪趣味で結構。私は悪役で構わないと思っているよ」

「自分で悪役って言うかね、普通」

「自分の性格くらいはわかってるつもりだよ。よくあるだろう? 酷いことをする奴が、実は別の要因があってそうせざるを得ない状況になっているっていう筋書き。だけど私はそうじゃない。やりたいからやる。自分の実力を見せつけたいからやる。弱いやつがひれ伏すのが見たいからやる。これを悪役と言わずなんと言うんだ」

「じゃあ知ってると思うが、悪役ってのはヒーローに負けるんだぜ?」

「ヒーローが勝つとは限らない。悪役が勝って幕を閉じる物語だって、当然あるんだ」

 断真先輩の構えを見て、俺も重心を下げた。

「岩のハウラ・ルーベス

 地面から生えた棒が俺を取り囲む。京介やリズと同じような状態になってしまった。

 俺を見て笑う断真先輩が指を鳴らせば、リズの檻が一瞬で崩壊した。

「次はリゼットくん、キミだ」

 リズの表情はいつもと変わらないが、怒っているのは明らかだった。

「お前! ふざけるなよ!」

 味方を倒されたからではない。断真先輩のやり方に、考えに、物言いに、心底憤っている。

 もはや、俺の声は二人には届いていなかった。

「全力できたまえ」

「フォーサーエンハンス! ターゲットセルフ!」

 一足飛びで断真先輩へと近づく。槍を突き出し、瞬く間にその距離をゼロにした。

 さすがに断真先輩でも、この攻撃は避けられないだろう。そう思っていた。きっとリズもだ。

 断真先輩は紙一重でそれを躱すと、いつの間にか手にしていたナイフを振り抜いた。ナイフの切っ先がリズの肩を掠めた。

「…………!」

 途端に、リズは脚元から崩れ落ちた。まるで操り人形のように、手足には力が込められていない。これは奴のディテクターエンハンス、麻痺効果を付与した斬撃だ。

 霊法院断真という人間は、どんな武器でも使いこなすという話をきいたことがある。それでも尚、素手を一番得意とする。そんな奴がナイフを使うのは、きっとこの攻撃のためにあるのだろう。素手では効果が薄いのかもしれない。

 断真先輩は左手でリズの髪の毛を掴み、目の高さまで持ってくる。

「なにをする気だ!」

「こうするのさ」

 拳をゆっくりと後ろに引き、ニヤリと笑う。そしてその拳をリズの腹に向かって突いた。

「……!」

「ヒール」

 ダメージを与えた瞬間に回復。

「ヒール」

 攻撃と回復を、何度も何度も繰り返す。しかも殴るのは腹部のみ。

 体力は戻っても、痛みは戻らない。正確には痛みの記憶だ。体力が回復したということは、傷も癒えて痛みもなくなる。しかし、殴られた記憶はどうやっても消せない。

 俺はなにをしてるんだ。仲間が、リズがあんなことをされているのに、こんな場所で足踏みをしていることしかできない。

 拳を強く握りしめた。

「やめろ! もういいだろう!」

 俺を一瞥し、またリズに視線を戻す断真先輩。

「痛い?」

「…………」

「そうかそうか、そんな目をできるんだ。もうちょっと楽しませてくれるかな」

 今度は平手を腹に当てた。手の平から光りはじめ、魔法弾が直撃した。直撃なんてレベルじゃない。あんな至近距離でぶちこまれたら、どんなに抵抗が高くても気絶ものだ。

「ちゃんとヒールはしてあげたからね、体力はまだ七割だ」

「おい! 俺の話を聞けよ!」

「ギャラリーは黙っててくれないか。これからもっと楽しくなるんだからさ」

「ふざけるなよ! やりたきゃ俺にやればいい! リズのことは離してやれよ!」

「ダメだね。精神的ダメージによって歪む語くんの顔、私は好きなんだから」

 リズから手を離した瞬間、両手足で攻撃を繰り出す。距離が離れそうになったらまた身体を掴み、自分の元へと引き寄せた。

 繰り返す、繰り返されるその攻撃。ひとしきり攻撃し終わったのか、ようやくリズを自由にした。

 地面に倒れた彼女は、もう戦う意思など残っていない。意気消沈という顔だが、まだ瞳は死んでいない。ずっと俺を見つめている。

「はあ……はあ……」

「回復してるのに息が荒いね。どうだい、苦しい?」

 断真先輩はリズの頭を掴み、顔を寄せた。。

「リゼットくんは無表情なだけだと思っていたけど、精神的にも強いんだね」

「……て、くれてるから」

「ん? ヒールのせいで麻痺が解けてきたのかな? まあ手足は動かないみたいだから、問題はなさそうだけど」

「語が、見てくれてる、から……」

「そうそう、リゼットくんと語くんを引き裂くのがいいんだ。いつまでも健気なキミでいて欲しいんだよ」

 掴んでいた頭を、地面に叩きつけた。

「リズー!」

 ストライカーエンハンスなのか、地面はクモの巣状にひび割れ、リズの頭は地面にめり込んでいた。

「ふふふ……あーっはっは! 楽しい! 楽しいよ! ひれ伏せ! この私に、この私の強さに!」

「てめぇ……! 絶対にゆるさねえぞ!」

「まだ終わらないよ?」

 うつ伏せになっているリズの腹を蹴る。何度も、何度も、何度も何度も。

 俺はなんて弱いんだ。あんなに慕ってくれたリズを、見殺しにしてるようなものじゃないか。

「語くんは知っているか?」

 いつの間にか蹴るのをやめた断真先輩が、俺に話しかけてきた。

「なにをだよ」

「リゼットくんが、なぜ傑様に引き取られたか、だよ」

 ぴくりと、リズの身体が少し跳ねた。

「おっと、キミは寝てるんだ。今から語くんに説明してあげるんだから」

 リズの頭を踏みつけながら、断真先輩は話を続けた。

「その足をどけろよ!」

「あー、聞こえない。それで話の続きなんだけどね、サリファ家は軍人としても有名でね、リゼットくんの父カーグ氏もそれはそれは強かったんだ。母であるクレア氏も。だけど、ある事件によって死亡してしまった。カーグ、クレア夫妻だけじゃない。親族もろとも巻き込まれて死亡したんだ」

「や、めて……」

「その事件を引き起こしたのがリゼットくんなのさ!」

 リズはキツく目を閉じた。肩が微震し、一つ二つと、地面に染みができていく。

「サリファ家はね、元々魔装体質ハイレティクスの血筋なんだよ。その名は『塵界紋マテルシズム』。壊す者、破壊者などと呼ばれ、完全破壊デストルークティオの能力を持つ。サリファ家には百年以上、塵界紋を扱える人間はいなかった。つまり適正者がいなかったんだ。が、ようやく現れたんだよ。しかし、一族が集まって適正を見る際、その力が暴走してね。止めようとした夫妻は当然として、周りの人間も皆殺してしまった。殺す、という言い方で正解かどうかもあやしいけど。ね、リゼットくん?」

 リズは反応しない。地面の染みは、どんどんと数を増やし、染みごとが合わさって大きくなっていた。

「人も、建物も、みんなみんな塵にしてしまったのだからね! リゼットくんの両親は墓にはいないのさ! 全部彼女自身が完全に消してしまったんだ!」

 きっと俺には聞かれたくなかった話だ。いつかは話をしようと思っていただろうけど、まだリズ自身の気持ちに整理がついていなかったと、そう推測できる。それをこいつは、無理矢理俺に聞かせやがった。

 断真先輩の性格はここ数日でよくわかった。きっとリズのことも、こそこそと影で調べたんだろう。それだけに飽きたらず、他の生徒だって見てる前で堂々と言うなんて虫酸が走る。

 ケージ内でのダメージは、ケージ自体が解除されれば元に戻る。が、心に負ったダメージはどうやっても解消されない。

 俺は、彼女がどういう気持ちで生きてきたのかを知らない。

 どれだけ辛い思いをしてきたのかを知らない。

 自分のせいで起こしてしまった悲劇をどう受け止めているのかを、知らない。

 でもこれだけは言える。

 今、彼女は苦しんでいるのだと。

「お前だけは……」

 確かに驚いた。あのリズがたくさんの人間を殺しただなんて信じられなかった。けれどそれは彼女がやりたくてやったわけじゃない。逆に、それによって彼女はずっと苦しんでいるんだ。

 そんな心の傷を、勝手に抉っていいわけないだろう。

「お前だけは! 絶対に赦さない!」

 目の前が真っ赤に染まり、身体が軽くなる。いつもとは違う視界は、なんだか広く感じた。

 クリアになりつつある思考が、俺をより冷静にさせた。

 なんでもできそうな、そんな感覚を今握りしめている。

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