第参幕

基本朱天ひいては四天の仕事は、四交代である。朝番は朝六時から夕の三時まで、昼番は九時から夕の六時、夕番は十二時から夜九時まで、夜番は、夜九時から朝の六時まで勤める。主な勤務内容は、暁都の五つの区の巡回である。四天の玄天、白天、朱天、青天で都の治安に勤める。しかし、それは表の仕事。四天には、裏の顔がある。早い話がバケモノ退治である。

 都には様々な悪しきものがよりつく。人間とて犯罪をおこす。生きてる人間ならまだしも、既にこの世から儚くなったものすら、都に干渉してくる。いわゆる、幽霊、怨霊といった類の者達である。他にも、物の怪といった獣のように本能のまま攻撃をしてくるものや、人のように意識ををもち、人のように暮らすもの、あやかしという。

 また、一方で人、あやかし達とは別に、神という存在もある。太陽の神、月の神、海の神、山の神、田の神、祟り神などなど、八百万の神が、暁都だけでなく、倭国中に坐す。

因みに螢はあやかしとであったことはあるが神に出会ったことはない。普通に生活していて出会う確率が高いのはあやかしたちのほうが多いのだ。

 神は基本こちらに干渉することはない。あやかしも滅多に干渉しない。しかし、倭国は狭い。暁都は狭い。必然的に各々の暮らす場が被ってしまうときがある。そういうときにいろいろと問題が生じるので、その問題を片付ける役目も四天が担っているのである。さて、ここまでが四天の裏の仕事である。

 裏だけ聞くと、いろいろと派手な立ち回りをしているように聞こえる。しかし表の仕事はどうだろうか。

 はじめに軽く、都の治安につとめると紹介したが、詳しく説明すると、どこそこの親父たちが喧嘩したとめてくれぇー!と駆け込まれれば、仲裁しにいく。またどこそこの文官が不正をした捕まえろー!と命令されれば、速やかに捕縛しにいく。はたまた、自分の飼ってた猫がいなくなった探してくだせぇと言われれば、探しに行く。要するに、何でも屋・・・である。



「なぁ、陽炎」

「あン? なんだい」

「四天って、結局喧嘩仲裁やなにか頼まれりゃ何でもやってんだよな」

「喧嘩仲裁って・・・まあ平たく言えばそうだな」

「そんで、相手に血ィ昇ってると、俺ら殺されそうになるんだよな」

「弱けりゃ死ぬな」

「俺らって命がけで喧嘩仲裁してんだな・・・俺って本当偉い!」

「何言ってんだい。ほら、さっさと仕事に集中しな」

「・・・・・・」

 螢と陽炎は只今、全力疾走で暁都南区を奔っている。人々の間を器用に避けながら、螢はただひたすら奔り続ける。少しずつ標的との距離が縮まる。

 陽炎より前にでて、標的との距離を縮める。

 あともう少し。あともう少し。

 永遠に続くかのように思えた追いかけっこも、もう終盤。

 あともう少しで、手が届くと思ったそのとき。奴は身軽に体を翻し、近くの民家の屋根に飛び乗った。

「なっ! 屋根の上にのぼるなんて卑怯だぞ!」

「何言ってんだい! すぐに追いかけな!」

 鋭い叱責が背中を叩く。螢は、奔ってきた勢いのまま屋根へと跳躍する。後ろから続いて陽炎が屋根に飛び乗る音が聞こえる。

 螢は素早く屋根を見渡すと、奴と目が合った。にやり、とまるで笑ってるかのように目を細めると、ひらりと前を向き、屋根の上を器用に走った。

「あ、あああいつ!むかつく! あいつ、今絶対笑った! 俺の事を莫迦にした!」

「螢!」

「わかってる!」

 陽炎に負けじと怒鳴り返すと、螢は屋根の上を駆けた。屋根と屋根の間を飛んで、着地と同時に走る。

ただひたすら、飛んで走ってを繰り返すとやっとで奴との距離が縮まった。茶色、黒、白の斑模様の小柄な体に、動きに合わせて揺れるしっぽ。縮まった距離を一気に詰めて螢は思いっきり奴に抱きついた。


「よっし! つっかまえたあああああぁぁぁぁ!!」


「フニャァァァッァァ!」


「うっわいってえ、暴れるなよ!」


 足を思い切り振り回して暴れる奴に辟易して、離しそうになっていると、ひらりと目の目に陽炎が現れる。


「お、陽炎。じゃーん! 俺が捕まえたぞ!」


 散々手こずらされたが、やり遂げた後は恨み辛みはあれど嬉しい。思わずにやけて陽炎を見た螢は、すぐに見たことを後悔した。


「ふ、ふふ、ふふふふ・・・」


「あ、あのかげ、と、頭領?」


「さんっざん手こずらせやがってこんのくそ猫! 今此所で切り刻んでやらぁあ!」


「な、何言ってんだよ! そんな事したらだめだろ」


「そんなこと関係あるかぁぁ! こいつは! 私の貴重な休みを! 奪ったんだ!」


「うわぁ、おい! 本当に太刀を振り回すなよ!」


 一言喋る度に猫、つまり猫を抱いてる螢にも向かって太刀を振るう陽炎は、髪も乱れ憤怒の形相である。猫はというと、陽炎の気迫に負けたのか、螢に大人しく抱えられている。


「螢! いいからそいつを寄越せ!」


「やだよ! はやくおばさんに返してやろうよ!」


 螢は、器用に陽炎の太刀を避けながら、依頼主の名前をだす。


「しっぽぐらい落とさせろ!」

「しっぽ切り落としたら駄目だろ! 無事につれかえってほしい、が依頼内容だろ・・・」


 螢と陽炎はそろって休日を堪能していたのだが、午後から急遽依頼が舞い込んだのだ。丁度、そのときは朱天の者達がそれぞれ仕事があり手が離せないようだったので、陽炎と二人で依頼を受けたのだ。依頼内容は、飼い猫「フクちゃん」を探して欲しい、という四天の新人に良く任せられる依頼だった。しかも、依頼主が螢に良くしてくれる長屋のおばさんだったので、二つ返事で諒承したのがいけなかった。

 よく行くという場所や、猫たちがよくたまる場所へいけば簡単にフクちゃんは見つかった。

 しかし、簡単に見つかるのだが逃げ足が速い。とにかく逃げ足が速いのだ。

 追いついた!と思っても、すぐにひらりと手からすり抜ける。そうこうしてるうちにあっという間に、一時間たった。当たり前だが、その間はずっと走りっぱなしである。

 流石の陽炎も、螢もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになる、という頃にようやく捕まえることができた。ほう、と一息吐いてると、陽炎がやっとで太刀を鞘に収めてくれた。怒りが治まったのかな、と思い、空を見ていた視線を陽炎に戻すと、顔をしかめて地面に唾を吐いていた。


「くっそったれ!」


「うわあ・・・」


 地面に唾はいたよ、この人。

 みんなから一応敬愛されてる朱天の頭領が、猫に振り回されたからって、唾はいたよ地面に。これ、さくらたちが見たらどう思うだろう。笙之介あたりに見せたいな。なんて思ってると、少し気分が落ち着いたのか陽炎が「行くぞ」と先へ歩き始めた。


「行くって?」


「駐在所。おばさんに返してやらんとな」


「おう!」


「そうしてから・・・飯でも食いに行くか」


「よっしゃあ!」


 フクちゃんのお陰で、お昼を食べ損ねてたから、お腹の虫が鳴いている。食べれるなら何でもいい。はやる心を宥めながら、螢はフクちゃんを抱え直した。


***


 時刻は丑三つ時。

 闇の帳の中、煌々と輝くのは太陰。

 今宵は下弦の月である。


 白銀の月灯りは、山に囲まれた平地にある暁都に平等に照らしている。

 太陽ほど激しくはないが、淡い光は優しく人々を眠りへと誘う。

 南大路沿いの中央区と隣接した所に朱天の本部がある。

 本部では必ず二人は在中しており、緊急事態が発生した場合は、此所を拠点として活動する。今宵の当直は頭領の陽炎と、若旦那こと喜之介である。

 二人は供に文机で、横に積んである[陳情書]や[調査書][罪状書]などを整理している。


「なかなか終わらないねェ・・・」


 ふうと溜息を吐くのは朱天頭領陽炎。団子に結い上げた漆黒の髪に、きらりと緑の簪をさしている。


「そうですね。段々文字が読めなくなってきました」


 苦笑いしているのは喜之介。どこか大店の若旦那のような色白の優男であるが、この男、昔より家で篭もるよりは外で遊ぶ方が好きで、てんで書類仕事は性に合わない。外見通り暁都南西にある、恵比寿小路の呉服屋紀野の三男坊であるが、生来よりあやかしものが見えるため、朱天で働くこととなった。朱天の大体が、喜之介の生家で安く呉服を買っている。


「やはり私に書類仕事は・・・」


「その台詞は聞き飽きた。さっさと手を動かしな」


「頭領・・・」


 喜之介は眉を下げて呻くと、渋々手を動かしはじめた。余談だが陽炎は意外とこういう机仕事は得意である。喜之介が一枚処理してる間に二十枚処理している。劇的に早いのではなく、単に喜之介が遅いだけである。


「永太の方がむいてるんですけどねえ。やっぱり見回りは・・・」


「今日の見回りは永太と螢って決まってただろうが。今更言っても遅い」


「ええ。そうですよねぇ・・・」


「手ェ動かせっつてんだろ」


「はい・・・」


 眠い目をこすりながら、集中して書類を読み始める喜之介。

 燭台にある蝋燭の火が揺らめき、喜之介の顔に濃い陰影を作る。

 なんとなくそれを眺めていた陽炎だが、ふっと先日聞いた話を思いだした。


「そういや・・・なんだっけな。ああ、思い出せねえ」


「どうしたんです」


「この間、長屋のおばさんの飼い猫を私と螢で探してただろう」


「ええ。確かフクちゃんでしたっけ」


「そうそう、あのブタ猫。じゃなくて、あン時聞いたんだよ。変な噂を」


「変な噂ですかい。もしや大工の要吉さんのとこの奥さんと、棟梁の兵太郎の旦那が浮気してるっていう・・・」


「なんだよそれ。なんで私がそんな話ししなくちゃいけえねぇんだよ、今、この時間に」


「いや、長屋のおばさんていうから」


「ていうか誰だよそいつら。知らん人間の話聞いて何が面白いんだよ」


「まあまあ、頭領。落ち着いてくださいよ」


「全く、お前の情報網には感服するが、私が聞いたのはそんな噂じゃねえ」


「どんな噂ですか」


「確かな、見送り雀だったか、鳥だったか。見送られ雀だったけか」


「もしかして、《送り雀》の話ですかい」


「そうそう、それだよ。知ってたのかい」


「ええ。ちょいと小耳にはんさんでおります。何でも夜一人で歩いていると・・・」

 

 夜。

 一人で歩いていると、何処からか「チチチ・・・チチチ」と雀のような鳴き声が聞こえてくるという。鳥ならば人間以上に夜目が利かない。不思議に思って提灯で辺りを見渡すも、人どころか、犬っころ、鳥らしき姿も見えない。

 気味悪いと思いながらも、用心深く歩いていると、ふっと何かが足下をかすめる気配がして、気づいたときには転んでいるという。


「それだけじゃないんですよ。転んでるときにはもう、何かが自分の足を食らい付いていて、痛くて痛くてたまらないそうです」


「だが、不思議と誰も・・・」


「ええ、誰一人、雀の姿どころか、かみついてきた犬だか、狼だかの姿を見た者はいないんですよ」


 あたりは闇で何も見えない。

 提灯は、転んだときに消えてしまっている。

 被害にあった者は皆、足を引きずるほど深く噛まれたにもかかわらず、食われることも、食いちぎられることもなく、生還している。

「何人かは、噛まれた傷のせいで熱を出して寝込んでいる者もいると聞いてます」


「そうらしいな。仏が出てないだけ、いいもんだ」


「そうですね。・・・人、だと思いますか」


「・・・お前はどう思ってんだよ」


「私ですか。私はあやかしの仕業じゃないかと思いますけどね。放っておけば、また何人か犠牲者は出ると思いますし、今のところ運良く犠牲者は出ていませんが、今後出る可能性もあると思いますね」


「私もそう思う。人にしちゃ、手がこみすぎてるし、何より姿がないってのが気にくわねえ」


「そうですね。被害者も大工だったり丁稚だったりとまちまちですからねえ」


「今夜出ると思うかい」


「さあて・・・出たら永太と螢のことですからね。ぱっぱと倒して戻ってくるでしょうね」


「違いねえ」


 陽炎はふっと笑うと、大きく伸びをした。


「さあってと、さっさと終わらせるか」

「はあ・・・」


「明けねえ夜はねえ。頑張って終わらせるぞ」


「へい」



***

 

 じゃり、じゃりと地を踏む音が静寂な闇の中に響く。

 手に持った提灯と月明かりだけが、ほのかに周りを明るくする。

 空の下、地上には二人の男が南区の夜間の巡回をしていた。見事な刺繍で描かれた、この暁都を守護する伝説上の四柱の一柱、南の方角を護る朱雀が朱色の羽織に鎮座している。朱天の天員のみが身につけることを許されている羽織だ。二人の男は、目に鮮やかな朱色に染め抜かれた羽織を、一人は無造作に、もう一人はきっちりと着ている。偶に吹く風が戯れるように、羽織を揺らす。

 今宵は下弦の月。

 春故か、月はぼんやりと空に浮かび、周囲の星は薄く棚引く雲に隠れている。

 そろそろ、静が終わり動の夜がくる。



「春とはいえ、まだまだ寒いな」


「永太、ちゃんと羽織被ったら? 風邪ひくよ」


「丈夫だからいーの」


 先を行くのは小柄な男。名は永太という。螢より四つ年嵩の二十歳である。


「永太」


「なんだ?」


「《送り雀》の噂を知ってる?」


「あー最近出てきた奴だな。被害にあったのはまだ五人と少なねえんだろ」


「そうそう。だからまだ討伐命令は出てないけれど・・・」


「今夜、出ると思うか」


「・・・わかんない。でも、もしも出たら」


「ちゃっちゃと討伐して、お頭と喜之介に報告だな」


「うん」


 肯くと、螢と永太は閑静な住宅を抜ける。この小路を抜ければ、南大路にでる。

 あとは南大路を北上すれば、本部につく。

 張りつめていた気が少し緩みかけていたそのときに、何処からともなく、チチチと雀のような鳴き声が聞こえはじめた。


「永太」


「わかってる」


 螢と永太は手に持った提灯の火を消すと、脇に避け互いの背中を守るように立った。

 全神経を研ぎ澄ませ、音の出所を探すが、チチチ、チチチという鳴き声は反響し一体何処から聞こえてるのかわからない。


「結界か」


 永太が舌打ちし、懐に手を入れる。鎖の先に錘をつけた、永太は鳶之介と呼んでいる得物を素早く取り出すと、左手に巻き付け、右手に先に錘のついた鎖を掴む。

 螢も直ぐに刀を抜けるよう、鞘から刀身を少し出しておく。

 チチチ

 チチチ・・・

 ふっと四方から聞こえていた雀の鳴き声が消えた。

 ねっとりとした闇から、金色の眼が現れる。


「なんだ・・・?」


 金の目と、螢の朱色の目が交差する。

 互いの呼吸が合わさり、ふっと止まったそのときに金の目が闇の中に消えた。

 螢は素早く刀身を鞘か抜くと、横になぎ払った。


『アアアアア!』


 苦しそうな叫び声をあげ、地に転がったのは巨大な狼だった。


「こいつが足にくらいついていたのか!」


 永太はそう叫ぶと、巨躯をもだえさせる狼にむけて鎖を投げる。鎖はまるで鳶のように空中を飛び、狼の足に絡みついた。


「螢!」


「了解!」


 短く返事をすると螢は一気に狼のいる南大路まで駆けると、刀を大きく振り上げ下に切り込む。

 狼は横に避けると同時に鎖を引きちって後退する。


「永太!」


 鎖を引きちぎられた為、重心を失った永太だが、咄嗟に受け身をとったようで、すぐに体勢を調えている。


「大丈夫だ。螢やれるか」


「誰にいってんだよ」


 にいっと笑うと螢は両手で刀を持ち、右下へと構えると狼の間合いへ詰めた。

 首へ向けて螢は刀を右下から左上へと斬りつける。


『忌々しい! 朱天か!』


「へえ、喋ることが出来たんだ。ご名答、朱天だよ」


『忌々しい四天が! おめおめと我が前に出おったのが運のつきよ!』


「俺たちのこと知ってるの」


 狼は答えずに一層大きな咆吼を上げると、螢と永太に襲いかかる。

 螢は刀を正眼に構え、永太は千切れた鎖とはまた別の、新しい鎖を懐から出し、狼へと投げつける。

 鎖は、狼の足下をを掬い重心を崩した狼は地面に伏せる。


「・・・我慢比べだな、犬っころ」


『我をそこらの雑魚と同じにするでないわ』


 にやっと永太は笑うと、無数の鎖を懐から出した。


「解禁、二十八条炎夏の刑!」


 永太がそう叫ぶと同時に、一気に永太の持つ鎖から白い炎が燃え上がった。


『な、んだこれは!』


 灼熱の炎は鎖を通して狼に燃え移る。狼は逃れようと身をよじるが、絡みついた鎖が離れることはなくより一層強く体に巻き付くと、炎が表皮を舐めつくさんと燃え上がった。


『うああああ! 貴様ぁ! おのれぇ、我を殺しても無駄だ』


「どういう意味だ? あと、お前どうやって都に入った? 結界に綻びはなかったのに」


 永太は鎖で巻き付ける力を緩めずに狼に聞くが、狼は質問には答えず、永太と螢を睨んだ。灼熱の炎に焼かれながらもなお、金色の目は力を失っていない。しかし、体は耐えきれなかったようだ。

 ずるりと表皮が地に落ちる。


『くつくつ。お前達は必ず死ぬ。死ぬぞ。我の他にもここに侵入した者は沢山いる。ああ・・・本当にここは下品な所だ。なあ、朱天。ここが美しい炎で浄化されたら良いとは思わないか。こんな汚い所で、己の汚い力を振るって楽しいか。・・・我が死んでも代わりはいくらでもいる。必ず、報いを受けるぞ』


 狼はそう言い切ると体中炎で包まれながらも嗤った。


「他にもいるだと?」


『報いは、必ず、だ・・・』


 狼は、灰となるとすっと空気に溶けるように消えていった。

 チチチと雀が啼いていたが、いつの間にか消え、螢たちを閉じこめていた結界もいつの間にか消えていた。



 「なんだったんだ。いまの」


 螢は刀身を鞘に戻すと、前に居る永太に聞いた。

 永太は首を横に振ると、愛用している鎖の鳶之介を仕舞うと後ろを振り向いた。


「まァごちゃごちゃ考えたってしょうがねェ。さっさとお頭ン所戻って報告すっか」


「そーだね」


 螢はふうと息を吐いた。

 空を見ると東から、太陽が昇ろうとしていた。藍色の空が徐々に陽の光と混じる。


「早く陽炎に報せないとね」


「おう。それにしても、長かったな~結界だから時の流れが違うのか」


 首を傾げる永太の服は、戦闘のせいで襤褸襤褸だ。


「永太、満身創痍だね」


「お前も人のこといえねえぞ」


 自身を見ると確かに、朱色の羽織が土が付いて斑になっている。


「うわあ、洗濯するの大変だな・・・」


「しょうがねえだろ。さ、帰るぞ!」


 まるで先程の戦闘が無かったかのように朝日は昇る。

 澄んだ空気が暁都を包み、本部へ、家へ帰る朱天の子を照らす。


「腹減ったなあ」


 螢は眠い目を擦ると、先を行く永太の隣に並んだ。


「よし、螢。どっちが先に着くか競争な!」


「ええ~疲れて走れない」


「遅い方が報告書かくこと!」


 そう言うと永太は思いっきり腕を振って走り出した。


「え、ちょずるい!」


 走り出す背中には、見事な刺繍の朱雀。

 朝日で鮮やかに照らされた羽織は、都を護る誇り高き四天の一つ朱天の証。

 元気よく本部に駆け込んだ二人を心配した陽炎にこっぴどく「帰りが遅い!」と怒られたのはまた別の話。

 

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