新たな祓えの輩は
「あのー蒔崎さん」
他の生徒の目もある朝の教室内で声をかけるんだから、屋上で言われたように呼び捨てって訳にもいかないだろう。昨日までと同じく敬称付きで声をかける。にこやかな笑顔をこちらに向けた彼女は俺に向かって言い放つ。
「えーっと、誰だっけ?」
顔面に貼り付いたような、ピクリとも動かない見事な作り笑顔。昨日の今日で名前を忘れるはずもあるまい。いや、むしろ昨日のことを忘れたいのに私の方に顔向けんな馬鹿野郎、ということなんだろう。
「あ、うん。そこの席の武井って言うんだけど。確か初瀬さんと知り合いだったよね? あの人と連絡取りたいんだけど、何とかならないかと思って」
昨日の一件の原因はお前のせいだろう、と突っ込みたかったがここで彼女を怒らせて得るものはまるで無さそうだ。あくまで普通に人を紹介してもらう感じを装う。実際紹介してもらうこと自体は嘘ではないのだ、ただ相手が人間じゃないというだけで。
「分かった。昨日と同じ場所に来るように言っておくから」
とだけ応え、彼女は俺を視界から外した。……最後に「よろしく」程度の言葉をかける隙もない。仕方なく俺は挨拶のために軽く挙げた手を所在なく降ろし、自分の席に戻った。
パラパラとノートの宿題をチェックする振りをしながら視界の端に捉えた蒔崎は、クラスメイトの女子と言葉を交わしている。友人達も彼女の笑顔が氷の微笑と気付いてリアクションに困っているようだ。
そこまで嫌か、俺にキスしたのが。
…………まあ……嫌だろうなあ。
「遅い」
放課後の屋上。俺と初瀬が待ちくたびれた頃になってようやく現われた蒔崎に、初瀬が叱咤する。
「こっちだって色々約束とかあるの。それを断って回るのがどれだけ大変か分かってる? それも今日の朝になって飛び込みで入ってきた用事のために? しかもこいつのために!?」
えらい言われようである。
「チカちゃん、あんた偉うなったんやねえ」
三毛猫がねっとりとした口調でたしなめる。
「武井君の霊体の回復が順調やないことは事故や。けどそもそもの原因を作ったんはチカちゃん、武井くんを全力で殴ったあんたやないの?」
「わ……分かった! 分かったから!」
するりするりと自分の身体を這い回るように登り切り鼻先に顔を突きつけながらお説教してくる初瀬に怯えるように声を上げる蒔崎である。
「で、どういう事なのよ」
クラスで見せる男前なキャラでも決してやらかさない座り方――あぐらをかいて話を聞く体勢に入った彼女に、俺と初瀬の検討結果を伝える。
「どうもこの子、霊体が修復されてないみたいなんよ」
「はぁ? 霊力吹き込めば治るって言ったのアンタでしょ? なんで治ってないの? またあのクソ恥ずかしい真似しろっていうの!?」
俺の顔をチラ見しながら自分の顔を真っ赤にしてみせる彼女に、初瀬が応える。
「いやいや、どうやら見立てが違うてたみたいでなあ。この子の霊感体質は霊力低下によるものでは無さそうなんよ」
初瀬の考えはこういうことらしい。
人間の身体は基礎となる霊体の上にコーティングとしての霊力をまとっている状態、例えるなら強い太陽光から目を守るためにサングラスをかけているような状態なのだそうだ。普通の人間が霊体にダメージを受けると、まずこのコーティングが失われる。結果としてベースとなる霊体が野ざらしになるわけだ。その状態で霊的な外圧を受けると、サングラス無しで光を受けるようなものだから敏感に反応出来る。その代わりに強い光からの保護を失うわけだから、肉眼で太陽を見てしまったかのようにダメージを受けてしまう。
当初俺の霊体はそういう「コーティングを失った」状態になっていると初瀬は考えていた。だから蒔崎の霊力を俺に供給することで霊体の回復を図ったのだそうだ。通常霊力を供給して一時間もすれば霊体は元の状態にもどるらしい。
ところが、俺は霊力を失わなかった。これには別の可能性を考慮する必要がある。
つまり――俺が元々、潜在的に霊能力を持っていたというのだ。
インドの方なら「チャクラ」なんて呼ばれる、霊力を行使する才能。そして行使すべき、内なる霊力の蓄積。どうやら俺にはそういった発現前の才能と霊力が備わっていたらしい。
とは言え、通常であればその潜在能力が発現する可能性はゼロに等しい。そのゼロに等しいはずの発現する可能性になってしまったのが――
「おとつい武井君を自殺させようとした
蒔崎の顔が、さぁっと青ざめた。
「ででででも、アタシのせいとは限らないんじゃない!? 昨日の死神のヤツのせいで目覚めちゃっただけでアタシが殴ったのは関係ないとかさ!」
「ほんまにこの子がそれで目覚めてたら……結界の中に飛び込んでくると思うか? その前に違和感感じて回れ右するのが普通の反応やて。それだけ不安定な霊感やったんや。あんたに殴られるまではな」
「……じゃ、じゃあ今もこいつの霊感は不安定なんじゃ」
「そんな不安定な霊感で、
彼女の唇は既に紫色になって震えている。客観的に見れば可哀相かなと少しだけ思えるが、俺の状況を考えてみれば――いい気味だ、と思わなくもない。
「じゃあどうしろって言うのよ! またキスでもしろっていうの!?」
「それはチカがどうしてもって言うんやったら止めはせんけど」
「嫌よ!」
全力否定頂戴しました。
「まあそれは冗談として。けど対策が必要なことに代わりは無いなあ。
そこでや。あんたら二人、しばらく一緒に祓えに行ってくれるか」
『……は?』
俺達二人の声がシンクロした。
「いやいやいや、俺があんな化け物と戦うのなんてもう御免なんだけど」
「アタシだって嫌よ! 何でこんな奴と一緒に歩き回らなきゃいけないのよ! っていうか一緒に祓えをやるってことは……っ!!」
半泣きの顔で俺を睨むなよ。俺が言い出したことじゃないんだよ。っていうか胸元を隠す仕種やめてくれよ。余計に意識しちゃうから。
「チカ、あんたにそんな我が侭言う資格あるんか? 今回の件の主たる原因はあんたやねんで?
それから武井君、あんたにはちゃんとした霊能力者になってもらおと思います。一緒に祓えに行ってもらうのはその実地研修やと思うてな」
……霊能力者になる? 意味が分からない。
「いや、あの俺は別にそんな超能力者みたいなのになりたいわけじゃ……」
「超能力者やのうて霊能力者。それにこれは今のあんたに必要なことなんやで」
ぴしゃり、と初瀬に釘を差された。
「ええか、今の武井君は例えるなら、きちんと締まらん水道の蛇口みたいなもんや。放っといたら四六時中ずーっと霊力が垂れ流しになっとるんよ。ひと月ふた月で底を突くような霊力でもないやろけど、その日が来たら……命の保証は無いな」
昨日から繰り返される余命宣告に、背筋がぶるんと震える。
「そしてそれよりも厄介なこともあるんよ。そうやって日がな一日流れ続ける霊力は、
少し、いやかなり血の気が引くのを自分でも感じる。昨晩やその前の晩のように、得体の知れない化け物が毎夜毎夜うちに現われるのか。
いや、その程度ならまだいい。一昨日のように俺を自殺に誘うような、命に関わるような化け物に目を付けられたらどうする? 前回はたまたま蒔崎が助けてくれたけど、今度は命の保証は無いだろう。冷や汗が背筋を流れる。
「そういうことが無いようにするには、あんたがちゃんとした霊能力を身につけるしかないんよ。必要なときに必要な霊力を発揮出来ると言うことは、裏を返せば不必要に霊力を漏れ出させたりすることは無くなるっちゅうことでもあるからな。そのためには多くの霊体に触れて、自分の霊体の保ち方を覚えて、操作出来るようになるよう訓練するんが一番なんよ」
悩んでいても仕方ない。他に選択肢は無いのだ。少なくとも、俺の知る限りでは。
「……よし、分かった。自分の命のためだ。初瀬、よろしく頼む」
「よっしゃ。これから頑張っていこか」
三毛猫が、すぃ、と目を細める。微笑んでいるんだろう、猫の表情はまだよく分からないが。
「アタシは! …………分かったわよ」
何やら葛藤の最中にあったらしい蒔崎も、ようやく渋々ながら了承した。
一体何だったんだろう、彼女の葛藤は。まさか衣装が恥ずかしいとかいう理由じゃ無いだろうな?
「ただし! ……変身してる姿は絶対に見ないでよ!?」
……そういう理由らしい。
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