巨体を穿つその力は

「あーもう! アタシが戦えるなら戦いたいのにぃ!」

「お前、ほんとに状況分かってんのか?」

「はい! なんだか知りませんけど先輩がピンチってことは!」

 そうか、そう言えば西澤はは霊力は強いんだ。巨人の霊体もきちんと見えているんだろう。……自分が戦おうとしなかった、そのせいで現状があるっていう自覚さえあれば完璧なんだが。

「なあ、俺等で何か出来ることって無いのか!?」

 俺の問いに、眷属達も困り顔を見せた。

「何か、と言われてもなあ……。我はあの娘のことをよく知らんし」

「うちも打つ手無し、やな。あの神さんを放置する、いう選択肢を除けば」

 結局、俺も拳をぶんぶん振って蒔崎を応援している西澤と変わらない。応援だの祈るだの、そんなことしか出来ないのか――!!

「……せめてチカちゃんの体に馴染んだ戦い方やったらなあ」

 初瀬が、ぽつり、つぶやいた。

 ……待て。

「おい初瀬ぇ! 今何言ったぁっ!?」

「ちょ、ちょっと武井君!? いきなりどないしたん!?」

「だから、今何言ったって聞いてるんだよ!」

「ま、待って……く、苦し……」

 興奮のあまり、初瀬を恫喝して首根っこを掴んでしまった。慌てて彼女を地面に下ろし、改めて話を聞く。

「ハァ、ハァ、いきなり何するん、この子は……。せやからな、チカちゃんは弓を使うての戦いはそもそも不得手なんよ。そうか言うて他の戦い方が出来る祓え巫女の装束があるわけでなし、そもそもあの子の得意な戦い方いうても、なあ」

 おいおいおいおいおい!! 頭の中でギアがガッチリと嵌まった感触。思いついてしまうと、おなじことに気付かない他の奴らがバカに見えてしまう。

「どうした少年、狂ったか」

「顔がこわいっていうかきもちわるいです」

 お前等の感想なんてどうでもいい。俺は今の思いつきが実現可能かどうか一刻も早く確認したいのだ。

「初瀬、ふたつ確認させろ」

「何やのん、不躾に。その前にちょっと落ち着いたらどない? 気合いがおかしな方向へ行っとるで」

 お前の感想もどうでもいい。俺は今の以下略。

「まずひとつ。祓えの書に俺が何か描いたとして、それは他と同じように祓え巫女が使えるのか?」

「せやね。うちしか祓えの書を取り出すことは出来んから、わざわざそれ以外に他の子が触るのんを封じる必要は無いし」

 よし、つまり俺が描いてもいいわけだ。

「あとひとつ。見た感じ、書の内容は全部筆で書いてあるみたいだけど、他のもので書いてもいいんだよな?」

 これはひとつ気になっていたことだ。加茂が持っている祓えの書に書かれた水着姿、あれは明らかに筆では無い、サインペンなんかで書かれていたように見えた。これは加茂の書特有のものなのかどうか……。

「別に構わへんで? 祓えの書は書でしかない、書けるんやったら基本的に何でもいける、そういうもんや」

 確認が終わった瞬間、俺は叫んだ。

「初瀬、祓えの書を出せ!!!」


「やっぱり武井先輩、なんか変ですって。何かに取り憑かれたんじゃないですか」

「いや、さっき少年が一人で戦っている最中に何度か奴の打撃を掠めたことがあったな。あと最後にすっ転んだ。当たり所が悪かったのかも知れん」

 そんな自由な言葉を吐く連中に目もくれず、俺は会館前広場の隅に放り投げてあったカバンからボールペンと下敷き代わりの塾のテキストを取り出す。そこに初瀬が取り出した祓えの書の末尾にある空欄を重ね、絵を描く。

「あんたたち! 私が必死で戦ってるのに何やってんのよ!」

 蒔崎が大声で叫ぶ。俺もそれに応じる。

「こっち見てる場合か! お前は前の奴に集中しろ! こっちでサポート準備してるから!!」

「ったくもう、前線の苦労分かってんの、あんた等!?」

 彼女はその苛立ちをぶつけるように、拳を振り下ろす巨人の脇をすり抜け、拳をその脇腹に突き立てた。

 ――ぐぅ。そんな巨人の声が聞こえた、それだけだった。

 蒔崎のパワーでは、拳を打ち込んだところで効くことは無いということだ。

 今の、蒔崎のパワーでは。


「……出来た」

 約三分。我ながら上出来だと思う。

「武井君、何やこれ?」

 古いことなら色々知っていそうな初瀬でも、現代のことは知らないらしい。

「これはな、蒔崎が昔から練習してきたことが一番活きる装束だ」

「何を言うか少年。これならあの娘が怒った、うちの祓えの書と同じでは無いか」

 そうじゃないんだよ。これは加茂の書に書いてある水着とは意味合いが全く違う。

「これはな、女子プロレスのリングコスチュームだ」

 イラストは二パターン。ガウンを着た姿と脱いだ姿。しかし、書き上げてはみたものの――。

「説明よりも、ほら。初瀬、これをどうやって蒔崎に伝えりゃいいんだ?」

 俺の絵を不思議そうに見ていた初瀬は、俺の顔を見つめ直して、ニヤリ、と笑った。

「教えてあげる必要は無いで。あの子は霊体を通じて、この書に書かれたことを理解してるから――」

 初瀬に礼を言ってる暇は無い。

「――蒔崎!」

 霊体が何か変化をしていることに気付いたんだろう、少し戸惑いの表情を浮かべていた彼女に、叫ぶ。

「行け、フォームチェンジだ!」

 俺の叫びに、蒔崎はその意志を顕すかのように拳を固め、そして叫んだ。

「――フォーム、チェンジ!!」


 彼女の魔法少女衣装が、パチンと弾けた。

 それは無数の光の粒となり、瞬時に彼女の体を覆い尽くす。そしてほんの数秒、彼女を中心に渦を巻いた光の奔流は唐突にひとつの大きな青白い光となり。

 その光が消えて、フォームチェンジは完了した。

 外見のコンセプトは、魔法少女と大差無い。青を基調とした衣装。ただし以前と比べるとロングのワンピース形状、袖も幅広で長い。

 けれど、それはフォームチェンジの真の姿では無い。俺が描いた、ガウンを着た姿だ。

 光の奔流に気圧されたのか、フォームチェンジ中には攻撃の手を止めていた巨人。奴がゆるりと腕を振り上げ、蒔崎に向かって振り下ろす――その時。

 バチィィィィン!!

 今までの戦闘で一度も出なかった、強烈な打撃音。

 振り下ろされた拳に向かって、蒔崎が振り放ったのだ。――着ていたガウンを脱ぎ去り、そのガウンを振り回しての一撃を。

 巨人は拳を弾かれ、体の軸がぐらつく。最初の不意打ち以外では初めてだ。

 そして、ガウンを脱いだ姿は。

「何だ、あの姿は」

 加茂が驚きの声を上げた。

「我の書にある装束と変わらんではないか」

「お前んとこの格好は水着。こっちはリングコスチュームだよ」

「見た目は対して変わらんぞ? 何が違うのだ」

 確かに見た目は水着と大差無い、上下セパレートで下は膝上のスパッツ。よく知らない奴がビキニの水着だと思っても仕方ないが、水着に比べると長いスパッツや、上も肩紐部分は紐そのものじゃなくスポブラっぽい幅広にしてある。そして。

「そもそも目的が違うんだよ。だから遠目に変わらなくても、あいつにとっては全く別物だ」

 その言葉に呼応するように、蒔崎が元気に飛び上がる。

「おーりゃっ!!」

 ドスの利いた叫び声とともに放たれるドロップキック。

 ず……ん……。

 それを正面から胸板に受けた巨人が、仰向けに倒れた。

「なんか、すごい動きが軽いわー」

 蒔崎は白地に紺のラインが入った膝丈の編み上げブーツでトントンと軽いステップを踏み感触を確かめながら、手の方もバシバシと拳を打ち合わせてグローブの感覚を確認している。

 片方の掌にもう一方の拳を当てているうちは「ああ、楽しそうだな」って感じで見ていたが、両の拳を打ち合わせたときにガツンガツンと硬質の激しい衝突音が出始めたときはその威圧感に「ああ、手の甲にクリスタル配置するんじゃ無かったかな」と若干後悔した。目的が目的だとは言え、あれ完全に武器だな。

 ううううおおおおああああいいいいいいいい!!!!

 巨人の声が、重低音から周波数を上げ、耳をつんざく超音波にまで跳ね上がる。これが奴の怒りの声か? 蒔崎も薄い笑みを浮かべてファイティングポーズでそれに応える。

 ゆらりと起き上がった巨人は、そのまま拳を振り下ろす。蒔崎は軽いステップでかわす。そのまま横薙ぎに振り回された腕を、彼女は飛び込み前転でさらにかわした。

 もう一度腕を振り上げようとする巨人の脇にするりと入り込み、背筋を軸にくるりと回転して――。

 パァン!

 蒔崎の裏拳が、巨人の右脇腹に炸裂した。


「何や、急に気の流れが良うなったな」

 調子が良すぎてむしろ怪訝な視線を向ける初瀬が、無言で俺に説明を要求している。やれやれ。

「蒔崎は女子プロレスファンなんだよ。しばらく前もここで試合観戦してたんだ」

 俺は背後の会館を指しながら言う。

「親父さんの影響でファンになったんだって。家にもサンドバッグ持ってて、けっこう使い込んでたわ」

「アタシがみつけたやつですね!」

 何故お前は自慢気なんだ、西澤。そのせいで俺は蒔崎にぶん殴られたんだよ、サンドバッグで。

「なるほどなあ。娘は数年――少なくとも祓え巫女になる前からじょしぷろれすなるものを修練しておったと。祓え巫女として身につけた弓よりも今の姿の方が体が馴染んでおるのだろうな」

 そんなことを話している間にも、目の前の攻防は続いている。

 ほとんどの攻撃をかわし、当たりそうな攻撃も拳で弾いて受け流していた蒔崎にも疲れが見え始めてきた、その時。

 巨人が両の掌を組み、地面に向かって振り下ろす。大振りのアクションは、今まで攻撃をよけ続けた彼女にとって難なくかわせる……筈だった。

 ビィィィィィィィィィィン!!!

 巨人の拳が叩いた点を中心に、周囲二十メートルほどの地面がほの赤く光る。

 それに触れた蒔崎が――一瞬、硬直した。

「蒔崎っ!」

 俺の叫びも空しく。

 緩慢ながら鞭のようにしなって伸びた巨人の腕が……彼女を捕らえた。


「せんぱーい! だいじょうぶですかー!」

 大丈夫じゃねえだろ! 全身包むくらいに握り込まれてつり上げられて、先輩のあの苦しそうな顔見てみろバカ後輩! と叫ぼうとしたが。

「あんたらは……、黙って……、見て、な、さいっ!」

 気合いと勢いで、蒔崎は左腕を拘束から引き抜いて自由にする。あからさまに苦しそうな表情だが、多分意識的に不敵な笑みを見せている。――心が、負けないように。そして、笑っているかのようにぷるぷると体を震わせる巨人に向かって言葉を吐いた。

「何よ、アンタ。もう勝ったつもりなの? さっき殴った脇腹が煙噴いてる分際でバカにしないでよね、このバカ野郎」

 挑発に乗せられたのか、巨人が一瞬震えを止める。その瞬間。

「っりゃっ!!」

 気合い一発! 彼女自身を包み込む拳に、そのヒジ打ちが突き刺さる!

 いいいいああああああ!!

 こいつにも痛みがあるんだろうか、あるいは人の力を吸ったために人としての反射行動を真似たのか。人間で言えば指の付け根あたりに肘鉄を受け、一瞬巨人の握りが緩む。すかさず右腕も引き抜いた蒔崎は。

「ほら、お返ししてあげるわよ!!」

 彼女自身を足止めした巨人の攻撃同様。両手の拳を組み、ハンマーのごとく叩き付ける!

 バシュッ、と鈍い音を立て――だらりと垂れ下がった指を蹴飛ばすように距離を取る彼女。

 ああああ、と苦悶の声を上げながら腕をかばい、膝をつく巨人。

 その隙を見逃さず、彼女は巨人にダッシュする!

 そのまま巨人の膝を踏み台にして跳び上がり――強烈なキックを顔面に叩き込んだ。

「っしゃあっ!」

 手応えを感じてガッツポーズの蒔崎の背後で、巨人は再び、天を仰いでその身を地に沈めた。

 何て言ったっけ、この技。

 ああ、シャイニング・ウィザードって言ったっけ。


 脇腹。拳。顔面。大きな傷から巨人体がブズブズと崩れ、それらが宙に舞い、煤に、煙になって消えていく。他にも幾筋もの煙が身体の至る所から細く上がり、等しく霧散する。

 それでも奇妙な角度で腕を突き、その身を起こして襲いかかろうとする。しかし、その動きはそれまでにも増して緩慢で、蒔崎はやすやすとその脇をすり抜けて背後を取る。

「大人しく寝てろーーーー!!!」

 巨人の背後から腕をその太股に回してガッチリ掴み、踏ん張る蒔崎。……持ち上げようとしてるのか? この巨体が持ち上がるとは到底思えないが……、そう思っていると。

 ゆらり、巨体が揺らいだ。

 そうか、元々魔法少女姿でも肉体強化してたんだ。さらに今のフォームは彼女の苦手な弓矢による放出の能力を無くした代わりに、総ての霊力を肉体強化に注ぎ込んでいる。易々とまでは行かないまでも、あの巨人をバックドロップで倒すくらいのことは――。

「おーーーーーりゃっ!!」

 気合い一閃、ジャーマンスープレックス。

 五メートルほどの巨体は、まるでバットのスウィングのような予想外のスピードでビュン、と風を切り。

 背後にブリッジした彼女の身体に乗っかる形で後頭部から地面に突き刺さり、パキン、パキンと割れ、崩れていった。


 俺、とんでもないバケモノを産まれさせたのかも知れない。

 俺達に向かって拳を高々と挙げ勝利宣言する蒔崎を見て、俺はそんなことを思った。

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