差し延べられた救いの手は
どうやら、痛みは無いらしい。そういったものとは無縁な攻撃なんだろうか。あるいは、死というのは意外にそういう痛みとは無関係なものなのかも知れない。
もしかして、俺はもうあの巨人に取り込まれているんだろうか。
もう現世には戻れないのか……。
「――だから、とっとと起きろ!」
パッコーーン!!
頭に激しい痛み。数秒後、俺の頭に直撃して直上へ跳ねたらしいペットボトルが、ポコン、と地面に落ちた。
「あ、起きた」
激しい痛みに悶絶する俺を見て、西澤が冷静に実況する。
「っってえだろうが! 何やってんだよ!」
「アンタがいつまでも死んだみたいに寝てるからでしょ! 物投げ付けられたくなかったらとっとと起きろ!」
逆ギレする蒔崎に負けじと抗弁する。
「それにしたってやり方があるだろうが! 肩揺するとか軽くほっぺた叩くとか!」
「前にアンタにそうやって、それでアンタは要らない霊力修行やるハメになったの忘れたの!? だからそこに落ちてたペットボトル投げ付けたの!」
「いや、それはお前が魔法少女に変身した状態で殴ったからだろ! 今は西澤に譲ったんだから……」
今更ながらに気付く、いくつもの違和感。
「だから魔法少女って言うな!」
怒りに顔を紅潮させながらも、解かれない蒔崎の防御姿勢。なによりまず目の前に立つ彼女自身と、俺の傍らにひざまずいている西澤の存在。そして……。
「あ、あの……その格好って……」
そして、俺の質問を待たずに巨人に立ち向かう――蒔崎の魔法少女衣装。
「チカちゃんはな、綾乃ちゃんから返して貰いはったんよ。祓え巫女の力を。それで今ようやっとここに着いて、いきなりあの
西澤が抱えるカバンから顔をひょこっと覗かせた三毛猫――初瀬が説明してくれた。お前も来てたのか。
「アタシが跡をついだのに、先輩ってばいきなり『わたしがもっかい巫女やるー』とかワガママ言い出しちゃって」
「我が儘言うたんはあんたやろ、綾乃ちゃん。こんなとこまで来て
「だってー。怖いじゃないですかー」
それを含めて跡を継いだんじゃないのか、お前は。
「せやからチカちゃんが改めて祓え巫女にならはったんよ。『願い事は……お小遣いが思ったほど上がらんかったから、もうちょっとお小遣いアップで』言うて」
なんてバカな理由だ。
けど、蒔崎らしいと思う。誰かのピンチに、考えるよりも先に体が動く。その言い訳がバカっぽいのも、そういう体が動いてしまったせいで起きてしまった可愛い事故だ。
何より、安心して前線に送り出せる彼女の背中を見守ろう。後で荷物持ちだろうが何だろうがやってやる。俺は彼女の勝利を信じて、背中を見つめた。
けれど、俺の隣にいる初瀬は、蒔崎に厳しい視線を送っていた。
パァン! 激しい破裂音とともに、巨人の側頭部に閃光が走り、巨人がのけ反る。蒔崎が弓矢から発射した霊気の塊だ。
パキィィィン! 巨人が地面を叩く度に繰り返し響く音は、蒔崎がすべての攻撃をかわし続けていることを示している。
どう見ても蒔崎の優勢に間違いは無い。なのに。
「なんでそんなに渋い顔してんだよ」
「見て分からんか?」
見て分からないから言ってるんだが。そう初瀬に言い返そうとすると。
「確かになあ。この少年よりは確かにマシだが……、それでもこの削れ具合では」
もう一人の眷属も乗っかってきた。
「ああ、加茂やないの。そういうたらこの辺はアンタのシマやったなあ。この子等がおらんかったら来ることも無いし、ころっと忘れとったわ」
「つれないことを言うな。ぬしと我の仲であろう、初瀬殿」
「うちとアンタの仲やから言うとるんよ。この子等に迷惑掛けんといてくれるか」
お互い見知った顔のようだ。というか、眷属同士で横の繋がりがあるんだろう。あるいは地域が近いから祓えで昔から顔を合わせてたとか?
「この辺は昔から人の集まるところやからな、こんな感じの大物の神さんが度々生まれるんよ。しかもどうしても邪念が起きやすい土地柄やし、穢れやすい。結果が――あんな
初瀬は哀しげに嘆息する。
「うちはそんな場に人の子を送る役を負うてるからな、こういう風景は何遍も見てる。で、何遍見ても慣れへんのよ」
「……そんなに不利なのか、蒔崎は」
「チカちゃんの攻撃を受けても、相手の霊体は無傷に近い。まあ今の調子で攻め続けたとして、三日いうとこやろね」
たらり、と流れた汗は、この暑い最中に一人戦ったせいだけじゃない。
「気付いておるな、少年。三日もの間、このまま攻撃し続けるというわけにもいかんだろう。疲れも出るし霊気も尽きる。見たところ霊力による肉体強化を施してあるようだが、それでも永遠に保つというわけでも無かろうて」
それに加えて、蒔崎は今朝、一旦霊力を手放したのだ。そしてそれを再び西澤から返してもらっている。それが体にどんな影響を与えるかは知らないが、少なくともプラス要因にはなりそうもない。
それを自分でも肌で感じているんだろうか。
時々こちらから見える蒔崎の顔は、いつにも増して焦り気味だ。
そろそろ、蒔崎の戦闘時間は二十分を超えようとしていた。
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