彼女に因りたる騒動は

「綾乃ちゃん、何処や!?」

 部屋に飛び込んでくるなり大声を揚げたのは蒔崎――ではなく、初瀬だった。

「西澤なら今日はまだ来てねえな。何かあったのか?」

「あの子どこで覚えたんか知らんけど、祓わんでええ神さん祓いまくっとるんや!」

 ……つまり、どういうこと?


 初瀬の説明を聞いているうちに蒔崎が現れたので、彼女の袖を引いて慌てて外に飛び出す。窓から外を迂回してきた初瀬の走る後を追いながら、二人で初瀬の説明を受ける。

禍つ神まがつかみやからてな、みんながみんな祓うてしもたらええいうもんとちゃうんよ」

「ちょ、どういう、ことだ、よ!」

 準備運動も無し、慌てて走ることで俺の方はいきなり息も切れ切れだ。一方で初瀬の言葉はどこかその体とは違うところで出ているんだろう、全く普段と変わらぬ調子でしゃべり続ける。

「神さんは少々穢れた程度ではちょっと人間にワルサするくらいやねん。そしてそれが逆にもっと穢れた禍つ神まがつかみをそこに留め置く、つまり封印としての役割を果たすこともあるんよ」

「ちょ、それって勝手にそこらの神様祓いまくったら……」

「そうや、それを思てあんた等には神さん捜しを任せたりはせんかってんけどな……。綾乃ちゃんはなまじ見る力が強いだけに、勝手に神さん見つけて祓い始めてはるんよ!! あーもうっ!!」

 それってつまりは……。

「藪蛇って事……!?」

「その通りや。あの子、最悪丸呑みされるで」

 運動で体を温めた汗よりも先に、背筋に冷や汗が流れた。


 学校から走って数分、山への入り口あたりで急に初瀬が足を止めた。

「綾乃ちゃん、止めとき!」

「あー、先輩! 初瀬さんも! だいじょうぶですよ、こんな子すぐに祓えますから!」

 にこやかに答える西澤を見つめながらさざ波が立つように体を震わせている初瀬を見て、何か大事が起きることを予感する。

 俺達の目の前で、西澤はポケットから小さなビニール袋を取り出し、中の白い粉末を一つまみ。初瀬の制止を聞かず、それをぱらり、と目の前にいる小さな神に振り掛ける。

 ぽんっ、とその身が弾け、邪気も消えて一回り小さな姿になったその神は、とことこと森の奥へ消えていった。

「清めのお塩です! ほら、私だってこんなふうに役に立つんですよ、先輩!」

 初瀬の危惧は外れたんだろうか。別に何の封印の責も担っていない、ただ穢れただけの神様を祓っただけなんじゃないのか。そんな期待を持ちつつ彼女の姿を見つめていると。

 西澤が祓った神がついさっきまでいた、その場所が。

 歪んだ。


 ぼう、と地鳴りのような重低音が響く。途端、目の前がプロジェクターの幕を波打たせたように歪んだ。その幕を破るように、赤黒く細い影……触手が突き出し、裂け目をこじ開ける。ずるり、とスライムのような不定型の巨体があふれ出してくる。クラゲ型の禍つ神まがつかみとでも呼べば良いんだろうか? ――呆然と立ち尽くす西澤の目前に、その触手がにじり寄る!

『ナァァァァァァ!!!』

 初瀬が、雄叫びを上げる。途端、周囲の空が赤紫に染まった。これが戦闘時の結界か。同時に蒔崎の周りに無数の細かな光が舞う。そのまま変身するらしいが――間に合わない!

「いやぁーー!!」

 西澤ににじり寄っていたニシキヘビほどの太い触手がその先端をもたげ、彼女に掴みかかる。彼女の悲鳴も虚しく、蒔崎は未だ変身の途中で助けることが出来ない。慌てて俺も周囲を見渡すが、こんな時に限ってそこら辺に手頃な石が見当たらない。クソッ!

 ふと、胸のポケットに手を伸ばす。そこにあったシャーペンを掴み、そこに「力」を流し込む。手の中で一瞬、シャーペンが重みを増した気がする。そのまま、ペンをダーツのように投げる。――西澤に襲いかかろうとしている、触手の根元に向けて。

 パシュゥゥゥゥッッッッッ!!!

 俺の投げたペンは触手の端を掠めた程度だったが、それで十分だった。そのかすり傷を中心に太い触手の根元は弾け、先端がビチビチとのたうちながら、ブズブズと黒い灰になって崩れ落ち、霧散し始めた。

 それと時を同じくして。

「穢れは決して見逃さない! 魔法少女、プリティー・サファイア!」

 現状の深刻さとは程遠いお決まりの名乗りを上げ、ようやく変身を完了した蒔崎が、叫ぶ。

「武井! 綾乃ちゃんお願い!」

 言われるまでも無い。未だ体を凍り付かせている西澤の手を駆け寄って掴み、横っ飛びに彼女を禍つ神まがつかみから引き離す。彼女を俺の体でかばった、その背後で――

「『ディープブルー・クリスタル・アロー』!!!」

 全身をこちら側に顕す前に。初撃で繰り出した最大の攻撃技、祓えの青白い光が禍つ神まがつかみの体を覆い尽くし、クラゲのような巨体は一瞬凍り付いたかと思うと、パァン、と弾けて空気に溶けていった。

「ハァ、ハァ、ハァ……。今日ほど変身アクションが邪魔だって思ったことは無かったわ」

「お疲れさん。体の方はともかく霊体の方で無理してねえか?」

「うん、大丈夫……だと思う、多分」

 蒔崎に助け起こされた俺の腕の中で、西澤は顔色を真っ白にしてカタカタと震えていた。


 ようやく解れてきた体を起こし、座り直していた西澤を待っていたのは、初瀬のお説教だった。

「分かってるか、綾乃ちゃん。自分のやったことがどういうことか」

「分かりませんー」

 だが、完全にふて腐れている。多分初瀬がどれだけ言葉を並べたところで彼女には届かないだろう。

「っていうかアレだな、西澤。お前、自分を働き者だと思ってるだろ」

「言われなくてもあたしは真面目にお仕事をしただけですっ。文句言われる筋合いなんてないですっ」

 俺の言葉も耳に入れる気は無いらしい。はぁーーっ、とわざとらしくため息をつき、俺は独り言のようにつぶやく。

「あーあ、こういうのが無能の働き者ってやつか。軍隊にいたら隊を全滅させるっていう」

 俺の言葉に、キッときつい視線を突き刺す西澤。

「あたし軍人じゃないし! それに全滅してないし!」

「全滅してないのは初瀬がお前の居場所を探って、蒔崎が半身乗り出したところの禍つ神まがつかみを祓ったからだろうが」

 俺の言葉に返す言葉が無いのか、西澤は視線をわざとらしく逸らしながら黙り込む。

「さっきの奴が半身じゃなくて全身顕してたらな、蒔崎でも倒せたかどうか分からないぞ? そうなったらどんな被害が出てたか分からないんだからな」

 俺の言葉に唇を震わせながらも、彼女は頑なな態度を崩さない。

「だから、あたしは……先輩の役に立とうと思っ……」

 弱々しい言葉で抗おうとする西澤の頭に。

 ビシッ。

 蒔崎のチョップが入った。

「……え……? せ、せんぱ……」

「誰が危なかったか分かってるの!?」

 あこがれの先輩に頭を殴られ混乱する西澤に、蒔崎が悲鳴にも似た怒りをぶちまける。

「誰の役に立つとかそんなことじゃなくて! 綾乃ちゃん自身が危なかったの! いくらあんたが怪我しても良いとか言ってても、私はそんなの我慢できないの!」

 蒔崎を呆然と見つめる蒔崎の目から、涙がぽろぽろとこぼれ出す。

「あんたがやったことは周りに迷惑かけて、何より自分を危険に晒したことなの! だからみんなにちゃんと謝って!」

 ストレートに自分を心配する言葉をぶつけられ、西澤は涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくりつつ、大きな声で。

「せ、先輩ぃ……ごめんなさいぃぃぃ………!!」

 蒔崎の胸に顔を埋め、詫びた。

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