二人の力。

彼女の力の行く先は

 夏休みだ。

 宿題があるとは言え、通学と授業から解放される素晴らしい期間だ。

 ……受験生でさえなければ。

 休みとは言え禍つ神まがつかみが現れなくなるわけじゃない。さすがに学校までは行かないが、数日に一度は西澤がトレーニングをしていた公園に集まって初瀬に会うことになっていた。

 今日も今日とて、公園の木陰でぼんやりと他のメンバーを待つ。

 暫く前までここに陣取っていた禍つ神まがつかみのおかげで、ただでさえ近隣の住民から避けられている公園だ。ましてやこんな日差しの強い夏、それも晴天の日中にこんなところに現れる人間なんて俺以外に誰もいない。直射日光が地面の白い砂で照り返され、目が灼かれる。本を読んで待つのも辛い。仕方なく雲を眺めて時間を待っていると。

「何やってるんですか。一番乗りですか。そんなにチカ先輩に会いたいんですか」

 いや会いたいけどさ。二番手としてやっと現れた西澤に応える。

「この後も予定があるからさ。早く済むならその方が良いと思ったんだよ」

「ふーん、どうですかねー」

 一丁前に疑ってんじゃねえよ。こないだの試験勉強を考えてもこいつにそこまでの盗撮力があるとは到底思えん。けど後輩相手にそんなところで噛み付いても仕方がない。とにかく蒔崎と初音を待つべく……木陰に座ったまま待つしかない。


 さらに数分。公園の入り口から蒔崎が現れた。初瀬を連れて。

 彼女は無言でうつむいたままこちらへ歩いてくる。何かあったんだろうか、と勘繰る俺達の目の前に。

 ずん、と仁王立ちになった彼女の口から、高らかな宣言が飛び出した。

「私・蒔崎チカは、本日をもって魔法少女を卒業します!」

 その堂々とした姿に、俺達二人は思わず拍手を送った。

「ほんまはあとひと月くらいやってもらうとこやねんけどな、チカちゃんは大分頑張ってくれてたし。ここ数年の祓え巫女の中でも頭ひとつ抜けた働きやったで」

「え、私そんなに頑張ってたの!?」

「うん。中には大物の神さんひと柱も手ぇ付けられん子もおったしなあ」

「初瀬の言う大物って……どれくらいの奴なんだ? 俺に憑いてた奴くらい?」

「ああ、その辺は大物の中でも格上やな。えーとどう言うたらええかな……。そうそう、武井君が修行始めて最初にチカちゃんが祓うた神さん、あれくらいがまあ大物やな」

 マジか。あの禍つ神まがつかみ、蒔崎はジェットコースターに乗ってるみたいにこなれた悲鳴上げながら軽く祓ってたぞ。

「そんじゃ私どんだけ無駄な仕事したのよぉ……」

「無駄とか言いなや? チカちゃんのおかげで助かる子等もおるんやから」

 三毛猫に肩をポンポンと叩かれ慰められる蒔崎の姿は、ほのぼのしているというか、どことなく面白い。

「そこで、や。綾乃ちゃん」

「はいっ」

 急に名前を呼ばれた西澤が、その身を固くする。

「今言うたようにチカちゃんは祓え巫女を引退しはるわけや。ほんで、次の巫女はあんたやで」

 いつになく真面目な口振りで言い含める。

「……分かってる。あたしが先輩のあとをつぎます」

 西澤は蒔崎に、きっ、と強い目線をまっすぐに向ける。その目を見た蒔崎は、大きくため息をついた。

「あー、綾乃ちゃんは戦闘向きじゃ無いから飛ばそうかって話もしてたんだけどなー。そんなマジな目でこっち見ないでよ」

「ほな次の巫女は綾乃ちゃん、いうことでええな?」

 現祓え巫女と次の祓え巫女が、力強くうなずいた。


 公園の隅にわずかに残っている芝生に、蒔崎がひざまずいて目を閉じる。その眼前に、初瀬がどこからともなく巻物――祓えの書を取り出し、ころころと転がして据える。

 祓えの書を挟んで蒔崎と正対し腰を落とした初瀬が、人のものならざる残響のような声を発し始めた。祝詞のりとのようなものなんだろうか、その言葉というべきか、響きに呼応するように、祓えの書と蒔崎の体がぼう、と青白い光を放った。それは真夏の日差しの中でも際立つように輝いている。

「チカちゃん、手ぇ出して。書にかざすように」

 言われたとおり、蒔崎が手を伸ばす。

 同時に彼女の体を包んでいた光がその手に集中し、さらにその先にある祓えの書に収束していく。

 ものの十数秒。彼女の体は輝きを失い、代わりに祓えの書が先ほどよりも強く輝きを放ち――しゅん、とその光を飲み込んだ。

「はい、終了。チカちゃん、お疲れさんやったな」

 祓え巫女の力を初瀬に返し終えて、はぅ、と小さくため息をつき。蒔崎が立ち上が――。

「うわっと」

 立ち上がろうとするが、力が入らないのかよろめいて倒れそうになる。慌てて俺が背中から抱き留めるように支える。

 ……あ、やばい。これ殴られ……。

「ああ、ごめんね」

 あっさりと礼を言われて面食らう。が、そんなことより。

「大丈夫か? なんか脱力してないか?」

「うん、大丈夫大丈夫。なんかちょっとクラッときただけだし」

「まあ代々受け継いだ巫女の力をその身に宿しとったわけやからなあ、力が抜けたみたいに感じるのも仕方ないわ。泳いだ後におかに上がったら体が重うなったように感じるやろ? そんなもんや、日が傾くまでには元通りやで」

 初瀬の言葉はいつになく柔和だ。今までの感謝の念が込められているんだろう。蒔崎もその気持ちを汲んでか、無言の微笑みでうなずいてみせた。

「――ほな、次は綾乃ちゃん。あんたやね」

 今の儀式を見守っていた西澤の顔が緊張で強ばる。

「いや、緊張せんでもええねんで。今チカちゃんがおったところにおんなじように座ってや」

「は……はいっ!」

 ゴリゴリに緊張している。まあ気持ちは分かるが。蒔崎や初瀬、信頼できる相手に保証されているとは言え、本来自分のものとは違う力を自分の中に流し込もうというんだ。緊張しないわけがない。

「綾乃ちゃん、大丈夫? リラックスして行こう?」

「はいっ! り、立派にやりとげてみせますっ!」

「……だから力抜けって」

 とりあえず西澤には深呼吸をさせてある程度リラックスさせ、再び初瀬の正面に座らせる。

 すう、と息を吸い、初瀬が改めて声を発する。さっきの声の響きと何か違うような気もするし実は同じのような気もするが、やることが違うんだからきっと違うんだろう。

 その声に共鳴して、再び祓えの書に光が灯る。その光は徐々にその一端に集中する。――そして。

 初瀬がすっと立ち上がり、二歩進んで祓えの書に前脚を掛ける。そのまま器用に一端を跳ね上げたかと思うと、後足を滑り込ませて蹴り上げた。

 くるくると回転する巻物を、全員が見上げる。

 落下してきた巻物は――

 ――ごん。「ぎゃん!」

 口をぽかんと開けて見上げていた、西澤の額に真っ直ぐ直撃し。

 西澤は、そのまま仰向けにぶっ倒れて気を失った。


「……これ、マジ?」

「うん。私ん時もこんな感じだったから、力を抜くときが予想外にまともで逆にビックリした。痛かったわー、これ。あんまりむかついたから後で初瀬の首締めた」

 文字通り霊力を「叩き込む」のが正式な祓え巫女任命の手順だとは……。

「まあ目ぇ覚めるまでそのままにしといたってや。霊力が体に馴染むまで自分の体を上手いこと操れんからその間は寝かしとく、いう目的もあるからな」

 ……そう言われれば、理屈が通っていると感じないでもない。

「あ、あの、それでさ、武井」

「ん? どうかしたか?」

「お祝い……っていうのもどうかと思うけど、区切りだし。この子が起きたら……うちに、来ない?」

 蒔崎が恥ずかしそうにうつむき、そのまま上目遣いで俺を自宅に誘ってくれている。いつもならふたつ返事でイェスと回答するところなんだが……。

「……ごめん。今日は無理だわ」

「え……あ、そうなんだ。ま、まあ無理だったらあんたなんて来なくても良いけどっ。で、何か用事?」

 俺は公園のベンチに置きっ放しのバッグを指差した。

「塾だよ、塾」

「あんた塾なんて通ってたっけ?」

「前にも言ったろ? 夏期講習くらいは行っとけって親に言われてさ、理系科目だけでも通うことにしたんだよ」

「ふーん……大変なんだね」

 俺をいたわるような視線を向けてくる蒔崎に、言葉を返す。

「お前も受験生だろうが」

「うちはお父さんが変なやる気出しててさー。英単語覚えるのにアメリカのプロレスビデオとか見せてくるの。見てて熱くなっちゃうからあんまり効率上がんないんだよねー」

 それでも楽しそうに喋るのは、どちらかというとその時間を楽しんでいるからなんじゃないかと思う。

「プロレスのビデオも良いけどさ、ちゃんとした勉強時間も取れよ?」

「分かってるって。あんたはしっかり授業受けてきなさい」

「分かってるって」

 蒔崎の言った言葉をそのまま返して、微笑みながら公園を後にした。

 さあ、塾に行くために隣市まで電車移動だ。

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