彼が訪ねるその先は
正直、ドキドキしている。
だって休日に女の子の家に行くなんて、小学校低学年以来なのだ。何の期待も無いとは言え、やっぱり俺にとってはとても特殊で貴重な一日だ。
何の期待も無いとは言え。
改めて自分で言葉にしてみると、なかなかにへこむ事実ではある。手を伸ばせばそこにいる女の子に手を伸ばせばガンを飛ばされるわけだ。かなりの高頻度で二人きりになり、今日のように家にまでお邪魔できる間柄なのに。
まあ実際、今日は試験勉強で集まるわけで何の期待が持てるわけも無い。それに。
「先輩、何変な顔してるんですかっ」
こんな後輩までくっついて来たんでは、どんな期待が生まれたとしても瞬時に踏み潰されそうだ。ハァ、とため息をつく。
「武井先輩、なんでそんなにテンション下がってるんですか? これからチカ先輩のおうちにお邪魔出来るのに」
お邪魔出来るのにお前がお邪魔なんだよ、なんて言ったら蒔崎に何を告げ口されるか知れたもんじゃない。
「西澤、お前がいるからだよ。俺等は自分の勉強でも手一杯になりそうだし、お前の勉強なんて見てやれねえぞ? そもそも俺等、そこまで成績良くないし」
「そんなことはいいんです。あたしは武井先輩が変なことしないか監視するために行くんですから」
監視ねえ。まあ二人っきりになったところで何をやらかす根性も無いけどな。
「だから武井先輩、チカ先輩に変なことしたらぜったいに許しませんからね? あときちんと勉強教えてあげて下さい。そして教えてもらったことは絶対に忘れないこと!」
いや、そんな母親みたいに言われてもなあ。
そんなことを思いながら生返事を返しつつ西澤の言葉を聞き流しながらぶらぶらと歩き、ようやくたどり着いた。
蒔崎の家である。
外見は特に何の変哲も無い。ちょっとガレージの陰あたりにサンドバッグやら何やらのトレーニング機器が見えていて少し気になるが、多分彼女と同じくプロレスファンのお父さんが使っているんだろう。
蒔崎の部屋はどんな部屋だろう。こないだ買っていた女子プロレスのポスターをベタベタ貼りまくった女子プロ一色の部屋なんだろうか。それとも意外に可愛らしい乙女チックな部屋だったりするんだろうか。いかん、どんな部屋でも似合いそうな気がして妄想が捗りすぎる。
ふぅっ、と強く息を吐いて意識を集中し、姿勢を正す。
「何やってるんですか先輩。変なことするつもりですか」
後輩のジト目はスルーする。むしろ変なことしないように気合い入れ直したんだよ、という言葉は飲み込んで。
ピンポーン。チャイムを鳴らすとインターホンからお母さんらしき人の声。暫く待っていると、玄関のドアがそっと開いた。
「あらあらいらっしゃ~い。えーと武井君と西澤さんだっけ? さあ、入って入って~」
蒔崎本人が出てくると思っていた俺は一気に緊張する。
「ほら、あの子外面は良いから同学年で女の子のお友達はちょくちょく遊びに来るんだけど、もう男の子友達だとか後輩ちゃんだなんてうちに来るの初めてだから。何だか私もドキドキしちゃって」
お母さん、多分そのドキドキは俺のドキドキに比べれば雀の涙みたいなもんだと思います。そんな心の中での突っ込みで何とか心の平安を保ちつつ、お母さんの導きに従って玄関に通される。隣の西澤は未知の領域に踏み込むことで目をキラキラさせている。お気楽だな、おい。
「ごめんなさいね、あの子ったら部屋が片付かないからって今もお掃除してるみたいで……」
そんなお母さんの言葉に被るように。
バタバタバタっ!!
廊下の奥、恐らく階段らしきところから転がるような激しい足音が聞こえてくる。
「お母さんっ! 私が出るって言ってたのにっ! 何で勝手に出てるのよっ!?」
蒔崎ご本人登場である。
「だってあんた、部屋の中でバタバタしてたじゃない? お友達が来てるのにも気付かないで」
「だったら呼んでくれたら良かったのに……、ってもう良いから! お母さんはリビングで座ってて!」
「え~お父さんと二人っきりだなんてつまんな~い」
わざとらしく駄々をこねて見せるお母さんの背中を押して奥に追いやる蒔崎。パタン、とリビングのドアを閉じ、ゼエゼエと肩で息をしながら彼女は俺達に言った。
「んじゃ二人とも上がって。私の部屋、二階だから」
うん今まで見てたから分かってる、という返事は控えておこう。今のやりとりだけで彼女自身はかなりお疲れの様子だ。
深呼吸したくなる衝動を抑えつつ、興味ない風を装いつつ、何となく、あくまで何となくという素振りで室内をぐるっと見回す。
蒔崎に続いて入った彼女の部屋は、何というか……普通だ。
ポスターをベタベタ貼ってあるわけじゃないし、壁を見た感じ「普段貼ってあるポスターを慌てて剥がした」ようにも見えない。可愛い系の部屋を取り繕ったと考えてもカーテンや小物類なんかもごく普通、ぬいぐるみその他が置かれるスペースも無さそうだ。
普通にすっきりと片付いていて、広々としている。少し空きスペースが大きすぎる気もするが、ここにクラスメイトなんかの友達を招いて日々おしゃべりしたりしてるんだろう。
「先輩、ダメですからね」
「何がだよ。何もしねえよ」
ヒソヒソと小声で俺を制止しようとする西澤だが、俺にそんな根性は無い。下の階にお母さんがいると思えばなおさらだ。次この部屋に来る可能性を残すためにも、出来る限り印象は良くしておきたい。
「ほら、ブツブツ言ってないでそこ座って」
さすがに苛ついてるみたいだ。そりゃ今から勉強しなきゃなのに、相手は俺達。しかもさっきお母さんと一戦交えた直後だ。不機嫌にならないわけがない。
「期末の範囲、分かってる?」
「お前覚えてないのかよ……」
「うっさいわね、ちゃんとプリント置いてあるわよ! ……あれ」
やっぱり失くしてたか。ため息をつきながら俺のプリントをファイルから取り出した。
「おっし、そんじゃどれから行く? 数学?」
「交代で教え合うこと考えたら……まずは英語かな」
がっくりと肩を落とさないで欲しい、何か虐めてるみたいに思っちゃうから。っていうか反対しねえのかよ。自分でも英語が弱点なのを意識してるのか。
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