第18話  リュート=マゼンタ

 断真やレイナとは、中等部からの付き合いだった。仲はよくもなく、悪くもない。クラスも違ったし、顔見知り程度だったけれど。

 それが高等部になり、同じクラスになって、よく話すようにもなった。あの頃の断真はもっと優しくて、柔らかかったはずなのに。

「よく避けるな、昔から変わらない」

「回避はディテクターの十八番だ」

「違う、ディテクターは見つかった次点でディテクター失格だよ。背後から忍び寄り、気づかれる前に殺す。それがディテクターの真骨頂であり、唯一の特技だ」

 こいつと拳を合わせ、どれくらいの時間が経っただろう。断真に攻撃が入っても、あいつは自分自身を回復してしまう。しかし俺には回復する手段がない。どれだけ避け続けていても、疲労は溜まっていくばかりだ。

「本当は後ろからお前を倒してやりたかったよ」

「いたぶらなくてもいいのか?」

「俺はお前とは違う」

「リュート、キミは俺を憎んでいるんじゃないのか? 当時お前が所属していたコミュニティを潰した、この俺を」

 俺の腕も、断真の腕も止まっていた。

「お前があんなことをしなければ、あいつらも学校を辞めることなんてなかった」

「そうだね」

「なぜだ、なぜあんなことをしたんだ」

「うーん、難しい質問だ。あの頃の私は、強くなり始めたときだった。強くなり始め、一気に頂点に上り詰めた。だから試してみたかったというのもある。だが本質は、この力を見せつけたかっただけかもしれない」

「そんな自己満足のためにあいつらは……!」

 二年前、レイナがいなくなった直後の話だ。

 俺は『カフヴァール』というコミュニティに所属していた。ランキングは七位と好成績を残し、注目度も高かった。が、断真が所属していた『ウルスラグナ』と戦い、完全消滅した。

 あのときもカテゴリーはチェイス、フィールドはアンシエントだった。

 王となったアイツは、身勝手に仲間を蹂躙した。殴って蹴って、体力がゼロになる前に回復し、何度も何度もそれを繰り返す。体力は回復するが、痛みに対しての恐怖心を植え付けられ、心がどんどんと磨り減っていく。時間制限ギリギリまで、幾度と無くそれが続いた。

 摩耗した精神は元に戻らず、学校を辞めた者もいれば、別の科に映った者もいる。そうしてカフヴァールは消滅した。

 精神をやられたのは、俺も一緒だ。

「あの宗方霞とかいう四年生、お前のコミュニティメンバーだったよな」

「よく覚えてたな。そうだ、俺も霞くんも元カフヴァールのメンバーさ。ただ、望未くんが彼女を引っ張ってくるとは思わなかったよ」

「徳倉くんのことだ、きっと全部知ってたんじゃないか?」

「勝つために最高のコンディションを整える。彼女らしいな」

「それで、話を最初に戻そう。キミは私に勝てると思っているのかい?」

 一度、構えを解いた。

「実は、勝てるとは思っていない」

「だろうね。キミは私の実力をよく知っている。この軍事科でずっと顔を合わせていたんだ、レイナ以上に私の実力を把握している」

「一対一じゃ絶対に勝てない。でも一対多ならば、見込みもある」

「それがコンマ一程度であっても?」

「コンマゼロゼロ以下でも、だ」

「キミは一体誰に期待しているんだ?」

「お前だって気がついてるはずだ。あの、鳴神家の長男だよ」

「彼は落ちこぼれだよ?」

「いいや違うね、彼は本物だ。ただ、その領域に到達していないだけさ。鳴神傑が目をかけてきたというのがなによりの証拠となる」

「どうでもいいけど、期待して裏切られても知らないよ?」

「彼だけじゃないさ。メンバーは皆、いい目をしてるよ」

 拳を握り、一気に断真へと詰め寄る。

「いい速さだ」

 打ち出す攻撃は、簡単に受け止められた。拳撃も蹴撃も、これ以上は効果がないのかもしれない。

「ディテクターエンハンス!」

 俺のディテクターエンハンスは光の屈折率を自由に変えられる。俺の姿を大きくも小さくも見せられるし、攻撃の距離だって誤魔化せる。しかし、殺気や気配まではどうすることもできない。

「くっ……なかなか厄介なエンハンスだな。視覚だけじゃ惑わされてしまいそうだ」

 なんて言いながらも、しっかりと対応していた。前よりも当たるようになったから、効果がないわけじゃない。

 時間を稼げ。彼らとならば、俺の過去も払拭できる。

 俺ならばやれる。そう、自分の戦闘能力を過剰認識してしまった。

「ラウンダーエンハンス」

 ロールチェンジからのエンハンス発動。すべてが滑らかで、繋ぎ目もなければ隙もない。

 俺の腹部にめり込んだ断真の拳。打ち出されてから当たるまで、目で追うことなど不可能だった。

「ぐあっ……!」

 吹き飛んだ。景色が一転、二転と視界を通り過ぎ、気付けば地面に顔をつけていた。

「これが実力の差だ」

 今までで一番の攻撃だった。それがクリーンヒットしたのだから、ただでは済まない。

『リズ、ほのか、リュート、聞こえるか』

 少し意識に霞がかかり始めたとき、語くんの声が聞こえてきた。リゼットくんもなにか話していたが、とりあえず無事なようでよかった。、

『すぐに向かう。三人は持ちこたえてくれ。特に、リュート』

 そう言われては、頷くしかないだろう。

「厳しいこと言うね、善処しよう」

 平静に振る舞えただろうか。それだけが不安だった。

「すぐに来てもらった方がいいんじゃないか?」

「来るさ。まあ、鈍足の方だけど」

 すると、すぐに足音が聞こえてきた。こんな荒々しい走り方をするのは一人しかいない。語くんならば流動魔法でひとっ飛びだろうし。

「大丈夫かリュート!」

「あまり、大丈夫じゃないね」

 近付いてすぐに回復してくれる。結構回復力があるな、魔法の成績が悪いというのは嘘なんじゃないかと、そう勘ぐってしまうほどだ。

 膝立ちになり、回復の具合をみた。まだやれそうだな。

「レイナよりも私の方が強いのに、なぜ王のキミがこっちに?」

「そんなの、俺とリュートなら耐え抜くって信じてたからさ。お前には一生わかんねーだろうけど」

「仲間を信頼? 私の攻撃に耐える? そんなことで勝てるわけがない。例え一人になったとしても、私は勝つさ。自信も矜持も慢心も、すべて私のものであり、私の力になってくれるからね」

「そうかいそうかい、そうやって御託並べて、せいぜい時間を引き伸ばしてくれ」

「それも困るな。じゃあ、決着を付けようかな」

 視界から、一瞬で消えた。断真のディテクターエンハンスは麻痺攻撃。じゃあ今のは、ラウンダーエンハンスかなにかか。

「こっちだよ」

 頭部側面に、衝撃が走った。意識も記憶も、なにもかもが飛んでいってしまったような、そんな感覚さえ覚える。

「ゲイナーエンハンス!」

「ストライカーエンハンス」

 俺を守ろうと京介くんがシールドを張る。そのシールドもペネトレートされ、吹き飛ばされてしまった。大きな体躯の京介くんでさえ赤子のようだ。

 京介くんはそのまま攻撃され、俺と断真から遠ざかった。

 地面に倒れる直後、俺は断真に鳩尾を蹴り飛ばされる。両腕でガードしたものの、これも強烈で息ができなくなった。

 腹部から全身へと伝わる震動。

 胃の内容物を吐き出しそうな気持ち悪さ。

 強く奥歯を噛みつつも目を閉じてしまうほどの激痛。

「はあああああああああ!」

 やられる。そう思った瞬間、俺と断真の間を切り裂いたのは、槍を持ったリズくんだった。

「おっと、リゼットくんも来てしまったか。これは大変だ」

 そんなことを言いながら、口を孤に歪めて笑っている。

「リュート、大丈夫?」

「大丈夫とは言いがたいが、しぶとく残ってるよ」

 コクリと、リズくんは頷いた。

「待ってろ、今回復してやる」

「いやいい。キミはロールチェンジが上手くなさそうだ。ロールチェンジの瞬間に襲われたら、次の瞬間には試合終了だよ。きっとね」

 俺が復帰し、京介くんが倒されたら本末転倒なのだ。

「手を緩めるつもりはないよ。レモリーノ・ジャーマ」

 断真はブラスターにチェンジし、周囲を炎で囲んだ。

「ハウラ・ルーベス」

 地面から何本もの棒がつきだして檻を形成。俺以外の二人を閉じ込めた。

 リズくんも京介くんもその棒を攻撃するが、次から次へと現れるのでキリがない。

「望み通り、一対一で勝負してあげよう」

「ホント、お前は物好きだな」

 ジャブ、ジャブ、ストレート。それをすべてかわされた。逆に踏み込まれ、腹に一発もらってしまう。

 気後れすることなく、上体をかがめて懐へと入ろうとした。今度は膝で迎撃された。アゴにクリーンヒットしたせいか、目の前が霞んでいく。

「もう一発だ」

 断真が逆側の脚で蹴りを放つ。左腹部へのその蹴りはあまりにも鋭く、異常なほどに重かった。ガードなんてまったく意味がないのだと、そう思わされてしまう。

 体力はすでに一割以下だが、逆に言えばよくここまで保った。

 けれど、一矢くらい報いたっていいんじゃないか?

「このままじゃ終われないんだよ!」

 地面を踏み込み、なんとか耐えた。

 前を向け、敵はすぐそこだ。

「キミと私の差は歴然だ!」

 全神経を断真の一撃に集中させた。

 速いのは確かだ。しかし、相打ちなら狙える。

 相手の右拳に合わせて、弧を描くように、回りこむように左拳をねじ込んだ。

「ぐあっ……!」

 無様なクロスカウンターが、断真の頬にヒットした。が、俺の頬にも奴の拳が当たっている。

「俺がしたかったのは、この手でお前を倒すことじゃない」

 ああそうだ。コミュニティとして、こいつをなんとかしたかったんだ。自信を打ち砕き、膝をつかせ、負けを認めさせるのが目的なんだ。

「うちのメンバーを、甘くみない方がいいぞ……」

 消え行く自分の身体を見て、自分の役目が終わったのだと悟った。

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