第20話  鳴神奉

 校内の地下。ここは校内監視施設であり、教師しか出入りできない。

 何十という部屋の中で、一室だけドアが開いていた。

「ここにいたのか、じい様」

「その声は奉か。久しいのぅ」

 照明もついていない薄暗い部屋の中でも、その後ろ姿を見間違うことはない。妙な貫禄と強烈な気迫。七十を迎えようという人の背中ではない。

 魔法という点では恵まれなかったが、大佐という地位まで上り詰め、今でも軍部に顔がきく。地位に関係なく誰とでも気さくに話をするため、軍部でも実の父や祖父のように接する人間も多い。

 名を鳴神傑と言い、流動魔法エフケリアスペルの第一人者としてもかなり有名な人物だった。

「こんな所で見てないで、上に行って直接見ればいいだろう?」

「わしが上に行ったらみんな寄ってくるんじゃ。慕われるのは嬉しいが、放っておいて欲しいときもあるんじゃよ」

 歩みを進め、じい様の横に並んだ。

「いいのか? お前は今回審判じゃろ?」

「じい様の警備兵がおろおろしていたんでな、探しにきたんだよ」

「ほほっ、それは申し訳ない。あとで謝っておこう。それはそうと、語は強くなったな」

「語の成長は目覚ましい。さすがは私の弟だ」

「いやいや、わしの孫だからじゃ」

「私の弟だからだ」

「孫だからじゃ」

 じい様と会話をするとこういうことになるから困る。

「まあその話はあとにしよう」

「不毛、だしのぅ」

「この試合はただのキャプチャーバトル。なのになぜそんなに真剣に見ているんだ?」

「相手が霊法院とアスティクト、それに藤堂じゃ。見て損はないと思った。それじゃダメか?」

「霊法院はともかく、アスティクトと藤堂はすでに退廃した家系だぞ?」

「それでも血は消えぬよ」

「でもそれだけじゃないんだろう?」

「ああ、語とリズがどこまでやれるかを見たかった。特に、語がどこまでも力を手にするのか」

 モニターの中ではリュートが消え、攻撃の対象がリゼットに移ったところ。相変わらず悪趣味な奴だ。

「幼い頃からわしが直々に流動魔法を教えたんだ、リズが強いのは当然じゃよ。リズの要望もあって、年が八のときに軍事訓練施設に入れた。教官たちの評価も非常に高く、十三になる頃には常に一番だったとも聞く。自分より年齢が高く、屈強な者たちの中だというのに」

「リゼットはサヴァン症候群だと聞くが、それも一因だろうな」

「それだけではない。強くなることに対しての執着、執念が人一倍強かった。それはただ己を磨き、強くなり、人の上に立ちたいからという向上心でもなければ、自尊心でもない。ただただ、語を守りたいという思いからだ」

「語とリゼットは数ヶ月しか一緒に暮らしていなかったんだろう?」

「奉よ、人の想いとは時間の長さではないんじゃ。より濃密なやりとりこそが、本当の意味を持つと、わしは思っておるよ」

「なにがあったか、聞いてもいいか?」

「そろそろ話してもいいかのぅ」

 じい様はアゴに指を当て、少しだけ間をおいた。

「知っていると思うが、わしが住んでいた場所は、目の前は深い深い森、反対側数百メートル先は断崖絶壁という辺境じゃ。その森には魔物が出るから近づくなと、二人にはよく言い聞かせてた。じゃがある日、リズが興味本位で入っていってしまった。それを語が追いかけ、二人揃って迷子になってしまった。わしも急いで向かったんじゃがの、わしが二人を発見する前に魔物に襲われた」

「その話は何度も聞いたが? 結局二人は逃げ周り、じい様がなんとかしたんだろう?」

「いや、それは嘘じゃ。本当は、語が魔物を倒したんじゃよ。殺すまでにはいたらなかったがのぅ。当時でも、わしの十倍はある大きな二足歩行型の、熊のような魔物」

「語がじい様のところにいたのは八歳までだ。そんな少年に、どうやって魔物を倒す力があると――」

 一つだけ、存在する。

 年など関係なく、使えさえすれば軍人ですら相手にならないほどの力。

「理解が速いな。そうじゃ、語はそのとき『極制紋エスカトロギア』を使った。しかし幼い身体では負担が大きすぎて、その部分の記憶が抜け落ちておる。リズは覚えているようじゃがな」

「まさか、語が極制紋をね」

「わしも予想外じゃった。両親ですら、軍人や達人にはなれないと見捨てた長男。そんな語が、まさかとな」

「じい様と同じ力、か」

 性質上、流動魔法とは素晴らしく相性がいい。じい様が軍部で上り詰めたのだって、極制紋の力があってこそだ。

「わしと同じ? そんなわけがない。わしのはまがい物じゃ」

 モニターから私へと視線を移したじい様。その左目には、極制紋が浮かんでいた。

 そう、じい様の極制紋は片目のみ。当然力も半減する。しかし、それでも尚大佐クラスまでなった。では完全な極制紋ならば、一体どれくらい強力な力があるのだろう。

「魔装体質は、基本的に血筋にしか現れない。運が良くて五十年に一人、悪ければ数百年に一人程度の発現率。血の混じらない一般人ならば、数千年に一度あるかないかとさえ言われる。そんな力が語にはある」

「鳴神の面汚し? 鳴神の落ちこぼれ? そんな馬鹿な。語こそが、鳴神の申し子じゃ」

「隠していた理由は? ちゃんと説明すれば、両親も語のことを見なおしたに違いない。それなのに、語はいつまでも爪弾きにされていた」

「語のことを明かしたら、英才教育と称して鍛えたじゃろう。が、それが語にとって正しいと言えるか? 語を幸せにしてくれるのか? 家の鍛錬についていかれなかった語が、それでなんとかなると思うのか?」

 思わず、押し黙ってしまった。

 私の目から見ても、語に才能はなかった。トレーニングもまともにこなせない、言われたことも上手くできず両親の怒りを買うばかり。私は語も薫も愛しているから、どれだけ語が弱くても関係なかった。が、両親はそうは思っていなかったようだ。

「語はマイペースなんじゃよ。自分の歩幅で、好きな歩調で、思い思いの方法で強くなるしかないと、わしは思った。これでよかったんじゃよ」

 語については、じい様の方が詳しいのかもしれない。語が今笑っていられるのは、ひとえにじい様のおかげだと私も思っている。だから安易には責められない。

 モニターの中のリゼットは、地面に突っ伏していた。

 霊法院がリズの過去を語り始める。私の目には彼女が泣いているように見えた。

「じい様はリゼットの過去を知っていたのか?」

「当然じゃ。カーグはわしの愛弟子。事情を知ったわしが引き取った」

「物好きなじい様だ」

「物好きと言われても後悔はしていない。リズも語も愛しておるよ。両方とも孫だと思う。だからこそ、自由に育てて間違いはないと確信している。まあ見ておれ。語がリズを助け、リズが語の原動力となる」

 語の周囲が歪んで見えた。なにか、今まで見たことのないような力場が発生していた。

 いや違う、これは先日、アクケルテ戦で一瞬だけ見えた歪みだ。

 オブジェクトの体力を大幅に減らした攻撃。セーフクラフトでエンハンスを分割し、多重発動させたのかと思っていた。が、それは間違いだった。あのとき、無意識に一瞬だけ極制紋を発動していたのか。いきなり行使したため、そのときの記憶がない。幼少の頃に同じことが起こっているのだから、今回もきっとそうなのだ。

「これはもしかして!」

「極制紋の限界選定エレクティオじゃ。一瞬や無意識ではない。自分の意思で、力が欲しいと願ったんじゃ。リズを守るためにのぅ」

 先ほどまで穏やかだったじい様が、少しだけ警戒の色を見せていた。それがなにに対してなのか、具体的にはわからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る