未だ絶えぬ騒動は

 蒔崎が机の上にべったり倒れ込んでぶーたれている。

「どうしたんだよ、いつもの調子じゃなさそうだな」

「だってさー……。私今まで部活してなかったからさ、初めてまともに後輩が出来たって思ってたのに」

 なるほど。初めて西澤が来た時にあれだけ迷惑がってた彼女でも、後輩が出来て嬉しかったのか。

 そして、それを叱り飛ばしてしまった、と。せっかく出来た後輩を手放してしまったことに、少なからず後悔しているらしい。

「聞く限りにおいてはお前達にそれだけの迷惑をかけたんだ、顔を出しにくいだろうな。むしろこれで来るようなら……」

 北里先生の背後で。

 カラリ。扉が開いた。


「遅れてすいません!」

 西澤である。昨日大泣きするまで俺達と猫一匹に説教された後輩である。むしろ昨日よりも元気である。

「……大丈夫なのか?」

 俺の第一声、最初の質問も遠慮がちで曖昧なものになってしまう。

「はい、だいじょうぶです! 先輩のおかげで怪我もしてませんし、今日もがんばりますよーっ!」

 別の意味では大丈夫じゃなさそうである。

「ところで……先輩、先輩こそ大丈夫ですか? 昨日のアレで疲れてますか?」

 お前のせいだよ、たった今のお前の。さっきまでは元気なくして机に伏してただけなのに、たった今お前が来てから頭抱えてるじゃねえか。

「安心してください! 先輩の代わりにあたしがお祓いがんばりますから!」

「お前は頑張らんでいいよ!」

 思わず突っ込んでしまう俺を見て、先生もため息をつく。

「西澤、君は相当……アレだな」

「アレ? アレって何ですか?」

 先生の皮肉も通用しないらしい。処置無しである。


 物言う猫が、ととと、と西澤のカバンに歩み寄り、クンクンと匂いを嗅ぐ。カバンの中に不審物を認めているようだ。そのまま器用にファスナーを咥えて開け、その中から小さなビニール袋を引きずり出す。

 ――バラバラと、袋の中身がぶちまけられる。

 何枚ものお札。色とりどりのお守り。そして破魔矢。

「――あんたはこれで何をするつもりや!!」

 初瀬は半切れどころかブチ切れ声を上げた。

「だって昨日はあたしが弱いからダメだったんだもん! あたしが強くなれば問題ないもん!!」

「あんたが少々強うなったところで誤差の範囲や!! そもそもの問題は、あんたに昨日みたいな封印状態の神さんが見分けられるか、いう話や!」

「だいじょうぶだもん、ぜんぶ倒しちゃえばいいんだもん!!」

「それが無理や、言うとんのやこっちは!!」

 西澤の逆ギレにも屈せず、初瀬がガチ切れで返す。その背後からも言葉の隙を突いて先生が説教しようと待ち構えている。蒔崎は机に突っ伏して頭を抱えたままだ。

 端から見ていて、西澤の動きが気になった。カバンの中の祓えアイテムが奪われそうなのに拾い集めに行かず、むしろ自分の身を守りに入っているように見える。それもポケットあたりを……。そうか、なるほど。

「おい、蒔崎」

「えー? 何よもうー」

 部室内の狂騒から目を背けている蒔崎を促す。

「ほら、西澤のポケット。あれ多分何かあるぞ」

 俺の耳打ちに面倒くさがりながらも反応した彼女は、背後からするりと近付いて西澤のポケットに指を滑り込ませた。そして中にあったものをつまみ出す。

「……何よ、これ」

「あー先輩、返してくださいよー! あたしの秘密兵器ー!」

「あんたこれ昨日も使うてた清め塩やないの! まだこんなん隠しとったんか!」

「西澤お前、指導してくれる相手騙してどうするつもりだ」

 自分のせいとは言え、さらにステレオで激しくなるお説教に彼女は爆発寸前だ。

「そんなのどうでもいいから! あたしは先輩の役に立つんですーーー!!」

 どうやら何も理解していないらしい。こいつに当人の問題点を理解させるのには相当骨が折れそうだ。その苦労を想像して脱力し、俺も蒔崎と向かい合わせで机にべったりと倒れ伏した。


 机に倒れ込んだ目の前数センチに、たまたま顔を起こしていた蒔崎の鼻先があった。

 数秒の沈黙。

「……うわっ、武井あんた何しようとした!?」

「い、いや別に何も」

「先輩に何してるんですかー!」

 ドキッとする反応の後に、後輩からの追い打ち。

 今後は、こういう小さなエンカウントの時にも色々と横槍が入りそうで、厄介ではある。

 ハァ。

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