第7話 徳倉望未
現在森の中。いや、山の上というのが正解か。岩場が続く山道の頂点に森があり、森の中心部にオブジェクトが配置された。そして私たちはオブジェクトの前にいる。
「ほら、どこにも行くんじゃないわよー。私たちはオブジェクトの前で全力待機だからね」
「わかったわかった、そんな大声出すなよ」
カティナだけは後方の見えないところに配置した。それ以外は盾になる。こちらが最速でオブジェクトを潰しにいくなんて、相手だってわかってるはずだ。ディフェンスを五人にする可能性も考慮している。
「わかってると思うけど、京介は霞先輩をお願い」
「いいのか?」
「無理なくなんとかしなさい」
「はいはい命令命令」
「私はどうすればいいの?」
「ほのかは普通に戦ってくれていいわ。あーでもちょっと引き気味で。打突が得意なのはわかってるけど、ディフェンスが弱くなるのは困るから」
「わかった。アンタのことは嫌いだけど、優秀だってのは知ってるから」
「そうやって割り切れるのはいいことよ」
ほのかの頭をわしわしすると、彼女は嫌そうな目で見てきた。が、見てきただけなので問題はない。
トラフィックギフトに触れ、コンソールを出す。コンダクターのコンソールは他のロールと違って目の前に出現する。さじずめ大きなサングラスやメガネのような形だ。これは常にフィールドを観測するためにはありがたい機能だった。
コンダクターのコンソールでは敵味方がどこにいるかを把握できる。味方の場合はどれだけ離れてもどこに誰がいるかはわかる。が、敵の場合はそこまで的確にはわからない。場所の判断は可能だが、それも半径二キロの範囲で、誰がどのロールなのかまでは不明だ。
「敵の人数はわからないけど、ブラスターとストライカーは確定だと思う。あとはそうね、フォーサーと……ラウンダーかな」
スレイプニルの戦力は調べてあるだろう。軸になるのはリズ、薫、リュート。こっちは人数が少ないからその三人を攻めに回す方が効率的だ。そうなると相手はディフェンダーを五人にするだろう。しかしディフェンダーを増やしたところで、その三人を潰せるかというと、それも難しいと相手は考えるに違いない。もしも私が相手でもそう思うだろう。つまるところ、オフェンスに攻撃を集中させるしかなくなるのだ。ディフェンスはオフェンスを倒せば勝ちになるが、それができなければ攻撃するしかない。
と、まあいろいろと考えてはいるものの、敵は一向に現れない。すでに十分経過しているというのに。
「どうしたんだろうな」
「そんなの知らないわよ。考えられるとすれば、なにかを待ってるって感じかしらね」
「もしかしてゲージ溜めてる?」
「可能性大ね。かといってこちらから仕掛けるのも無理。これだからミューチュアルは面倒ね」
「レーダーに映らないってことは、相手はギリギリのラインでゲージ溜めてるのよね?」
「まあそういうことになるかな。ディフェンスを増やして時間をかせぐ。オフェンスはその間にゲージを溜め、一気に仕留める。そんな感じかしらね」
そう口に出したとき、レーダーに敵影が現れた。
「来たわ。数は四、前衛二人が左右で、後衛二人が中央。全員同じ速度で進行中」
「ようやくお出ましか。さーて、霞先輩は俺がもらうぜー!」
「ボロは出さないようにね。ここでコケて、カリバーン戦で的にされてもたまったもんじゃないわ」
「任せろ。俺を誰だと思ってんだよ」
「落ちこぼれA」
「モブかよ……」
そんなやりとりをしながらも、京介は私たちの前に出た。直後、一直線に攻撃魔法が飛んでくる。
「よいしょーっ!」
広範囲のシールドを展開し、京介がカバーに入る。ゲイナーのシードは魔法も物理も完全防御できる。その代わり、ストライカーやブラスターのエンハンスには弱い。それはストライカーエンハンスにはペネトレート効果がついているからであり、その機能にはシールドを貫通し、防御力を無効化する力があるからだ。ストライカーほどではないが、ブラスターのエンハンスにもペネトレート効果がある。ストライカーはゲイナーに強く、ラウンダーはストライカーに強く、ゲイナーはラウンダーに強いというのが基本中の基本である。が、全てのロールがジャンケンのように買ったり負けたりするわけではない。特に不得手のないラウンダーは、ほぼ全てのロールに対して不利がなかったりする。
「よくやった、と言いたいところだけど、土煙で前がまったく見えないわ……」
あの攻撃魔法は球体だった。シールドで上手く上に弾くこともできたはずなのに、なぜ下に向けたのか。本当に脳筋だ、こいつは。
「前から二人、残りの二人は左右に展開してる。カティナは左を狙撃、ほのかは右、京介は前方に目一杯シールドを」
私はそう指示を出してから、放物線を描くように魔法弾を打ち出す。目標は前方から来る二人の後ろ。目的は土煙を出すことだけ。
脚部を魔法で強化し、京介の脇をすり抜けていく。この状況ならば、私の行動も相手には悟られない。
私はその足で森の中へ身を隠す。もちろん相手の後ろ側の森だ。
少しずつ、土煙が晴れていく。京介はしっかりと仕事をしていたようで、オブジェクトの体力は千から八百に減っていた。
「アイツ本当に使えない……」
守るならちゃんと守れよと。カティナの狙撃は正確だし、ほのかも身軽さを利用して役割を果たしている。あの脳筋だけはどうしてこうもアレなのか。
それはさておき、カティナが撃った相手はストライカー率が高い先輩。ほのかの相手はラウンダーか。つまりフォーサーとブラスターがトップツーだな。
「霞せんぱあああああああああああああい!」
分析中だというのに、空気をぶち壊す京介の咆哮。これは絶対にくだらないことを言い出す。絶対にだ。語がいてもそう言うだろう。
「は、はい」
少し後ずさりながらも、霞先輩は一応返事をした。
「俺と戦ってください!」
「と、当然そのつもりですが」
「そしてもし俺が勝ったら」
「勝ったら?」
大きく息を吸い込んだ。
「俺と! デートしてくださあああああああああああああああああああい!」
クソ野郎か。
「え、えーっと……はい、わかりました」
「よっしゃあああああああああ! いくぜえええええええええええ!」
一人だけ盛り上がっている京介は捨て置こう。
「カティナ、足元に弾幕。土煙で目隠し」
『はい』
「ほのかは土煙発生と同時に逆サイド」
『わかった』
突っ込もうとする脳筋の目の前に、カティナの魔法弾が降り注ぐ。また土煙一色になり、足元に銃弾を打ち込まれた相手は一歩二歩と退く。私はそれを確認し、迷わず左へと走りこんだ。
土煙の中で、逃げる相手の左手を掴む。そして自分の方へと引き入れるのと同時に相手を投げた。急に投げられ、相手の目は点になっている。逃げようとした直後の出来事なのだから、そうなるのも当然だ
「遅いぞおチビ」
私が地面に組み伏せた相手に、上空からの強烈な一撃が見舞われる。その衝撃で、周囲の土煙が一瞬で消えた。
「チビって言うな」
「はいはい」
これで四対三。なんとか優位を作れた。
「いくぞおおおおおおおおお! 霞せんぱああああああああああああああい!」
「一人で突出してどうすんの!」
京介は前進しながら、霞先輩の攻撃を難なく交わしていく。正直、身体能力だけならかなり高いんだよなーと、そんなことを思っていた。
「じゃなくて!」
せっかくストライカーを倒したというのに、ここでロールチェンジなんてされたらたまったもんじゃない。
「やめなさい京介!」
と言って止まるような男ではなかったな。
ゲイナーとブラスターの肉弾戦など、ゲイナー有利に決まっている。現に、この短時間で霞先輩の体力を半分奪っている。別に霞先輩が弱いわけではない。実技だって結構な成績を収めていたはずだが、京介の身体能力と職種の相性が噛み合っていないのだ。特に京介はブラスター用の戦い方を一年の頃から学んでいる。ブラスターのエンハンスはペネトレート効果を持つが、範囲が狭く威力も低い。まあそれも個人で違うけれど。
京介は破壊される用のダミーのシールドを上手く使い、攻撃を防ぐ用のシールドを使い分けている。
「これでデート確定だああああああああああああ!」
そう叫んだ瞬間、京介の背後にはフォーサーの先輩。
「ロールチェンジ、ストライカー」
その拳は光を放ち、京介を一撃で葬った。霞先輩との戦闘で消耗してたので、クリーンヒートでのドロップアウトは仕方ない。
ゲイナーが有利なのは、所詮一対一の場合のみ。特に京介じゃあ、ね。
「これで三対三。元に戻ったみたいですね」
霞先輩は微笑みながらそう言った。羨ましいわけじゃないが、こうやって対峙するとあのデカイ胸が妙に気になってしまう。ちょっと身体の向きを変えただけで、普通あんなに揺れるものかしら。
「うちのバカが余計なことをしたせいで、ね」
私は悟られないように返答する。
「面白いメンバーだと思いますよ?」
「そう言ってもらえるとありがたいわ」
コンソールの右上にある時計を見た。戦闘開始から三十分くらいか。
「そろそろそっちのオブジェクトもヤバイんじゃないですか?」
「そんな口車には乗りませんよ!」
三人が一斉に動いた。残った戦力でオブジェクトを潰しに来たが、それだって予想済み。
親指と中指を合わせ、私は指を鳴らした。
「ロールチェンジゲイナー。エンハンス、発動」
三方向別々からの攻撃を、私は全部受け止めた。
「なん……!?」
シールドに弾き返され、アクケルテの三人は後方へと飛び退いた。距離は目測三十メートル、三人が三人とも驚いたような顔だ。
「逃げちゃっていいんですか? たぶんもう時間ないですよ?」
「随分と挑発的ですね」
じりじりと距離は縮めてはきているが、彼らは攻めあぐねいている。
「私のゲイナーエンハンス、面白いでしょう?」
ほのかには事前に言ってあった。「京介が落ちたら、すぐにオブジェクトの前に来い」と。そうしたらあとは私なんとかするとも言ってあった。
私のゲイナーエンハンスは大きな球体を出現させる。人が何人も入れるくらいの球体。壁自体は通常のシールドよりもずっと薄いのだが、弾力性に富み、ペネトレートに対しても防御力が高めだ。こういった特殊な効果を持つエンハンスはなかなか見られない。これだけは誇れる部分なのだが、いかんせん私は人を守るというのが苦手だ。京介のように自分を犠牲になどできない。
魔法の知識がない者や子供などは「それくらいなら魔法でできるのでは?」と言う。が、魔法はそこまで汎用性が高いものではない。基本的にできることと言えば、魔法力を相手にぶつけたり、自分の肉体を強化したり、結局その程度でしかない。それを覆すのがトラフィックギフトだ。
ストライカーは攻撃力を底上げし、エンハンスではゲイナーのシールドをペネトレート効果で破る。
ラウンダーは敏捷性を高め、速度で相手を上回り、誰よりも速く戦場を駆ける。エンハンスもそれに準ずるもの。
ゲイナーは壁を作り出す。ストライカーやブラスター、スナイパーのエンハンスによるペネトレートに弱いが、ストライカー以外のペネトレートは、防御力が高ければ防げることもある。
ブラスターは魔法力の属性変換を容易にできる。範囲や威力も他の職種よりずっと高く、魔法力が高いため、多種多彩な魔法攻撃が可能である。属性変換は他の職種でもできるが、かなり難しいとされていた。
ヒーラーは魔法力を回復に使える。怪我も体力も癒せるため、攻撃能力は低いけれど、チームには必要はポジション。
ディテクターはコンダクターに位置を知られない。エンハンスは気配や匂いを消すもの、心身に異常をきたす攻撃をするものなどがある。強襲や暗躍するのに適していた。
コンダクターは索敵及び通信を行える。自分を中心にして半径ニキロに入ると敵を察知できる上、味方はどこにいても観測できる。通信は自分を中継させれば、チームメイト同士で会話させることもできる。エンハンスを使えば、ディテクターの位置を捕捉したり、レーダーの範囲を広げたりできる。
フォーサーは自分以外の人間を強化できる。唯一他者強化を可能とし、魔法能力も身体能力も高く設定されている。一番エンハンスの個人差が少ないロールとも言える。
スナイパーは視野が広がり、より広く遠くを見渡せるように。それと同時に物質を媒介にして魔法を高密度に圧縮できる。
ストライカーとラウンダーは魔法による強化をさらに強化するものなので、他のロールよりも特徴は少ないと言える。
魔法とは、トラフィックギフトを行使して発動できる。しかし、かなり稀有ではあるが、トラフィックギフト無しでも使える人間は存在するようだ。何億人に一人の確率らしいが。
魔法力というのは全ての人間に存在し、トラフィックギフトはそれを引き上げる。その結果として魔法を使えるのだ。
つまり私のゲイナーエンハンスのような効果はかなり珍しい。
それを目の当たりにしたせいか、相手はその場から動けないでいるのだろう。
「そうやっていても、スナイパーの餌食になるだけですよ?」
カティナは魔法力の消費を抑えるように、一発一発丁寧に相手を狙っている。だがそれでいい。私たちはもう、身を粉にして戦う必要なんてないのだから。
「私のゲージは残り五本よ! 全部エンハンスに回す! さあ全力でかかってきなさい!」
相手はペネトレートを使って貫通を狙ってくるはず。だけどこちらにはスナイパーが控えている。シールドを壊した瞬間にほのかに攻撃してもらえば、被弾だって防げるだろう。
「上級生を甘く見ない方がいいと思いますよ?」
「五年生一人と四年生二人。対してこっちは三年生、二年生、一年生。それでも尚、私は負けるとは思っていませんので」
私が笑うと、霞先輩もそれに応えてきた。
時間稼ぎ、させてもらいましょうか。
「エンハンス、発動!」
向かってくる敵を前に、私はもう一度シールドを張り直した。
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