第13話  紫宮京介

 前衛には語、リズ、リュート。後衛には望未、カティナ、ほのか、薫。中衛には俺と霞だ。

「なあ霞、これが終わったらデートしない?」

「しません」

 つれない先輩だなあ。

 語とリズは共に行動していて、直進移動を続けている。狙いは敵の足止め。リュートはディテクターとして単独行動。中衛と後衛は、足止めをしている前衛の援護だ。

 まあ、俺には別の役目があるのだが……。

 送られてくる敵の信号を頼りに、その方向へと向かっていく。立ち並ぶ建物の角を幾度も曲がり、単独行動している敵へと走った。

 周囲の敵は五。単独行動をしているのが一人、あとはペアが二つだ。順当に考えればガルドが一人、藤堂兄妹のペア、それにレイナとマイナのペアだろう。本当にそうかと言われると困る。だって俺こういう読み合いとか得意じゃないし。

 そういえばいつも望未や語に任せっきりだった。

「いました、ガルドさんです」

「おそらくだが、こっちに気づいてる」

 だからこそ、こっちを見ているんだ。建物の影に隠れていても、レーダーには逆らえない。

「出てこいよ!」

 奴は大声でそう言った。霞を手で制し、一人で出て行く俺かっこいい。

「もう一人いるんだろう! さっさと出てこい!」

 俺カッコ悪い。

「そうだ、それでいい! さっさとやろうぜ!」

 ガルドは右拳で、左手の平を叩いた。目測で五十メートル近く離れているというのに、小気味いい音がこちらまで響いてきた。

「霞、一発かましてすぐ逃げろ」

「それってどういうことですか?」

「こいつは俺がやる」

「でも一人でなんて……」

「始まる前に望未が言っただろ? ガルドが出てきたら俺が一人で相手をするって」

「でも京介さんは――」

「いいから。大丈夫だ、必ず勝つ。絶対に、勝ってみせる」

「わかりました」

「俺、勝って霞とデートするんだ……」

「京介さん、それ言っちゃダメなやつです……」

「おい! なにまごまごやってんだよ!」

 業を煮やしたガルドは一歩、また一歩と近づいてくる。

「霞!」

「はい!」

 号令と共に無数に放たれる魔法弾。地面に着弾すると、土煙がもくもくと広がっていく。そしてひとしきり打ち終えた彼女は、俺たちが来た道を引き返していった。

「んだよ、一人逃げちまったか」

「これでいいんだよ」

 土煙の中から、ガルドは軽い足取りで姿を現した。

 こうやって現物を見ると、本当にいい体つきをしている。身長もあり、近づかれたら縮み上がることうけあいだ。俺の身長は百九十くらいだが、やつの身長は二メートルを超す。そりゃ俺だって尻込みくらいする。

 デカイし重いはずなんだ。なのになんであんなに軽そうに歩いているんだ。それだけの身軽さがあるってことなのか、常に魔法を使っているのか。普通に考えれば両方だろう。

 俺とガルドの距離が、五メートル程度まで近付いた。

「知ってるぜ。お前、魔装体質ハイレティクスなんだろ? レイナがそう言ってたぜ」

 魔装体質。それは遺伝的なものであり、人としては異端な力。身体の一部に特殊な文様が現れて、魔法よりも強い力が発現する。血族であっても必ず魔装体質になるとは限らず、選ばれた者しか扱えない。

「ああそうだ。一応紫宮の人間だし、持ってたっておかしくないだろ?」

衝撃劫掠スポリアーティオという能力を使い、奪う者、略奪者とも呼ばれる。その名は『搾承紋シンタクシス』。物理も魔法も関係なく、自分に向けられた衝撃を吸収し、数倍にして返す。そういう力だったな。しかしレイナはこうも言ってた。紫宮京介は衝撃劫掠を上手く使えた試しがない、と」

「確かに、二年前は上手く使えなかった。今でも、搾承紋としては欠陥品だと自分でも思ってるよ」

「少なからず使えるんだな。それなら楽しめそうだ」

「お前あれだろ、ここに来たのは強いやつと戦えるからとかそういう理由だろ?」

「ご名答。断真にそう言われた。殴りあう方が好きなんだが、どうやら魔法の才能があったらしい。都合がいいから使わせてもらった」

「トランスフィクサーも、霊法院も、両方か」

「そういうことだ」

 五メートルの距離を一瞬で縮めてきた。顔面に迫り来る左拳を回避して後退。しかし、奴の空いた右手が俺の腹へと向けられた。

「やるねぇ」

 なんとかシールドを張ったのだが、シールドごと吹き飛ばされてしまう。

「シールドの意味がねーな、こりゃ」

「んなことないだろ。シールドがなきゃ、お前の体力は一発で消し飛ぶ」

「それもそうだな」

 今度は魔法弾が飛んでくる。しかも何十発も。

 仕方がない。できるだけ取っておきたかったが、そもそも俺とガルドが戦うのは想定されていた。むしろ、俺たちが戦うために、前衛は相手の攻めを押しとどめ、後衛は不意打ちを防ぐためにいるんだから。

 ここは仲間たちが作ってくれた、俺のための舞台だ。

搾承紋シンタクシスよ! 俺に力を貸せ! 衝撃劫掠スポリアーティオ!」

 腕を前方に掲げ、全ての魔法弾に対して適応させる。腕に紋様が出現し、奴が出した魔法弾を吸収。すべてを自分の魔法力へと変換した。

 本来の衝撃劫掠は、吸収までに時間を要する。様々な攻撃を数倍にするため、少々溜め時間がいるのだ。が、俺の場合は違う。

 吸収した魔法力で足を強化、そして今度は俺がガルドへと突っ込んでいく。

「無駄だよ欠陥品!」

 手も足も強化している。なのに、スピードもパワーもガルドには敵わない。殴っても蹴っても弾かれて、逆にカウンターをもらってしまった。インプットがいくらすごくても、アウトプットが弱くては意味がない。

『欠陥品』というのは、昔兄貴たちや親族によく言われた。両親はそこそこ優しかったと思う。けれど、搾承門を持ちながらも本来の性能を持たない俺を、周りはそう呼んだのだ。

 三人の兄貴は皆、とても優秀だった。頭も良くて、文武両道って感じだ。俺は語と一緒で、頭もよくないし武道もそれなり程度。そんな俺に搾承門が宿ったのだ、兄貴たちがいい顔をしないのも仕方ない。

 それでも辛かったことは辛かった。昔からこんな性格じゃなかったからだ。そんな俺の背中を押してくれたのが望未だったことを、俺は今でも覚えている。アイツとは初等部からの付き合いだが、感謝の言葉しか出てこない。まあ口に出すつもりはないが。

『しっかりしろ! 後継者だろ!』

 彼女のお陰でこうなって、自分と同じような境遇の語とも出会った。だから、こんなところで負けるわけにはいかないんだよ、俺は。

 ふっとばされたおかげで距離は取れた。本当に勝てるのか、なんて思わない。勝つんだ、自分よりも格上のこいつに。

「期待はずれもいいとこだ」

「いや、ホント申し訳ないな。だが、その慢心がどう転ぶかわからないぜ?」

「言ってろ欠陥品」

 また同じ攻撃だ。一番最初と変わらない、直線的な攻撃。

 この男は強い。一対一で勝てる奴は、この学校にも数えるほどしかいないはずだ。魔法力だって相当高いんだろうが、根っからのインファイターなんだ。だったらやりようもある。

「ほらよ! ペネトレートだ!」

「そうかい」

 奴の攻撃がシールドを破り、俺の身体を直撃した。が、別に痛くはない。

「なんだそりゃ……!」

「お返しだよ!」

 もらった攻撃を、威力そのままに返してやった。俺自身でさえ目で追えない、強烈な右ストレートが奴の頬を捉えた。

 再度距離は離れるが、俺はそれをさせなかった。

 相手が吹き飛ぶよりも速く動き、もう一発ぶち込んでやる。

「てめぇ!」

 巨体に似つかわしくない華麗な動きで着地し、また肉薄する。

「何度やっても同じだよ」

 魔法攻撃も物理攻撃も、俺の身体はその全てを吸収、そして最速で反撃する。反撃は俺の意思じゃない。今はオートカウンターなのだが、自動的に反撃か衝撃を魔法力に変換するかは自由に選べる。欠陥品だけど、間違いなく強い。

 確かに俺は欠陥品だ。それにこの力は正確に言えば衝撃劫掠ではない。腰を据え、攻撃を受け止め、数倍にして打ち返すのが衝撃劫掠。しかし俺の力は数倍にして返すことはできないのだ。その代わりに、吸収した瞬間に同じレベルの攻撃を打ち出すことができる。威力を捨て、速さに転換したのが俺の衝撃劫掠だ。

「十分魔装体質じゃねーか!」

「お前が言う通り欠陥品だがな!」

 詳細を教えてやるつもりはない。カウンターでダメージを与え続け、ガルドの体力はあっという間に五分の一程度になった。

「タフだな」

「鍛えてるんでな。それに、防御に魔法を回してる」

「このままいけば俺の勝ちだな」

「くくく……あーはっはっは!」

 急に、大声で笑い出した。

「お前が俺に攻撃できたのは、俺がお前に攻撃したからだ。お前が俺に勝ってるわけじゃない。逃げ足だって、俺に勝てるわけねーんだ」

 俺をあざ笑い、踵を返した。

「あばよ」

 ガルドが言う通り、逃げられたら追いつけない。なら、逃げられなければいいだけの話だ。

「ゲイナーエンハンス、拡散シールド展開!」

 行く手を阻む巨大なシールド。全力で逃げようとしたガルドは、そのシールドにぶち当たる。シールドの大きさは人間百人分程度。なんとなく大きさを想像すればその通りになる。

「んだよこれは!」

「俺のエンハンスはな、シールドを大きくすることしかできない。だけど、ゲージ一本で好きな大きさにできるんだ。最大で建物十個くらいなら飲み込めるぜ」

 奴をひっつけたまま、俺はシールドを引き寄せる。

「そんなこともできんのかよ!」

 もう一つ、巨大なシールドを出した。今度は俺の目の前だ。

「これじゃ、逃げようがねーよな」

 シールドそのものは大きいのだが、魔法で作られているため抵抗がほとんどない。暴れられる前に、一気に決める。

 自身の前に出現したシールドに拳を当て、そのまま俺は走りだした。

「うおおおおおおおおおおおお!」

「くらえ! 必殺の! ダブルシールドクラあああああああッシュ!」

 衝撃音。それと共に、叫び声が止んだ。

 二枚のシールドに挟まれて、ガルドの体力はゼロだ。初めてやってみたけど、この技ってこんなに強かったんだな。俺の切り札にしよう。名前は思いつきだったが、これはかっこいいと思う。

「あばよ、なーんてな」

 地面に落ちる瞬間、奴の身体は霧散して消えた。相手が悪かったんじゃない、自分を過信しすぎただけだ。

「おい、こっちは終わったぞ」

『そう、逆にこっちは終わる気配がないわ』

 望未に連絡を取ってみたが、どうやら自分のことで手一杯の様子だ。かといって助けに行くわけにもいかない。

「直進、あるのみ」

 語やリズと合流した方がよさそうだ。残り体力は八割。単独行動するには十分すぎる。

 レンガを積み上げて作られた古臭い橋を、俺は小走りで駆けていく。目指すのは最奥、まだ見ぬ王だ。

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