第14話 鳴神薫
姉さんは天才、僕は麒麟児。兄さんは、面汚し。そんな周りの評価が、僕は許せなかった。
確かに兄さんは弱かったし、要領も悪かった。けれど優しく、折れることなく前を向いていた。そんな兄さんの姿を滑稽とは思わず、この人が兄でよかったとさえ思った。きっと姉さんも同じ気持だろう。そうでなければ溺愛なんてしないはずだ。
子供だった僕がイタズラをしても庇ってくれた兄さん。
勉強も武道も、僕が上手くできない部分はわかる範囲で教えてくれた兄さん。
そんな彼を、嫌いになれるわけがないんだ。
鳴神語の強さを知っている。だからこそ、僕は心身ともに強くならねばいけない。彼の隣に立ち続け、助けていくために。
『薫、そっちはどう?』
「特になにも。逆に怖いくらいだよ」
前方には、遠く離れた望未さんとほのかが見える。街の中央に建つ時計台の上で、周囲を見渡していた。そして僕よりもずっと後ろ、後方の建物の最上階にはカティナさんがいる。時計台よりは低いが、それでも周りの建物よりは高い。
前方の二人が囮で、俺とカティナさんが索敵要員及び助っ人だ。
僕は実際に京介さんの衝撃劫掠を見ていない。が、三年生組三人が言うのだから間違いないんだろう。
京介さんとガルドさんを対峙させるのは、運に頼るしか方法がなかった。しかし、ガルドさんは好戦的で単独行動を好む。最前線で敵をなぎ倒したいらしい。グングニルとの試合で、誰もがそう思った。
望未さんとほのかの足が止まった。正直スナイパーでもないので詳細はわからない。
『どうやら、見つかったようね』
そう言った望未さんの向かい側から人影が現れた。白いロングコートの、男性かあれは。ということは藤堂玲司さんと考えるのが妥当か。
『こんにちは、僕は藤堂玲司といいます。徳倉望未さんと、花峰ほのかさんですね』
わざわざ受信機の役割をしてこっちに会話を聞かせている。一度だけやったことがあるけど、結構疲れるはずだ。胆力と気力に優れる、優秀なコンダクターにもなれるはずだ。
『ええ、私が望未でちっちゃいのがほのか』
『ちっちゃいって言うな!』
間髪いれずにほのかが割り込んでくる。
『あーもう黙ってなさい。話がややこしくなる』
『僕はね、一目見たときから望未さん、アナタのことが気になっていたんです。僕と戦って、勝ったら付き合ってもらえますか?』
『ないわね』
事前情報では、玲司さんは理系で頭がよく、身長も高くてイケメンだ。それを考える間もなく断った。一刀両断とは、さすがだね。
『じゃあデートならどうですか!』
『正直、今は男とか興味ないから勘弁して欲しいかも』
確かに望未さんはそういう感じじゃないか。
だが、このまま交戦となればあの二人だけじゃ無理だ。例え一対二だとしても。
「望未さん、わかってるんだろ。玲司さんの後ろには、麻耶さんがいる」
『藤堂妹もいるんでしょう? さっさと出て来なさいよ』
もう一つの人影が、建物の中から姿を現した。身の丈ほどの刀を持ち、 粛然たる足取りで歩みを進めていた。
女性としてみればスレンダーで美しい。顔立ちも整っているが、いかんせん無表情だ。リゼットさんに似ている部分を多いと感じた。澄んだ水のように美しく、燃え盛る炎のように強く、それでいて無表情で。妙に人間味を感じさせないところがそっくりだ。
が、そんなことを言っている場合じゃない。
『これで二対二ですね。正直、望未さんとは話したいことがたくさんあります。だけど、これも断真くんへの恩を返すためだ』
『恩? 脅迫の間違いじゃなくて?』
『いいや、両親もいない、頼れる人もいない。スラム街でヒッソリと暮らすしかなかった。そんな僕たちを、当時十歳だった断真くんは養ってくれたんだ。恩を返すためならばなんでもやるつもりだよ』
むこうにはむこうの、こっちにはこっちの事情がある。人間なんだから当然だ。
「望未さん、会話を引き伸ばして。すぐに行くから」
返事はなかったが、僕は時計台から飛び降りた。セーフエンハンスと流動魔法を使えば間に合う。
市街地を駆け抜けて、四人が待つ場所へと向かった。
『少し会話をしない?』
『もしかして、仲間を呼ぶための時間稼ぎですか?』
『まあ、そういうことになるわね。あのブラコンは遅いから、ちょっと長く喋ってもらえるとありがたいの』
僕がブラコンなら姉さんもブラコンだ。とは言わないでおこう。きっと「お前ら兄妹は全員シスコンだしブラコンよ。知ってるからいいわ」なんて言われてしまいそうだ。
『いいですよ、貴女との会話はすべて有意義に感じますから』
なんだろう、この会話からでも爽やかで嫌味のない笑顔を想像できてしまう。パーソナルデータには学生証に添付されている写真一枚だけ。けれど、なんとなくだが目に浮かぶようだ。発言についても、本気で言っているんだというのが物腰から伝わってくる。断真さんとは対照的だ。
『ですが、本当に来るんですか? 僕の予想では、すぐには来られないと思いますよ?』
『もしかして、単独行動厳禁だったかしらね』
『ええ、もう無理ですけどね。それよりも、本当にデートする気はないんですか?』
『アンタが勝ってもデートをするつもりはない。もしも落としたいのなら、誠心誠意真っ向から口説いてみなさい』
『わかりました。そうしましょう』
そこまで会話を聞いたところで、僕は足を止めた。望未さんまではあと数百メートルくらいだと言うのに、たどり着けるか不安になる。
「やあやあ弟」
「レイナさん、ですか」
「それに妹のマイナも一緒だ。両手に花だぞ、嬉しかろう?」
「俺は兄さんや姉さんと一緒の方が嬉しい!」
「噂に違わずブラコンでシスコンだな」
「そりゃどうも。僕は素直だし隠し事もしない主義なんだ」
小声で「姉妹と遭遇、最悪戦闘有り」と言った。誰からも返事はなかったが、通信を切っている人もいるだろうし仕方がない。
「自分で素直って言うか?」
「本当のことだよ。口に出してマズイことでもないはずさ」
『薫くんまずいです。望未さんとほのかちゃんが離れて行きます』
カティナさんからの通信で、僕は急いで逃げ道を探した。物理的な逃走経路を探索、思考的な逃走方法を模索。しかし――。
「望未たちはだいぶ離れたみたいだし、こっちも手っ取り早く始めようか」
どれだけ考えたって見つからない。逃げるのもそうだが、戦った場合の勝つビジョンも見えてこない。
そもそもレイナさんとは一対一でも勝てないと思う。それなのに二対一だなんて、負け戦にもほどがある。マイナさんが穴になれば見込みはある。が、あまりにもデータがなさすぎるんだ。マイナさんのデータを揃える間に、僕は間違いなくレイナさんに負ける。
「武器を取れよ」
レイナさんは、腰に携えた剣を抜いた。仕方がないと、僕も剣を抜く。腰の後ろ側にある、二本の短剣だ。
俺たち学生は刃物の使用を認められていない。というよりも、殺傷能力の高い武器は持たせてはもらえないのだ。殺傷能力があったからとケージの中で死ぬことはないけれど。
兄さんや京介さんのように素手で戦う人はいいが、武器を使う人は学校に申請し、学園側から支給してもらう決まりだ。支給用武器は魔法の伝達性が高く、とても軽い。殺し合いでなければこれで十分だ。
「私は強いぞ?」
「知ってる」
流動魔法発動。目測三十メートル。一瞬でこの距離を縮めてやる。
「だからこそ、仕留める!」
「甘い」
腹部に鈍痛。移動中だというのに、進行方向を真横にズラされた。
「ぐあっ……」
体力の三分の一を奪う強打。下から思いっきりかちあげてきたのか。
膝立ちになり、呼吸を整える。
「マイナ狙いなのはわかってる。それなら守ればいいだけの話だ」
「いくら狙いがわかっても、今のを見切るだなんて……」
「確かに速かった。正直言って私では見えなかったよ」
「じゃあなんで!」
「勘、じゃダメか?」
滅茶苦茶すぎる。そんなもので、そんなものに僕は負けるのか。
「それと薫、お前は防御面に難ありだな。フィジカルトレーニングを怠るのはよくないぞ? 打たれ弱くて体力が低い。お前は速く、攻撃も強い。だが、攻めてるだけで勝ってるうちはまだまだひよっこだ」
「知ったふうな口を利かないで欲しいね」
今まで負けたことなんて基本的にはなかった。本気でぶつかって負けたのなんて、おじいちゃんと姉さんくらいなものだ。
僕は挫折を知らないまま、ここまできてしまった。けれど、妥協して生きてきた覚えもない。やることをやってこうなった。
腹を抑えて立ち上がる。
「負けてはやらない。勝てなくてもいいんだ。負けなければ、あとは兄さんたちがなんとかしてくれる」
「よく言った、義弟」
凛とした一言が場の空気を切り裂いた。そして、リゼットさんが僕の横に立った。
「まだ義弟じゃないですよ……」
「いずれ弟になる。安心しろ」
安心できない。兄さんは僕のモノだ。
「前線にいたはずだよな。どうやって戻ってきたんだ?」
「通信を聞いてた。レイナと薫が接触した瞬間に流動魔法で走ってきた」
「よく場所がわかったな」
「作戦勝ちってことで」
「なるほど、想定内か。望未ならそれくらいやりそうだけど、私たちもそれは想定内だ」
僕たち二人に切っ先を向け、不敵に笑った。望未さんが恐れる相手か。今ならその理由もわかる。
楽しむような、あざ笑うような、それでいて勝負は捨てていない。
「いきなさい薫。レイナとマイナの相手は私が引き受ける」
「でも――」
「こっちよりも、望未とほのかの方がマズイ状況にある」
「……わかった」
背中を向けた瞬間に風切音が聞こえてきた。顔だけで後ろを見れば、二本の短い槍をクロスさせたリゼットさんが、レイナさんの剣撃を受け止めていた。、
「早く!」
一つ頷き、エンハンスと流動魔法を同時に発動。
「カティナさん、場所を教えてください」
『直進で問題ありません。できれば右に八度修正してもらえると、ちょうどいい所に出られると思います』
八度とか、なんて微妙な角度なんだ。少しだけ右に修正し、走り続けた。市街地を抜けて森の中へ。銃声と金属音がどんどん大きくなる。森の開けた場所に出たとき、一振りの銀閃が望未さんの頭頂に降り注ぐところだった。
片手を伸ばし、それを阻止する。思いの外勢いがあり、攻撃を受けきることができなかった。
望未さんの身体を蹴飛ばし、無理矢理回避させる。
「遅いぞブラコン!」
「すいません、レイナさんに掴まってしまいました」
「知ってる。まあちゃんと来たことだし、今の蹴りは不問にしましょう」
「楽しそうなところ悪いけど、今戦闘中なんだ」
そう言って、玲司さんは二丁拳銃をくるくると回す。麻耶さんは一言も喋らないまま、ただ刀を構える。しかもあれは抜刀術か、厄介だな。
ほのかを見れば体力は半分以下、結構苦しそうだ。望未さんの体力も同じくらいか。打って変わって藤堂兄妹は十分の一も減っていない。
力の差は、どうやっても埋まらない。しかし、よく耐えたとも言える。
「望未さんとほのかさんは麻耶さんを。僕は玲司さんの相手をする」
「「了解」」
素直に従ってくれるとはね。思わず胸をなでおろしてしまった。
「まさか、僕とサシで勝負したいなんてね」
「やりたいわけじゃありませんよ。ただ、これがベストだと思うから」
「確かにそうですね。では、キミを倒して彼女を手に入れます」
「僕を倒しても意味はないですよ」
上半身を沈め、セーフエンハンスで脚部のみを高速化。相手の懐に飛び込んだ。
玲司さんは左手の銃だけを僕に向けてきた。右は遊撃用なのだろうか。
接近した瞬間に剣を振る。が、右手の銃身で受け止められた。左の銃が火を噴く。上体を反らして躱し、次の攻撃に備えてもう一度剣撃を見舞った。しかしこれも、有効打にはならない。むしろ、攻撃をしては銃で迎撃され、僕の方が明らかに劣勢だ。
間違いない。藤堂玲司が二丁拳銃なのは、迎撃がしやすいからだ。遠距離も狙えるのだろうが、自ら攻撃するよりもカウンターを狙うタイプ。身のこなしからするに、素手で戦っても強いのだろう。近接型とは聞いていたが、これほどとは思わなかった。
今まで出会ったことのないタイプのスナイパーに、僕は間違いなく動揺している。それは、自分でも理解できた。何度も攻撃しても当たらず、自分が弱いんじゃないかとさえ思ってしまう。
「さすが『青風の駿馬』と称されるだけありますね」
「僕はその呼び名、あんまり好きじゃないんですよね」
一度距離を取る。この人を倒すには、少しばかり策が必要だ。策は必要だが、長期戦は好ましくない。レイナさんが言ったように、僕は体力に自信がない。自分から不利を背負うのはよくないだろう。
長期戦を覚悟して策を練るか、短期戦を想定して持てる力でねじ伏せるか。この二者択一が問題だったりする。
「いい二つ名じゃないですか」
「姉さんは『紫電の悪鬼』で、僕が『青風の駿馬』じゃ、明らかに僕の方が弱そうだからイヤなんです」
「じゃあなんと呼ばれたいんですか?」
「そうですね。『青嵐の爽龍』とかどうです?」
「嵐というには優しすぎますよ」
「じゃあ見せてあげますよ。僕が嵐になれるかどうか」
「ちなみに言っておきますが、ただスピードを上げても僕には勝てませんよ。常に切り札を発動しているので」
「それは口に出してもいいものなんですか?」
「聞かれたところでどうということはないんです。スナイパーが持つ視野の拡大、視覚の鋭敏化などの範囲を狭め、代わりに動体視力や思考の加速を行います。状況把握と空間認識に優れたサポート型切り札。それが『導きの真眼(インプレッシオオクルス)』です」
「僕がいくら速くても意味がないと」
「そういうことです。トランスフィクサーで出せる速度にだって、限界はあるのです」
「本当にそう思いますか?」
「それはどういう意味か、説明を求めても?」
「僕はね、まだ切り札を見せていない。だから見せてあげますよ、僕の切り札『
ゲージ一本で全身を高速化。そしてもう一度、今度はセーフクラフトで高速化。エンハンスの重ねがけで、今までよりもずっと速く動ける。
「無駄ですよ」
剣撃が弾かれ、腹に銃弾をもらった。しかし、僕は諦めない。
通常のエンハンスならば持続する。その間に、セーフクラフトで加速を続ける。玲司さんの横を一直線に駆け抜け、周りを直線で囲うように、何度も何度も攻撃を仕掛ける。被弾など、もう怖くはない。
三段階、四段階。二の腕に一発、太ももに一発。
五段階、六段階。頬をかすめる一発。ふくらはぎをかすめる一発。
六段階、七段階。玲司さんの顔に焦りが見え始めた。その頃には、銃弾はかすりさえもしなくなった。
逆に、僕自身も自分の速度についていくことが難しくなっていた。景色は一瞬で流れ、身体の制御も上手くできない。
「それでも僕は、負けるわけにはいかない!」
八段階、九段階。視覚はできないが、ゲージはそろそろ空になってもおかしくない。だからこれで決めるんだ。
「こんな、バカな……!」
練習したんだ。流れるような一陣の風ではなく、強くうねる一吹きの嵐。それが僕の切り札の真骨頂だ。
「一つ!」
去り際に一閃。
「二つ!」
横に移動して一閃。
「三つ!」
身体をひねりつつ一閃!
「四つ、五つ、六つ、七つ、八つ!」
移動を続けながら、ただ相手の体力を削りとっていく。相手はただ翻弄されるだけ。
「これで終わりだ! 光速演舞!
二本の剣を平行にし、助走をつけてから玲司さんの胸元に叩きつけた。が、身体が吹き飛ぶことはない。後からやがてくる、今までの八つの衝撃で相殺されるから。
「玲司さん、限界は超えてなんぼですよ」
霧状になって消える前に、玲司さんは薄く笑った。ように見えた。
終わったのだと思ったせいか、足から崩れるようにしゃがみ込んでしまう。
予想通り、ゲージは空っぽだった。総合順位では僕の方が上でも、やはり先輩というのは手強いものだ。長期戦になれば負けるんだろうという僕の直感は正しかったのかもしれない。
望未さんの方はどうなったのかなと見渡したが、周囲には誰もいなかった。
途端、少し離れた場所で空中に飛び上がる望未さんの姿。トランスフィクサーを使ってもあそこまで高く上がれるものか、そう言いたくなるほどの高度だ。僕が上っていた時計台よりも高いんじゃないだろうか。
そしてそれを追うのは麻耶さん。刀を抜き、今まさに攻撃しようとしていた。
「望未さん!」
ゲージはもうない。
体力だってもちろんない。
救う手立ても作戦もあるわけない。
ないことだけはたくさんあるのに、この状況では叫ぶことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます