其処へ至る顛末は

「ほんまにあの男だけはいけ好かん……。なんであんな輩が人の姿を保っててうちがこんな姿に……」

 駅に置いてきた加茂に対して未だにブツブツと文句を言い続けている初瀬に、俺が釘を刺す。

「その自分の姿をちょっと意識してくれよ……。喋る三毛猫とかいって騒ぎになったらどうすんだよ」

 初瀬はぶすっとふて腐れ、西澤が抱えるカバンから飛び出していた顔をくったりと這いつくばらせている。

 帰りの電車の中は閑散としている。多分いつもならそこそこ混んでいるんだろうが、さっきの巨人が起こした騒動のせいで、俺達が巨人と戦ってる間にほとんどの人が帰ってしまったんだろう。駅前も人気は無かったし、この電車もほとんど人がいない。今の車輌について言えば完全に貸し切り状態だ。普通に気を付けていれば初瀬が人目に付く心配は無いが、まあ念には念だ。

「でもすごいですねえ、先輩。あんな大きな神さま投げちゃうなんて」

「お前も祓え巫女になるんなら、いつかそういうことやるんだぞ」

 一度巫女の力を継承しながらも未だに覚悟の無さそうな西澤に念押しするが……こいつ、聞いてない振りして初瀬の耳弄ってやがる。

「綾乃ちゃんもそうだけど、アンタもアンタよ武井」

「えっ、俺?」

 急に俺に矛先が向いてきて、露骨に戸惑う。

「アンタ私に電話してたとき、あからさまにごまかしたでしょ」

「あー……。そりゃまあな。反射的に電話しちゃったけどさ、もう蒔崎は祓え巫女じゃなかったわけだし。下手に心配かけない方がいいかなって」

「いいかなって、じゃない! 私から綾乃ちゃんに連絡だって出来るとか思わないの? ……今回はこの子……アレだったけど」

 アレだった当の本人は、むずがる三毛猫を抱き上げて頬摺りしている。今日は徹底的に聞こえないふりで通すつもりみたいだ。

「それでもアンタが一人でケンカ売るよりはよっぽどマシでしょ? 下らない気遣うなって前にも言ったのに、ったく」

 完全にむくれている。

「それは悪かったって。俺なりに気ぃ使ったつもりだったのが裏目に出たのは認める」

 下手に取り繕うより、素直に謝った方がお互いにすっきりする。

「ん、以後気を付けるように。けど、あのフォームは助かった。デザインもけっこう良かったし」

「その場の思いつきだけどな。けどさ、蒔崎は自分で思いついたりしなかったのか? 戦うならこのデザインの衣装が良い、とかってさ」

「……私の絵を見た上で言ってんの、忘れて言ってんの?」

「……ごめんなさい蒔崎画伯」

「画伯言うな」

 ぺちん、とデコピンを食らわされた。

「デザインは……何て言ったっけ。試合に連れてっもらった時の最後の選手を参考にした」

「アッハハ、愛花さんでしょ、すぐ分かったよ。何よ武井、あの人が好みぃ?」

 言葉で弄るように絡む蒔崎に抗う。

「違えよ。ヒラヒラしてる衣装とか苦手そうだから、デザインのシンプルなのを参考にしたんだよ」

「……へぇ……。……ありがと」

 急にしおらしくなられると、こっちも戸惑ってしまう。急に空いた言葉の隙間が不安になって、慌てて言葉を継いだ。

「と……ところでさ。どうやってあの場所分かったんだ?

「それは、うちがおったからやな」

 西澤の腕を何とか抜け出して、それでもまだ尻尾を弄られている初瀬が言葉を挟んだ。

「並みの神さんやったら見つけるんは無理やったけどな、あそこまで大きい上に、武井君のおかげで霊力をちらほら漏らしとったら。加茂の結界越しでもさすがに探れんわけは無いで」

「へえ、お前以外と便利だな」

「眷属を便利道具みたいに言いな」

 不機嫌そうに一瞬眉間に皺を寄せるも、すぐに相好を崩す初瀬。

「しかしまあ、今日は色々とええもん見せて貰うたわ」

「色々って? まあ俺も色々ありすぎたけどな」

 ぐったりと電車の椅子に身を沈める。

 朝から祓え巫女の力が受け継がれるのを目の当たりにして。塾でごってり詰め込まれて。帰ろうかと思ったらあのバトルである。一人で何とか戦おうと頑張ったものの敗北寸前―その目の前に現れたのは力を失ったはずの蒔崎の祓えの姿。さらに蒔崎のパワーアップにも手を貸して……。何だかロープレとクイズゲーム一気にクリアした気分だ。

「何言うてるん。こっちはもっと面白いことがあってんで?」

 初瀬は意味ありげで意地悪な笑みを蒔崎に向ける。

「ちょ、初瀬あんた何言って」

「うちは綾乃ちゃんに祓えの力を降ろしてからこの子の目が覚めるまで小一時間ほど一緒におって、その後も目が舞うとるこの子に付いててんけどな。チカちゃんなぁ、血相変えて公園へ飛んできたんやで?」

 蒔崎の顔が紅潮する。

「だから初瀬、あれは……そのあっちの方に知り合いがいたら大変だからって」

「知り合い? せやなあ。確かにおったなあ、知り合い」

 ニヨニヨといやらしい笑みを絶やさない初瀬を西澤の膝の上から奪い取り、蒔崎はもがくその口をガッチリ塞いだまま自分の膝の上に抱え込んだ。

「ほんと、何でも無いんだからねっ!」

 俺を一瞬キッとにらで一方的にそう告げ、顔を埋めてしまった蒔崎の目に少しだけにじんでいた涙の意味は、よく分からないままだった。


 そうだ。今から家に帰って飯食って、すぐに塾の復習やっとかないと。

 考えても答えにたどり着けなさそうな俺は、他の現実的な問題に思考を逃避させた。

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魔法少女って言うな! 芒来 仁 @JIN

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